城内での死闘
お城の入り口を守る衛兵騎士に声を掛けてみた。
「あのお……。勇者一行なのだが、国王様と会う事はできないだろうか」
「はあ? できるわけないだろ。そもそもお前、顔が無いではないか。帰れ帰れ。警察呼ぶぞ」
警察呼ぶってなんだ。血管がピクピクする……。落ち着け、落ち着くのだ。穏便に事を進めてこその四天王なのだ。
「これは敵を欺くためのトリックアートっす。本当は胸の辺りに顔があって、中からは良く見えるんです」
そういって胸の辺りを拳でコンコンと叩いて見せた。プーっと吹き出して笑う女勇者にポーカーフェースの概念は無いのだろう……。後でデコピンをしてやりたい。
「ほー面白いなあ。だが、国王様はお忙しい身。たとえお前らが本物の勇者一行と言っても簡単には会って貰えないぞ」
「そこをなんとか」
紙袋から赤いリンゴを一つ手渡した。
「ゴクリ。よし、通っていいぞ。だが国王様が話を聞いてくれるかどうかはお前ら次第だからな」
赤いリンゴを受け取ると、さっと背中の裏に隠して一歩下がった。流石は訓練された衛兵騎士だ。
「言っておくが、俺がここを通したと絶対に言うんじゃないぞ」
カリッ。ムシャムシャとこっそりリンゴを食べ始める。
「誰にも言わない。約束しよう」
私は紳士なのだ。
「……」
まるで喜劇のようにうまく城に侵入することができた。
「ひょっとして、あのリンゴって何か仕掛けがあるの? 毒リンゴとか」
「――ないない! お前も食べただろ」
人聞きの悪いことを言わないでほしいぞ……いや、モンスター聞きの悪いことの間違いだ。ややこしい。
「平和ボケしているのは人間界も同様のようだ」
城内をゴツゴツと全身鎧で音を立てて歩いた。四天王が国王の目前まで迫ろうとしているのだ。
私にその気があれば、チェックメイトのカウントダウンなのだ――。
「止まれ!」
「「――!」」
振り向くと衛兵騎士とは少し違った若い男が剣を抜き構えている。青銅の鎧と派手な赤いマント……ひょっとして、――目立ちたがり屋か。
「何者だ」
「それはこちらのセリフだ――。俺は今日から勇者になった……」
――だめっ!
「黙れ! 貴様の名前など聞いておらん! ストップ! 言ってはならん!」
魔王様のお名前すら公表していないのだ。まだ出てきて数秒も経っていないヒヨッコ勇者などに自己紹介されては、魔王様にどつかれる――!
「俺の名は――」
「言うな! あー! あ~! 聞こえない!」
咄嗟に声を出して耳を塞いだ。これで奴の名は聞こえないぞ――。
「顔ないくせに……」
「はうっ!」
女勇者め……隣で余計なことを言いよる……。
「それと、隣の女みたいな戦士! いったい何の用で城へと入ったのだ!」
――!
「酷おい! わたしは女勇者だ! 兜を被っていればまだしも……顔出しているのに女みたいだなんて……ほんと酷い! 最低だわ……」
いやいやいやいや、泣きながらしゃがまないで――! どんなメンタルなの? 蝉やトカゲの尻尾を食べてまで頑張っているんだろ? 男勇者にちょっと悪口言われたくらいで泣くことなくない?
「貴様……謝れ! 男みたいな鎧を着ているが性別は女だ!」
勇者が女子を泣かすな!
「え? 女だったの? いや、女だったらもっと露出の多い鎧を着るのが常識っしょ」
剣と魔法の世界では……常識かもしれない。冷や汗が出る。しかし、この勇者もこの鎧の価値に気付かないとは……。
剣を抜いた勇者に剣を抜かねば失礼に当たる……か。
「身に掛かる火の粉は払わねばならぬ。この魔王軍四天王の一人、宵闇のデュラハンに剣を向けたことを後悔させてやろう」
久しぶりに白金の剣を鞘から抜いた。最近、ぜんぜん抜いてない。敵が弱いと私の強さが際立たないのだ……。主人公最強のキーワードが偽りかと疑われてしまう……。
さすがは白金の剣だ……惚れ惚れしてしまう。久々に抜いたが錆びどころか指紋一つ付いていない。言い忘れたが、この白金の剣も手入れをかかしたことはないぞ。鎧を有機溶剤を染み込ませたウエスで拭いてから、ついでにこの剣も拭いている。――毎日拭いているぞ!
どちらかというと、体の一部のようで……あまり価値を感じないのだ。なんか、爪? みたいな。
「でやー!」
声を出して切りかかってくるな! 子供か!
キン!
城内に金属音が響く。この男勇者も……たわいもない。女勇者よりも見どころはあるのかもしれないが……剣さばきがまるでなっていない。金髪イケメンだが……人気投票では女勇者には負けるだろう。私の足元にも及ばないだろう――。
カンッ! キンッ!
金属音が城内の野次馬を集めてしまう。
カンッ! キンッ!
剣を剣で受けながらこっそり聞いてみた。
「貴様に聞きたいことがある」
「クッ、な、なんだ」
「この程度の腕前で勇者になれたのなら……国王と親しい仲なのだろう」
「だ、黙れ! 図星なことを言うな――!」
図星って……。つまりは女勇者のように、勇者の血を引く者とは違い、皇族の勇者なのだろう……ぼんぼんか……。
つまり好都合だ――!
「国王の朝食は何だったのかを……言え」
「――! なんだそれは。ぜんぜん関係ない話じゃないか!」
「貴様には関係ないかもしれないが私には関係大ありなのだ」
というか、それがそもそもの目的なのだ。男勇者と剣を交えるつもりなど、これっぽっちもなかったのだ。とっくに勝敗は付いている。勇者の剣はどんどん動きが鈍くなり、私の方から一切攻撃していないことにもようやく気付いたようだ。周りの野次馬からもヒソヒソ声が聞こえる。
――男勇者などよりも、デュラハン様の方がお素敵と――。
「まずは朝食を言え。一緒に食べたのだろう」
貴様とて、こんなところで無様に命尽きたくはなかろう。
「……なめこスープ」
あーヌルヌルのやつか……。味噌汁派じゃないんだ。
「だが、それだけではあるまい」
すべてを言った方が楽になれるぞ。
「……アスパラサラダと鰺の開き」
朝から鰺の開きとは……グヌヌヌヌ、海沿いの民宿のようで羨ましいぞ。アスパラは……白いやつなのか緑のやつなのかでテンションがぜんぜん変るぞ。
どっちがどうとかは……内緒だ――! 俺は緑派だ――!
「次! 昼!」
「――ひい! ええっと、モスノバーガーっす」
「モスノバーガーだと!」
マックじゃないのが……腹立たしい――! ちょっとお高目なのが……さすが国王、腹立たしい――!
――否、私はどちらの応援をしているのだ――。人間の国王は贅沢極まりない証拠を掴まなくてはならないというのに……羨ましがっていてどうする。これでいいのだ――!
「最後に、夜! 昨夜はどうだった!」
「ひい! ええっと、フォアグラと」
「ッシャー!」
――きたっ、フォアグラーー! 思わずガッツポーズをしてしまう。
「白子のポン酢がけ」
白子のポン酢がけ……んん?
「ちょっとまて、それ、ジャンルは何だ! ただただ貴様の食べたい物を列記しているだけではないのか」
だったらサザエの壺焼きと親子丼も仲間に入れてくれと言いたいぞ! 冷や汗が出る。
「本当だ、信じてくれ! あとは、長芋のトロロと鱧の茶わん蒸し。シメは雑炊。デザートはプッチンチンプリン」
グヌヌヌヌ……。
「殆ど柔らかい食べ物ばかりではないか――!」
国王もいい歳だからか……。
ぶんっ――!
ポキ、ドカ、ドテ。一度剣を大きく振うと勇者の剣は根元から折れ、剣圧で壁まで吹っ飛び倒れた。
「ぐはっ!」
鼻血がポタポタと鎧に落ちているのが……羨ましい。私には顔が無いから鼻もない。
「弱い。弱過ぎて……楽しくもない」
むしろ、弱い者虐めをしているようで……罪悪感がある。人間は魔族の敵なのだと割り切って切り捨てたいぞ。
白金の剣を鞘へと収めた。とんだ茶番だったが、これで今日の仕事はおしまいだ。割と早くに国王の食事を聞き出せラッキーだったのかもしれない。これで魔王様に正々堂々とご報告できる。
「……次に会う時までにもう少し剣を磨いておくがいい」
「……剣なん」
「次は手加減などしない」
「……ック」
いや、多分する。安心しろ。
手加減しなくては、そのうち勇者は一人もいなくなってしまう。
それはそれで……マズいのだ。
「いつまで泣いているのだ」
まだしゃがみ込んだままの女勇者の横で同じようにしゃがむ。全身鎧でしゃがむのはちょっと辛い体勢なのだ。
「泣いてないもーん。テヘペロ」
テヘペロって――!
「うわ騙された。ホンマ腹立つぞ――!」
「騙される方が悪いのよ」
「……」
魔王軍四天王、宵闇のデュラハンを見くびらない方がいいぞ。本当は泣いていたのくらい、目を見れば分かる。
白目の部分が赤くなっていたから……。
羨ましいぞ……。私には顔が無いから……。
女勇者と城から出た。もうここに用はない。
「今日はお陰で早く仕事が済んだ。礼を言う」
「わたしの方こそ、リンゴをありがとう。また……ね」
また……ねの、「……」にはいったい何が入るのだろう。「またリンゴを持って来てね」の気がしてならない。
城下町にはたくさんの店があり今日も賑わいを見せている。魔王城の城下町もそうだが、人間界も平和そうで何よりだ。
「帰りは一人で帰れるだろうな」
「……当たり前でしょ」
安心したぞ。ここからポツンと一軒家までは20キロある。今から往復すれば……夜中になっても魔王城に帰れない。リンゴ一つでそれだけ歩ければ十分だが……その後の栄養状態が気にかかる。荒れた畑に食べられそうな野菜や果物は見当たらなかった……。つまり、畑を荒らすモグラや猪も期待できない……。カラスも飛んでこない。
「勇者様~!」
遠くの店の窓から女勇者を呼ぶ女性の声が聞こえてきた。宿屋のお姉さんが窓を開けて声を掛けてきたのだ。
「泊まっていくかい? 安くしとくよ」
「え、いくら? わたし文無しよ」
文無しって……。冷や汗が出るぞ。
「はっはっは、勇者様ならお代はいいよ。出世払いで」
――出世払い! この女勇者に期待しても……とは言わない。言えない。
「真夏の間は城下町で暮らす方が安全だ」
出世払いができなくても、あの宿屋のお姉さんなら何とかしてくれるだろう。見た目はいい人だ。
「そこの顔無しに払ってもらうわよ」
やっぱり、人は見た目で決めてはならぬ――!
「払わぬ――! それに私は顔無しではない! 宵闇のデュラハンだと何回も言っているだろ!」
顔無しって聞くと……みんなアレを想像するから――。アレはアレで人気者だから――! 手から金を一杯出せてしまうから~!
「あっはっは。あんたも一緒に泊っちゃう~? シーツにはノリがパリッパリにしてあるから、それはもうカサカサで痛いくらいよ」
ノリ盛り過ぎ――! 私は柔軟剤の方が好きなのだ。
――匂いは微香で十分なのだ。全身金属製鎧だが、敏感肌なのだ――!
「え、え、ちょっと一緒になんて泊まらないわよ。どうしてわたしがこんな顔無しと一緒のベッドで寝ないといけないのよ!」
誰もそこまで言っていないぞ――! ツインベッドとダブルベッドを混同してはいけないぞ――!
「赤くなっちゃって、可愛いい」
私ではないぞ。女勇者だぞ。
「もう!」
もうって……?
いやいや。悪いが私の興味があるのは、あくまでも女勇者が着ている「女子用鎧、胸小さめ」だけだ。人間の女になど何の興味もないのだ。早く魔王様にもご報告しなくてはならない。国王の豪勢っぷりを盛りまくって――。
「一緒に……泊まってく?」
正気か? 御冗談を……。
「泊まらない。自慢ではないが、枕が代わると眠れないタイプなのだ」
本当だぞ。寝付けないんだぞ。
「ホントに自慢じゃないわ」
――黙れ宿屋のお姉さん! メッ!
「一緒に泊ったら……あなたの欲しい物が……手に入るかもよ」
「――!」
色仕掛けですか? たしかに女勇者がお風呂に入る時や眠っている時に鎧を脱げば……。
――奪える! ごっそり奪える!
でもね、頬をピンクにしないで! 奪うのは鎧の方だから――! さらには、私は魔族だが紳士なのだ――。敵の勇者だからといって脱いだ隙に鎧を奪って逃げるなど……できない。
――盗みは騎士失格だ。下着ドロボーみたいで、魔警察に捕まり魔豚箱に閉じ込められてしまう――。
「すまない。外泊すると魔王様に叱られるのだ」
「プッ」
笑うな宿屋のお姉さん。そもそも純な二人をからかって遊ぶなと怒りたい――!
「じょ、冗談に決まってるでしょ。もしかして本気にしたの。相変わらずおバカさんね~!」
どこからそんな台詞を思いつくのだ――。開いた口が塞がらない。首から上は無いのだが……。
「じゃあね……」
「ああ」
背を向けてその場を後にした。半ば逃げ出した……。
城の近くに隠してあるワープできる虹色の井戸へと飛び込み魔王城へと帰った。
グルグル回る感じが……やっぱり気持ち悪い……洗濯機のようだ。
糊付けのシーツって、洗濯機で糊付けしているのだろうか……。
読んでいただきありがとうございます!
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