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【2巻11月1日発売】異世界ラーメン屋台、エルフの食通は『ラメン』が食べたい  作者: 森月真冬


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『ラメン』が結んだ人の縁

 テンザンを抱きしめたまま、サラが言う。


「テンザン……ヴァナロに帰るの?」


「うむ。一度、帰還せよと命が出ておる。サラ、お主が許してくれるなら、すぐにでもこの町を立とうと思う」


「もちろん許すわ。……ねえ、ちょっと待ってね」


 そう言うとサラは、地面にチョークで魔法陣を描いた。

 彼女の右肩に、光る翼が(ひるがえ)る。魔法陣が淡い光を放って消える。彼女は言った。


「この魔法陣の転移先はヴァナロよ。私たちが初めて出会った場所に繋がってるわ」


「シェンメイ湖か! ……今の時期は、梅の花が見事であろうな」


「ええ。ヴァナロへの『道』はほとんど消してしまったけど、そこだけはどうしても消せなかったの」


 カザンが進み出て、テンザンに手帳を渡す。


「お爺様。お帰りになられるなら、ぜひこれをお父様に」


「これは……?」


「この国の見聞録(けんぶんろく)です。ラメンについても材料や製法など、わかる限り書き留めてあります」


 テンザンは手帳をペラペラとめくり、とあるページで手を止める。


「……む。ツケメンだと? 魚粉の浮いたドロリとした熱い汁に、冷たいメンを一口ずつ浸して食べる。火にくべた石を汁に落とし、再び熱を取り戻す……なんと! このようなラメンもあったのか……」


 カザンは笑みを浮かべて言う。


「それ、我が国のミシャウで作ったら美味しそうだと思いませんか? その手帳を持ちかえれば、ヴァナロの文化に大きな進歩があるでしょう」


「あい、わかった。これは必ずや、シンザンに渡そう」


 テンザンは立ち上がり、我々に向かって頭を下げた。


「サラ、(つぐな)いはいずれ必ず……リンスィール、宿の荷物はお主に(ゆず)る。金目の物をレン殿に渡してくれ。では皆、さらばだ!」


 前へと足を踏み出した彼の姿は、あっという間に掻き消える。

 テンザンを見送った後、サラは地面の魔法陣を足で擦って消した。

 様々な感情が入り混じっているのだろうか、グズグズと鼻をすする音が聞こえる……。

 私はふと気になって、隣に立つ少女に聞いてみた。


「なぜ今夜、テンザンとサラが鉢合わせになると分かったのかね?」


 カザンは、サラを見つめて言う。


「隻腕に銀髪、異世界語と思しき言葉……初めてお会いした時から、お姉様が『片翼の魔女』のサラ様であると気づいておりました。それと、魔女の居場所を聞きまわる老人の噂も。深夜、この辺りでお爺様の姿を見かけた方がいらっしゃいます。そもそもカザンがこの路地を訪れたきっかけは、お爺様を探してです」


 彼女は辺りを手で指し示す。


「ここは宿も酒場もない、ただの路地。しかし、夜はヤタイがあります。お姉様から『ミシャウによく似たミソラメン』のお誘いを頂いた時、カザンはその可能性を考えました。お二人が出会うとなれば、あるいはカザンが身体を張って止めるなら、流血は必定(ひつじょう)。お爺様の目的のひとつは『剣の奪還』、一撃で殺すことはないでしょう。ゆえにエリクサーを用意したのです」


 私は感心してしまう。


「ほう! その歳で、よく頭が回るものだ」


 カザンの顔が曇る。


「最初は、ヤタイで待ち構えるつもりでした。ですが直前で、人探しを依頼していた冒険者がお爺様の宿を突き止めまして……お爺様と話さえできれば、無駄な血が流れなくて済むかもしれない急いで向かったのですが、入れ違いになってしまいました」


 それを聞いた私は、申し訳なくなって頭を下げた。


「ああ、すまなかったね! 早くミソラメンが食べたくて、私が時間前にテンザンを宿から連れ出したのだよ」


 カザンは首を振る。


「いいえ、お気になさらずに。ヤタイで待つか宿に向かうか、どちらか決めたのはカザンです。その後はヤタイを引いたドワーフさんに事情を聴いて街を出て、轟雷(ごうらい)のような魔法を見て間一髪で駆けつけたと言うわけです」


 それから彼女は、神妙な面持ちになる。


「……カザンは今、とても不思議な気分です。お爺様は、ヴァナロの使者から逃げ回ってましたからね。なにしろ新しい当主に『帰ってこい』と命令されたら、嫌でも帰らなくてはなりません。父の手紙は万が一にと託たくされていただけ。まさか、この国でテンザンお爺様が見つかるとは思っていませんでした!」


 ふ、と軽い息を吐いて言葉を続ける。


「二十年以上、です。お爺様はお姉様を追い続け、追いつけなかった……ヴァナロの誰も、お爺様を見つけられなかった。なのに、お姉様はおじ様のラメンを食べて、この街に(とど)まる決意をした。そしてお爺様はお姉様に追いついて、カザンはラメンによってお姉様と知り合い、ラメンを食べるために皆が集まり、終結した」


 サラが頷く。


「言われてみれば……。なんだか全ての事柄が、レンの屋台を中心に動いたみたい」


「うむ。これぞまさしく、ラメンが結んだ『奇縁(きえん)』と呼ぶべきものだろう」


 サラは隻腕でカザンを抱き寄せ、頬ずりしながら明るい笑顔で言った。


「それにしてもシンザンに、こんなに可愛い娘さんがいたなんてね!」


 カザンは、その言葉に首を傾げる。


「娘……? あのう、お姉様。カザンは、男子でございますが?」


「……は?」


「ですから、カザンは男子です。女子ではありません」


「えっ……えええーっ!?」


 しばらく絶句した後で、カザンをまじまじと見つめサラは尋ねる。


「あのう、カザンちゃん。それ……女の子の服よね?」


 カザンは、にっこりと笑って頷いた。


「はい! 女子の服でございますね」


「…………」


 再び絶句したサラに代わり、私がカザンに問う。


「ええと、カザン君。その服装は、君の個人的な趣味なのかな?」


「いえ。今時のヴァナロの男子は、ほとんどみな女子の服を着ておりますよ」


 レンが腕組みをして、サラに尋ねる。


「……なあ、サラ。ヴァナロってのは、そういう国なのか?」


 サラは即座に首を振った。


「そ、そんなはずないわ! 少なくとも私がいた頃は、男の子はこんなに綺麗じゃなかったもの! あ、でもそう言えば……初めて会った時に引っかかったんだけど。『ン』の終わり方の名前は、ヴァナロでは伝統的に男性の名前なのよ」


 カザンが頷く。


「ええ。ヴァナロにこのような風潮(ふうちょう)が広まったのは、ここ十数年ほどですね」


 レンが問う。


「なんでまた、そうなっちまったんだ?」


「今から二十年前、一冊の滑稽本(こっけいぼん)がヴァナロで一世を風靡(ふうび)しました。『少年くノ一恋愛遊戯』という本でございます。少女のように可愛らしい少年が、敵の王を暗殺するべく女装して潜入するのですが、そこで出会った素敵な『おじ様』と恋に落ちてしまうのです……」


 サラが引きつった顔で、声を上げた。


「……えっ!?」


 カザンは話を続ける。


「敵と味方の愛憎入り乱れる女装少年の笑いあり涙ありの恋愛冒険活劇に、ヴァナロの人々は熱狂いたしました! やがて読者の間で『男子は強く、賢く、可愛らしくあるべき』と言う思想が広まり、それがヴァナロ全体に波及(はきゅう)して、今に(いた)ります……もちろんカザンも、そう育てられました」


 サラが、ゴクリと喉を鳴らしてから言った。


「あのう、カザンちゃん。ひょ、ひょっとして……その本を書いたのって?」


「はい。カザンのお婆様、ユメハでございます」


 それを聞いた瞬間、サラの顔からサーっと血の気の引いていった。

 真っ青なサラに、レンが言う。


「おい。どしたよ、サラさん?」


 サラは首をギギィっと動かしてレンを見て、言う。


「あ、あのね、レン。私ね、日本にいた時はそういう趣味があったのよ……」


「そういう趣味?」


「そのう……『ヤオイ』ってわかる? 私、男の人同士が恋愛するマンガや小説を集めるのが好きだったの」


「ああ、まあ。だいたいわかる。最近じゃ、BLって言うらしいな」


「当時は私、テンザンの奥さんのユメハと仲がよくってね……彼女、日本語の勉強に熱心だったし、そういう世界に夢中になってくれたから、つい嬉しくて日本から持ってきた国語辞書とヤオイ本を何冊かプレゼントしたわ」


「うん、そうなのか。で?」


「で、その中の一冊のタイトルが『少年スパイ恋愛遊戯』なのよ。あらすじは、さっきカザンちゃんが言ってたのと大体同じ……」


 レンがハッと気づいた顔で言う。


「おい。それってつまり……?」


 カザンが嬉しそうに、手をパチンと打ち鳴らし言った。


「はい! お婆様はサラお姉様のくださった本に感化され、『この素晴らしい世界を、ぜひ皆にも知って欲しい』と訳して広めたそうなのです!」


 サラが深刻な表情になる。


「レン……。私、自分のヤオイ趣味のせいで、ヴァナロにとんでもない文化を定着させちゃったかもしんない」


 それを聞いたカザンは、悲しげに言う。


「お姉様は、こんなカザンはお嫌いですか?」


 サラが慌てて首を振る。


「そ、そんなことないっ! むしろ大好物よ。ただ、その……ファンタジーだと思ってた存在が、急にリアルで現れたから、戸惑いがあるっていうかぁー……」


 レンが呆れ顔で言った。


「リアルタイムで剣と魔法の世界に生きてるやつが、ファンタジーもクソもねえだろう」


「……レンは、あまり気にしてないのね?」


「カザンは味のわかる、いいお客さんだ。服の趣味なんて人それぞれ。女装してる客だって店に来るし、いちいち気にしてたら失礼だよ」


 サラは目を丸くする。


「わあ、先進的な考えねえ! ……私がいない間に、日本もずいぶん変わったみたいだわ」


 私は天空の月を見上げ、今は遠い東の地にいるであろう、友を思い呟いた。


「……テンザン。今頃ヴァナロで、大混乱してるだろうなぁ」


 なにしろ、道行く少年はみんな女装してるのだ。

 なぜ男子がいないのかと、大いに狼狽(ろうばい)してるに違いない。

 ……ピロリン♪


 観測対象・レン(異世界人)

 ヴァナロへのアクセスが可能になりました

 ヴァナロでゴトーチラメンの開発が始まりました

 ヴァナロの交易が解放されました

 テンザンの幸福度がアップしました

 サラ(異世界人・危険分子)の幸福度が大幅にアップしました

 ドワーフ地下王国攻略のキーアイテムが完成しました

 魔王の精神安定度・高


 現在、この世界で生存中の異世界人……4人



 次回、からみつく『ラメン』

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― 新着の感想 ―
[一言] え?……え?………ええ……………ってなったw まぁ、可愛いならええやろ!
[良い点] ここ最近の流れもいいですねー!食欲をそそられるサイドメニュー的な・・・ありです!
[一言] やおい文化って・・・、懐かしいと言うか、聖●、キャ●翼、ト●ーパーの三種の神器ですか。味噌ラーメン、全部飛んじゃったよ。さておき、今回といい、前の戦闘といい、ラーメン関係ない話でもしっかりし…
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