ヴァナロの真相
サラが目を開けると、レンが駆けよって優しく抱き起す。
カザンがサラに、頭を下げた。
「申し訳ございません、お姉様。もっと早く、お爺様の居場所を掴めていればよかったのですが……」
と、テンザンが厳しい声でカザンに言う。
「貴様、本当に拙者の孫か?」
カザンが剣の柄に手をやり、構えて見せた。
それに呼応するように、テンザンも即座に剣へと手を伸ばす。
辺りに殺気が張り詰める。
ほんの数瞬。睨み合う両者の間に、どんなやり取りがあったのか……テンザンは構えを解いて言う。
「ふん……。どこまで使える?」
「『跋扈』までです」
テンザンが目を見開く。
「その歳でか!? 信じられん……」
少女は不敵に、薄く笑った。
「なにしろ、カザンは天才でございますので。しかしお爺様も、16の頃には跋扈を使えたと聞きましたが?」
「む。そうであったな。とにかく、お主を孫と認めよう」
「ありがとうございます」
「うむ」
カザンは背筋を伸ばして、真剣な顔で言う。
「まず、お爺様。サラお姉様は壊世剣を盗んでおりません。壊世剣はヴァナロにあります」
「なんだと!? しかし、サラが持って逃げるのを見た者が大勢いる」
「それは『森羅鏡』で作り出されたコピーでしょう。本物同様に次元を切り裂く力はありますが、一度か二度も使えば消滅する品であったと存じます」
サラが深く息を吐いて、頷いた。
「もう、隠しておく必要はないみたいね……そうよ。私が持っていったのはコピー品。本物はずっと、ヴァナロにあるわ」
「な、なんと……っ!」
テンザンが絶句して、わなわなと震える。
カザンは懐から封書を取り出し、テンザンに手渡した。
「これは現・剣の頭首、我が父シンザンからの手紙です。お読みください」
手紙を受け取って読み進めるうちに、テンザンの顔色がみるみる変わる。
「……っ! これは……これは、まさか。……事実なのか?」
「はい、全て事実でございます」
レンが尋ねる。
「カザン。その手紙には、なにが書いてあるんだ?」
「ヴァナロの真相です」
それからカザンはニッコリと笑い、両手をパチンと叩き合わせて甘えた声を出した。
「ねえ、おじ様! それをお話しする前に、カザンにラメンを食べさせてくださいな。今宵は『ミソラメン』なるものをご馳走してくれると、お姉様にお聞きしました……カザンはもう、お腹がペコペコなのです!」
レンの屋台のカウンターに、私たち四人は座っている。
はふはふとミソラメンを食べながら、カザンは言った。
「美味しいです、おじ様! ミソは、ヴァナロ人の舌にとても馴染む味ですね。発酵大豆の妙味溢れるまろやかなスープともちもちメンに、溶けたバターの濃厚な脂肪がよく合います。カザンは、感動いたしました!」
レンが得意気な顔で言う。
「そうだろ! ウマいだろ、カザン。で、サラさん……病み上がりの身体で、脂っこいラーメン食っていいのかよ。さっきまで大怪我してたんだろ?」
カザンの隣でラメンを啜っていたサラが言う。
「平気よ。エリクサーは傷を治せても、失った血は増やせない。むしろガンガン食べて、栄養つける必要があるの」
「で、テンザンさんは……?」
「無明も開闢も、心身を大きく削って出す技だ。使った後は腹が減る」
「ふうん。で、リンスィールさん。なんで、あんたまで食べてるんだ?」
「へ? なんでって……夜の草原は寒かったし、冷えた身体に熱々のラメンは格別じゃないか。食べない理由があるのかね?」
レンは、ポリポリと頭を掻いてから言った。
「……ま、いいけどよ。今夜はもう、新しい客もこないだろうしな」
カザンは、咳払いをしてから言う。
「では……これよりカザンが、全てをお話しいたします。事の起こりは二十五年前。剣の頭首のサイデンが、『三つの神器』を手中に収め、神になろうと目論んだのが始まりです」
テンザンが、苦痛に耐えるような顔で呻いた。
「拙者は、未だに信じられぬ。サイデン様がそのような邪悪であったとは……!」
「ですが、それが真実です。サイデンは、非常に狡猾な男だったようですね。当時の関係者は、誰も陰謀に気づいていなかったのですから……ただ一人、サラお姉様だけが偶然サイデンの真意に気づき、鏡と玉の頭首様を彼の凶行から守りました。そして激闘の末に右腕を失う傷を負いながらも、見事サイデンを討ち取られたのです」
私はカザンに言う。
「ならばサラ殿は逆賊どころか、英雄ではないか。それがどうして、テンザンに追われる羽目になったのだ?」
カザンは、大きく頷いた。
「サラお姉様は、英雄……その通りでございます。しかし、神器を守る頭首の中から反逆者が出たとなれば、ヴァナロの民の心は乱れ、国は荒れ果てることでしょう。ゆえに我々は、敵を『外』に作る必要があったのです」
サラがため息交じりに言う。
「事件の後、鏡と玉の頭首に頼まれたのよ。異世界人である私が悪役を演じて、サイデンを殺したことにして欲しいって。で、ほとぼりが冷めたら『追手が剣を取り返した』と本物を出す……私は、それを了承した。コピーとは言え、研究のために壊世剣が欲しかったしね。いざとなったら日本に逃げればいいと思ってたから。でも、誤算があった」
レンが聞き返す。
「誤算……。どんな誤算だ?」
「例え偽物でも壊世剣を手にしたことで、私は次元の狭間のプログラムである『機械仕掛けの神』に、危険分子とみなされた。簡単に言うと、『次元を渡る資格』を失ってしまったの」
レンは目を丸くする。
「サラが日本に帰れなくなったのは、そのタイミングかよ!」
カザンはテンザンを見つめ、静かな声で言う。
「お姉様は悪役を演じるにあたり、条件をひとつ出しました。それはテンザンお爺様、あなたの責を一切問わないことです。サイデンの裏切りについて、最側近のお爺様の咎は免れませんからね」
テンザンが俯いた。
「どんな事でも望めただろうに、拙者のために……か」
「はい。鏡と玉の頭首様たちは、その条件を受諾しました。お爺様は『剣鬼テンザン』と呼ばれるほど強く、人望も厚かった。国に残ればサイデンの後を継いで、新たな剣の頭首になられていたことでしょう」
テンザンは、ギリギリと歯を食いしばる。
「ところが拙者は、サラを追ってヴァナロを出てしまった。そして友を、救国の英雄を仇と追い、挙句の果てに斬ってしまった……呆れたうつけ者よ!」
そう叫ぶとテンザンは這いつくばり、地面に頭をガツンと打ちつけた。
「サラっ! 謝って済む事ではないとわかっておる……死ねと言うなら、今すぐこの場で腹を切ろう。ヴァナロに戻るなと言えば、この身が朽ちるまで世界をさ迷おう。あるいはお主のために働けと言うならば、命を賭して忠義を尽くす!」
サラは、優しくテンザンの肩を起こす。
「ねえ。やめて、テンザン……私の方こそあなたを信じて、全てを話してからヴァナロを離れるべきだったのよ。私を追っていたのだって、最初は話を聞きたかっただけでしょう? でも私の足跡は、どんどんヴァナロから遠ざかる……辛くて長い旅の間に疑惑は怒りに、やがて憎しみへと変わったのね」
「サラ……すまぬ。すまないっ!」
「もう、いいの。それより、あなたと友達に戻りたい! 私の望みはそれだけよ」
サラはテンザンを、思いっきりギュッと抱きしめた。無償の愛を感じる抱擁である。
カザンがしみじみと言う。
「お爺様は昔から、直情的な性格をしていたとお聞きしました。仲間のことになると頭に血が上りやすく、そそっかしく突っ走る。ゆえに曽お爺様に、『常に明鏡止水を心がけよ!』と、事あるごとに厳しく言われていたそうです。また失言も多かったため、必要な事以外は口を閉ざすよう躾られていたとか……」
私は驚いてテンザンに言う。
「テンザン! 君が無口だったのは、そんな理由だったのか!?」
彼は苦虫を嚙み潰したような顔になり、わずかに頬を染めてそっぽを向いた。
次回……『ラメン』の繋いだ人の縁




