ピッツァデリバリー
「働けど働けど我が暮らし楽にならず……か」
「んーそうだねえ」
私はいつものごとく垂れ流されるお姉ちゃんの愚痴を、聞き流しながら家に届いた
お手紙を開封し読んでいた。
といってもそのほとんどが何かの督促状だったりして、たまにあるお金をあげます
とはいったものは胡散臭いものばかりで碌なお手紙はなかった。
その中に拝啓アリス並びにリリー様といったまるで友達に手紙を、送ってくるような
書式のものがあったためそれを手にとった。
差出人は、クローネという人だ。
「ねーお姉ちゃん、クローネって人知ってる?」
「いいや、知らないけど?」
「なんかお手紙届いてるよ」
「わかった、とりあえず読んでおいて」
「はーい」
お姉ちゃんは大抵面倒くさい手紙や、督促状等は私に読ませるようにする。
お姉ちゃん曰く頭が痛くなるそうだからだ。
私はまったくそんなことを感じず、クローネさんからの手紙を読んだ。
『本日新商品の試食会開催します。是非来てください』
「んー、あれ? もしかしてこれあの例のパスタ屋さんからのお手紙じゃない?」
「あら本当、試食会かータダでご飯を食べさせてくれるなら行ってみようかしら」
「そうだね」
そういって私達は、例のパスタ屋さんへ試食をしに向かった。
私達は指定されたお客さんが皆いなくなった時刻ちょうどに店へとついた。
「いらっしゃいませ!アリスちゃんリリーちゃん」
クローネという浅黒い肌をした、筋肉質な男の店主が景気よく出迎えてくれた。
しかし、それに対して私達はいたって塩対応だ。
「どうしたの? 元気ないけど、もしかして財布落とした?」
「いやーまあでっかいでっかい財布を落としたって感じですかね」
「どうしたの? その話聞いてあげようか?」
「いえ、ただ両親が五億円ほど借金を残して死んじゃったって話なので空気が重くなるだけかと」
そういうと店主は途端に哀れみの表情を浮かべ、苦労してるんだなと労りの言葉をくれた。
「んーと、まあ身の上話は置いておいて、今日の本題に入りませんか?」
「おお、そうだそうだ。 実はな新しい商品を開発しようとしているんだけれど、それを食べてくれる
人はいてもアドバイスをくれる人がいなくてさーお嬢ちゃん達に頼もうかなって」
「あーなるほど」
お姉ちゃんはどなにやら合点がいったようだ。
私は何を食べさせてくれるのかただワクワクしていた。
店主は新商品として、私達の前にパンの上にトマトとチーズを乗せた料理を提供してくれた。
「……これが新商品ですか?」
私は改めて店主に確認をとった。
食べてみると味は普通に美味しかった。
それもそのはずである、ただパンの上にトマトとチーズを乗っけただけなのであ
るから、ここから劇的にまずくも美味しくもなるはずがない。
「……帰りましょうか」
お姉ちゃんは呆れた様子で、立ち上がって帰ろうとした。
「いやちょっとまってくれよ、これからが新商品開発の本番なんだからさ」
店主からは明らかに焦りの色が伺えた。
「流石にパンの上にトマトとチーズを乗っけただけのものを、新商品と言い張るのは無理がありますよ!」
それを言ったら元も子もないようなことを、お姉ちゃんはついぶちまけてしまった。
「いやだからさ二人の力を借りて、何か新しいものを作ろうって考えたわけよ」
「力を借りるってほぼ私達任せじゃないですか」
「でもこの新商品が当たれば、数パーセントの手数料もあがってウィンウィンじゃないのよ」
店主はそう軽い調子で言うが、新商品開発などそんな簡単なことではない。
しかし私にはある閃きがこの時浮かんだ。
「んーと、ねえ店主さん私生のチーズよりも溶けたチーズの方が好きなんだけど」
「いやーお嬢ちゃんわかっちゃいないねえ、これはチーズとトマトのサラダをパンの上に乗せたって料理なのよ」
そう一丁前に持論を展開する店主。
「とりあえずやってみたらどうですか? トライアンドエラーです」
私の意見にお姉ちゃんはフォローをいれてくれた。
流石にこういうときには頼りになる。
それに対して店主はあんまり乗り気ではなさそうだったが、仕方なくというていでパンの上にチーズとトマトを乗っけた料理を焼いてみた。
しばらく経つと、パン窯からはとても香ばしい臭いが漂ってきた。
そしてパンが焼け、チーズがドロドロと溶けていくに連れ意外にもこれは、新発見なのでは?という空気が漂ってきた。
パン窯からそれを取り出すと、さっきまでの貧相なパンの上にトマトとチーズを乗っけた貧相なサラダとは一変。
ドロドロのチーズと甘酸っぱい香り広がるパン料理がそこには出来上がっていた。
これは……?と思い再び私は試食してみると、先程までの印象とはまるで違う感想を持った。
「なにこれ美味しい! しかもこのチーズの伸びる感触が面白い!」
そう私が褒め称えると、つられて二人もその新商品にかぶり付いた。
「……美味しい」
「うめえ!」
両者ともに評価は上々であった。
「これ行けるんじゃないんですか! ちなみに新商品の名前はなににするつもりなんです?」
「ピッツァだ! この新商品の名前はピッツァにする」
焼いてオーブンから引っ張りだとすところから、その名前をつけたらしい。
かくしてピッツァという新しい目玉商品が、店主のお店に誕生した。
新商品の開発に付き合わされてから、数ヶ月が経った。
手数料は月ごとに増えていったが、私達の生活はいぜん苦しいままであった。
どれほど苦しいかというと、その日なにを食べるかに毎日考えを巡らせないといけないほど切り詰めて生活をしていた。
「ねーお姉ちゃん、今月も苦しいね」
「それはいつものことでしょう」
「あ! じゃあ、またクローネさんのお店に行って、御馳走にならない?」
そう私が提案すると、お姉ちゃんは少しの間考えを巡らせる様子を見せた。
その後お腹に手をあて、何やらまた少しの間考えを巡らせる様子が見て取れた。
「よし、行きましょう」
どうやら背に腹は変えられないようだった。
店主のお店へつくと、そこには長蛇の列ができていた。
「うわー物凄い人だかりが出来てるよ、どうする?」
「いや、行きましょう」
背に腹は変えられないモードのお姉ちゃんは、何を言っても聞かない。
よってこの人の列の最後尾に並んだ。
すると前の男性が声をかけてきた。
「あのーすみません、列の最後尾向こうですよ?」
「え!」
本当だ、向こう側にも列が出来ていた。
それにしても新商品一つで、こんなにも変わるものとは思いもしなかった。
私達はしぶしぶ一時間半程談笑しながら時間を潰し、自分たちの番を待った。
「いらっしゃいませ!」
いよいよ私達の番になると、店主はまたあの気っ風のよい声で挨拶をしてくる。
メニュー表を貰うと、何やら新作のピッツァがいくつも追加されているようであった。
「何にします?」
店主がニコリと微笑みかけるが、お姉ちゃんは仏頂面でこう言った。
「すみません今日も新商品の試食させてもらえませんか?」
それを聞くと一瞬店主の顔が強張ったのがわかったが、またいつもの笑顔に戻す。
「しょうがないなー命の恩人の頼みとあっちゃあな」
そういって店主は私達にピッツァの新商品であるポテトとベーコンが乗ったピッツァを振る舞ってくれた。
それを見て私達はありがとうございますと深々とお辞儀した。
「それからこの後時間空いてるなら、閉店後ここに残ってくれるかい?」
「あい、わかりました」
私達はガツガツとピッツァを貪り食い、あんまり意識がいっていなかった。
約束通り閉店後このお店に残っていると、店主はまた新たな頼みを申し込んできた。
「いやー実はさこんな大繁盛するとは思っていなかったわけよ」
そういった店主の顔からは、表通りをブイブイ言わせながら歩く覇気が感じられた。
所謂有頂天というやつで、少し危険な状態だ。
「それで頼みというのは?」
「ピッツァを配達してほしいんだ!」
なるほどそのために丁度いい適任が、二人ここにいるというわけかと合点がいった。
「でも配達ってどうやって? 注文はどうやって受けるんです?」
「大体いつもテイクアウトしていくお客さんが常連でいるんだよ。 たぶん居酒屋の
店主だと思うんだけど。 でさ、その居酒屋にできたてのやつを宅配してほしいのさ」
「なーるほど」
確かにピッツァは冷えたものよりも、できたての方が美味しい。
それに宅配となれば、それだけ余分に付加価値をつけることができる。
「でさ空でもスイスイーと飛んで宅配してくれないかな?」
「空をですか?」
空を飛ぶ魔装を作ること自体は簡単だ。
だが、空を飛ぶ魔装は如何せん操縦が難しい。
なので私は一度作ったきりもう二度とその魔装を使ったことはない。
うーん、うーんと悩んでいると店主は業を煮やしてなにやら算盤をはじき出した。
「一回運ぶごとにこれだけ出す! どうだ?」
そういって私達に提示された値段はまさしく破格といった報酬であった。
それを見てお姉ちゃんは目の色を変えて一言。
「やるわよ、リリー」
そういって私達は、宅配サービスを請け負うこととなった。
私達はまず、空を飛ぶ魔装を作るところから始めた。
「魔法少女リリーが命ずる、杖よ空を駆けろ『フライ!』」
そういって空飛ぶ杖をもう一本作ることに成功した。
次は杖にのって、空を飛ぶ練習が始まった。
最初は全然慣れないもので、平衡感覚を掴むのにとても苦労した。
しかし、徐々に徐々に慣れていき私達は空を飛ぶ技術を習得した。
かくして、ピッツァのデリバリーサービスを行った店主のお店は
更に多くの顧客を持つようになり、私達に入ってくる手数料も増えることとなった。
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