地吹雪の『ラメン』
チャッチャッチャッチャ……。
レンがリズミカルに腕を振るうたび、ラメンの上にキラキラと光る真っ白い脂が大量に降り注ぐ。
それはまるで天から落ちる牡丹雪のようであり、そして、見てるだけで胸焼けしそうな光景であった!
隣でオーリが呟く。
「すげえ脂の量だな。なあ、リンスィール。俺っち、脂っこいのは大好きだけどよ。さすがにありゃあ、脂の味しかしねえんじゃねえか?」
「う、うむ……。私も、脂は嫌いではない。しかし、あの量はちょっとなぁ……?」
不安に苛まれる私たちをよそに、レンは完成したラメンを並べて、自信満々の腕組み顎上げポーズで言う。
「こいつは、『背脂チャッチャ系』ってラーメンだ。スープに濃厚なコクを出すため、煮崩した背脂を上から散らしたラーメンだな。平ザルでチャッチャと振りかける動作が、名前の由来なんだぜ……さあ、みんな。食ってくれッ!」
その一声に我々は、ワリバシに手を伸ばしてパチンと割る。
だけど、真っ白い脂で覆われたドンブリを前に、私はしばし躊躇ってしまう……。
細かく千切れた背脂は、ドンブリを縁まですっかり覆いつくしており、まるでラメンの上で地吹雪でも起こったかのようだった。脂の下からわずかに見え隠れする具は、チャーシュ、メンマ、細切りのヤクミ。そして、こんもり盛られたモヤシである。
白濁した茶色いスープの表面には、透明な液状脂が薄く層をなしており、その中にも固形の脂がびっしり隙間なく浮かんでいる。
ワリバシを突っ込むと、ひしめく背脂がプカプカと泳いで……うわあ。
いかにもギッタギタのギットギトで、脂っこそう!
深夜にこれ食べちゃったら、明日の朝は胃もたれが心配だぞ……。
けれど、いつまでもドンブリを眺めててもしょうがない。
私は覚悟を決めて、背脂を掻き分けてメンを持ち上げた。
よし。まずは、一口っと……ズルルッ。
……ふえっ。あれえ!?
脂っこくない! 食べやすいっ!
あ。いや、違う。脂っこくはある。
こってりした味わいを、確かに感じる……だけど、口の中にまとわりつくような、嫌味な感じが一切ないのである。見た目の印象ほどギトギトしていないのだ!
背脂の甘味はあるが、クドはくない。っていうか、美味い……。
めっちゃくちゃ美味いぞ、これッ!
私は思わず前のめりになって、ドンブリを抱え込むようにして、ガツガツとラメンを食べ始めた。
メンは中太で縮れておらず、表面は脂をたっぷり吸いこんでテカテカ光る。コシが適度に残っており、モキュモキュっと良い噛み心地だ。
スープはトンコツショーユ味で、イエケイラメンによく似ているが、あれより塩分が鋭く尖る。ハードなしょっぱさが背脂の甘みを倍加させ、ニンニクの効いた強烈な出汁と絡み合う。それらを豊かな小麦のメンの力が受け止めて、何倍にも味を膨らませる……。
もちろん、食べてるうちに口に脂っぽさは溜まってくるが、具のヤクミの辛味と香りが鮮烈で、見事に口を直してくれるし、たっぷりのモヤシはみずみずしくって、サッパリと脂を洗い流す。
メンマはスープの熱でわずかに煮込まれたようになって柔らかく、太めのメンと一緒に食べると、口の中で背脂と混じってなじみ、三位一体の美味しさが生まれる!
チャーシュは特大で、いつもの倍はあるだろう……よく見ると、形が螺旋状に渦を巻いている。どうやら、一枚肉を巻きつけて作ったものらしい。よく煮込まれててトロトロと、とろけるような口当たりである。
いやはや。いかにもゲテモノな見た目をしてて、口に入れる前は心配だったが、これならどんどん食べられちゃうなっ。
大量の脂、強烈な出汁、強い塩分。
この『セアブラチャッチャケイ』、味の要素は『ジロウケイ』とよく似ている。
けれど、同じ豚の脂でもジロウケイの脂は、粗雑と言うか、脂っこさと荒さが目立った。もっともジロウケイはその部分を、『豪快さ』として魅力に昇華していたわけだが……。
比べてこちらの脂は、甘くてとろけるような官能的な旨味に満ちている。
それにジロウケイのラメンは、何もかもが過剰でやり過ぎで、それが食べてるうちにいつのまにか丁度良くなるという、パズル的な味付けであった!
対してセアブラチャッチャケイは、振りかけられた白い背脂こそ派手なものの、一口目から味のバランスは非常によく取れていて、むしろそのドギツい姿より、ずっと『大人しい味』とすら言えるだろう。
ううむ、不思議だ……チャーシュといい、スープといい、こんなにも脂塗れなのに、見た目ほど脂っこさを感じないのは何故なのだ?
プルプルとした小さな脂身を舌で押し潰すと、脂肪の味が弾けて広がる。なのに、スープやメンと一緒に食べると、脂の味は少しもしつこくなく、喉にスルリと落ちるのだった。
濃厚なのにクドさはなく、甘いのにしつこくなく、こってりしてるのにいくらでも食べられてしまう。
ドンブリに口を付けてズズウッっと啜ると、スープに浮かんだ背脂の粒が、いくつも口に飛び込んでくる。まろやかな背脂の向こうから、トンコツ・ショーユのしょっぱさがドッと押し寄せる。
ああ……じんわりと……脳が……痺れる……ッ!
これは堪らぬ。抗えぬ美味さだ。
このラメンの脂は、極上の味わいだ!
こいつはいけない。キケンな脂だ。中毒性がものすごい!
こんな脂に慣れきったら、もう普通の脂では満足できなくなってしまうに違いない。
人は本能的に、脂を求めるものである。
油脂は生きていくのに、なくてはならぬ栄養素だからだ。
脂身は美味い……ただし、強すぎる油脂は毒となる。
本来ならば、こんな大量の脂に塗れたラメンなど、身体が受け付けぬはずなのだ。
でも、食べれちゃう。なんでって? 美味しいからだ!
とっても美味しい。手が止まらない。きっと、スープまで飲み干しちゃう。
私はひたすらメンを啜り、スープを啜り、背脂の旨味に酔いしれた。
けれど大量の脂と塩分など、身体に良かろうはずもない。
こんなラメンを毎日食べたら、あっという間にブクブク太り、病気になってしまうだろう……。
だがしかしっ!
人は、『身体』だけで生きるのではない。身体の他に『心』がある。
羽目を外さず、冒険もせず、現状を維持することだけに集中する人生に、なんの面白みがあると言うのかッ!?
いざ、我は行かん。背脂の雪原を!
勇気を持って渡ろうじゃないか。ラードの大河を!
身体が傷つくことを恐れては、冒険はできないのだ。
とまあ。深夜に身体に悪そうなラメンを貪る罪悪感から、ついつい言い訳を重ねてしまったが。
すでにメンと具は食べ尽くし、ドンブリの中では白茶色に濁ったスープに、大量の背脂がタプタプと揺れるばかりである。
……どうしよう。これ飲んじゃったら、絶対身体に悪いよな。
でも、たくさんモヤシが入ってたし。メンマはタケノコだし。ヤクミも野菜だしね。
スープも栄養たっぷりだから、そこまで不健康ってもんでもないだろう、きっと。たぶん。そんな気がする。
そうだ。明日のお昼は抜きにして、バランス取ろう。
よし、大丈夫。飲んでも平気。いっちゃえ、いっちゃえ!
私はドンブリに口を付けると、ググーっと持ち上げてスープを口へと流し込んだ。
明けましておめでとうございます。
ついにリンスィールが、真夜中のラーメンの罪悪感に気づいてしましました……。
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