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絢爛の魔女  作者: 九条 椿希
11/20

第九幕 ただの戯れ 《後編》

という事で、治療班がへばった歩美を運び、折れた刀の破片等々を片付けて、玲奈と椿。そして凛が畳に上がる。

え、凛も?

「もしもし、凛さん凛さん。なんであなたも上がってんですかい?」

何故かやる気満々で畳に上がる凛。いや、百歩譲ってそれはいいとしよう。

しかし立っている位置がおかしい。

なんで玲奈側に立ってんすか。

せめてこっちだろ!

と、玲奈と凛は顔を見合わせた。

「「え、二対一」」

しれっと。

「ええ!?こんな時でも入れる保険があるんでかぁ!?」

椿は思考停止した。

「は?莫迦なんか?頭弱いか?お前ら」

「少なくとも思考停止してる椿よりはマシかなぁ」

凛が言う。

この世は無慈悲だった。

はぁ……

特大のため息をつき、椿は頭を掻き毟った。

「禿げるわよ?」

「禿げねぇよ!!!」

と、なんだかんだいつものやり取りが繰り広げられる。

「まぁいいや……で、何。本気でよろしいか?」

「「もちのろん」」

「こっちも本気でやるわぁ?」

「せめてハンデを考慮して二割減くらいにしてくれないかなぁ?」

「「却下!!」」

この世は無慈悲だった。

こっちはさっきの戦闘終わったばっかで、向こうはピンピンだぞ!

しかもこれ戦闘用の着物じゃないんだが!?

不公平だわー

だがしかーし!本気でいいというのならば、妖精は使えないにしても、剣も愛刀でいい上に魔眼も精霊も使い放題。

いいだろう。目に物見せてくれるわゴラァ!!

すぅっ、と深呼吸をして気持ちを落ち着けた。

片腕を伸ばす。

転移の時同様、黒いアゲハを散らしながら椿の手の中に紅玉と柘榴の日本刀が現れた。

「──霊装 紅姫──」

「ええッ!?椿、それ使うの!?」

凛が悲鳴をあげた。

「えー?本気でいいって言ったのそっちだよねぇ?」

「できれば、やめて欲しいかなぁ」

「却下」

「この世は無慈悲でした」

「無駄よ凛、多分”アゲハ”くらいは使ってくるわぁ。」

「うん。そんな気がする。」

ザワザワと再び観客が騒ぐ。

「さっき木刀であれだったのに真剣なんて使ったらヤバいんじゃ………」

「え、てか玲奈先輩と凛先輩が組む方が結構ヤバない」

「それな。会長勝ち目なくね」

とか話される中で、藤山先輩は歩美を起こした。

「おい、面白いもんが始まるぞ」

「みたいですね。ちょっと気になります。」

「あゆ、支えといてあげるから起きていいよ。」

「ありがとう、さや」

辺りがざわついたまま、困惑した様子で穂乃果は蒼人に視線を向ける。

「え、これいいの?」

「んー、まぁ、やばくなったら止めようか」

「だね。」

ひと通りそれぞれが作戦を練ると、穂乃果は再び両者の間に立った。

「えーと、ルールはさっきと同じですが、”私達が”危険と判断したら即止めに入ります。

それでも止まらなかった際は樒先輩の魔法ですり潰したブート・ジョロキアを口の中に転送するので悪しからず」

いつの間にすりおろしたのか、樒がニマニマと毒々しいくらい真っ赤な粉を見せてくる。

「それは……嫌ねぇ………」

「え、ちょ、怖いんですけど」

「穂乃果ちゃん、もうちょっと優しく止めてくれないかな?」

「却下です。」

「「「この世は無慈悲だった」」」

「だってそうでもしなきゃ、私達が先輩達を止められないじゃないですか。」

ひとしきり叫ぶと穂乃果は再び片腕を上げた。

「それじゃ、準備はいいですね?」

穂乃果が片腕を振り下ろすと同時に周囲が冷気に包まれる。

「————始め!!!!」

畳の床を霜が迅速に侵食していく中、凄まじい勢いで三体の氷の龍が椿を襲う。

日本古来からの龍のイメージに基づく姿。

翼はなく、蛇のような龍。それが三体、頭を揃えて噛み殺さんと獰猛に口を開いた。

パキッと首を鳴らし、椿は笑みを浮かべて刀に手をかける。

「華の獄 睦月 爛漫浪赫」

柘榴の鞘から抜かれた紅姫は一瞬にして三体の龍の頭を切り刻んだ。

が、砕け散った氷の破片の中に凛が紛れ込む。

「ハァッ!!!」

鋭く重い凛のかかと落としを紅姫で受け流す。続く正拳の連撃、八連目にそれを弾き、脇腹に蹴りをくいこませた。

「ぬッ……」

しかし、さすがの連携。

凛を追撃させまいと両サイドからの氷の龍の攻撃。それを鞘と紅姫で砕き斬る。

「身体強化 剛力!!!」

が、氷龍を防いだ椿の隙をついて、体勢を立て直した凛が鋭く重い正拳を放った。

しかし、椿もそれをまともにくらってやる気はサラサラない。

「アゲハ!!!」

「───ッ!?」

椿が叫ぶと、既に次の追撃として放たれていた七頭の龍と数十の氷槍が一瞬で砕け散った。

砕けた氷の破片が華のように散り、凛は咄嗟に飛び退き攻撃を躱す。

「うっそ!アゲハの出力上がってんじゃない!?ってヤバッ!!?」

「凛!!」

玲奈が咄嗟に十二面体の防御壁を展開するが不可視の攻撃が容易く突破する。しかもそれだけじゃない。

「しまっ………」

凛の頭上では既に椿が刀を構えて天井を蹴っていた。

「文月 薊!!」

凄まじい速度で切っ先が凛の喉元を刈らんと迫る。

「けど、たった一撃なら!」

凛は無理やり空中で体勢を立て直し、蹴りで椿を弾く。

しかし、

「七連!!!」

「なっ!!?」

刹那、至る所で畳や壁を蹴る音が鳴り響く。

「させないわよ!!」

無数に生えた氷柱が凛を守るように立ち並び、一柱が椿の腹を捕えて、壁にめり込んだ。

かハッ───!!

「───ッ!!ナイス玲奈!!」

しかし既に凛は四度刺さされている。

肩や腹、両足から血を流し、左のふくらはぎに至っては足がちぎれそうなほど風穴を空けられている。

さらに————

「凛!早く避けなさいッ!!」

「えッ!?」

玲奈が立てた氷柱を足場に椿が駆ける。

氷を蹴った椿はそのまま回転して氷柱を斬りながら舐めるように素早く距離を詰めていく。

「華の獄 如月 梅襲!!!」

「きゃあああ!!!!!」

肩から脇腹までざっくりと斬られ、緋色の血飛沫が舞う。

一切の躊躇がないこの斬撃は、いかにも椿らしい戦闘スタイルだ。

「チッ、なんであんたがリヴァイ斬りしてんのよ!!!!」

玲奈は高く腕を上げる。

舞い上がった五本の吹雪の柱が椿の追撃を阻んだ。まるで雪の火災旋風。青白いつむじ風がゴウと一点でぶつかり合い、融合し合い、反発し合い、中の人間をすり潰す。

「サンキュー!!」

ようやっと戻ってきた凛の傷は全て消えていた。

凛の再生能力もさながら化け物じみている。

パァン!!!

休む間もなく、椿を閉じ込めていた吹雪の檻が弾け飛ぶ。

粉雪を纏いながら着物の女性が舞い降りた。

さながら天女のようでもありながら、直視し続けていると祟られそうな不吉さを併せ持つその姿。優美に着物と髪を靡かせて、砕けた氷柱に着地する。その恐ろしくも艶やかな佇まいで椿は玲奈と凛を見下ろしていた。

「寒ッ……」

「体勢を立て直すわぁ。私に合わせて」

「了解!」

玲奈と凛は再び構える。

「え、これ模擬戦だよね?」

「うん、そのはずなんだけど、なんかこれ……」

「どう見ても殺し合い……だよな………」

「でも一応、穂乃果さん止めてないし大丈夫…なのか?」

生徒たちはザワついた。

さっきとは違う。本気の命のやり取りに圧倒されていた。

「凄まじいな」

「はい。やっぱり私のはただの遊びだったみたいですね……」

単純に、そして純粋に格が違った。椿にあの刀を持たせられなかった時点で歩美は既に敗北していたのだと思い知らされる。

そう。あんなのはただの遊び。

いや、もはや遊びですらない。

ただの戯れだ。

パキィン……

どこかで氷が砕ける。

「やっぱりやっかいよねぇ。その不可視の精霊攻撃。」

「でも、もう私は認識できるよ」

「ええ、私も見えるわぁ」

玲奈は一気に腕を振り、椿ではなく、虚空に向けて氷を放った。

「見えないだけだもの。見えてしまえばどうということは無いわぁ。」

椿は舌を打つ。

二人の視覚的情報では椿の見えない精霊の攻撃は全く見えていない。

妖精眼でもなければ見えるはずもない。

しかし凛はその持ち前の敏感な嗅覚で微小なマナを嗅ぎ取り、玲奈は周囲の冷気の切れ目を察知することで精霊の位置と攻撃を把握してる。

それはおよそ普通の人間にできる事じゃない。こればかりは人並外れた抜群の戦闘センスと経験がものを言う。

だからこそ二人は見えずとも認識していた。

椿の背後から腕を回す、長い黒髪を靡かせた着物の女性を。

彼女が無数の見えない腕を伸ばし、迎撃していたのだ。

今、玲奈はその見えない腕を氷の魔法で切り裂いた。

どうせすぐに新しい見えない腕が伸びるが、もう出てきた瞬間に切り落とせる。

「付き合い長いとこういう時不便だよなぁ」

アゲハに撤退の命令を出しながら、氷の上で椿は次の手を予測する。

藤山先輩と品川歩美の推測は当たっていた。確かに”華の獄”の最大の利点は連撃だ。

それは凛と玲奈も当然理解している。だからこそさっきも事ある事に連撃を止められた。

一度連撃に入れば”華の獄”は技の威力を上げながら加速し続ける。そうなってしまえば、たとえ凛や玲奈でも止められない。

さらに攻めを磐石にするためにこちらは手を一つ潰された。

もう範囲迎撃は紅姫一つで行わなければならない。そのためには連撃を途切れさせないことが必須。

しかしこちらは二対一。

相手は手練二人。近接と中遠距離、バランスもいい。おまけにこちらの手を熟知しているときた。

正直かなりキツい。

だが、それはアイツらとて同じ。

凛と玲奈の攻撃の癖、思考回路は手に取るように分かる。

椿は紅姫を鞘に納めた。植物の蔦のような装飾が施された刀身が柘榴と紅玉の鞘に吸い込まれる。

カチンッ!

刀を納める金属音と同時に凛と玲奈が動く。

畳の床を蹴った凛と玲奈は、氷柱に立つ椿に左右から蹴りこんだ。

三種の銀麗の髪が押された風になびく。

玲奈は膝から足先にかけて氷のブレードを備え、凛は持ち前の身体強化で蹴り込み、それを椿は紅姫と鞘で受け止める。

ギリギリと刀と鞘が音を上げた。

「それは甘いでしょ」

凛が妖しく笑う。

「死んでも長月だけは使わせないと?」

ちらりと左隣に迫る玲奈に視線を向けると、その可愛らしくも高圧的な顔がニヤリと笑った。

「当然よぉ!」

玲奈が蹴りながら飛び退く。

同時に凄まじく濃度の高い霧が椿の視界を奪った。

ホワイトアウト。

一寸先も見えないこの状況で一番利があるのは。

気配を感じた。

背後から迫る獰猛な狼の気配。

勘で刀を振る。

しかし空振り。振り切った刀を誰かが掴む。

「さすが!」

背後を取り返されたッ!?

「ハァッ!!!!」

鋭い蹴りが顔面に直撃する。

「ングッ……!舐めるなッ!!」

飛ばされるが突き立てられた氷柱を足場に、衝撃に乗せて刀を振るう。

それを迫る凛が三連の蹴りで応酬した。

小手技で蹴りを弾く。

が、回転して段違いの威力のサマーソルトが椿の刀を氷の地面に叩きつけた。

「チッ!!」

「お返し!!!」

魔力を乗せた拳が椿の腹部に直撃。

同じ重さの拳が何度も入る。

心臓、肺、肝臓、そして鳩尾。

完全に急所のみを的確に狙った打撃コンボにどうやら内蔵が逝ったらしい。

「カハッ……」

盛大に血を吐き、押し上げるように腹部に入った最後の一撃が椿をスノーダストから脱出するほど吹き飛ばした。

即座に刀を構えようとする。しかし、凛の方がコンマ数秒速かった。

ガッシリと頭を掴まれた椿はそのまま凛に空中を引っ張られる。

「ハァッ!!」

バキィン!!!!

頭部に背中に、凄まじい衝撃が走った。

玲奈が床から垂直に生やした氷柱に頭から叩きつけられている。しかも玲奈はこの展開を予想していたのか、各層ごとに硬度が違うせいで何弾にも威力を増して衝撃が伝わってくる。

「グッ………!!!」

数段の衝撃、畳を越え床板を砕き、周囲にクレーターができる勢いで叩き落としたと同時に、凛は頭を掴んだまま椿を投げ飛ばす。

「玲奈!!」

椿の飛ぶ先には三頭の氷龍が首を走らせていた。

「THE ENDよぉ」

龍らしい叫びを上げて、上空から滑降する三頭の龍。今までのとは魔力量がまるで違う。玲奈の最大の武器は魔法でも魔眼でも体術でもなく、母親譲りの馬鹿みたいな魔力量。どれだけ強大な魔法を使おうと底が見えないほど溜め込まれた芳醇な魔力。

それが玲奈の武器。

これでもまだ四割程度。

とはいえ、この魔力。

並の魔法使いなら即死もいいとこだろう。

やべぇ、まともに喰らったら暫く起きらんねぇ

回避は間に合わない。龍達は椿に喰らいつき、畳に叩き付けた。

直撃。衝撃で床が崩壊する。

しかし、

「やっぱ、敵に回すと面倒だわその魔法!」

「なッ───!!?」

氷龍の背後。龍の付け根に立つ玲奈の眼前に、姿勢を低くした椿が刀を構えていた。

その目は薄らと深紅の幾何学模様を刻み、魔眼を行使した形跡がある。

玲奈は咄嗟に飛び退いた。

「その対策を私が怠るとでもぉ?」

椿が超えた龍の背中から、別の氷龍が生えている。さっきよりも高硬度で、素早く。

玲奈は鼻からこの手を読んでいたのだ。

椿のすぐ背後で五頭に増えた氷龍が牙を向く。

椿は狂笑を浮かべた。

「その対策の対策を怠るとでも?」

玲奈は認識できなかった。

一瞬、ほんの一瞬刀が僅かに動く。

刹那、一斉に龍の首が落ちた。

「───!?」

「華の獄 水無月 紅葉狩り!!!!」

「龍鱗!!!!」

椿が横凪に振るった刀が椛の斬撃を放ちながら玲奈の首に直撃する。間一髪で玲奈の首に現れた氷の鱗が刃を止めた。

が、衝撃を殺すことは出来ない。そのまま玲奈は弾き飛ばされる。

玲奈は吹き飛ばされた方向に薄氷を何枚も貼り、衝撃を殺す。

ザッ……

何とか床に片手と両足をつき、踏みとどまった。

しかし、椿の追撃は来ない。

凛がカバーを入れてくれたのだ。

「そうは問屋が卸さないよ!」

横凪に放った凛の蹴りが躱される。

「邪魔だ!!!」

椿は躱した勢いに刀を乗せ、再び横凪に刀を振るう。しかし、凛も躱されたまま、勢いに乗せて一回転し、刀を靴底で受け止めた。

凛は上体を逸らし、片足で刀を押えたまま、両腕を椿に向ける。

───ッ!!?

凛の手の形を見て椿は咄嗟に刀を引いた。

「ブラッドメイク!!!」

凛の腕から血が伸びて、二丁の機関銃が両手に構えられる。

右手に重機関銃を、左手に軽機関銃を。

おおよそ人間が片手で持てるサイズでも重量でもないそれを、不安定な姿勢の中で平然と正確に構える。

「イスパノ・スイザ HS.404、

ブレン Mk.I!!?

莫迦かこいつ!!!」

身体強化の魔法をもってすれば、こんな体勢でも体幹を維持することが出来、さらに筋力で支えることも出来る。

つまりそれは、こんな体勢でもまともに銃が撃てるというわけで。

この大口径の両機関銃から起こされる次のアクションに椿は肝が冷えた。

カチンッと、撃鉄が起きる。

「───クッソッッ!!!!」

バラララララララララララララ!!!!

大口径の化け物が火を吹いた。両銃合わせ毎秒千発以上放つ弾幕が武道場の壁に大量の大穴を開けていく。椿の頬を弾丸がかすめた。

俺は五右衛門じゃないんだが!

さすがにこれを受けきることは出来ない。

とはいえ回避も防御も間に合わない。

なら!

───ッ!!?

刹那、椿は避けるでも防ぐでもなく、攻撃に出た。

それは一瞬。

椿は軽機関銃を先に弾いてすぐに刀を振り下ろし、重機関銃を床に叩きつける。続く二撃目。それは上体を落とすと言うよりも、体を畳む。と表現した方がいい。凛が不安定な姿勢のまま軽機関銃の照準を再度合わせるより速く。

凛の銃と床の間に滑り込み、正座をするをように足をついた。極限まで上体を逸らし、刀を構えて高速で回転する。

さらに刀を回し、凄まじい回転速度を纏った紅姫が凛を襲う。

————弥生 雛菊!!!

ありえないくらい低い姿勢から放たれた高速で回転する斬撃は、瞬時に凛の足を切り裂いて脇腹を抉る。

「ッ゛!!」

二丁の銃が両手から消え、血に戻る。

真紅。いや、緋色。

銃から戻った血は、どんどん紅く明るくなっていく。

「───ッ!!」

銃の反動に乗せ、後方へ蹴り出す凛を追おうとする椿を、猩々緋の爆炎が足止めした。

業火を抜けて、追撃を構える。

凛を斬ろうとする直前、行く手を阻むように生えた氷がそれを防ぐ。

「洒落せぇ!!!」

椿はそれを砕き、追撃にかかる。

はずだった。

氷を砕いた瞬間、椿のすぐ眼下に既に再生を終えた凛の姿が見えるまでは。

早すぎ草。

「えー、それはヤバい」

「ハァッ!!」

めり込んだ。凛の拳が。

今まで一番もろに食らったかもしれない。

椿は簡単に打ち上げられた。

荒れる視界に、一瞬氷の弓を構える玲奈の姿が映った。

いや、既に発射済み。

視界を囲むように放射状に放たれた無数の矢が光速で一斉にフェードインしてくる。

躱せない。鋼鉄を遥かに凌ぐ硬度の氷の矢がその身に暴力的なまでの魔力を詰め込んで迫る。

空が蒼白く輝いた。

さすがは霊華十二宮の一奥を担う家の長女。空気が張り裂けるような冷気の爆風が周囲を凍てつかせ、椿は筋繊維の一つさえ動かす事も叶わない。

空中で氷漬けにされる椿に凛は全力の蹴りを構えた。

「勝ったッ!!!」

──ッ!?

しかし同時に凛の姿勢が崩れる。

「足が!!?」

空中で凛と椿の上下が半分入れ替わった。

椿がアゲハを使い、最短距離で凛の足を引っ張ったのだ。

もう使えないと勝手に思い込んでいた凛は完全に思考から外していたらしい。

この距離と時間では玲奈の迎撃も間に合わない。

だが凛はこれで止まるような奴じゃない。

「舐めるなぁあああッ!!!」

空中で体勢を崩しながらも、氷を砕きながら椿の脇腹に獅子の如く蹴りをくいこませる。

「ヌグッ………」

「入った!!!」

観客席でさやは叫ぶ。

しかし藤山先輩は険しい顔。

「いや違う。」

椿は回転しながらさらに上昇する。

完全に氷の檻から脱して上へ上へ。

「ヤバッ!!さらに打ち上げちゃった!!!!」

凛は何か慌てていた。

玲奈が唇を噛む。

「やばい、負けたかも……」

モロに入った強烈な蹴り。氷は完全に砕け散り、宙を高く転がる椿。

生徒達にはどう見ても凛と玲奈の勝利に見えていた。しかし、対照的に当の本人たちの表情が険しい。

さやにはその理由が分からなかった。

「会長を良く見て」

あゆに言われてさやは椿をしっかりと見た。

駒のように回転しながら上昇する椿。

なんでだろう。蹴り飛ばされているのに凄い、様になってる。

なんて言うか、綺麗……

綺麗?

──ッ!?まさか!

さやは察した。椿が既に”舞っている”という事に。そして、その予想は的中した。

椿が空中で弾き飛ばされながら体をひねる。

「華の獄 皐月 枝垂れ藤!!」

椿は刀を振り下ろした。玲奈は氷で自分の上に盾を作り、凛は身体強化を最大にして攻撃を防ぐ。

鋭い斬撃の群れがゲリラ豪雨のように降り注いだ。

まるで地に向かって咲く藤の花のように。何段も何十段にもなる藤の斬撃が二人を地面にか殴り付ける。

氷の盾は砕け、凛の防御は突破される。

アゲハを足場にして椿は虚空を蹴った。

「文月 薊!!!!」

鋭く、神速の一閃が無防備になった凛を貫き、武道場の床に叩きつける。

間違いなくその威力は上がっていた。

「かハッ!!!」

下階まで貫かないよう床板の下に展開された防御術式までに亀裂を入れ、周囲の畳を衝撃で巻き上げる。

容赦なく椿は凛を突き刺したまま、玲奈へと投げ飛ばす。玲奈が凛を受け止めた。

椿が畳も床板もなくなった防御術式の上を舐める。

「「──ッ!!」」

二人が迎撃体制に入るが、もう遅い。

凛が足を動かすより早く、玲奈が魔法を構えよるより早く、間合いへ潜り込んだ椿は技を構えた。

そして、

「ちょ待っ……それはヤバいって!!」

「お見事ねぇ……」

「睦月 散り椿 爛漫浪赫!!!」

パァン!!!

一瞬だった。

椿は凛と玲奈の背後に。首、肩、腕、腹、足。周囲の畳を余波で切り刻み、全身を刀の棟で殴打する。

足の先から崩れ落ちるように、凛と玲奈は倒れ込んだ。

「まだまだ詰めが甘いのう」

「そ……そこまで!!!勝者 姫乃椿!!!」

わぁあぁぁぁぁあああ!!!!!

穂乃果が勝敗を告げると同時に歓声が上がった。

ゆらりと凛と玲奈がなんとか腰を着く。

「やっぱ、紅姫持っちゃうと私ら勝ちにくいわ」

「そうねぇ、刀が無ければ八割くらい私たちが勝てるんだけど………」

「遠回しに魔弱ってディスるな」

椿も刀をしまい、辛うじて残った畳に仰向けに寝転ぶ。

無数の氷柱が乱立し、床は砕け、壁の崩壊した武道場が時間が巻きもどるように修復される。

部屋の修復魔術が発動したのだ。

玲奈も氷を砕き、消滅させる。

その中を保健委員の治療班がかけてきた。

「凛さん玲奈さん椿さん治療始めます!!」

そう言うとほぼ無傷の凛には輸血袋を渡し、玲奈と椿に、治療魔術をかける。

魔法使いの中では現代医療よりも魔術医療の方が進んでいる。というのは常識だ。

その実力は死んでさえいなければ完治できると言われるほど。

だからこそこんな殺し合いみたいな試合が出来る訳だが、普通はしない。

痛いし疲れるし、何より死なない加減が分からないから。

人間の脆さも、人間の許容量も正確に理解している。

そういう意味でこの三人は異常なわけだ。

対人を含めた戦闘に慣れすぎている。

そうして、全ての傷が完治した。

椿は数十箇所も打撲していていくらか骨が折れていた。

玲奈は比較的少ない傷だったものの、頚椎を損傷していた。

ガードしたとはいえ、衝撃だけでも相当なダメージだったのだろう。

もちろんそれも完治して、今はピンピンしている。

お互い単純なダメージになるように攻撃したおかげで治療魔法の効き目がすこぶる早い。

リアルがちの実践ならこんなに早く治るわけがないだろう。

凛はまぁ…ほら……脳筋だから、

頭おかしい再生能力で無傷。

消費した分の血を補給しただけだった。

輸血袋をinゼリーみたいに飲むんじゃねぇ。

と、穂乃果と蒼人、そして樒が近づいてきた。

「あ、樒、そろそろ戻るから髪を………」

言いかけた椿は強烈な違和感を感じた。

ヒリヒリするのだ。口が。

「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!??」

言葉にならなかった。未知の衝撃が椿の口内を駆け抜ける。

慌てて口を押えると、周囲の光景が視界に入った。

凛と玲奈も同じ状況だ。

何が!?新手の毒でも盛られたか!?

いや、そうじゃない。これは───

「「「辛ッるァ!!!!!!!」」」

悶絶する椿達の前にニコニコと立たずさむ穂乃果の姿。その笑顔がとても怖い。

忘れていた。もう一人宣戦布告していた人物がいたことを。ブート・ジョロキアとかいう最終決戦兵器を携えたお下げの悪魔が。

「ほひほひ、ほほははんはひほ?」

(もしもし、穂乃果さん何を?)

両手を広げ?

すぅっと、大きく息を吸って?

カッ!と目を見開く。

「やり過ぎじゃコラァアアア!!!!」

Winner 穂乃果

穂乃果の怒声が武道場に響く。幼げで無邪気な顔から発せられるヤクザのような怒声に一瞬周囲の時間が停止した。

実は弥生の型はニーアオートマタの動きをモデルにしています。

ニーアのアクション製作者は天才ですね

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