まとわりつく『ラメン』
今宵も、『ラメン会食』の時間がやってきた!
だが、ふむ……今日はヤタイから変わった匂いはしないし、不思議な装置も見当たらない。
静かな始まりである。
こんばんは、と挨拶を交わしながら我々が席に着くと、レンは底が丸くて大きいフライパンで、何かを調理し始めた。
ヤタイからは、甘〜くて、香ばし~い熱を通した野菜の匂いが漂ってくる……。
それからメンを茹でてスープを注ぎ、フライパンの中身をオタマで掬ってドンブリに入れて、カウンターに置く。
レンが、いつもの腕組み顎上げポーズで言った。
「こいつは、『サンマーメン』っ! 野菜たっぷりのあんかけをかけたラーメンだな。あんかけを使ったラーメンは、日本各地に存在している。とろみ掛かったレバニラを入れた茨城のスタミナラーメンや、汁全体があんかけのダールー麺、麻婆豆腐の入った麻婆麺もその亜種と言えるだろう……なかでもサンマーメンは日本の中華の代表地である、『横浜中華街』発祥の人気メニューなんだぜ! さあ、食ってくれっ!」
その声に我々はワリバシをパチンと割って、ドンブリを引き寄せる。
覗いてみると、ラメンの上には半透明でゲル状の、テカテカ光る物体が乗っていた。
おそらく、これが『アンカケ』だろう。
中にはたくさんの野菜や肉が透けて見え、畑の農作物や土の中のミミズやモグラを食い荒らす、害獣のクロップススライムにそっくりである。
包まれた具材は、白菜、豚肉、モヤシ。それと短冊に切られたニンジンと緑の草に、キクラゲ……。
白菜とは、主に東方で食されている葉物野菜だ。キャベツよりも肉厚で柔らかく、カブに似た甘味が特徴である。レンの『ベジポタケイ』にも入っている。
アンカケは、『ベジポタケイ』や『ツケメン』の粘度を超えて、ドロドロというより、デロデロ、デュルデュル。メンを持ち上げると、ずっしり重たく絡みつく。
さて、まずは一口っと……ズロロッ。
「ッぶあ!? つーぅいっ!?」
ビックリして、ブホっと吐き出す。危うく、口の中を火傷するとこだった!
そ、そうか……メンを持ち上げて外気に晒しても、アンカケのせいで冷めにくいのだな。
まったく、廃墟の水瓶に手を入れて早足ムカデに齧られる目にあったぞ……。(エルフの言い回しで『考えなしに未知の物に手を出して痛い目に合う』の意)
よし、今度は気を付けよう。
私は改めてメンを持ち上げると、半透明のアンカケにフーフーと息を吹きかけてから、ズロロっと啜った。
ほう、なるほど。これは美味い!
アンカケに包まれた新鮮な野菜の甘みと旨さが、ねっとり心地よく舌を蕩かす。炒めにゴマ油を使ったらしいが、特徴的なフレーバーは邪魔になることなく、むしろ全体の風味を底上げしている。
スープはクリアなショーユ味。メンは細くてコシはほどほど、しっかり目に塩コショウの効いたアンカケと、上手くバランスが取れていた。
白菜はサクサクと甘くって、ほんの僅かな苦味を伴い、舌の上に繊維を残してホロリと消える。
豚肉は脂身多めでボリューム満点、アンカケに包まれていることで肉質に水分が閉じ込められて、噛めば肉汁が飛び出るほどジューシーだ。
そして、たっぷりのモヤシはシャキシャキっとよい歯応えで、爽やかな清涼感が脂と塩っ辛さを洗い流し、後味を軽くする。
白菜の柔らかさ、豚肉のボリューム、モヤシの歯ごたえと、メインの具が三者三様で面白い!
細切りにされたニンジンは、やや地味なアンカケにオレンジの彩を添えて、独特の風味が時たまひょっこり顔を出す。
キクラゲのコリコリ感も、メンマとはまた一味違って気持ちいいな!
そして、この薫り高くて鮮烈なアクセントは、ギョーザの時に食べた『ニラ』だろう……緑の草の正体は、ニラだったのか……!
それぞれの素材ごとに熱を通す時間を変えてるらしく、生に近い味わいや歯応え、加熱された甘味や柔らかさが複雑に組み合わさっていた。
二口、三口と啜って、私は気づく。
……む。というかこれ、アンカケの下にあるのはタイショのラメンじゃないか?
メンは若干細くなってるが、この強烈な旨味と奥深いショーユ味のスープは間違いない。
つまり、サンマーメンとはラメンのトッピングを取り払い、代わりにアンカケを乗せた料理なんだな。慣れ親しんだタイショのラメンに、アンカケが新食感である!
人の『美味い』には、二通りの感じ方がある。
ひとつは、日常の中で口にしている『安心できる味』の美味い。
もうひとつは、今まで食べた事もないような『斬新な味』の美味いである。
我々にとって、タイショのラメンは前者、カレーやベジポタケイやミソラメンなどは後者に位置する。
どちらの『美味い』が上と言うわけではない……。
だが、その二つが組み合わさった『美味い』こそが、安心感がありつつ驚きもある、ほどほどの『美味い』と言えるのではないだろうか?
ほどほどの驚き、ほどほどの安心感。
これでいい。これがいい。
なんというか『サンマーメン』は、がっつくような派手な美味さはないのだが、野菜の栄養がスーッと身体に染み込むような、そんなまろやかで感じ入る、滋味の籠った味だった。
思い返せばエルフの里のトマトラメンも、美味さのレベルこそまったく違えど、その根底には慣れ親しんだ野菜スープの味があった。だからこそ、エルフみんなに受け入れられたのだろう。
真冬の路地は、とても寒い。
今夜は特に冷えると言うのに、アンカケのおかげでスープがまったく冷めていない。
私は常日頃から『ラメンは熱々のうちに食すべし!』と、強く激しく主張している。外で食べるヤタイのラメンは、特に寿命が短い。10分もすれば、もうヌルくなってしまう。
だが、サンマーメンはゆっくりフーフー食べても、いつまでも熱々のままである!
おかげでメンにも熱が通って柔らかくなっているが、トロトロの中にもちゃっと柔らかいメンも、これはこれで悪くない。
素朴で胃に優しくて、栄養満点。どこか懐かしく、親しみを感じる……。
サンマーメンは、日常的に食べるのに適したラメンと言えそうだ。
まあ若干、味に変化が見られない一本調子なのが残念だがね!
なーんてことを思いながらメンを啜ってスープを飲んで……えっ? あれ、ウソ??
なんか、最初と味が変わってないか?
っていうかこのスープ、タイショのラメンと全然違うぞっ!
私は慌てて、もう一口スープを啜った。
タイショのラメンに、似てはいる……だけど、違う。
最初にスープを飲んだ時に感じた凛としたキレがなくなり、鶏や魚介の出汁の輪郭がぼやけている。まろやかでこってりした、甘い味わいに変化しているのだ。
けれどもコショウの刺激が加わって、後味はそれほどしつこくない……な、なぜだ!?




