サラとテンザン
「三つの神器だと?」
私の隣にいるレンが聞き返すと、前を行くサラが頷いた。
「ええ。ヴァナロに伝わる、伝説のアイテムのことよ。あらゆる物のコピーを生み出す『森羅鏡』、死者を復活させる宝玉の『反魂玉』、次元を切り裂く剣『壊世剣』……この三つを所持する者は、神の座を手に入れられると言われているの」
レンが感心した声を出す。
「さすが異世界、すげえアイテムがあるんだな! つーか『鏡』と『玉』と『剣』って、三種の神器そっくりじゃねえか」
「私たち日本人には、なんだか馴染みのある話よね? だけど、この三つを誰かが所持した瞬間に、ヴァナロに眠る怪物が目覚めるとも言われている……長い八本の首を持つ、異形の怪物がね。『三つの神器』は、その封印を解くための鍵なんだわ」
我々はファーレンハイトの町を出て、街道沿いを歩いていた。
これから人気のない場所に行き、テンザンとサラは決闘をするのである……。
その道すがら、なぜテンザンがサラを追っているのか、その因縁を聞くことになった。
なお、彼女の瞬間移動は、予め転移先に術式を展開しておく必要があるようで、こういった場合の移動には使えないらしい。
ちなみにブラドとマリアは家に帰った。
ヤタイはオーリに預けてある。
自己紹介を済ませて一緒にラメンを食べた仲とは言え、3人はまだサラとの付き合いは浅い。
二十年以上に及ぶテンザンの旅路を思えば無責任な事は言えないし、なにより出会ったばかりの人間の生死をかけた闘いを見届けたいなど、野次馬根性でしかないだろう。
サラは歩みを止めず、話を続ける。
「神器は、それぞれの一族が守っている。そして年に一度、当主たちが集まって、ヴァナロの民の前で神器の力を開放するの……自分たちが宝を、しっかり管理してると証明するためにね」
私は首を傾げて尋ねた。
「しかし、サラ。それがあなたとテンザンに、どのように関係するのでしょう」
テンザンが言う。
「こやつは年に一度の『お披露目の儀』で、我らが剣の当主サイデン様を殺し、壊世剣を奪い去ったのだ」
「な、なんだとっ!? それは本当ですか!」
サラは静かな声で言った。
「テンザン。確かに私は、壊世剣に興味があった。次元の狭間の研究のため、剣を欲したわ。それは否定しない」
「サラ、壊世剣をどこへやった!? 今すぐ返せば、命だけは見逃してやる!」
サラは、ゆっくりと首を振る。
「……できない。私は持っていない」
テンザンは舌打ちをする。
「チッ……この期に及んで、返さぬと申すか。ならば貴様の首を持ち帰り、サイデン様の墓前に供えてくれよう」
「ねえ。お願いよ、テンザン……今からでも遅くない。おとなしくヴァナロに帰って。そうすれば、全てが丸く収まるの!」
ずいぶん勝手な言い分だが、懇願するような声だった。
テンザンは答えない。
やがてサラは足を止めて、残念そうに言う。
「さあ、着いたわよ。ここなら派手に魔法を使っても、誰にも迷惑はかからない」
そこは短い雑草の生い茂る、広い草原である。
魔法使いと剣士が戦うならば、街中は剣士が有利で、広い場所は魔法使いが有利と言われている。
サラは、己に有利なフィールドを選んだらしい。
群雲のかかった薄暗い月明かりの下、テンザンはサラから五メートルほど離れた位置に相対した。
サラの右肩に、銀色に光る羽がバサリと翻る。
同時に、魔力の嵐が轟々と吹き荒れた。肌がビリビリと震え、あまりの魔力濃度に実体化したエーテルが、光る霧のように周囲に渦巻く!
吹きつける魔力の凄まじさに、私は驚きの声を上げた。
「う、おおおっ! な、なんだ、この膨大な魔力は!? 我らがエルフの女王、アグラリエル様にも匹敵するほどじゃないか!」
サラが厳しい声をあげる。
「テンザン! 剣士のあなたにもわかるでしょう!? 今、私の右肩から先は、『神々の遺跡』で手に入れた『次元魔力炉』と繋がっているの……この羽から供給される魔力は、理論上無限。私は己の魔力を消費することなく、極大魔術を連発できるわ!」
テンザンは鼻を鳴らす。
「ふん……サラ、語るに落ちたな。お主がその羽を持っているのが、剣を奪った何よりの証拠だ。次元の狭間の神々の遺跡に行くには、壊世剣の力が必要だと言っていたではないか」
サラは、大きくため息を吐いた。
彼女の姿が淡く光って、陽炎のようにユラリと揺らぐ。
「そして、テンザン。これでもう、あなたの剣は私に届かない」
私は目を細めて彼女を見つめた。
「むう……? サラ殿の存在感が、希薄になったように感じるぞ」
私の疑問に、テンザンが答える。
「あれは、奴を守る『次元の壁』だ。あらゆる攻撃を跳ね返す。ヴァナロの追手からどれほど矢を射かけられても、斬りつけられても法力をぶつけられても、かすり傷ひとつおわなかった。猛襲の中を銀色の羽をひらめかせて平然と歩くその姿から、サラは『片翼の魔女』と呼ばれるようになったのだ」
サラが頷く。
「そう。この魔法は、私が次元魔法を研究し始めて最初に開発した術よ。私を倒すには『壁』を出す前に不意打ちをくらわすか、次元そのものを超えるしかない……つまり、テンザン。あなたは、私を殺す唯一のチャンスをすでに失ってしまったのよ」
圧倒的優位に立っていながら、サラは『どうしてテンザンが自分に勝てないのか』を訥々と語る。
だが、その声は焦燥感に満ちていて、まるで今にも泣きそうに聞こえるのだ……やはり、おかしい。
どうも私には、彼女が悪人には思えない。
首を傾げつつ、テンザンに呼びかける。
「おい、テンザン。君を疑うわけではないが、剣を盗んだのは彼女で間違いないのかね?」
「間違いない。壊世剣を持って走り去る姿を、多数の者に目撃されてる」
だけど、もし彼女がテンザンの言うような冷血な人間ならば、黙ってテンザンを殺せばいいだけだ。
あるいは、殺したくないなら逃げ出せばいい。
……なぜそれをしない?
テンザンが剣の柄に手を掛けて、構えを取った。
もはや、問答無用と言うように。
サラは悲しげに頭を振った。
私の隣で腕を組み、ずっと黙っていたレンが口を開く。
「なあ、サラ。俺、友達に人を殺して欲しくねえよ」
重苦しい彼の言葉に、サラは寂しそうな笑みを浮かべて言った。
「ごめんね、レン。テンザンも、私の友達なのよ」
……ああ、そうか。
彼女が逃げないわけが、ようやくわかった。
エルフの自分には、彼女の気持ちが理解できる。
サラはテンザンと比べて、ずっと若々しい。
恐らくなんらかの方法で、身体の老化を止めてるはずだ。
生物は皆、それぞれに流れる時間が違う。
仕方のないことだとわかっていても、二十年ぶりに再会したテンザンの姿に、私は寂しさを感じてしまった。
出会ったばかりの頃は髪も黒く、しわも目立たなかったテンザンが、今では白髪の老人そのものである。
身体にみなぎる覇気は消え、剣を持つ手は細く骨が浮き出ている。
サラに逃げられた後、そんなテンザンに何が残ると言うのか?
テンザンは、決して諦めない。
彼はまた、サラを探して当てもなく、世界をさまよい続けるだろう。
復讐心を胸に、どんどん老いていく……そしていずれ、旅の途中で力尽きて死ぬ。
そんな終わりは、無意味で、無駄で、無価値なものだ。
だったら……ここで戦い、死んだ方がいい。
サラは、私を見て問う。
「リンスィール。あなた、防護結界は使える?」
「風魔法ならば高位レベルまで、一通り使えます」
「だったら五十メートルほど離れた場所で、レンと一緒に結界の中にいて」
「ご、五十メートルですとっ!?」
「ええ。それより近いと、危ないからね」
私は慌ててレンを連れ、その場を離れた。
テンザンサラ編、あと二回




