怪しいウワサ
思いたったら即行動、ということで私達は路上に出て呼び込みを始めた。
「耳かきいかがですかー、耳かきいかがですかーー、今なら美少女が一回三千でやってあげますよ」
「ちょっとリリー! それに美少女って」
「勿論お姉ちゃんのことだよ」
私はニイっと口角をあげ、微笑んだ。
それを見てお姉ちゃんは恥ずかしそうにそっぽを向いた。
そういう反応をするところがなんともつつましくて可愛い。
そんなことをしているとあらぬ人物が通りがかった。
悪役令嬢風の女マルゲリータである。
例の如くギラギラとした豪華絢爛な服装に身を包み、慎ましさののつの文字もない。
またサウナのときみたくだる絡みをされると面倒だ。
私達は場所を移動して、同じことをしようとしたときであった。
「ちょっと待ちなさいな、私耳かきには目がないですの。 是非やってもらおうじゃない」
「お嬢様、こんな路上で違法スレスレの営業をしている耳かき店を利用するのは辞めておいた方がよいような……」
従者長のアルテミスが止めに入る。
そして目があうすれ違い様に、ペコリと一礼してきた。
マルゲリータの下につけておくには勿体ないほど出来た人物である。
しかしマルゲリータとは少し仲良くなったとはいえ、本質は性悪領主だ。
彼女が右を向けと言ったら右を向かなければ、這いつくばれと言われれば這いつくばらなければ何をされたものかたまったものではない。
渋々納得して、彼女の接待をすることとした。
「わかりました、お受けしましょう」
「当然ですわ」
「えー、いいの?」
「来る者は拒まず、去る者は追わずよ。 わかった? リリー」
お姉ちゃんはこれ以上何も言うなと威圧してきているので、私はしょぼくれて閉口した。
私はお姉ちゃんが耳かきをしている間、向こうにいる従者長のアルテミスと会話することとした。
「ねえ、アルテミスさん」
「はい、なんでしょう」
「恋愛の方はうまくいってる?」
「それがですね、お嬢様は近々ご結婚なされるんです」
「え?」
私はあまりに突拍子のない回答に、唖然とした。
「それってアルテミスさんとってこと?」
「いえ……」
彼女は心苦しそうに首を横に振る。
「お嬢様が領主の一人娘であることはご存知ですよね? お嬢様は懇意にしている頭取の跡取り息子とご結婚なされるんです」
「えー」
私は驚きのあまり大声をあげたが、逆にアルテミスはポカーンとした表情だ。
「もしかしてご存知なかったんですか?」
「いえ……世相には二人とも疎いもので」
「それでマルゲリータさんの気持ちはどうなんですか?」
「勿論絶対いやだと言っておりますが、正直このままでは押し切られそうなんです」
「……それはなぜ?」
「頭取が永遠の愛を約束される指輪に多額の賞金をかけているからです」
「え? あの伝説の魔装を?」
『永遠の愛を約束される指輪』について説明するには、三百年前にいたとされる魔王を倒した勇者パーティの魔法使い、つまりリリー達のご先祖様について語る必要がある。
その魔法使いはリリー達と同じく女性だったとされている。
とても妖艶な姿をしていたとされるが、嫉妬深い性格で絶対に浮気されないために『永遠の愛を約束される指輪』を作ったとされている。
当然そんな伝説級の魔法使いが作った魔装であるため、リリーには絶対制作不可能である。
「けどそんな今や伝説と化した魔装本当に実在するんです?」
「少なからず番頭の中では、存在していてくれないと困る代物です」
その伝説の魔装がどこに眠るかはいくつかの説があるが、一番有力視されているのは地下大墳墓最深部にある霊廟だ。
その霊廟に辿り着くまでにはいくつものトラップが存在しているらしく、結局現物を拝めた者は三百年間で一人もいない。
「そこでお願いです。 頭取よりも先に『永遠の愛を約束される指輪』を取ってきていただけませんか?」
そんなどこにあるともしれない伝説の魔装を手に入れろだなんて無茶な要求と思っていたときであった。
「是非受けましょう!」
そこにはお姉ちゃんが立っていた。
「え? お姉ちゃんがなんでこの話知ってるの?」
「さっきそこにいる令嬢から同じことを聞いていたからよ」
「成程」
「とにかく私達のモットーは来る者は拒まず去る者は追わずですので!」
「ありがとうございます」
そういってアルテミスは、お姉ちゃんの手をいつまでも固く固く握りしめていた。




