表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【2巻11月1日発売】異世界ラーメン屋台、エルフの食通は『ラメン』が食べたい  作者: 森月真冬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

99/195

背徳の『ラメン』

 ズズズズーっ。音を立てて啜ると、


 ……うっっっっま!


 ドロッドロのスープの中に、シルキーな口当たりの小粒状の背脂が広がって、甘くてまろやかでしょっぱくて、それが喉をゴクゴク通っていく!

 そのまま飲むとさすがに少々脂っこいが、ギトギトと言うほどでもない。

 底には濃い味が溜まっていて、飲むほどに塩分濃度が上がっていく……。

 いやー。脂、飲んでるなぁ!


 ジロウケイのスープも身体によくなかっただろうが、あの時は未知の美味を味わうことに集中してて、そこまで頭が回らなかった。ゲキカラケイの時は「身体に悪そう」とは思ったものの、トランス状態でコントロールが効かなかった。

 今回は……自分の意思だ。

 自分の意思で、全部わかったうえでスープを飲んでる。

 スープの美味(うま)さもさることながら、背徳感がものすごい!


 それに『身体に悪そうだから』と一度スープを諦めかけたことが、スープの美味さをさらに高めている気がする……。

 例えば、レストランで「これが食べたいけど手持ちが足りない」とか、「目の前でちょうど売り切れてしまった」なんてシチュエーションがあったとしよう。その後、改めて同じメニューを注文してみると、最初に諦めた分の期待値がプラスされ、味わった時の感動もひとしおになったりするだろう?

 口に溢れるこってり背脂には、一度は手放しかけた羨望(せんぼう)の味が込められているのである。


 などと取り留めのないことを考えながら、私は心の『美味さ』と舌の『美味さ』、両方がないまぜになった脂たっぷりのスープを飲み干して、『セアブラチャッチャケイ』を完食したのであった!



 我々がドンブリを置くと同時に、レンが尋ねる。


「みんな。背脂チャッチャ系は美味かったか?」


 私たちは口々に感想を言い合った。


「うむ。見た目ほどギトギトしておらず、意外とアッサリだったのが驚きだよ! 味の系統としてはイエケイラメンに近いのだろうが、構成要素はジロウケイよりだね」


「背脂の存在感が、圧倒的でド迫力だッ! こいつぁなんとも、ドワーフ好みのラメンだぜ。俺っちの仲間にも食わせてやりてえ。ドワーフは身体をたっぷり使ってるからよ、これっくらいの脂と塩気なんて、みんな屁とも思わねえや!」


「あああ。脂がたっぷりで身体に悪そうだなーって思いながら、誘惑に負けてスープまで飲み干しちゃった……まあ、美味しかったから別にいいけど。……んー、でもやっぱり、ちょっぴり複雑だわ。今夜は寝る前に、軽く運動しようかな?」


「この脂身はちっとも臭くないし、しつこくない。大量に入れても味が濁らず、それどころかスープにコクと甘みを与えている! 素晴らしい食材ですね。一体、どうしたらこんな味わい深い脂が作れるのか……? 不思議でたまりませんよ」


 レンがニヤリと笑って言う。


「背脂チャッチャ系は、一昔前に大ブームを起こしたラーメンでな。その頃はもっと塩分多めで脂もどっさり、暴力的なスタイルのラーメンだったんだぜ」


「ほほう! 今夜のラメンもかなりしょっぱくて脂が多め感じたが、それより多いとなるとよっぽどだね」


「その頃は、深夜まで働くタクシー運転手を中心に人気があったからな。味が濃くてハイカロリーなラーメンが求められてたんだ……だけど、時代の流れだろう。やっぱり身体によくなさそうとか、女性が店に入りにくいとか色々な理由があって、今も流行ってる背脂チャッチャ系は、洗練されたスタイルの店がほとんどだよ。今夜のラーメンも、見た目と背脂の量こそオールドスタイルだが、中身は今風にアレンジしている」


「ふむ? つまりは、セアブラチャッチャケイは時代のニーズに合わせ、その名称を変えることなく、味を微妙に変化させたというわけか」


 レンは頷く。


「ああ。もっとも背脂を使ったラーメン自体は、かなり昔からある。例えばストレート細麺の醤油ラーメンに背脂を散らした『京都背脂系』もそうだし、濃厚な煮干し出汁に極太麺の新潟の『燕三条(つばめさんじょう)系』ラーメンなんかは、背脂チャッチャ系の原型とも言われてるからな」


 マリアが言う。


「さっき、レンさんが『女性客が入りにくい』って言ったでしょ? それ、あたしわかるかも……セアブラチャッチャケイは白い脂がごってりで、可愛くないわよ! お義父ちゃんみたいに、汗臭い男の人に似合うラメンって感じだもん」


 それを聞いて、レンが苦笑する。


「ガキの頃に親父に連れてってもらったことがあるが、昔の背脂チャッチャ系はとにかく雑で乱暴だった! 客層も昼はガテン系とサラリーマン、夕方は部活帰りの学生たち、夜はタクシー運転手。床はヌルヌルしてて、店内には豚骨臭さが立ち込めてる。カウンターにティッシュも置いてなくて、テーブルが汚れてたら客が布巾(ふきん)で拭くのが当たり前だったんだ」


 それを聞いて、マリアは青ざめた。


「ゆ、床がヌルヌル……。場末(ばすえ)の冒険者酒場みたい。女一人で入るのに勇気がいるわね」


 レンは懐かしそうに目を細める。


「客の入りやすさやラーメンとしての完成度は、今の背脂チャッチャ系の方が確かに上だよ……だけど、アレにはアレの魅力があった。時々、無性にあの大雑把な雰囲気と、しょっぱい味が恋しくなるんだよなぁ!」


 ブラドが質問する。


「レンさん。豚の背脂には、どんな調理をしたのですか?」


香味(こうみ)野菜と一緒に煮て、上から平ザルで振りかけただけだ。なんにも特別な事はやっちゃいない」


「た、たったそれだけですか……? なら、どうしてあんなに美味しかったんでしょう!」


「脂自体が特別なんだよ。豚は内臓周辺の脂身はクセがあるが、背脂は繊維質が多くてプリプリで、スッキリとした上品な旨味が特徴なんだ。質の悪い脂は食べると胸が焼けて気持ち悪くなるが、新鮮な脂にはそれがない。重要なのは豚から切り分けた背脂を、すぐに冷凍保存することだ。常温だと酸化して、嫌な匂いが出ちまうからな」


「冷凍ですか! なるほど。それは考え付かなかったなぁ」


 ブラドは頭を掻いた。

 レンが尋ねる。


「こっちの世界には、冷凍保存の技術はないのか?」


 ブラドは答える。


「一応、氷のエレメンタルや魔法を使った保存法があります。ただ、コストが高いので、よっぽどのお金持ちや、物好き以外は使いません。そもそもどこでも売ってる普通の豚を、冷凍して運んでこようなんて考えすらしませんよ」


「そうか……まあ、目の前で豚をつぶしてもらえば、新鮮な脂身は手に入る。背脂にはオレイン酸やステアリン酸の他、コラーゲンも多く含まれていて、肌を綺麗にする効果が高い。だから、それほど健康に悪いってわけじゃないんだぜ」


 マリアが嬉しそうに言った。


「わあ! それ聞いたら、スープを飲み干しちゃった罪悪感がちょっぴり薄れたわ」


 レンは、鍋のスープを指さした。


「スープは豚骨臭を抑えるため、沸騰してから一時間は徹底的にアク取りをする。浮いてきた脂もザルで取り、完全に乳化するまで丁寧に炊く」


 オーリが鼻を鳴らしてフンフンと匂いを嗅ぎながら言う。


「ホントだ、ちっとも臭くねえ! そうして脂を抑えて旨味を出したスープに、背脂のコクと甘みが加わるから、見た目ほどしつこくないアッサリ味になるんだな……」


 レンは頷いた。


「そうだ。かわりに背脂に負けないよう、元ダレは濃い目に仕上げてやる。そのタレを完全に混ぜずに麺の下に沈め、さらにはスープを注ぐ前に背脂を軽く振って『層』を作るんだ。そうすると食べてるうちに味に強弱がついて、背脂に飽きにくくなるんだぜ!」


 驚きの工夫の数々に、私は舌を巻く。


「そ、そう言えば……スープの底には濃い味が溜まっていた。すごいっ!」


 派手で過激な見た目とは裏腹に、セアブラチャッチャケイはどこまでも計算されつくしたラメンであった。

 レンは、腕組み顎上げポーズで言う。


「どれもこれも背脂チャッチャ系のブームが終わって、それでも生き残ろうとしたラーメン屋たちが必死で考えたテクニックさ! ブーム後も同じ味ばかり作ってたら、店は守れねえからな」


 レンの世界のラメン・シェフたちは、たゆまぬ努力と生存競争の果てに、素晴らしいラメンを生み出し続けてきたのだな……。

 ひとつの味に留まらず、新しさを求めて常に変化し続ける。

 私はそこに、ラメンの『本質』を見た気がした。


 と、レンが言う。


「よし、今夜はこんなとこだろう。で、三日後のラーメンだけどよ」


 ブラドが手を上げた。


「あ。そのことですが……レンさん。三日後のラメンは、僕に作らせていただけませんか?」


「なにっ!? ブ、ブラドがだと?」


 驚くレンに、ブラドは真剣な面持ちで言う。


「ええ。レンさんに、食べて欲しいラメンがあるんです!」


 意外な一言に、私はオーリに目配せする。

 だが、彼は戸惑(とまど)った様子で首を振った。


「い、いや。俺っちには、なんのことだかわからねえ。まだ、『インスタント・ラメン』も未完成だよ」


 マリアは何か知っているのか、ニコニコと嬉しそうな顔である。

 レンは、不敵にニヤリと笑った。


「……よっしゃ、わかった! ブラド。どんなラーメンを食わせてくれるのか、楽しみにしてるぜ!」


 ブラドもニッコリと笑い返し、レンの顔を見つめて言う。


「はい! 今までレンさんに教えていただいた事、その成果……お見せしますよ!」

次回、Another sideを一回挟んでから、ブラド渾身の『ラメン』が登場だッ!


はたして、どんなラーメンが出てくるのか……?

作者にもまだわからない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
燕三条鬼脂が最近のマイブーム 罪の味がする
[良い点] 三条の一部のお店には大脂とかいう裏メニューもあるそうですね。背脂チャッチャ系は二郎系のゴロゴロした巨大な脂よりバランスが良く美味しいと思います。二郎系のは塊が巨大過ぎて食べると少し重たいか…
[良い点] 作者にもまだわからない [一言] 実はここだけの話私にもわからない
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ