Another side 12 part1
チャラリ~チャラ♪ チャラリチャララ~♪
レンがチャルメララッパを吹きつつ屋台を引いて深夜の路地を歩いていると、後ろから三人が小走りに駆けてきた。
先頭に立つのは、フード姿のエルフの女王……アグラリエルである。
「レーンっ、待ってくださーい!」
レンは足を止めて、振り向く。
彼女は屋台に追いつくと、フードを脱ぎながら笑顔で言った。
「こんばんは、レン。笛の音が聞こえたので、近くにいるとわかりました」
「よう、アグラリエル。こんばんは!」
後ろに控えた、ララノアが言う。
「オレたち、ファーレンハイトでちょっとした野暮用があってね。ついでと言ってはなんだけど、あんたのラメンを食べに来たよ」
流暢な日本語を喋る彼女に、レンはギョッとする。
「ええっ! ラ、ララノアさん……日本語を喋れるようになったのか?」
アグラリエルが、コクリと頷いた。
「はい、わたくしが教えました。リンスィールから基本的な言語の組み立て方を習いましたし、日常生活で必要な単語の辞書をもらっていますから」
言いつつアグラリエルは、懐から手帳を取り出す。
レンが受け取ってページを開くと、異世界語と思しき文字とひらがなが、几帳面な筆跡でみっしりと書かれていた。
手帳に感心しつつ、レンは言う。
「これ全部、親父に聞いて作ったんかなぁ? うーん……コノミのやつは、こっちの世界の言葉を覚えるのに2年かかったって言ってたよな。俺がエルフの里まで行ったのって、確か三週間ぐらい前だろう。いくらなんでも早すぎねえか?」
レンは、猫耳魔王のアーシャと暮らすYouTuberの女の子を思い出す。
するとアグラリエルは言った。
「千歳を超えるエルフならば、このくらいは当然ですよ。800年以上も生きると、なにかしら『特技修得のコツ』と言うべきものが身に付くのです」
「そういや里でララノアさんも、拉麺の技をあっという間に習得しちまったっけ」
ララノアも、平然とした顔で言う。
「だてに、長くは生きちゃいないさ。まったく未知の言語ならまだしも、両方の言語に精通してる者からコツを習えば、大抵の言葉は数日で理解できちまうよ。エルフは神々が、『混沌なる蜘蛛』の言葉を理解するために生み出した種族なんて言われてるしな」
「混沌なる蜘蛛だと。おどろおどろしい名前だな、なんだそりゃ?」
アグラリエルが答える。
「エルフに伝わる、古いおとぎ話です。『禍々しき八本の脚をもつ蜘蛛である。曰く、その姿を見た物は死を選ぶ。曰く、その声を聴いた物は発狂する。曰く、その肌に触れれば魂すら燃え尽きる。それは混沌そのものであり、いずれ世界を飲み込む不滅の邪悪である』……。エルフの耳が長いのは、混沌の囁きを残らず聞き取るためだなんて言われてますね」
「おい、コラ。……超、怖えぞ。それ、本当にいるのかよ?」
青ざめるレンに、ララノアが軽い調子で言った。
「この世界のどこかに、封印されてるって話だけどね。ま、本当にいるかは怪しいもんさ。オレには、魔王より恐ろしい奴がいるなんて思えない」
アグラリエルも頷いた。
「わたくしもそう思います。おそらく病気や死など世の不幸を、怪物に例えた寓話でしょう」
「ふうん……で、アイバルバトっつったよな。お前も、元気してたか?」
レンが白髪の幼女の頭を撫でながらそう問いかけると、アイバルバトは頷いた。
「げんき!」
「うおっ!? こ、こいつまで……?」
アグラリエルが楽しそうに笑った。
「うふふ。この子は、わたくしたちの真似をなんでもしたがるのです。ララノアと二人でニホン語を話しているのを、ずっと側で聞いてましたからね」
アイバルバトは、偉そうに胸を張った。
「あい、きいてた! あい、いいこ! あい、あぐらりえると、ららのあのまねする!」
レンは首を傾げた。
「あい……? って、ああ! アイバルバトだから、縮めてアイか」
それからレンは、困り顔で言う。
「だけど、困ったなぁ。残ってる麺が、あと二玉しかない……少しずつ量を減らして、丼三つに分けるか?」
アグラリエルは首を振る。
「いいえ、お気遣いなく。食べるのは、私とララノアだけです。アイバルバトは、人間の料理は好きじゃないのです」
「じゃあ、こいつは何を食べるんだ?」
「普段、口にしているのはナッツ類や焼いたパン、ドライフルーツ、生のトウモロコシですね」
「へえ。だったら、柿ピーも食うかな」
レンは言いつつ、エプロンのポケットから柿ピーの小袋を取り出す。
「おい。ちょっと手を出してみ?」
アイバルバトは、小さな手の平を突き出した。レンはそこに、柿ピーをいくつか落とす。
アイバルバトはフンフンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ、それから口に入れた。
すると、
「ふ……。くおおーうっ!? も、もっと……もっとー!」
アイバルバトは目をキラキラ輝かせ、ピョンピョン飛び跳ねてレンに縋りつく。
「ははは、気に入ったみたいだな。ほら、全部やるよ!」
レンが柿ピーの小袋を渡すと、アイバルバトは夢中になってパリポリと齧り始めた。
アグラリエルがそれを見て、ゴクリと喉を鳴らす。
「……あのう、レン。あれは、人間が食べても大丈夫なものでしょうか」
「ああ、人間用の菓子だからな。もちろん、食っても平気さ!」
「そうですか……では、アイバルバト。わたくしにも、少しおわけなさい」
アグラリエルが手を出すと、アイバルバトは露骨に嫌そうに顔を歪める。
が、渋々と言った様子でアグラリエルに小袋を渡した……。
アグラリエルは袋から柿ピーをつまみだすと、パリポリと齧って言う。
「え。これ……美味しいっ! ピリリと辛くて、焦げたショーユが香ばしいです!」
「じょ、女王様。オレにもくださいっ!」
ララノアも手を伸ばし、柿ピーを食べた。
「美味いですよ! この三日月のカリカリは、なにかの穀物を練って焼いたものですかね?」
「噛み砕いて唾液に浸すと、モチっとした食感になります……おそらく、ライスでしょう」
「ピーナッツも美味しいです! 油で炒って、軽く塩を振ってありますね」
「ああ……カリカリの三日月とピーナッツを交互に食べると、後を引いて手が止まらないわ!」
「アグラリエル様。これ、例の件に使えるんじゃないですか?」
「ええ、ララノア。ピーナッツなら、里でも栽培できますもの」
「カリカリの方も、トウモロコシかジャガイモで工夫すれば、似た物が作れるのでは?」
「いいアイデアです。まあ、いずれにしても、里の者たちの意見も聞いて……もぐもぐ」
「そうですね。しかしこれは、いくらでも食べられてしまうな……パリパリ」
柿ピーに夢中になってる二人を見かねて、レンが声を掛ける。
「お、おいっ! アグラリエル、ララノアさん。もう、その辺で……!」
二人がハッと気づいて振り向くと、そこにはこの世の終わりみたいな絶望的な顔をして、プルプル震えるアイバルバトの姿があった。
アグラリエルとララノアは、慌てて口を開く。
「あっ!? アイバルバト。あのですね……!」
「あのな、アイ! こ、これはだな……!」
二人が弁解の言葉を言うより早く、アイバルバトはその場にガバッと蹲り、大声で泣き始める。
「う、ああーっ!? あいのーっ! かきぴぃーーーー! たべちゃったー! ああーん!」
アグラリエルが、持ってた小袋を差し出す。
「ほ、ほら! 『カキピー』は返します。アイバルバト、機嫌を直しなさい!」
アイバルバトは袋を受け取る。
しかし、中にはわずかな欠片が残るだけである……それでも震える手で砕けた柿ピーをつまみ、カリポリと齧った。だが、見る間にその目に大粒の涙が浮いてくる。
「う、あああーっ! わあーん!」
また、わんわんと泣き始める。
「なんでーっ!? あい、いいこにしてたー! なのに、なんでー!?」
ララノアとアグラリエルが、頭を下げる。
「す、すまん、アイっ! 許してくれ!」
「わ、悪かったです! 申し訳ありませんでした、謝罪します!」
だけど、アイバルバトは泣き止まない。
いかな人気のない深夜の路地とは言え、周囲の家まで無人なわけではない。
そのうち、辺りの窓に灯りが点いて、怒声が響き始めた。
「うるせえーっ! 寝れないだろうが!」
「こんな夜中に、なにやってんだっ!」
「子供を泣かせてんじゃないわよぉ!」
ララノアが目を白黒させる。
「じょ、女王様。騒ぎになります! マズいです、これは!」
アグラリエルはおたおたする。
「はわわっ……ど、どうしましょう。かくなる上は……!」
はわわ……あわわわわっ!
あわわーっ!?




