第一章 二羽
憂鬱
この街、トウキョウでは主に人間と亜人(亜種人類、エルフや獣人など主に人の形をしているものを指す)が住む場所を大まかに決められている。
"鍵使い"の事件により、この街の中心に住んでいたほとんどの人達は街の外側へ、そして内側には亜人と残った人間達が一緒に生活をしている。
かといって全ての人間が納得しているわけでもなく、境界線側で亜人を追い出すための暴動も頻繁に起きていた。
そして今、時雨は街の内側にあるカフェにいた。
カウンターの席に座り、一人で珈琲を飲む。
この店「memory」には獣人の店主がおり、その店主が入れる珈琲は町一番とも噂されているほど人気の店である。
「なにか考え事でも?」
店主がコーヒカップを洗う手を止め、耳をひくつかせて時雨に尋ねる。
「いや、ただ知り合いが来るのが遅いなって思っただけです」
とっくに約束の時間は過ぎており、もうすぐ二時になる。
しかし、自由人であるスザクのことならば
と、時雨は仕方ないと諦めていた。
「あんた、アカツキシグレか?」
肩を叩かれ後ろを振り向くとそこには金髪、ピアス、奇抜なファッションという時雨にとってあまり会いたくない存在がいた。
「そ、そうですけど。何か用ですか?」
恐る恐る尋ねると、その青年は急に目をキラキラと光らせ時雨の肩を掴む。
「なら、あんたが俺の相棒だな!」
「へ?」
あまりの急な事に拍子抜けした返事をしてしまう。
もしかしたらなにか別の人と勘違いをしているのでは、と時雨が思っているうちに青年は急に飲み物を注文し始めた。
「俺の名前はシキだ。これからよろしくなミジンコ野郎!」
時雨にとって初対面の人に"ミジンコ野郎"なんて言われたのは人生で初めてである。
「み、ミジンコ野郎?」
「俺はここに来るまでにアンタの顔写真を見て、ニックネームを考えていたんだよ。それ
で一番似合ってるのがミジンコ野郎だ!」
シキは自信に満ちた顔で、時雨が写っている顔写真をひらひらとこちらに見せてくる。
一体自分にどんな所がミジンコであったのか髪の毛などを確認してみるがどこもおかしな所はない。
いろいろと気になる点があるがとりあえず落ち着く。
「どうしてスザクさんではなく、君が来たんだ?」
尋ねている時雨を完全に無視をし、シキは運ばれてきたオレンジジュースを飲む。
途中で会話をするために飲むのをやめるのかとおもったが、口を離さず一気に飲み干してしまった。
「もとから俺が来る予定だったんだよ。そしてあんたと俺には今日やるべきことがある!」
と言い、時雨の肩に腕を回してきた。
グイッと顔を寄せてきたかと思うと、さっきまでとは違う陽気な顔ではなく妙に神妙な顔で話し始めた。
「最近、この街で子供の誘拐事件が多発しているんだよ。タチが悪いことに攫われてんのが外側の人間だから、人間側が亜人のせいじゃないかって、バチバチの睨み合いが続いてんだよなぁ」
時雨にとってこの件は初耳であった。
街の新聞や雑誌などによく目を通している方であったのだが、このような事件は全く報道されていない。
理由も人間側と亜人側によるさらなる対立を避けるためであろう。
「で、俺達でその悪人を捕まえようって話だ!ちなみに拒否権はないらしい」
最後の一言がなければよかったと、時雨は心底思った。
「いつまでにやるんだ?」
「今日中だ!でも安心しろよ、目星はついている!」
シキは一枚の写真を見せびらかしてきた。
歩く一人の男が写っている写真だ。
「というわけで、いざ出陣!」
言葉を言い終わる前にドアの外に出るシキ。
よりによってこんな陽気な性格な奴と組まされ、これから先のことを考えると憂鬱な気持ちになる時雨。
仕方なく席をたち店の外へ出ようとするが、店主に呼び止められる。
「お客様、お会計を」
ああそうだった、と急いで自分が頼んだ分の小銭を出す。
「いえ、先程出ていかれました友人様の分もあるのですが」
シキが唐突に店から出ていったのも恐らく時雨に金を払わせるため。
姑息な奴め、と悪態をつきながらも仕方なくシキの分のお金を出す。
「ありがとうございます。またいらっしゃってください」
今度はシキという厄介者がいない時に来ようと決心した時雨出会った。
脳鬱