消えたタイショ
ある夜、私もぜひタイショの世界に行ってみたいと、タイショと共にヤタイを引いて歩いた事がある。
しかし、ふと気づくと、私は一人で真っ暗な路地に取り残されていた。
……信じられぬ。
この手は確かに、ヤタイの一部をしっかり掴んで離さなかったというのに!
今の今まで、隣のタイショと談笑しながら歩いていたのに!
あの時の気分ときたら……おお! 耳鋭く目を見開いても虫の腸を見るには命を取らねばならぬ!(エルフの言い回しで「世界は不思議に満ちている」の意)
途方に暮れながらトボトボと歩いて家路につき、次の日の夜、タイショが消えた場所で待っていると、いつのまにやら目の前に、ヤタイを引いた彼がいた。
気まずく笑いあいながら、「やっぱりこれは、人知の及ばぬ神の力が働いてるようだから、下手に調べない方がいい」という結論になった。
なにしろ妙な真似をして、タイショがこの世界にこれなくなったら、二度とラメンが食べられなくなってしまうからだ!
私は、タイショの店を特別贔屓にした。
食通仲間とグルメについて話す時は、必ずタイショの名を口にした。
エルフの女王に「リンスィール。あなたが口にした中で、もっとも美味しい物はなんでしょう?」と聞かれた時も、「女王様、それはタイショのラメンです!」と即座に答えたほどである。
タイショのラメンは、何度食べても飽きなかった。
もちろん、最初に食べた時ほどの感動は、徐々に薄れていったのだけれど……これが不思議なもので、ラメンには「毎日でも食べたい」と思うほど、どこかホッとする素朴な『魅力』があったのだ。
きっとラメンは『ハレの日のごちそう』というよりも、日常的に食べるのに適した料理なのかもしれない。
また、タイショは誰かの頼みを断れないような、そんな優しい性格をしていた。
ある男が「珍しい植物だから、畑でヤクミを育ててみたい」と言えば、次の日にはヤクミの種を持ってきたし、別の女性が「ナルトは何からできているの?」と尋ねれば、「それは魚のすり身だよ」と作り方まで丁寧に教える。
いつも元気で清々しくて、人情味があって、とっても気持ちのいい男だった。
私もオーリも、そんなタイショが大好きだった。
お忍びでエルフの女王を連れて行った時は、女王様はラメンの味に感動し、タイショに巨大なエメラルドの首飾りを賜った。
タイショは、
「こんな立派なもん、受け取れませんや!」
と固辞したが、私が真面目な顔で、
「タイショ、どうか受け取ってほしい。これは、女王が貴殿に贈る褒章なのだ。断れば、女王に恥をかかせてしまう」
と言うと、タイショは難しい顔をした後で、
「そんじゃ、ありがたく。こいつぁ、家宝にさせていただきやす!」
と受け取った。欲は無くとも他人の面子を重んじる、彼らしいエピソードである。
そうやって仲良くなって、数年がたった、ある日のことだった。
タイショが、私たちの世界に来なくなったのは……。
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次回……「20 Years After」