『ミソ』と『ラメン』
「みんな食い終わったようだな……それじゃ、味噌ラーメンの感想を教えてくれ!」
顎上げ腕組みポーズを取るレンに、我々は言う。
「ミソは、とんでもないパワーを秘めた調味料だね! まろやかでコクがあり、熟成されたしょっぱさと強烈な旨味を持ち合わせている。君がミソを誇りに思うわけ、よーくわかったよ」
「こいつは、食べるほどに身体が温まるラメンだな。特徴的なミソの味に、豚の脂と生姜の辛味が加わって、胃袋に落ちたそばから力が湧いてくる……スープも熱々で冷めにくいし、寒い冬にもってこいのラメンだぜ!」
「あたしミソラメン、すっごく好みよ。炒めたモヤシもシャクシャクしてて美味しかったし、コーンも甘くて最高だった。メンもあたしの好きなタイプで、モチモチ太くて濃厚なミソ味にピッタリだったわ!」
「溶けたバターが絡んだメンは魅力的ですね……乳製品の優しい風味を直接舌に感じられて、誰にでもわかりやすい美味しさがあると思います!」
少し離れた席にいるテンザンとサラに、レンが言う。
「二人とも、俺の味噌ラーメンどうだったよ? 特に、テンザンさん。ミシャウとの違いを教えて欲しい」
まず、サラが言う。
「そうね……トッピングはよくありがちなモヤシ、バター、コーンだけど、全体的にレベルが高く感じたわ。私が日本にいた頃は、ここまで美味しい味噌ラーメンは食べた事なかった」
次に、テンザンが口を開く。
「至極、美味であった。拙者の故郷のミシャウは、ミソに似てるが色が赤黒くて味が濃い。汁物にしても酒精が残っている」
レンが空中を睨みながら言う。
「ふうん。色が赤黒くてアルコールが残ってるって事は、おそらくミシャウは豆味噌か? 八丁味噌に近いのかもな……」
私はレンに尋ねる。
「その『ハッチョウミソ』と普通の『ミソ』、違いはなんだね?」
「材料はどちらも大豆だが、発酵につかう麹菌が違うんだ。米味噌は熟成したしょっぱさで、麦味噌はあっさりと甘く、豆味噌はコクがある。八丁味噌は赤みがかった褐色で、独特の渋みが特徴だな」
「へえ。同じ大豆からできているのに、別の味になるだなんて面白いねえ! そう言えばチーズも、仕込むカビによって味がまったく変わってしまうな」
「数種類の味噌を混ぜることで、味にグッと深みが出るんだぜ……店で普通に売ってる味噌も、大抵はメーカーが混ぜた『合わせ味噌』だよ。今回のラーメンには、北海道産の米味噌の他、仙台味噌、麦味噌、それと豆味噌が入ってる。それをラードで炒めてわずかに焦がし、香ばしさをプラスした」
ブラドが言う。
「脂ぎったスープだったのに、驚くほどスルスル食べられましたね。胸焼けもしてないです。ひょっとしてこれ、ミソの力によるものでしょうか……?」
レンが頷く。
「ああ。味噌に含まれてるタンパク質は、脂を吸収して弱める効果があるんだよ」
ブラドが、ポンと手を打った。
「あっ!? だから、トッピングに『バター』なんですね!」
レンはニヤリと笑う。
「そうだ! 味噌のせいで、『スープに含まれた脂』のコクは感じにくくなる。だけど『油膜』ならば、話は別だ。丼から麺を持ち上げると、表面に浮かんだ油が麺に均一にコーティングされる。これは味噌と混ざっていないフレッシュな油だから、ダイレクトに旨味を感じられるって寸法だな」
オーリが目を丸くする。
「すげえっ! よくできた工夫だぜ!」
「バターなら簡単に手に入るし、保存も効く。葱油や鶏油、蝦油やニンニクを焦がしたマー油。いわゆる『香味油』をスープに浮かせるテクニックは、中華料理の技法なんだけどよ……バターのトッピングは、そいつを究極にお手軽にしちまったってわけだ」
そう言えば『イエケイラメン』の時も、鶏の旨味を感じる油が表面に浮いていた。
あれは多分、鶏の皮を煮出した油だろう。
マリアが言う。
「コーンを入れるのもいいアイデアよね。舌が塩辛くなってたから、甘みが新鮮に感じたもの。ひき肉入りのモヤシもさっぱりしてて、口休めにちょうどよかったわ」
「うん。味覚でわかりづらいだけで、油そのものは残ってるからな。たっぷりの生姜を入れることで胸焼けを防ぎ、野菜を足す事で胃もたれを防ぐんだ。ちなみに味噌ラーメン発祥の店『味の三平』では、具はキャベツにモヤシにタマネギの野菜炒めとひき肉だぜ。元祖からして、すげえ完成度だよなぁ!」
レンは、感心した顔をする。
ブラドがおずおずと、テンザンに呼びかけた。
「あのう、テンザンさん。あなたの国のミシャウは、ファーレンハイトで手に入らないものでしょうか?」
テンザンは仏頂面していたが、話しかけられて口を開いた。
「ヴァナロは、他国と交易しておらぬはずだ。もっとも拙者が知るのは二十年も前のこと。今はどうなっているかは知らぬ」
「そ、そうですか……。もし手に入るなら、ミシャウでラメンを作ってみたかったのですが……ああ。こんなに素晴らしい調味料、僕も使ってみたいなぁ!」
悔しそうなブラドに、レンが苦笑する。
「味噌はグルタミン酸豊富で、お手軽でウマい万能調味料だ……だがそれゆえに、『ひとつの罪』を生んじまった」
その言葉に、マリアが首を傾げる。
「罪……? 美味しいミソに、一体どんな罪があるって言うの?」
「さっき、味噌は脂のコクを弱めちまうって言ったろ? 逆に言えばしっかり出汁を取っても取らなくても、完成品には違いが出にくい」
オーリが言う。
「つまり材料ケチって手を抜いて作っても、それなりの味になっちまうってわけか? そんな適当な店、すぐ潰れると思うけどな」
「普通はそうだよ。ところが、ここに『立地』が加わると、話はガラッと変わってくる」
サラが声をあげた。
「ああ。いわゆる『観光地のラーメン』ね? 名所や駅前、国道沿い、サービスエリアやスキー場なんかにある、土地の名産品をゴテゴテ乗せた、あんまり美味しくないラーメン!」
レンは口をへの字に曲げて、コクリと頷く。
「美味くも不味くもないラーメンが、商売として成り立っちまう。特に味噌ラーメンは、その傾向が強い……なにしろ、お湯にラードとニンニクと味噌を溶かすだけで、そこそこ食えるスープになっちまうんだからな」
「豚汁もだけど、豚の脂とお味噌の組み合わせって相性抜群だしね。うーん、『優秀すぎる調味料』も考え物だわ」
「トッピングは、さらに酷いぞ! バターの代わりにマーガリンを落として、モヤシはサッと湯がいて、コーンに至っては缶詰のフタを開けるだけ……そんなラーメンで千円以上とることもザラなんだから、本当にふざけた話だぜ」
話を聞いて、私は大通り沿いのラメン・レストランを思い出した。
「ふーむ。言われてみれば、ファーレンハイトにも似たような店がある……。味も接客も今ひとつなのに、立地が良いから客がどんどん入っていくのだ」
街に初めて訪れた旅人は、ファーレンハイトの名物がラメンということを知っていても、どの店が美味いかの情報はない。
加えて、腹も減らしてる。
店構えが立派でそれなりに繁盛していれば、とりあえず店に入る傾向がある。
店の方も常連を作る気はなくて、一見の客のみで経営を成り立たせてるのだ。
レンは言う。
「もっともそんな殿様商売が通じたのは、昔の話だけどな。今は客の舌も肥えてるし、外食にもレジャー性が求められる時代だ。ネットの口コミだってあるから、食べる方も下調べして店を選ぶ……マズいラーメン筆頭だったサービスエリアも有名店が増えてるし、観光客をボッタくるような悪い店は絶滅寸前だよ」
『ネット』とはおそらく、前にレンが使っていた『ツイッター』とか言う光る板と似たようなものだろう……レンはあれで、大勢に向けて宣伝していた。
あのような連絡網があるならば、良い店も悪い店もすぐ広まるに違いない。
それからレンはゴホンと咳払いをして、視線をテンザンとサラに移し、やや緊張を含んだ声で言った。
「……と、まあ。味噌ラーメンについて語れるのは、こんぐらいかな。で、お二人さん……これから、どうするよ?」
僕が子供の頃は、旅行中の車の中でお昼を迎えると、次に見えてきた駐車場付きのラーメン屋に入ると言うことがよくありました。
その手の店は当たりハズレが大きいんですが、「外した時の美味しくない度」が高いのは醤油と塩で、味噌はそこそこ。
当たりもけっこうあって、美味しい時はびっくりするほど美味しくて、その日は一日幸せでした。
でも一番ひどかったのは、某スキー場の1200円の味噌バターコーンラーメンです……。




