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絢爛の魔女  作者: 九条 椿希
10/20

第九幕 ただの戯れ 《前編》

「終わったぁあああ!!!!」

歓喜に満ち溢れる声が生徒会室に響く。

中でも一番大きな声を上げたのは白瀬咲夜だった。

「さやうるさい」

べし、と既に片付けを終えた歩美は袋に入った竹刀でさやの頭を軽く叩く。

見上げると歩美のツインテと竹刀袋が視界に入った。

「お、明日の特訓ですかい?」

「うん、まぁ。」

そう答える歩美のツインテと声は少し元気がなかった。

「どうしたん?」

「いや、冷静になって考えたら勝てるビジョンが浮かばないなぁって」

「あぁ、」

確かに咲夜から見ても、しばらく竹刀すら握ってなかった人にバリバリ現役の、しかも自分に取り付いてた怪異よりも、もっと強いのと戦ってきた人に勝てるとは思えない。

「でも、一太刀浴びせればいいんでしょ?かすっただけでもいいって。なら、なんとかなるんじゃない?」

そう言って励ますが、歩美は頭を横に振った。

「私これでも一応経験者だからなんとなくだけど、多分間合いにすら入れさせて貰えないと思う。」

「………まじ?」

聞き返すと歩美はコクリと頷いた。

「どうすんのさ!え、だって、試合明日でしょ!?」

歩美はまたコクリと頷く。

「一応、先輩に見てもらえるように約束は取り付けておいたけど。」

帰り支度をする生徒会メンバーの邪魔にならないよう、咲夜も荷物をまとめて歩美と一緒に外に出た。

「で、誰に頼んだの?」

咲夜は歩美に尋ねた。

「剣道部の主将やってる三年の藤山先輩」

「え、そんな人脈どこにあったのさ」

「中学まで同じ道場にいたから」

「ああ、なる」

渡り廊下を歩いて二階の武道場に入る。

ちょうど部活を終えた剣道部員たちがぞろぞろと出ていくところだった。

その中に一人、まだ道着を着たガタイのいい男の先輩が首からタオルを下げて給水していた。

歩美はその人に声をかける。

「藤山先輩!」

その男子生徒はこちらに気付き、手を振った。

藤山(ふじやま) (れん)高一の段階で既に剣道の全国大会に出場していた剣道部の現・主将。

「───という訳でお願いします。」

時間を取ってもらうように約束はしたものの肝心の理由をまだ説明していなかったらしく、歩美は手短に事の顛末を話した。

「練習に付き合うのはいいが、椿相手じゃ勝ち目ないぞ。」

「………やっぱりそう思いますよね。」

事情を全て聞いた藤山先輩はあっさりと言ってのけた。

「かするだけっすよね?

そんなに凄いんすか?椿先輩って」

剣を握ったことすらない咲夜には少し理解し難いものがあった。

間合いに入って刀をかすらせるのがそんなにきつい物なのだろうか。

そう言うと、藤山先輩は竹刀を二本持って、一本を咲夜に渡した。

「それで俺の体を突いてみろ。一発でいい。ただし俺は防御する。」

そう言うので咲夜は藤山先輩に立ち会い、竹刀を構えた。

「制限時間は三十秒。──始め!」

歩美は端末のタイマーを始動させた。

咲夜と藤山先輩は向かい合う。

藤山先輩は竹刀を胴の中央に構える。

対する咲夜は不格好に形だけ取り繕った。

とはいえ、咲夜の頭の中ではそんなに難しいという認識はない。

簡単簡単、突けばいいんでしょ?

テキトーにいっぱい突いてればそのうち一発くらいは当たるって。

そう思い、がむしゃらにフェンシングばりに突きまくった。

だが遅い。咲夜の突きは一秒に一発くらいで、藤山先輩に手先であしらわれる。

当たるどころか一発もかすらない。

「あと十秒!九、八、七、六………一、 0!

そこまで!」

「ハァハァハァ…………」

咲夜は三十秒間ひたすらに突き続けた。

しかし結局それは少しもかすらずに終わり、咲夜は息を切らし、対する藤山先輩は涼しい顔で立ちずさんでいた。

「どうだ、分かったか?」

「生意気言ってすんませんした」

フッと藤山先輩は笑うと、歩美に向けて話し始めた。

「それで、お前は椿の剣を見た事があるのか?」

それに歩美はコクリと頷く。

「はい。昨日初めて見ました。」

「どう思った?」

「綺麗な、まるで踊ってるみたいに滑らかな剣だなと。」

「よし、ちゃんと見てるな」

咲夜はそれを見てはいないから分からないが、この藤山先輩が認めているということは凄いんだろう。

「型は使っていたか?十二月のうちのどれか一つでも。」

「はい!えっと、確か文月だったと思います。」

「薊か、突き技だな。」

流暢にまるで全部見た事があるかのように話す。

「あの、藤山先輩は会長のその十二月の型?っていうの全部見た事があるんすか?」

咲夜がそう聞くと、藤山先輩は首を横に振った。

「全部じゃない。見たことがあるのは三つだけだ。」

「ちなみにそれは……どこで?」

咲夜はもう一度聞く。

と、先輩は少し視線を背けた。

「いや、恥ずかしい話、俺も”怪異”に襲われたことがあってな………」

ああ、そうだったのか。

それで。

咲夜は納得した。

みんな会長は魔法使いだと思っているのになんでこの人は”剣”を知っているのだろうと思っていたが。なるほどそれなら知っていてもおかしくない。

「さて、話を戻すぞ。

剣道部主将として、こんな事言うのはアレなんだが、もし本気で勝ちたいなら突き技しかないだろう。」

「ですね。」

え、ちょっと待って。

さっき、その突き技でぼろ負けした人ここにいるんですけど。

あ、私は論外すか。そうでしたか。すみませんした。もう喋りません。

一人謎の沈黙を決め込んだ咲夜を他所に歩美と藤山先輩は作戦を練る。

「そういえばお前、確か使えたろ。四川品川流のアレ。」

「あ、はい。一応今でも使えますけど、アレじゃ勝てなくないですか?」

「確かに系統が違うし普通にやったら流派上、相性も良くない」

「けど、今の私が会長に傷を付けられるとしたらこれしかないと。」

「ああ。今から新しい流派を覚えるなど不可能だからな。今ある技術。その全てを使って最大の悪あがきを試みるしかあるまい。道着はあるか?試してみないことには始まらん。」

「分かりました。準備します。」

そして夜更け、午後八時まで武道場からは竹刀のぶつかり合う音が響いていた。

「お前ほんとに竹刀振ってなかったのか!?」

「はい、やめてから一度も。」

「ある意味怖いな。たった一時間でここまで戻るものか?いや、むしろ上達してるやもしれん。」

「昔から体で覚えるのは得意でしたから。」

「フッ、そうだったな。」

その後もしばらくカンカンと竹刀の音が鳴り響き、咲夜は何もしていなかった故か凄まじい眠気に敗北していた。

「さや、さや!」

「ん…んん?」

眠気まなこで咲夜は目を覚ます。

「起きて、もう帰るよ!」

「すまんな、もう九時になってしまった。よく教師達に声をかけられなかったものだ。」

制服に着替え終わり、鍵を持った藤山先輩が申し訳なさそうに言う。

恐らく残っていたのが藤山先輩だったから、顧問も見て見ぬふりをしたんだろう。

「もういいの?」

咲夜は尋ねた。

「大丈夫!きっと負けないよ!」

良かった。どうやら練習は上手くいったらしい。歩美のツインテは元気を取り戻し、目は爛々と輝いていた。

「昔から、というかな。こいつは飲み込みが恐ろしく早い。俺の編み出した対・花の獄の剣技を僅か半時間で覚え切った。

初めは馬鹿じゃないのかと思ったもんだが、うむ。これなら問題ないだろう。

勝てる可能性が低いことには変わりないがな。」

藤山先輩も太鼓判らしい。

武道場の明かりが消え、鍵がかかった。

藤山先輩は鍵をしまい、もう遅いからと駅まで送ってくれる。

帰り、揺られる電車の中で咲夜は歩美にどんな作戦なの?

と、問いかけたが、明日のお楽しみだと言って教えてはくれなかった。

そして、ついにその時がやってくる。

授業が終わり、放課後。

武道場で家から持ってきた真剣を携え、品川歩美は椿を待った。

いきなり真剣で本番では振るに振れないので、昨夜は道場で手に馴染ませ、昼には藤山先輩立ち会いの元、もう一度振り、作戦のおさらいをした。準備は万全。

しかし、問題がひとつ。

武道場の入口、畳の床の向こう。木目の床にはさやと藤山先輩。そして、剣道部員と剣術部員。ここまでは分かる。

ぞろぞろと板床に集結するそれ以外の人々。

中にはクラスメイトがチラホラ混じり、学年問わず、どこで聞き付けたのか大量の生徒達が中から外から見物しに来ていた。

だが気を散らしてはいられない。正座をして、膝の上に鞘に収めた真剣を乗せる。精神を統一してそちらには気を配らないようにする。

が、これだけガヤが多ければ少しは聞こえてきてしまう。

「ねぇ、あのツインテの子が姫と模擬戦するの?」

「つーか、あれ刀?」

「ていうかアレ本物じゃない?」

「なんか藤山先輩公認らしいよ。」

「あれ、てか会長って今ロンドンじゃ無かったか?」

「なんか今日だけ帰ってくるんだって」

と、ザワザワとしていたガヤの注目が一斉に変わった。

カランコロン

聞き覚えのある靴音が聞こえた。

「うっわー、何これ情報漏洩甚だしすぎワロタ」

「ごめん!ちょっと道開けてねー!」

「普通、こんな集まる?」

「大変ねぇ、”姫”」

「頼むから、玲奈だけはそうやって呼ばないでくれるかしら?」

「姫、お気を付けて」

この声は間違いなく生徒会御一行だ。

「え、めっちゃ綺麗!!」

「待って!私会長の女装姿初めて見た!」

「てぇてぇ、普通に抱けるんだが」

ガヤの反応も一昨日と同じだ。

やっと来た!

咲夜は期待に胸が躍るのをこらえた。

ガラガラと、入口が開く。

「ごめん、結構待たせたかな?」

艶やかな女声のまま、椿は遅参を詫びた。

「いえ!大丈夫です!」

「良かった。そこでちょっと悪いんだけどもう少し待ってもらっていいかな?」

「はい!」

そう言うと、椿は喉に手を当てた。

「ン゛ン゛ッ゛!!!」

何をしているのか疑問だったがそれはすぐに分かった。

「あー、あー、戻ったかな?」

会長の声は女声ではなく、元の会長の声に戻っていた。

というのに全然違和感が無いのは元々会長の声が中性的だからだろうか。

いやでも、男の姿の時に違和感は無かったはずだけど。

「っと、簪も外しといた方がいいか。」

そう言うと、会長は髪に挿された両手で数える程の簪を抜き、玲奈先輩に手渡した。

簪が抜かれたことで重力に任せて髪が崩れる。

椿はそれを手でかきあげた。

「「おお!」」

なんか謎の歓声が上がる。とは思いながらも、歩美も少し共感していた。

「樒、タスキ頂戴。」

「いえ、タスキでしたら私が……」

言い切る前に樒先輩は会長の着物にタスキををかける。

「悪いね」

「いえ、姫の着付けを手伝えて光栄にございます」

キュッと、樒先輩が会長の着物を縛り終えた。

「待たせてごめんね。それじゃあ始めようか。」

そう言うと、椿は藤山先輩から部室の木刀を借り、歩美の正面に立って一振する。

「え、木刀!?え、だって相手の子のアレ本物じゃ……」

「会長って、剣使う人だったっけ?」

「いや、初めて見たけど……」

実は会長が剣を使うことはあまり知られていない。殆どの人が初見だ。

「あゆ頑張れー!!」

と、知った声から声援がかかる。

ニコリとさや微笑み返すと、隣にいた藤山先輩が自信の目を向けてきた。

歩美はそれにコクリと頷き返す。

すぅー、はぁーー

深く息をした。

正直、今は物凄く緊張している。

心臓は高鳴りを抑えられず、指先や足先が冷える。けれど歩美は毅然と平静を保つ。

「ほのか、審判頼む。」

「はい!」

と、茶髪でお下げの女子生徒が返事をした。彼女は同学年だが中入生なので会長との付き合いも長いそう。

生徒会にも私が入るよりもっと前から、中等部の頃から入っているので、同い年だが事実上の先輩だ。

と、その生徒が説明を始めた。

「えーと、まず戦闘領域は畳のある範囲だけです。私より後ろ、フローリングの方に攻撃を飛ばしたり、または踏み入ったら即失格です。あとは特に制限はありません。魔法も体術も何でもありです。では二人とも、用意はいいですか?」

コクリ、と向かい合った椿と歩美が小さく頷く。穂乃果は片手を高く上げ、その手を勢いよく振り下ろした。

「────始め!!!」

チャキ……鍔の動く音。歩美は一瞬で距離を詰めた。

「は、速ぇええ!!」

観客から声が上がる。

最初の一振、抜刀と同時に袈裟斬りにかかる。

が、当然のように椿は自分と歩美の真剣の間に木刀を挟み込み、それを軽くいなす。

歩美の剣に押された衝撃を緩和するため、舞うように回りながら距離を取るが、距離を取らせはしない。

白い髪が優美に舞う中、歩美も剣を振った。その勢いのまま、体を一回転し、遠心力に乗せて椿との距離を詰める。

続く三閃、いくらいなされようと、決して距離だけは開けさせない。

それが、藤山先輩の編み出した対・華の獄用の作戦でもある。

「「すげぇ!!」」

辺りがざわついた。

「へぇ、」

椿も少し感嘆に似た声を上げる。

歩美は昨夜の練習を思い出した。

「連撃……ですか?」

互いに座り、作戦を練りながら、歩美は藤山先輩の見解に問い返した。

「ああ。間違いなく華の獄、最大のアドバンテージは凄まじい速度から繰り出される隙のない連撃だ。一度攻勢に出られたら止めるのは容易じゃない。」

自信げに藤山先輩は語る。

「俺は三つの型しか見た事がないが、その全ての剣に、その走法に、連撃への強いシナジーがあった。それを突破するためには攻勢に出させないようにするしかない。」

藤山先輩は断言する。

「具体的にはどうやって?」

「距離だ」

「距離、ですか?」

「そうだ。絶対に距離を取らせるな。どれだけ攻撃を躱されようと、いなされようと、攻め続けろ。攻撃の手を緩めるな、そして間合いに入り続けろ。連撃を出させないためには、連撃を以て発動を阻止するしかない。」

先輩の言いつけは守っている。

絶対に距離は取らせない!攻め続けろ!

そう言い聞かせて攻め続けた。

そう、言い聞かせすぎて柔軟性に欠けていた。

刹那、一瞬捉えた椿の隙。

そこに今までの連撃の速度に乗せて、鋭い突きを放つ。

が、

───!?

その突きは軽い動きで容易く躱され、代わりに上体を低くした柄の鋭い一撃が鳩尾に入る。

「ハァッ!!!」

短く息を切り、防戦ばかりしていた椿が初めて攻勢に出た。

「ウグッ………」

「え、今何が……?」

「あのちっちゃい子が突きを放って、それで……」

同時に観客席が騒然とする。

意識の飛びそうな一撃に、思わず自ら距離を取ってしまった。

「へぇ、意外とやるじゃん!」

クルクルと椿は木刀を回して遊ぶ。

それだけの余裕を見せてきた。

「ッ、流石に一筋縄じゃいきませんよね……」

だが、同時に分かった。

なぜ椿が一瞬、隙を見せたのか。

皮肉にも距離を離さない事しか頭に無かったさっきの歩美には分から無かったが、距離を取った今の歩美には、はっきりと分かった。

「そうか、そういう事だったのか!」

観客席で藤山先輩も同じことに気付いた。

足だ。もっと正確に言うならばその歩法。

そうだった。私は知っているはずだったのだ。

なのに見落とした。

「マズった………」

歩美は思わず零してしまった。

初めて会長の剣を見た時なんて思った?

”まるで、踊っているみたい”

そうだ。会長は常に”躍っていた”。私の剣を避けながら、いなしながら、美しい舞を披露していた。

歩美は自分の愚鈍さに嫌気がさしかけた。

今まで舐めプだと思っていた。あの無駄のない無駄な動きには明確な意味があったのだ。

「崩された……」

そう。隙を見せたのは椿じゃない。

歩美の方だったのだ。

あの舞のような歩法は、相手の感覚を狂わせる。丁度、向かい合って歩く二人がお互いを躱そうとしても、結局ぶつかり合ってしまうように。

あれは、それと似た現象を意図的に発生させる。

知らずに対峙した時点で、いくら距離を詰めようと連撃をかけようと相手の術中というわけだ。

恐ろしい。どこまでも周到で美しく、計算された剣。

歩美は尚更あの剣が欲しいと強く思った。

「どうする?ギブ?」

会長は笑いながら聞いてくる。

もちろん会長の求めてる答えも、私の答えも変わらない。

「行きますッ!!」

そう言うと、再び両者は剣を構える。

絶望的な間合いに、着物にさえ傷一つ付けられなかったさっきの攻防。

ただ突っ込んだだけでは簡単にやられる。

歩美は現状を整理する。

冷静になるの、品川歩美!

今、私と会長の間には距離がある。手の内がバレた以上、もう同じ手は使えない。

間合いを詰めようとすれば、それを阻止せんと今度は確実に迎撃される!

そうなったら、もう勝ち目なんて万に一つもない。ううん、さっきの一撃で気を失いかけたことを考えれば、再起不能にされる可能性だってある。

なら、次がラストチャンス!

間合いが広いけど、もうアレしかない!!

歩美は決心した。奥の手中の奥の手を使うことを。

本来、椿に最大の隙ができた瞬間を狙って使うはずだったそれを。

私が攻勢に出ようとしているのを、会長は気付いた。

そして、フッと口元を緩める。

歩美は再び畳を蹴った。

椿との間合をギリギリまで詰める。

「やっぱ、速ぇええ!!」

「全然見えない!!」

驚くのはまだまだこれから!!

周囲の声に答えられるほど、歩美には謎の余裕が生まれていた。

恐らくそれは、人外と思っていた相手とまともな攻防が出来たことによる自信から来たものだ。

歩美は椿に向けて、剣を投げる。


椿は一瞬、状況を理解するのに困惑した。

投げた、剣を?

品川歩美は剣を投げた。しかも間合いギリギリで。

別にそれは問題じゃない。剣を軽く弾き、そのままもう一度腹に突きを喰らわせてやればいいだけの事。

完全に無防備となった品川歩美はそれで気絶。

試合終了だ。

理解できないのは、その狂行に走った理由だ。

直前の息はやる気に満ち溢れていた。

間違っても試合放棄をしそうなものでは無い。

なら何が……

何か理由がある。単なる試合放棄などではなく、勝ちに繋がる一手であると椿は確信した。

だが、その一手が思いつかない。

椿は理解不能のその事態に魔眼を使おうかとも思った。

だが、それはやめた。

それではあまりにも興醒めだからだ。

品川歩美から投擲された剣が椿に迫る。

ふふ、面白い!

どういう手かは知らないが、その挑戦受けてやろう!

椿はその剣を木刀の僅かな動きで弾く。

そのまま品川歩美に突きを喰らわせる。

そういう流れだった。

────!?

想定外の事態が起きた。弾いた剣の先に品川歩美がいない。

「一体どこへ!!?」

「四川品川流 走法、白虎」

───ッ!!

椿は急いで振り向いた。そこには弾いたはずの剣を持った品川歩美の姿が。しかも空中で体を捻り、刀を振り下ろしている。

───こいつッ!?

椿は確かに剣を弾いた。それにも関わらず、背後で剣を持っていると言うことは。

こいつ!これを狙って!!!

刀を投げたのは、刀を弾かせるため。

彼女にはそれだけで良かったのだ。投げた刀は椿の背後で取ればいい。刀の後ろに丸腰の本体がいると錯覚さえしていれば、必ず突きで来ると。そう踏んで。

文字通り一瞬で相手との距離を詰める、この走法を最大限利用した剣戟を。

──ッ!

椿はギリギリで木刀を挟み込んだ。

しかし、咄嗟に正面か受けたがために木刀に亀裂を入れられる。

衝撃を緩和するため、反転して背後に飛んだ。

これ以外には最適解はなかった。

最適解はなかったのだ。

だからこそ読まれた。

飛び退き、畳に着地する直前。

もうその時には突きを構えた品川歩美が目の前に迫っていた。

恐ろしい。順応速度が尋常じゃない。

剣をやめてから、再び剣を振り始めたのはたったの二日前だったはずだ。

ろくな準備時間も与えられなかった中で、ここまでの策を練り、実行するだけの頭脳的、身体的な順応率があった。

それそのものは敬意に値する。

だが───

歩美は銀麗の髪を朱に染める気で椿の額に突きを放つ。

取った!!!

しかし、

歩美の剣はそこに居たはずの椿を捉えることはなく、ただ虚空を突いた。

椿の姿は視界のどこにもない。

ふ、

と、背後で兎を前にした狼のような気配を感じる。

「四川品川流 走法 白虎……」

───ッ!?

振り向く歩美。しかし遅すぎた。

「ハッ───!!」

振り下ろした木刀が歩美の背中に直撃する。

「きゃああッ!!!」

姿勢を崩して畳に転がる。

剣の試合中だと言うのに素の声で悲鳴をあげてしまった。

それくらい歩美にとっては不意であった。

そして、どうしようもない敗北感を味わった。

「んー、こんな感じだったかな?」

トントンと、椿は片足で畳の上を跳ねる。

周囲の生徒達も絶句していた。

ありえないッ!!!!

「そんな……馬鹿な……!!」

第三者の視点で見ていた藤山先輩が恐怖を零していた。

そうよ。そんな馬鹿なことは無い。

今、間違いなく会長は”白虎”を使った。四川品川流の走法を。

うちはそこそこ有名だけど、道場はうちにしかない。

だからうちの門下生だったなら私が知らないはずがない。

そして、会長はその私の記憶のどこにも居ない。

それはつまり……

「そんな事って……まさか、見おう見まね…?」

歩美の絞り出した、最もありえない答え。

それを聞いた生徒達が再びざわつき始めた。

「え、待って……それってつまり………」

「初見で真似したって事だよな……たった一回見ただけで……」

歩美の導き出した答えを観客の生徒達が代弁する。

「驚いたよ。まさか、こんな機敏な動きができるなんて想定外じゃん。」

まぁ、うちの走法の方が早いかなー

とか垂れながら。

ふざけないで欲しい。歩美は心底そう思った。

剣技ではなく、走法だとは言え、そんな初見で使えるようになるほど安い技じゃない。

会長には圧倒的なまでの戦闘センスがある。

こんなもの、もはや天才としか言い様がない。

「さて、そろそろ終わりにしようか」

───!!

明らかに会長の気配が変わった。

これはあの、さやに取り付いた怪異を斬った時と同じ……!!

震えた。正直、凄まじく恐ろしかった。

この得体の知れない強者は、歩美の数段、数十段も格上だった。

簪を解かれ、カールのかかった銀麗の髪が妖気を帯びるように見えた。魔法なんて使ってない。これはそう言う話じゃない。言うなればオーラだ。

鬼に似た、狐に似た。なんでもいい、それは何か得体の知れない恐ろしい気配だった。

歩美はけれど強く刀を握りしめた。

自分で試合を申し込んでおいて途中棄権など恥がすぎるからだ。

それだけはプライドが許さなかった。

そして剣を構える。

性懲りも無く突きの構えをして。

「もう一度、お願いします!!!」

ふっ、と笑みを見せた椿に歩美は白虎で突っ込んだ。

迎撃される。そう分かっていても。

それ以外に手はなかった。

だから、もう少しだけ手を加える。

思った通り、間合いに入るまで会長は動かなかった。私がどう出るかを見るために途中で迎撃する事はしないのだろう。

仮に間合いの中に入られたとしても絶対にカウンターを入れる自信があるから。

だからこそ、一泡吹かせてやりたかった。

突きの姿勢がさっきと違うことに椿は気付いた。そして笑った。

そういう事かと。

華の獄 文月 薊!!!!

とんでもない愚弄だ。

私にはそんな馬鹿みたいな才能はない。こんな事したってただのやけくそに見えるかもしれない。

でもそれでいい。

勝てなければ、剣術は教えてもらえない。

ならば、”見て盗めばいい”。

とんでもない馬鹿だ私は。

こんなのは意味が無い。私にそれは出来ない。

けれど紛い物だろうと、真性の物には適わずとも、その力の片鱗に触れてみたい。

これが精一杯の私から会長への誠意だ。

間合いに入った歩美はさらに加速した。

切っ先は椿の額をめがけ、瞬速で迫る。

「百年早い。」

刹那、会長が嗤うのが聞こえた。

「華の獄 水無月 四葩(よひら)

パキン!!!!

バキィッ!!!

───ッ!?

刹那、金属の割れる音と木材の砕ける音がした。

それだけじゃない。

左腕・右腕・左脚・右脚に激痛が走る。

「ッ゛………グッ゛!!!!!」

歩美は剣を握っているのかさえ分からない感覚の中で、畳に勢いよく倒れた。

当然だ。突きの姿勢のまま倒れ込んだのだから。しかし歩美には倒れた時の痛みなんて分からなかった。

それよりも木刀に”斬られた”痛みの方が大きすぎて他の痛みなど感じる余地もなかった。

悲鳴も上がらない。肺をやられたわけではないのに呼吸も禄にできない。

まるで四肢がもがれてしまったような気分だ。

「そこまで!勝者、姫乃椿!!!!」

「「うぉおおおお!!!!!!」」」

観客のから歓声と拍手が上がった。

「会長つぇええええ!!!」

「あのツインテの子も凄くなかった!?」

そんな歓声をどこ吹く風に、椿は床に落ちた木刀の破片を拾った。

「あー、やっぱり折れちゃうか……」

バキリと真っ二つに割れた木刀を持って、椿は歩美に歩み寄る。

「ナイスファイト!」

真っ二つに割れた品川歩美の刀も危険なので隅にどかし、彼女を仰向けに寝転ばせる。

「ごめん、もうちょっと加減するべきだったわ」

治療魔法班を呼び、歩美は手際よく手当される。

折れた刀は弁償するね。と、苦笑しながら会長は私に話しかけた。

「けど、最後のは驚いたよ。まさか俺の真似をしてくるなんてね。」

会長は着物のままあぐらをかき、私の横に座る。しかし返事ができない、空気が喉を通らないのだ。

「あらら、呼吸できんくなった?」

それに気付いたらしい会長は、胸に親指を押し付け、肺を指圧する。

「カハァッ!!」

なんとか肺が動いた。空気が喉を通り、四肢に酸素が行き渡って激痛を増して感覚が戻ってきた。

「はぁ…」

大きく息を吸い、呼吸を整える。

「まさか、ここまで重さが違うなんて……」

「はは、本家の味は覚えたかい?

なんちゃって四川品川流 打突術・改とは破壊力が違うだろう?」

と、クスクスと笑う会長のある一部が変わっていることを歩美は見逃さなかった。

「ふふ、そう言いながらタスキ斬られてますよ」

会長の着物にさえ傷一つ付けられなかったものの、タスキは倒れ間際に引っ掛けるくらいはできたらしい。

会長の立っていた所には解けたタスキが落ちていた。

「まさか、あれで勝ちにしようなんて思ってないよな!?」

「まさか、私はただ戯れられてただけなんだなぁって自覚しました。」

「そう。」

短く、椿は答えた。

「という事でまた今度再戦を申し込みます!」

「よろし……………はぁ!?」

「当然じゃないですか。勝つまでやりますよ?この一戦でとは言われてませんから!」

「んなっ!?」

歩美が藤山先輩の方を見ると先輩はぐっ、と親指を立て、こちらに寄ってきた。

「先輩はまた、要らぬ入れ知恵を」

椿は藤山先輩にジト目を向ける。

「鼻からこの試合で勝てるとは思っていなかったからな。まさか絢爛の魔女様がこれ以降試合は受け付けません。なんて小さい事は言わんだろう?」

「ぐ………」

椿は言い返せずに

「ハハ、まぁ、楽しみにしてるといいさ。」

「アハハハハハハ!!!」

バッと、椿が振り向くと、そこでは凛が爆笑していた。それだけではなく、玲奈や樒、蒼人や穂乃果までもが腹を抱えている。

「お前らなぁ……」

クスクスと口元を手で押さえながら、玲奈が歩み寄ってきた。

「まぁいいじゃなぁい。勝ったんだし。」

こいつ、明らかに馬鹿にしてる。

「ところで椿、まだ余力ある?」

今度は凛が聞いてきた。

「はい?」

「あぁ、疲れてたらいいの。

ちょっと見てたら私も久しぶりにやりたくなっちゃって。」

と、凛はその場で軽くシャドウボクシングをした。

「悪いけど俺も昨日のとかで色々疲れたから、今日はもう遠慮したいかな。」

「そっか、残念。」

が、しかし。

椿はまだ気付いていなかった。今この時点で、とんでもないミスを犯したということに。

「へぇ〜、あれだけ余裕に振舞っておきながら、実は結構疲れてたのねぇ。」

玲奈が嫌味そうに言う。

「二戦目も出来ないなんて、体力落ちてるんじゃないかしらぁ?」

プチッ

多分回りはそんな空気を察しとった。

「ほほぉ?玲奈さん玲奈さん、あなた喧嘩を売ってらっしゃる?」

「無理ならいいのよぉ。なにせお疲れですものねぇ〜」

椿は気付くべきだった、横でニヤニヤしてる凛の存在にも。

「ほほぅ、いいだろう。そこまで言うならやってやんよ!かかってこいやコラァ!!!

穂乃果!ラウンド・ツー!!」

「「「え、ええぇえええ!!!??」」」

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