勝負の一撃
薄雲が途切れて、月明かりが降り注ぐ。
私とレンはサラの言いつけ通りに、離れた場所から二人を見ている。
サラが左手を天に掲げた。すると上空に、バチバチと稲光を纏った光球が現れる。
それを見て、レンが言う。
「リンスィールさん、あれはなんだ?」
「おそらく雷魔法だろう……いや。し、しかし……規模が大きすぎるッ!?」
辺りは電光に照らされて、真昼並の明るさになっていた。
普通、雷魔法と言えばイナズマを数発落とすだけだが、それでも十分な威力がある。
あんなものの直撃を受けたら、骨すら残らんぞ!
サラの左手が、テンザンを指し示す。
天に浮かんだ光球が、テンザンめがけて刹那の軌跡を描いた。
次の瞬間、
ズッガァン! ドォ……ズゥゥゥウン!
地響きと共に、土煙が舞い上がった。
砕けた礫が飛んできて、地面をビシビシと跳ねる!
結界の外の空気が電気をはらんで、雑草がチリチリと焼け焦げる!
レンが、驚きの声を上げた。
「う、おおお!? こんなに離れてるのに影響が!?」
「レン、大丈夫だ! 私が結界で君を守っている!」
ゆっくりと視界が晴れていく……。
テンザンの立っていた場所には、大きく抉れたクレーターができあがっていた。
まるで天から落とされた裁きのような一撃に、呆然と立つ私の頬を涙が伝う。
「ああ、テンザン。死んでしまったのだな」
隣でレンも、悔し気に唇を噛んでうつむいている。
私は悲しみの涙を流しながら、八年前に流れた『噂』を思い出していた……。
ある日のことだ。
魔族領との境にある城郭都市に、魔王軍の生き残りと悪魔の混成軍団が攻めてきた。
魔王軍の残党は、それまでも何度か我ら人類に対して攻撃を仕掛けていたが、そこに悪魔たちが加わったのは初めてのことである。
しかも混成軍団は、ドワーフ族の至宝である『動き回る砦』を操っていたのだ。
それはドワーフの地下王国への入り口を守る門番として配置された、超巨大なゴーレムのことだ。
彼らが国を捨てた際に置き去りにされ悪魔の根城になっていたが、起動にはドワーフ族の国宝である『斧』が必要であり、操作も複雑を極めるのでドワーフ族以外に動かせないと言われてる。
それを、どういった方法でかはわからぬが、奴らは起動させることに成功したらしい……。
もちろん、ドワーフ族が動かすより緩慢でおおざっぱであったのだが、『ゴリアテ』はそれ自体が強力な兵器である。
腕を延ばせば外堀も城壁もあっという間に超えられてしまい、装甲は強固で矢も意味をなさず、門扉などキック一発でひとたまりもない。
城壁内に魔族や悪魔が入ってしまえば、あとは肉弾戦になる。
だけど、個人で魔族や悪魔に対抗できる強さの者など極わずか……人々は、絶望した。
そんな時だった。
見張り塔にいた兵士によると、魔族・悪魔混成軍の前で、銀色に光る何かがヒラリと閃いたそうだ。
次の瞬間、天空にバチバチと電光を纏う弾が幾つも現れ、魔族や悪魔に降り注ぐ!
地響きと共に耳をつんざく轟音が鳴り響き、街の住人たちは悲鳴を上げて蹲り、城壁の上には兵士が殺到した。
もうもうと土煙が上がり、やがて晴れていく……本当に、誰も何が起こったのかわからなかった。
ただわかるのは、滅ぶはずだった都市は無傷のままで、死ぬはずだった人々は生き残り、攻めてくるはずの混成軍は逃げ帰り、奴らがいた場所には複数のクレーターが穿たれて、後にはボロボロに壊れた『ゴリアテ』が残されていたという事実だけである。
あの事件の真相は、今この時までずっと謎のままだった……。
しかし消えゆく土煙の中に、私はまたもやとんでもない物を見てしまった。
「あれは……人影だと!?」
そう。地面に穿たれたクレーターの真ん中に、テンザンの姿があったのである。
ここからでは遠すぎて、何が起こったのかわからない。
だけど、まだ戦闘は終わっていない。
近づくのは危険だろう。よし、ならば!
「ヴェティ・ダフロドガナ・ミュラ・ドーズ!」
私は彼らめがけて、『聞き耳』の魔法を発動した。
「くっ! な、なぜ……?」
「『無明』……この身を、目に見えぬ無数の粒の集まりと知り、霧と化すことであらゆる攻撃を防ぐのだ」
「……っ! そ、それって、自分の身体の素粒子を操って攻撃をすり抜けたってこと!? そんな……そんなの、ありえないっ! だってそれは、『量子力学』の世界じゃないっ!」
「そして、今からお主を斬る技……名を『開闢』と言う」
「テンザン、無駄よッ! 今の私には、どんな攻撃も――」
「我ら『剣の一族』は、長きにわたり壊世剣をこの目で見てきた。やがて、人の身でその力を再現しうるまでにな!」
カチャリ、柄を指で押し上げる音。そして、
――ッリィイン――
凄まじく澄んだ音の後、テンザンの呟きが聞こえた。
「……開闢」
月光に照らされた草原の真ん中で、赤い血しぶきが舞っている。
それを見て、レンが叫んだ。
「おい、リンスィールさん! 行くぞっ!」
「あ、ああ。行こう、レン!」
私は結界を解除すると、二人そろって走り出した。
現場ではサラが、ぜいぜいと荒い息を吐いて仰向けに倒れていた。
肩口からは、血がダクダクと……一目でわかる。致命傷だ。
深い傷をつけられた姿は、あまりにも痛ましい。
己を見下ろすように立つテンザンに、サラは息も絶え絶えに言う。
「テンザン……こんなことできたんだ……」
「無明も開闢も、できるようになったのは数年前だ。お主を追いながら、剣の修業は続けてた」
「そっか……。頑張ったんだね……偉いよ、テンザン」
テンザンは、悲しげに目を細めて言う。
「怒りに任せては、お主を斬れなかったろう……レン殿の美味いラメンを食ったからこそ、拙者は『明鏡止水』の精神で勝負に挑めたのだ」
サラは血の気の引いた顔で、笑った。
「あ……はは。私、味噌ラーメンに負けちゃったんだ……。あれね……私の故郷の味なんだ……美味しかったでしょ……? あなたの故郷のミシャウによく似てるよね……一緒に食べれて……嬉しかったよ」
「サラ、頼む。壊世剣を返してくれ」
「……できない。無理なの」
「そうか。では、首を落とすぞ」
テンザンが構えを取った。
私は思わず制止する。
「ちょ、ちょっと待てッ! テンザ――」
と、その時だ。
「そこまでです!」
何者かが、我々の背後から叫んだ。
後ろを振り返ると、ヴァナロの伝統衣装に身を包んだ年若い少女が立っている。
テンザンがギロリと睨み、問う。
「何者だ?」
「我が名は、カザン……父はシンザン、母はミヅキ。そして、テンザンお爺様。あなたの孫です」
私は驚いて声を上げる。
「えええーっ!? テンザン、君には孫がいたのかね!?」
テンザンは青ざめた顔で首を振った。
「い、いや……知らぬ。初耳だッ!」
「それも当然。カザンが生まれたのは、お爺様が国を出奔された後ですから。それより、時は一刻を争います!」
カザンと名乗る少女は、サラに駆け寄ると瓶を取り出した。
「さあ、お姉様。これを……口をお開きになってください」
彼女は中の液体を、意識を失いかけてるサラの喉に流し込む。
すると一瞬で血は止まり、見る間に傷が塞がっていく……私は、またもや驚きの声を上げた。
「エリクサーか!? そんな貴重な薬、王族の救命用に国内に二、三本しかないだろう。どうやって手に入れたのだ?」
「この国の元騎士団長、クエンティン卿にお願いしました。『今後あらゆる交渉ごとにおいて、ヴァナロの国益に反しない限り、このカザンが最大限の便宜を図る』とお約束の書面を添えて」
「た、たったそれだけのことでか……? 失礼だが、君のような子供が国の交渉に口を挟めるとは思えない」
私の疑問に、少女はすまし顔で言う。
「カザンは、ヴァナロの全権大使として派遣されております。独自の判断で条約まで結んでよいことになってますので。むしろ、エリクサーひとつでカザンが味方につくならば、とんでもなくお得な取引でございましょう?」




