心の霧
「ククク……もうすぐ壊れそうだよ? あの子の心」
「流石です……やはり持つべきものは優秀な兄です」
「フフフ、俺にかかれば壊れない友情や絆なんてものはないね」
物陰に隠れ、先程の層にいた陽気な妖精とこの層の番人である陰気な妖精がそんな会話をしていた。
そんなことなどいざ知らず私は、おかしくなってしまった皆を前にただ泣き喚くことしかできなかった。
そしてその私が泣き喚く様を見て、お姉ちゃんや他の仲間達は嘲りの表情を浮かべるのであった。
「もうみんなどうしちゃったの! なんで私のことをそんなに蔑むの?」
「別に蔑んでなんかいないわよ、ただアンタへの事実を述べているだけよ」
お姉ちゃんが私に辛い現実を突きつけてくる。
ただここで私はある疑問を抱いた。
それはお姉ちゃんが私のことを呼ぶときの呼び方である。
お姉ちゃんはいつも私のことを『リリー』と親しみを込めて呼んでくれている。
けれどどうだろう?
さっきからのお姉ちゃんは、アンタと呼んでくる。
確かに怒りの感情が昂っているだけなのかもしれないが、普段からの呼び方を変えるのは如何とも不自然である。
「ねえお姉ちゃん」
「なあに?」
「なんでさっきから私のことを名前で呼んでくれないの?」
「は? キモッ、いい加減そういうの卒業したら?」
少々不自然な質問をぶつけてみたが、このお姉ちゃんはやはり頑なに私の名前を呼ぼうとしない。
いや、できないのだと思う。
なぜならば私の名前を知らないからだ。
そしてそんなことを考えていると、私の周りの霧が少し晴れてきたような感覚を覚えた。
そこでだ、私はこんな仮説をたてた。
この霧と私のマイナスの感情はリンクしており、私が悩めば悩むほど濃くなっていくというものだ。
だとすれば余計に探りをいれる必要があるように思えた。
「ねえマルゲリータさんなんで私のことをそんなに嫌っているの?」
「さっきもだけれど、あなたがよくミスをする愚図だからよ」
この時私は今までの会話を順々に思い返してみた。
……するとある共通点があることに気がついた。
私達がダンジョンに入ってからのことは、鮮明に語ってくれるのにそれよりも前私達がどうやって出会ったかとかそんなことは一切語らないのである。
「わかった、ごめんなさい。 これからはみんなについていけるようにします」
「まあ精々頑張ることね」
そういって仲間達は私を置いてさっさと先へ進んでいってしまった。
私はそれを必死に追いかける。
そして気がつく、視界狭窄が前よりもよくなってきているのだ。
やはり私の心の迷いがこの霧を作り出していたのだと、確信した。
そしてその様子をまた物陰から見守っている二人の妖精がいた。
「おいおい兄貴あのお嬢ちゃん存外に勘がいいぜ……まずいんじゃないか?」
「大丈夫だ、俺にはまだとっておきの秘策が残っている」
そういって陰気な妖精はニヤりと口元を綻ばせた。
「何も精神的にいたぶるだけが俺の持ち技じゃない、ちょっと手荒だが力技だって出来るんだぜ?」
私達はついに第二層の出口付近まで辿り着くことができた。
その間にも何度か諍いが起き、私を動揺させようとしてくるが何度も同じ手を食うほど私も愚かではない。
そんな時私の足元に急に段差が現れパーシヴァルさんにぶつかってしまった。
「イッテエな! なんだよこのガキ」
そういって私の手を思いっきり払った。
痛い、これは幻覚などではなく実際の痛みであった。
私はてっきりこの霧が作り出した幻覚を見ていたのだとばかり思っていたため、一瞬の焦りを覚えた。
焦りは動揺を誘い、私の周りの霧は瞬く間に濃くなっていった。
しかし逆に言えば、それは私の推理の正しさを裏付けるものであった。
つまり私の中で動揺や迷いといったマイナスの感情がなくなれば、霧は晴れ元通りになるそう考えたのであった。
しかしそのためには憶測ではダメだ。
百パーセントの自信を持って、これは幻覚だと確信できる物的証拠が欲しい。
何かないか……私は走馬灯を走らせるが如く頭をフル回転させた。
――そういえばさっき手を払われた時。
そうだ!
私の中で百パーセントの自信が作れる、物的証拠が思い浮かんだ。
だが流石にここまでモロバレの手品を見せられたのでは、敵さんも必死になり物理的に攻撃できるのなら物理的に攻撃しようと躍起になってきた。
「もう怒った! お前のことをぶん殴らないと気がすまない」
「ビンタで済ませてあげたらー?」
まずい、今はビンタで済むがもしかしたら次は刺されるかもしれない。
私は一瞬のチャンスが生まれるのを待った。
そのチャンスの時とは、ビンタが決まった直後の一瞬である。
「……わかりました気が済むならそうしてください」
「おうやけに素直じゃねーか、じゃあビンタ一発決めるぜ」
そういった次の瞬間私の頬に衝撃と共に鋭い痛みが走る。
だが怯んではいられない、反撃のチャンスだ。
私はビンタした手からあるものを奪い取った。
「おう返せよ」
「……なんでですか」
「なんでって自分のものだからに決まってんだろ」
「いえそういう意味でなく、なんで指輪をとったのにアルテミスさんに戻らないのかと聞いているんです」
そう私の渾身の策とは、彼女から指輪を奪いとりなにも起こらなければ偽物確定だということを証明してみせることだった。
「は? お前なに言って……」
「動揺させる側が動揺してどうするんですか? 私は確信しました。 あなた達は偽物確定です」
「テメエ調子に乗るのもいい加減に……」
「私の仲間を馬鹿にするな! お姉ちゃんは決して私のことを役立たずなんて言ったりしない。 他の仲間達だって、そうだ! どうやら愚図でノロマなのはこの安い仕掛けを作った
奴のほうみたいだね」
そういった次の瞬間であった、偽パーシヴァルさんの振り上げた拳は霧散し周りからすっかりと霧が晴れた。
……やった!
勝った。
ありがとう、パーシヴァルさん。
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