Another side 12 part3
ジッと彼女に見つめられ、レンはゆっくり頷いた。
「……わかった。二人きりの時だけな。俺で良ければ、たっぷり甘えろ」
アグラリエルは嬉しそうな顔で、涙を拭う。
「また、ワガママを言ってしまいましたね……ありがとうございます、レン! わたくしも、普段はエルフの女王です。うふふ、二人きりの時だけ。あなたはわたくしのレンとなり、わたくしはあなたのアグラリエルになります!」
「なあ、アグラリエル。一緒にビール飲もうぜ」
レンは軽い調子でそう言いながら立ち上がると、冷蔵庫からビールを取り出し、グラス二つに注いでチャーシューとメンマを皿に盛りつける。
アグラリエルは目の前にトンと置かれたグラスに、目を丸くする。
「ビール……? わあ、綺麗な黄金色ですねえ!」
おずおずとグラスを持ち上げて、輝く液体を口に含む。
じっくりと味わってから彼女は言った。
「雪解け水の様に冷たくて、スッキリとした苦みがあります。炭酸の刺激に、気品ある香りと優雅なコク……素晴らしいお酒です!」
「ふふふ、そうだろ? 人と人との距離を縮めるのは、酒の力が一番だからな。ほら、つまみも食べな!」
アグラリエルはビールの味を気に入ったし、チャーシューやメンマをつまみにするのも豪華だと喜んだ。
酒を飲みながら二人は、互いの思い出話に花を咲かせる。レンは修業時代の、アグラリエルは曾祖父が生きていてエルフの里が一番栄えていた頃の話をした。
彼女はレンにピタリと寄り添い、レンはその肩を優しく抱く……寒い夜の路地裏で、互いの温もりを感じあった。
ラーメンの修業の話と、今より豊かでにぎわっていたエルフの里の話。
となれば当然、流れは『今のエルフの里とラーメンの話』へと行きつく。
レンは言う。
「そういや、里でのラーメン作りってどうなったよ?」
「皆、懸命に励んでおりますよ。ただ、困ったことに塩の需要に供給が追い付いてないのです……ゴトーチラメンの噂を聞きつけて、行商人もエルフの里へと来るようになりました。しかし、その数はいまだ多くはありません」
「エルフの里の食事は薄味だったもんな! ラーメンってのは、旨味と塩気、油のバランスが重要なんだ。ドッシリ濃厚な鶏白湯に負けないよう、調味料はケチっちゃダメだぜ」
アグラリエルは、困った顔をする。
「はい。塩不足を解消すべく、わたくしやララノアが暇な時にアイバルバトに乗り、大きな町まで塩を買い付けに行っているのですが……海に近くなるほど塩が安く、行きかえりの時間は長くなります。一番安く買える街まで行こうとすると、数日がかりになってしまうのです」
レンは頷く。
「なるほど。塩を安く買うためには遠出しなくちゃならないが、女王やその側近が、頻繁に里を留守にするわけにいかねえよなぁ」
「そもそもアイバルバトを使った塩の買い付けなど、その場しのぎの対応策です。十分な数の行商人が安定してエルフの里にやってくるようにならなければ、根本的な解決にはなりません」
問題の根深さに、レンは腕組みをする。
「ふうん、そうか……? エルフの里には、もっとラーメン以外に人を呼べるような、強いヒキが必要なんだな」
「ええ。エルフの染料や世界樹の葉など、それなりに売れる物はあるのですが、品ぞろえはもう何百年も代わり映えしておりません。そこでゴトーチラメンのように、噂を聞きつけた旅人が思わず訪れてしまいたくなるような、そんな名物が作れないかと考えたのです」
彼女の言葉を聞いて、レンがポンと手を打つ。
「ああ……柿ピー食ってる時にララノアさんと相談してたのは、それか?」
アグラリエルは大きく頷いた。
「はい。あのような美味しいお菓子を土産物として売り出せば、里の流通は活気づくでしょう!」
それから複雑な表情になる。
「……ただ、心配もあります。エルフの里の経済は、もう何百年も内輪だけで閉じてましたからね。自然の中でも生きられるエルフは、お金に無頓着なのです。悪意のある者が詐欺を働けば、簡単に騙されてしまいます……ドワーフやホビットほどがめつくては困りますが、みんなにはもう少しお金に執着していただきたいものですよ。はぁ……」
頭を悩ますアグラリエルに、レンは感心した顔で言う。
「やっぱ凄いな、アグラリエルは。ちゃんと女王様やってんじゃねえか!」
アグラリエルは、顔を真っ赤にして言う。
「あ、あのう、レン。ぶしつけなお願いなのですが……褒めるのならば、頭を撫でていただけませんか?」
「……えっ?」
「で、ですから。あなたに、頭を撫でて欲しいのです」
「…………」
レンは沈黙した。
表情が、若干引いてる。
するとアグラリエルは、怒ったような泣きそうな顔になった。
「な、なんですか、その顔は!? さっき、たっぷり甘えろと言ったばかりではありませんか……あ、頭くらい撫でてくれたって……っ!」
レンは苦笑し、アグラリエルの頭に手を乗せる。
「いや、悪かったよ。ほら……これでいいか? よしよし……」
「……んふ。んふふふっ!」
なでられたアグラリエルの顔が、幸せそうにとろける。
レンは、『ちょっと笑い方が気持ち悪いな……』と思ったが、口には出さずに撫で続けた。
アグラリエルは目を細めて、しみじみと言う。
「ああ。頭を撫でられるなんて、いつ以来でしょう……? 女王になってからは里を守り、エルフの民を導く事だけを考えて生きてきました。わたくしより年上はみんな死んでしまったし、こんな風にみっともなく甘えられる相手もいなかったのです……」
「そうか。ストレス溜めてたんだな……よく頑張った。アグラリエルは、偉い偉い。よしよし、よしよし……」
レンは優しい声でそう言いながら、彼女の頭をナデナデする。
アグラリエルの髪の毛は柔らかくって滑らかで、手のひらにサラサラと揺れた。
それはアグラリエルにとってはもちろん幸せな一時であったし、レンにとっても望外に楽しい時間であったのだ……。
しばらくしてからアグラリエルは、懐から懐中時計を取り出して言う。
「……さて。名残惜しいですが、そろそろ戻らないといけませんね。ララノアはアイバルバトを寝かしつけた後、眠らずにわたくしを待ってるはずですから」
「宿は、ここから近いのか?」
「表通りへ出て、すぐそこです。里出身のエルフが経営している宿ですよ」
「そうか。なら、ちょっと待ってろ」
レンは屋台の裏側に回ると、丼に温めたスープとあんかけを入れて、ラップをしてから茹でた麺を乗せて、再度ラップを掛ける。
彼はコンビニのビニール袋に丼と割り箸を入れると、アグラリエルに持たせた。
「ほら、持ち帰り用のラーメンだ! 麺には米油が塗してあるから、端っこからあんかけの下に沈めて食ってくれ。うちは普段、テイクアウトはやってないんだけどな……サンマーメンはあんかけのおかげで冷めにくいし、宿も近いから特別だよ。丼は明日の夜、返してくれればいい」
「ありがとうございます。きっと、ララノアも喜びます!」
「なあ。この町にやってきたのも塩の買い付けか?」
彼女は首を振った。
「あ、いえ……。実は数年前から『動き回る砦』という超巨大ゴーレムが、壊れた状態でこの王国の領地に放置されていたのですが……持ち主であるドワーフ族が懸命に修理して、ようやく動かせるようになったそうです。それで人間の王よりドワーフの王に正式に引き渡しがされるので、立会人としてエルフの女王のわたくしが呼ばれたのです」
レンはちょっぴり興奮した声で言う。
「へえ! 巨大ロボットかよ。男の浪漫だなぁ」
「それでは、おやすみなさい。レン!」
「ああ。おやすみ、アグラリエル!」
二人は挨拶を交わすと、それぞれの帰る場所に向かって歩き出した。
翌日の夜。レンは巨大な柿ピー入りペットボトルを持ってきて、アイバルバトを狂喜乱舞させた。
早速、嬉しそうにパリポリと食べ始める様を、アグラリエルとララノアは笑って見ていたのだが……里に帰った後で『試食』と称し、エルフのみんなで半分以上も食べてしまい、アイバルバトを大泣きさせるのは、また別の話である。
蕎麦を表示より1~2分短く茹でる。
冷水にさらして水をきって丼に入れ、麺つゆ(つけ汁の濃さ)、ラー油(山椒とか入っていないノーマルな品)、斜めに刻んだネギ、生卵、白ごま、刻み海苔、揚げ玉をたっぷり入れて食べる。
(゜д゜)ウマーイ!
日本そばにラー油を入れる文化は、東京では20年ほど前から広まってますが、地方に行くとゲテモノ食い扱いされたりします……でも、ほんと美味しいんだよ?
次回は……地吹雪の『ラメン』
お楽しみに!




