魔王様、贅沢は味方でございます
「なぜだ――。ぜったいに敵ではないか! 誰が何と言おうと、こればっかりは予が正しい――!」
魔王様の美しいお声が、早朝の魔王城内一階の魔王食堂に響き渡る――。
普段は穏便な魔王様が急に大きな声を出したので、厨房のコックたちは驚き慌てふためいた。
朝早い時間……すなわち早朝、魔王食堂は空いている。モンスター達には夜型が多いこともあるが、殆どが夜更かし朝寝坊型なのだ。朝の六時に朝食を食べている他のモンスターは誰もいない。7枚切りの食パンをトースターで軽く焼きトレイに置くと、一番近くの席に魔王様と座った。
「魔王様が贅沢をされても誰も文句は言わないでしょう。ですが、あまりにも魔王様がケチ臭いことばかりしていると、我ら魔族全員の士気に悪影響を及ぼしてしまいます」
「デュラハンよ、卿は予のことを遠まわしにケチ臭いと申すのか」
遠回しにした覚えはございません。どストレートです。
「はい。申します。申し訳ございませんが、申します」
魔王様は渋い顔を見せる。ですが私めもここは引けませぬ。絶対に私の方が正しいです。
「まず、魔王様。食パンをトースターで焼いて下さい」
7枚切りだから直ぐに焼けます。
「なぜだ。焼いてあるパンをもう一度焼く必要はあるまい」
もう一度焼いた方がカリカリになって美味しい。香りも良い。
「さらには、バター、マーガリンをもっとタップリと塗って下さい」
使わなくても賞味期限が切れれば捨てなくてはならないのです。珍しくて買ってみたジャムとかは特に……。それと、年に一度しか使わない香辛料とか粉山椒とかもケチケチ使ってはならない。
「……それは好みの問題で、ケチや贅沢とは関係あるまい。粉山椒は掛け過ぎると舌が痺れて何の味か分からなくなることもしばしばあるぞよ」
あー言えばこう、コー言えばああ……。ほぼ純白に近い色をした食パンをもしゃもしゃと頬張る。
「さらには食パンの耳も、ご自分で食べて下さい。私のお皿にさりげなく乗せないでください」
「――! 予は……満腹なのだ。耳まで食べるとお腹いっぱいになってしまうのだ。咀嚼するから満腹中枢が刺激されるのだ」
他の中枢も刺激してやりたい……。
「あーお腹いっぱい。ご馳走様でした」
「……」
「……何か言いたげだな」
「これまで歴代の魔王様で、朝食が食パン一枚とコーヒーだけだった魔王様など、一人もおられません」
朝から大きなテーブルで豪勢な食事をしていたに違いない。目玉の入った得体の知れないスープを飲んでいたかもしれない。焼き魚の目玉は想像以上に硬い――。
「予は……もう豪勢な食事に飽きたのだ」
「飽きた?」
小さな頃から魔王様を知っているが、それほど豪勢な食事をしていた記憶が……無い。近くの民宿に行った時くらいだと思う。民宿の夕食は豪勢だ。御飯をお代わりできる。
「昔よく飲んだ……粉をお湯に溶かして飲む食事は……もはや贅沢の極み! まったりと濃厚で奥ゆかしい味わいがお口一杯に広がるのだぞよ」
魔王様、お口からヨダレが垂れていらっしゃる――。怖ろしいくらいに昔の記憶が美化されているようだ……。
はて、粉に溶かして飲む食事など魔王様はいつ口にしていただろうか……、まさか――!
「――粉ミルク!」
「そう! それ! 粉ミルク! 滅茶苦茶美味しかったぞよ~」
ガッカリしてしまう。粉ミルクが贅沢の極みだなんて……魔食堂のコックさん達に怒られてしまうぞ……。
「そうガッカリするでない。あれこそが生きるための食事なのだ。あれほど贅沢な物はないのだ」
「私めは……母乳派でした」
「――母乳派!」
「魔王様のようにあまり詳しくは覚えていませんが……」
父も母も私と同じで全身鎧の顔の無いモンスター……。母親のどこから母乳が出たのか考えると怖ろしい。冷や汗が出る。
「そもそもどうやって卿が吸ったのかも、考えると怖ろしいぞよ。顔ないやん」
……そうでした。赤ちゃんの時から顔の無い全身鎧でした。
「昔の事なのであまりよく覚えておりませぬ」
魔王様のように贅沢な味や香りなど……忘れてしまいました。金属の味がしたのかもしれません。母も全身鎧だから。
階段を上がり、魔王城四階の玉座の間へと戻った。
今日も部屋の外からはミンミンゼミの鳴き声が容赦なく降り注ぐ。よく見ると部屋の中にも数匹蝉が入って鳴きまくっている。うるさいけれど……しばらくの辛抱だ。
じきに静かになるのが……可愛そうだ。落ちて動かなくなれば……中庭に埋めてあげなくては。
「魔王様が贅沢をされれば、他のモンスター達は皆、魔王様のようになりたい、出世して贅沢をしたいと向上心が生まれます。それが魔族の力、スキルアップなどに繋がるのです」
食パン一枚を御馳走のようにありがたがっている魔王様など……誰もなりたいとは思いません。
「うーむ。卿の言う事も一理ある。しかし、魔王城の耐震補強工事や水道管の更新工事など、今はもっと早急に金をかけなくてはならないところがあるのだ」
……額の桁が違いそうな気がするぞ。塵も積もれば山となるだが、塵が積もって山になったのなんて、見たことないぞ。
「当たりつきアイスクリームに当たりを入れられないほど節約せねばならぬのだ」
「それは反則でございます」
当たりつきには当たりを入れましょう。
「当たり無しの宝くじを売らなければならないほどなのだ」
「それも反則でございます」
暴動が起こりかねません。せめて、売れ残りを当たりにお選びください。サマーズジャンボ宝くじに当たったためしはありません。……当たっても絶対に当たったとは口にしませんから大丈夫です。
「それに魔王様のお召し物も、いつも同じローブでございます。新調してはいかがでしょうか」
袖口や襟のところが少し破れてきております。
「ローブは高いのだぞよ。安物は薄いし」
「……それこそ、魔法で作れないのですか。無限の魔力で」
魔法を唱え続ける限り豪勢な衣装を着ているように見える魔法はないのだろうか。
「裸の魔王様みたいで怖いぞよ。急に魔法が解ければ放送禁止になるぞよ」
――下もマッパ! それはまずいっス。
裸の王様は、パンツだけは穿いていたはずだぞ――。たぶん白いブリーフだったぞ。
「人間の国王に負けないくらいの贅沢をしなくては、魔族が人間側に裏切る恐れもあります」
餌や金銭で釣られてしまう輩もおりましょう。
「予を裏切るモンスターなど、おるまい」
おーるまいてぃ! 魔王様はお甘い――。
「おるおる。スライムなんて、しょっちゅう裏切るではありませぬか。『スライムが起き上がり、仲間になりたそうにこちらを見ている……』などと愛嬌を振りまき魔王様を裏切るのでございます!」
勇者と魔王様とどちらが怖いか……たっぷり思い知らせてやりたい。勇者にも仲間にされなかったモンスターがその後、どうなっているのかを……最期まで教えてやりたい。
魔王様を裏切ったふりをして勇者の仲間になり、ラスボス戦でまさかのどんでん返し裏切り劇を繰り広げるモンスターが……いて欲しい――。
って言うか、私ですら自らの私利私欲のために魔王様を裏切ろうとしていたとは……口が裂けても言わない。いや、裂けるのなら言うかもしれない。そもそも口ない。首から上が無い。
どうやって喋っているのかは……内緒だ。冷や汗が出る。
「魔王様も我ら四天王も、他のモンスターの憧れにならなくてはならないのです。食パンを七枚切りから六枚切り……いや、五枚切りくらいに分厚くしたり……」
「ふむふむ」
「トイレのスリッパは共用ではなく、『魔王様専用』とか『四天王専用』とかにして、色も緑から金色や銀色にしてみたり……」
「ほうほう」
「蛇口から水を飲むのではなく、ミネラルウォーターを飲んだり……」
「他には!」
「直ぐに浮かびませぬ――!」
ちょっと待ってください! もっと時間をください!
いつの間にか、私もドップリ庶民生活に浸かってしまい――咄嗟に贅沢が思いつきませぬ――!
シクシク……。
トイレットペーパーを「シングル」から「ダブル」にするなんて……言いたくても言えない……。ダブルになったらワザワザ一度全部伸ばしてシングルに巻き直して使うかもしれない……。シクシク。
「デュラハンよ、言いたいことはよく分かった。魔王は魔王としての威厳を保つため、そこそこ贅沢をしなくてはならぬと申したいのだな」
「はい。さようでございます」
話が脱線して遠回りしました。
「なので『贅沢は敵』などと敵視するのではなく、贅沢を味方と改めて頂きたかったのでございます」
寛大な魔王様であれば分かって頂ける筈です。
「分かった」
ほ、本当ですか――! さすが魔王様――! これで朝食がもっと贅沢できる――。裏表にマーガリンを塗って、ポタポタ零れるのを手で受けながら食べにくそうに……食べられる――!
「では、卿の申す人間の国王や勇者がどれほどの贅沢をしているのか、……ちょっと調べてまいれ」
「……」
何故ゆえに……。
魔王様は魔王様の考える贅沢を実行可能な範囲で行えばよいのでは? わざわざ人間界に行く必要はなくない?
「だって、ほら……人間の国王も実は食パンは七つ切りだったとか、勇者もパンは七つ切りだったとか、結局一緒だと仲間外れにされたみたいで嫌じゃん」
嫌じゃんって……。
「じつは魔王だけ贅沢している~と、後ろ指差されるではないか!」
うしろゆびささくれ隊? 冷や汗が出る、古過ぎて。
「分かりました。このデュラハンが直接調べてまいります……」
「うむ」
今日も残業になるかもしれないが致し方ない。自分で蒔いた種なのだ……。
贅沢するために少々の犠牲はやむを得ないのだ……。
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