Another side 12 part2
アグラリエルは膨大な魔力を右手に集中させると、高く掲げて叫ぶ。
「マギカリエ、ルヴァ、カバリ、ウェルハ、コルドシル、ベネドラアージュ!」
それはエルフ王族の秘術、伝説級の防護結界であった!
空気の遮断に重力制御、目には見えない有害な波動までをブロックする……超高位魔法を子供の泣き声対策で使ったのは、長きに渡るエルフの歴史の中でも初めての事であろう。
周囲への騒音はピタリと止んだが、アイバルバトは結界の中でまだ大泣き中である。
えーん、えーんと泣きじゃくるその背を、ララノアが優しくなでつつ言う。
「……レン。カキピーは、もうないのか?」
「悪い。その一袋しか持ってねえ」
アグラリエルが、レンの手を取った。
「わたくしたちは、明後日までこの町に滞在します。お願いです、レン! なんとか明日の夜までに、カキピーを用意していただけないでしょうか?」
「ああ、いいぜ。それくらい、お安い御用だ」
「ありがとうございます……聞きましたか、アイバルバトよ! 明日の夜、レンがカキピーを持って来てくれるそうです」
アイバルバトは、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げて、レンに問う。
「かきぴー、くれる?」
レンは苦笑しながら言った。
「ああ。ドン・キホーテでデカいのを買ってくるよ。4ℓペットボトルに入ってる、両手で抱える大きさのをな!」
「く、くおおーう!? ……あした? よる?」
レンは頷く。
「おう、明日の夜だ」
アイバルバトは目をキラキラと輝かせて立ち上がり、ララノアの袖を引っ張る。
「ら、ららのあ! あい、もうかえる!」
ララノアは戸惑った。
「ええっ? な、なんで帰るんだよ……まだ、ラメンだって食べてないのに」
アイバルバトは、大興奮しながら言う。
「はやく、かえる! はやく、ねる! はやく、あしたになる! かきぴー、はやくたべれる!」
「……えええー? ったく、困った奴だなぁ。女王様、アイの奴がこう言っていますが、どうしましょう」
アグラリエルは頷いて言った。
「ララノア。護衛を解いて、先に宿に帰ることを許します。この町の治安は良いですし、宿も近いです。わたくし一人でも心配いりませんよ」
その言葉に、ララノアが苦笑する。
「アグラリエル様は里を抜け出し、さんざんこの町で夜遊びしましたからね。今さら護衛も必要ありませんか?」
「た、ただ遊んでたわけではありませんっ! えっと……だから。そのう、つまり……そう! レンが、エルフの命運を預けるに足るラメンシェフであるかどうか、見極める必要があったのです。そのため、わたくしは夜な夜な宿を抜け出して、彼のラメンを食べまくっていたのですよ!」
アグラリエルは、目をキョドキョドと泳がせながらそう言った。
ララノアがアイバルバトの手を引いて帰ってしまうと、レンは頭のタオルを巻き直しながらアグラリエルに言う。
「とりあえず、ラーメンを作る。食ってくれよ」
「そ、そうですねっ! わたくし、レンのラメンが食べたくて仕方ありませんでした。ぜひとも、ヤサイマシマシニンニクアブラでお願いします」
「よっしゃ、あんかけ大サービスだ!」
レンはスープを温め、あんかけを大盛で調理して、麺を茹でるとサンマーメンを完成させる。
アグラリエルは、あんかけの熱さにビックリしたり、野菜の甘さにうっとりしたり、後半の味の変わったスープにドギマギしたり、大いに楽しんで平らげる……。
食後に一息ついた彼女は、レンに笑いかけながら言った。
「よろしければ、わたくしと並んで座りませんか?」
「ん? ああ。他に客もいないし、別にいいぜ」
レンは、椅子を彼女の隣に置いて座った。
アグラリエルが静かな声で言う。
「二人きりになってしまいましたね。レン、わたくしが前に言ったことを覚えておりますか?」
「……それって、俺と二人きりの時まで女王でいたくないってアレか?」
アグラリエルは頬を赤らめて、モジモジしながらうつむきがちに言った。
「ええ、はい。そ、そうです。そのう……この間は突然、あ、あんなことをしてしまい……大変、失礼いたしました! ずっと、それが伝えたくて……ですが率直に言いまして、わたくしはあなたに好意を持っているのです。レン、あなたはどうでしょうか……?」
レンは、しばらく黙った後で言った。
「俺は、お前のこと大好きだよ。俺のラーメンをすっげえ美味そうに食ってくれるし、みんなのために頭を悩ませたり一生懸命に頑張れる、素直な性格も知っている。女王様だってのに、偉ぶったところもないしな」
「じゃ、じゃあッ!?」
アグラリエルの顔が、パッと華やぐ。
しかし、レンは首を振る。
「けどな……俺の夢は世界一美味いラーメンを作って、ラーメン激戦区に立派な店を構えて『ラーメン太陽』の暖簾を掲げ、有名店としのぎを削ることなんだ。こっちの世界は楽しいし魅力的だけど、全てを捨てて移住するには決心がつかねえよ」
アグラリエルは、クスクスと笑った。
「レンは、本当に真面目な人ですね! わたくしは、あなたを独り占めする気はありません」
彼女はレンの手をそっと取る。
「ねえ、レン。エルフの一生は、あまりにも長い……心が死なない限り、ずっと生きていられます」
アグラリエルは目に薄く涙を滲ませ、寂しそうな笑いを浮かべた。
「ああ! 今、わたくしの心はかつてないほどときめいています。こんな気持ちになってしまったわたくしは、あと何百年生きてしまうのでしょうか……? 五百年……八百年、もしかしたら、千年生きてしまうかもしれない」
「……アグラリエル?」
悠久の刻、限りない寿命。
数百年の時間を、共に過ごせる種族は少ない。どれだけ大切な仲間でも、愛しく焦がれた相手でも、エルフは『残される側』になることがほとんどだった。
それを嫌って同じエルフ以外との交流を絶ち、里に引きこもる者も少なくない。
結果として、彼らの多くは『感動』を忘れ、普通のエルフよりずっと早く死を迎える……皮肉な話である。
アグラリエルは、縋るような口調で言う。
「あなたとの出会いは、わたくしの人生の中では刹那の輝きでしかありません! けれど、その光はわたくしが生き続ける限り、永久に暖かく照らし続けてくれるのです……お願い……。どうか、わたくしを甘えさせてください。飽きるほどに続いてしまう人生の中で、ほんの少しの間だけでも、素晴らしい夢を見させて……」
アグラリエルの目から、一粒の涙がポロリと落ちた。
レンは、アグラリエルが『好き』である。
それはもしかしたら、恋愛感情の好きとは少し違うのかもしれない……だけど彼女が泣くと、心が激しくかき乱された。
また、真摯に想いを伝えてくれて、その上で「あなたの慰めが必要だ」と泣くアグラリエルを、突き放せるほどにレンは女性経験を積んでもいなかった。
……同情心だけではない。
レンの心に、彼女に対する何か新しい感情が芽生えつつあった。
年末年始は忙しくて、更新少し遅れます。
ごめんなさい。




