調査
人間界の城下町には入れて貰えなかった。さすがに顔がないから怪しいと門前払いされたのだ。クソッ! 私も瞬間移動の魔法さえ使えればこんな苦労はしないのに――。
仕方がないので城から20キロ北に歩き、女勇者の住むポツンと一軒家に来たのだが……。剣を手にして小屋の陰に座り込んでいる。トレーニングの休憩中なのだろうか。
「久しいな、女勇者よ」
「……お、お前は、顔無しのデュラハン! 今日は何の用だ」
慌てて立ち上がり、剣を抜いて構える。
「顔無しではない! わざと言っているだろう。それに立ち上がって構えるのが遅すぎる! 隙だらけだぞ。……まあよい。今日も戦うために来たのではない、剣を下ろすがいい」
「……」
剣を下ろしてまた座り込む。熱中症ではないだろうかと心配になるような座り方だ。体育座りだ。三角座りとも言う。
「ちょっと見ないうちに痩せたのではないか。褒め言葉ではないぞ」
目の下や頬に疲れが見えている。過度なトレーニングのせいなら感心しない。
「ほっといてくれ」
「夏バテで食欲がないのか?」
「……食欲はあるが、食べる物が……ない」
「……」
食べる物がないって……剣を振っている場合ではないんじゃない?
魔王様にこのことは報告してはならない。ぜったいに――。魔王様も朝食……いや、昼食や夕食までも抜くと言い出しよる。お菓子で済ませるのとは訳が違う。
「あまり聞きたくないが、昨日は何を食べた」
「蝉」
――蝉! ひょっとすると今が旬――! いや、土の中をモゾモゾしている方が栄養価が高そうだぞ。そういえば小屋の周辺ではセミの鳴き声が聞こえないぞ……。冷や汗が出る、夏なのに。
「一昨日は」
「トカゲの尻尾」
トカゲの尻尾――! コモドドラゴンくらいの大きさなら満腹にもなりそうだが……。
「尻尾だけなのか」
「本体は……尻尾を切って逃げた。それに、尻尾はまた生えてくる」
「……う、うん」
……おおよそ魔女や地鶏が食べている食事だぞ――。可愛い顔をしてなんてものを食べているのか……。もっとタンパク質を取らなければせっかくトレーニングしても筋力が落ちる。……胸筋も痩せるぞとは言わない。言えない。
「失礼なことを聞くが、食パンは何枚切りを食べるのだ」
「食パン? ああ……小さい頃はよく母と一緒に食べた。懐かしいなあ」
目を閉じて思い出す横顔に胸がドキドキする。……八枚切りとか言い出しそうでヒヤヒヤしてしまう――。
「何枚切りかは分からないが、パンの耳が一杯袋に入ってた」
……。
「すまない。ありがとう。よく分かった」
これ以上、この女勇者の話を聞いてはいけない……。魔王様と朝食をともに食べてはいけない気がする。耳の需要と供給が合致する――。
持って来た紙袋から真っ赤なリンゴを一つ取り出した。こんなこともあろうかと魔コンビニで買ってきたのだ。最近、魔コンビニのレジ袋が有料になったから、自前の紙袋に入れてきたのだ。
「ここにリンゴがある」
「――! そのリンゴ、まさかわたしにくれるのか――!」
咄嗟に立ち上がった。瞳に希望の光が戻っている。
「ああ。ただし条件がある」
「ゴクリ……。魔族の施しなど受けぬ! 魔族の施しを受けるくらいなら……人間として餓死する方がよっぽどましだ!」
と言いながらも体は正直なようで、お腹をグルグル鳴らしながらゆっくり右手がリンゴへと伸びてくる。
――必死に本能と煩悩が葛藤している――。あ、煩悩が負けた。
真っ赤なリンゴに歯磨き粉のCMのように噛り付く。冷や汗が出る、古過ぎて。
「この鎧と交換なら……断固拒否する! ムシャムシャ」
「……」
……だったら先にリンゴにかじりつくんじゃないぞと言ってやりたい。可哀想だから言わないけど……。
「今日はその件ではない」
慌てて食べるとリンゴが喉に詰まるぞ……芯の部分が。
「わたしの一番大切な物なら……ムシャムシャ。あーどうしよう。迷うわ」
「――迷うな! その一言で老若男の人気をかっさらおうとすな!」
リンゴ一個と交換って、大安売り過ぎるぞ――。
「生きていてこそなのよ……。食べ物がなければ生きていけないことがよく分かったの」
「今さら――!」
リンゴの芯まで食べ終えた女勇者の頬が少し赤い。リンゴのように赤い。種まで食べたぞ……。
「おかげで助かったわ。街まで行く力もなくて困っていたのよ」
いや、こんなポツンと一軒家で食べ物がなくなったら……死ぬぞ。干からびてスケルトンの仲間入りを果たすぞ。
「礼には及ばん。今日は特別に頼みがあるのだ。人間の国王がどんなものを食べているのか調査したいのだ」
「……それが魔族のやり方か」
「? ……そうだが」
「汚いぞ――!」
食事調査の手伝いが、それほどまでに汚いのだろうか。
「汚くない! 手伝わないというのなら、食べたリンゴを返せ」
倍返しだ!
「……まさか勇者のわたしが人間を……国王様を裏切ることになるなんて……」
裏切りと呼べるほどのことではないと思う……毒を盛るのならともかく。
「背に腹は代えられないだろう。国王の食べている物が分かれば……直ぐに帰ってやる。危害など加えぬことも約束しよう」
城下町に入る手伝いと、城の中へ入って国王の食べているものを聞きだせればいいのだ。
「我ら魔族は目的のために手段は選ばぬのだ」
――絶対にフォアグラ食べているはずだ。ご馳走=フォアグラなのだ。
「ご馳走は……唐揚げよ」
「……」
ふん……庶民め。その通りだ。
女勇者の兜だけを貸してもらい、頭の部分に置くだけで見事に城の門番を騙すことができた。
ずっと左手で兜を抑えている私を少しも怪しく思わない門番たち……チョロすぎる。
「この兜だけあれば、フリーパスで入れるではないか」
城下町に入ってしまえば、もうあとはノープロブレムだ。フルフェイスのヘルメットでもいいかもしれない。
「兜を返しなさい」
「チッ」
渋々差し出した。兜を触った時の質感がまたガントレットの手に残っている……。
有機溶剤よりも天然オイル系で手入れした方が良さそうだ。質感が微妙に金属ではなかった。ああ……鎧も触りたい。だが、触りたいなんて頼んだら、また変な誤解をされてしまうから言えない……。
「こんな簡単な方法を思いつかないなんて。ちょっとは頭を使ったら? あ、頭なかったわ」
「……」
調子に乗るなと言いたいぞ。女勇者だって……言わないけれどいろいろと無いではないか。言わないけど。
「――ちょっとヤダ! 今、わたしの胸元を見てニヤついてたでしょ! いやらしい!」
「見ていないぞ。そんなもん」
慌てて目を逸らす。
「そんなもんってなによ! 腹立つ!」
いや声が大きいぞ。周りの視線を集めるのはあまり得策ではない……。
「大きければいいというものではない。大きければそれなりにリスクがある。肩も凝る」
「やっぱり見てたのね」
「……」
鎧の上から手で隠すなと言いたいぞ……やりにくなあ……。
「見たいなら……正々堂々とそう言えばいいのに」
「――!」
いや、そんなツンデレ攻撃、私にはぜんぜん効かないぞ――!
「デュラハンの……エッチ」
頬を赤くしないで――! 乙女ぶらないで!
蝉やトカゲの尻尾を食べていた事実は消せませんから~――!
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