第一幕 最麗なる君
金属のぶつかり合う音。銃の発砲音。そして人の悲鳴がけたたましく固定型の無線機から流れ出る。
和風作りの屋敷に響く騒音の中。家の雰囲気にまるで似つかず、渋谷帰りのような格好の青年は、膨らんだトートバッグを自室のベッドに放り投げた。
「──大量の落ち武者と影猫に襲われている!!先発隊はほぼ全滅!
四ノ宮の霊媒師にも被害多数!!
付近の學生、霊媒師は全員、西麗山に迎え!!!
繰り返す………」
無線機から垂れ流される無数の悲鳴。戦国時代のような刀のぶつかり合う音。こちらまで血肉の焦げる匂いが漂ってきそうなほどの爆破音。そして、得体の知れない無数の不気味な呻き声。
女子のようなウルフの銀髪を揺らし、青年はカーデを夜椿の羽織に取り替えて仏壇の前に座る。
お鈴を鳴らし、手を合わせ、艶やかなホクロを携えた口元が婀娜に動いた。
「行ってきます。姉様。」
手を合わせ、仏壇に置いてあるロケットを首から提げる。机の上に無造作においてあった日本刀を手にし、青年は家を後にした。
夜も深ける山奥。どっしりとした木々が密集する中で、さらに人と魑魅魍魎が鬱蒼と密集する。
松明が灯され、縦枠花菱の陣幕が囲む平方数百メートルの結界を背後に人々は怪異達と熾烈を極めていた。
制服を着た学生から、四十五十の中年まで、中には老骨までもを含み、老若男女問わず人々は奮戦を続ける。
「憎キ怨敵、我ラノ姫君ガ為、討ツベシ、
怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨…………!!!」
叫びを上げる亡者の怪異。
首のない武士、足の無い武士、影だけの猫。
無数の怪異達が人間を圧倒する。
魔法、魔術、銃、剣、槍、拳。
ある者はRPGに出てくるような大剣で落ち武者を斬り裂き、ある者は魔法を用いて火葬場並みの業火で一気に落ち武者達を灰にする。
しかし、怪異たちの足は止まらない。
首を落とされかけようと胴を真っ二つにされようと、息絶えるまで構わず霊媒師達に襲いかかる。
そして疲労で崩れた部隊の穴から怪異達が攻め込んでくる。
その崩された穴からまた被害が広がる。
戦線の後退。
そしてまた穴が空く。
力の差は歴然でも、物量が圧倒的に足りない人間達はついに陣営本部の結界まで後退してしまっていた。もう後がない背水の陣。されどこのままでは確実に崩される。
刀を振り下ろす落ち武者を抑える中、足元でゆらりと何かが揺れた。
「ッ゛!!」
男は足元に現れた影猫を踏みつぶす。
「ギニャア!!!!」
この戦いにおいて最も厄介なのはこの影の猫だ。
防衛線に甚大な被害を出しているその落ち武者達。それを呼び起こしているのがこの影の猫。
こいつらはその小さい体と夜に紛れやすい黒い霊体で防衛線をすり抜け、既にいくらか結界までたどり着いている。あまつさえ結界を破ろうと足元から亡者の武士を呼び起こして。
それだけでも厄介だと言うのに影猫は己自身に呪いを含んでいる。
影に入られたら取り殺されかねない。
ならばこの猫を優先して排除すればいい話なのだが、前線はこの猫共が呼び起こした落ち武者共で手が離せない。
必然的に後衛に任せるしかないのだが、猫共はその連中の影に取り入り、片っ端から呪い殺している。
前線からは手が回らない。後衛の被害も甚大。
このままでは防衛線どころか拠点が崩壊する。
陣幕が破られたら最後。
男は苦虫を噛み潰した。
「猫だ!後衛は猫を優先して潰せ!!!
前衛はなんとしても防衛戦を死守しろ!」
「「「ハッ!!!!」」」
既に消えかけた士気を何とか維持し、結界を守る。あれが崩れれば、怪異達が村に雪崩込む。
そうなれば………
考えるのは止めた。どうあれ、俺の今やるべきことはこの防衛線を維持することだけだ!!
しかし、それを嘲嗤うようにすすり泣く不気味な女の声が、木々のあいだを舐めるようにして、そして耳元で囁かれているかのように脳内に響く。
俺はもう慣れたが後ろの若いのはこれで精神を狂わされてる。まずい、このままでは!!
「前衛タンク!!絶対に穴を開けるな!!!」
「「「ハッ!!!」」」
「とは言え鈴木、こいつはキツイぞ!!」
隣で槍を持ち、落ち武者を斬り倒す男が叫ぶ。
「鼻から分かってたことよ!文句言わない!!」
それを隣の女性が魔法で広範囲を焼きながら叱咤した。
「けどよッ!!ったく、一体どんだけ猫出てくんだよクソが!!!」
一気に飛びつく七体ほどの影猫を薙ぎ払い、愚痴をこぼす。
この山に封印されている怪異の名は”西麗の君”またの名を”猫の宮”。その名の通り、この影猫を使役する怪異達の親玉。
その猫の数は計り知れず、山全体を覆い尽くす勢いでゾロゾロと出てくる。
オマケに夜に紛れてるせいで前衛が殺り損ねた猫らが後方に被害を出している。
親玉が未だ姿を見せねぇ状態で俺たちの部隊は半壊。親玉との力量差は歴然だ。
俺の武器、ナイフは砕けてもはや使い物にならず、AKの予備弾倉はこれでラスト。
残るは腰に差した二丁の拳銃。のみ。
それ以前に怪異に物理攻撃でダメージを入れるために乗せていた魔力が既に底を着きそうだ。
八方塞がりってなぁこの事か!!
結界内で負傷者を治療している四ノ宮と姫乃の姐さんと、先行した學園の生徒達を救出しに行った銀髪の姉ちゃん二人が防衛戦に復帰すればだいぶ押し返せるだろうが。
「───ッ!!ダメだ!もうこっちは持たない!!!」
「気合いで維持しろ!!四ノ宮の結界には近づかせるな!負傷者は優先して運べ!!!」
相当な無茶振りだということは重々承知している。そして、こんなものがいつまでも続かないということも。
「うわぁあああ!!!!!や……やめてくれぇええええ!!!!」
───ッ………
「怨怨怨怨怨怨怨怨!!!!!」
「クッソ、ザッケ………!!!」
斬り掛かる落ち武者を鈴木はアサルトで受け止める。もはや自分一人でも力負けすることは許されない。
しかし努力も回なくどんどん防衛線は後退していく。
このままでは持ちそうにない。
そのザマを嘲笑おうとでも言うのか。落ち武者の刀をAKで抑える鈴木の視界に、追い打ちをかけるような絶望が映る。
「怨怨怨…………」
上から降り注ぐ一際低く唸る声。
「おいおい、マジか……」
身長三メートルはあろうかという巨大な武士の亡者、それが月を背後に馬鹿みたいに巨大な斧を振り上げる。
鈴木が抑えている落ち武者ごと斬り倒すつもりだ。
「ははァ、こいつぁやべえな。弁慶様のお出ましってか?」
「鈴木!!!」
「援護する!って、きゃあああ!!!」
「相模!!!」
隣の二人が崩れ始める。
援護は期待できねぇ。
俺も今動きようがねぇから斬られるしかねぇ。
しかしこの斧が振り下ろされてしまえば戦線に取り返しのつかねぇ穴が空く。
「クッ……どうにかならねぇのか!この状況!!!」
「怨敵…死スベシ!!!!」
大男が斧を振り被る。
───ッ!!
「クッソがぁああああああ!!!!」
刹那、落ち葉の中を軽快に駆け抜ける音が耳に入った。鮮やかな銀線が月夜に走り、大男の斧は振りかぶったまま後方へ落ちる。
重厚感のある金属の扉が閉まるような音を立てて、大斧が地面に突き刺さった。
AKで抑えていた敵も途端に力をなくし、地面に倒れ込む。
ゴロリ、と、それなりに質量のある何かが足に当たった。目をやると足元にはいくつもの首が転がり、黒い霞となりながら不思議そうに月を眺めている。
いや無表情なだけだ。
「借りるぞ」
呆気にとられていると、背後で艶やかな声音がした。同時に腰から拳銃が二丁とも引き抜かれる。
ちょっと待て!今それを借りられたら不味いんだが!!!
「お、おい!!!」
チャキッ………!!!
声をかける間もなく両銃、残弾、全二十四発の弾丸が慣れた手つきで発砲される。
凄まじい勢いで銃声が鳴り響き、次々と落ち武者共が頭を撃ち抜かれていく。
「いやぁあああ!!!!」
「あ……あああ!!!!!助けてくれぇ!!!」
三体の影猫に自分の影を狙われて逃げる女性を目視すると、即座に三体の頭を吹き飛ばし、落ち武者に覆い被さられた男が悲鳴を上げると弾丸は正確無慈悲に頭を撃ち抜く。
防衛線の落ち武者はまだ少し残っているにせよ、結界を殴っていた数体の落ち武者は全滅した。
心做しか、猫も少し減っている。
瞬間的に脅威が激減した事により周囲が沈黙に包まれ、全注目が両手に拳銃を構える婀娜な青年に集まった。
「姫乃だ……」
どこかで小さく声が上がる。
青年は銃を構えてと辺りをぐるりと見回し、他に危険な場所がないことを確認していた。
「姫乃!!!」
ベージュのニットの上に羽織を着たひたすらに艶やかな青年に鈴木は声をかける。
「弾丸はR.I.P.にした方がいい。確実に頭を吹き飛ばせる。」
そう言って空になった二丁のベレッタを鈴木の胸に押し付てきた。
そんな弾丸要らねぇ技量だったろう今のは。
と言いたい気持ちを鈴木は押し殺す。
「ったく話を聞きゃしねぇ……」
代わりにと言わんばかりに愚痴をこぼした鈴木は弾薬を補給しに向かった。
どうあれ、有難い助っ人である事に違いはない。これなら何とか押し返せるかもしれない。
銀髪の青年は髪をかきあげ、隊に指揮をとり始めた。
「隊列を整えろ!近接派は前衛でタンクになれ!殺さなくていい!抑える事に集中しろ!
飛び道具を持つ者はタンクが抑えた落ち武者を撃て、確実に頭とばせ!!
魔法部隊は後方に下がり、周囲の木を倒した後、面攻撃!!
猫の侵入経路は残すなよ!!
行動開始ッ!!」
「「「はいっ!!!」」」
言い切るとオニキスのつけ爪が施された指で柘榴と紅玉の刀を握り、青年はまだ息のあった落ち武者の頭を刺した。
「姫乃!!」
各自がそれぞれ陣形を整える中、鈴木はもう一度、青年を呼ぶ。
彼はゆるりと視線を向けた。
「椿でいいって鈴木のおっさん。」
「いや、一応お前は姫乃家の長男なんでな」
苗字で呼ばれるのが嫌なのか、青年は眉をひそめ、まぁいいかと首を振る。
「玲奈と凛は?」
「あいつらなら學園の生徒を探しに行ったぞ。その、”例”の事情でな」
「分かった、それなら俺も行く」
ベージュのタートルネックを引っ張って頬に飛んだ血を拭い、即座に足に力を入れて跳ぼうとする椿を、鈴木が制止した。
「待て待て待て!いくら一時的に数が減ったとはいえ、いつまでもは持たんぞ!!」
そう叫ぶと、椿は表情を緩めて艶やかな唇を動かした。
「みたいだな。持ってあと二十。」
「二十分か、分かった。それまでは死ぬ気で持たせる。」
「十九」
「おい」
ふっと、椿は笑いかける。
「あと三十分持ち堪えればシャルが結界を貼り終える。そしたら俺は尻尾巻いて逃げるから、お前らもそうしたら?」
「───ッ!!それは、本当か!?」
この状況、いかに立て直そうと長くは持たない。しかし、結界があと少しで貼り終わるのならばそれは僥倖だ。
「帰り道が山で埋まってなければ」
椿が返すと、鈴木はクスリと笑い、手に持ったマガジンで軽く肩を叩く。
「縁起でもねぇ。任せるぜ、姫乃!!」
ふっ、と笑うと椿は地面を蹴り、なぎ倒された木々の上を跳んで山を駈けた。
「ったく、このクソ忙しい時に怪異携えて心中企んでんじゃねぇよマセガキが」
実はバイオ2ジル・バレンタインの登場シーンのオマージュです
あのシーンはかっこよくて何度も見てしまいますね