『ラメン』と『カレー』
「みんな、カレーラーメンはどうだった?」
そう尋ねるレンに、我々は勢い込んで口々に言う。
「とにかく、大変うまかった! 今回、私は言葉の無力さを痛感したよ……きっとどれだけ説明を尽くしても、食べた事ない者に『カレー味』を伝えることはできないだろう。このような衝撃的な美味、タイショのラメン以来であったぞ!」
「この茶色いスープ、ものすげえ一体感のある味だよな!? 油もコクもたっぷりなのに、スパイシーでちっとも重く感じねえ。ドワーフ族の伝統料理も、たくさんスパイスを使うんだ。けど、ここまで大量に使って、しかも全てがまとまった形にはなってねえぜ!」
「レンさん、僕、ものすごく感動しましたっ! 素材の旨味をドロドロに煮溶かして、多種多様なスパイスを中心に組み立てたスープ……今までのラメンとは何もかもが違う、完璧に新しい世界が開けましたよ!」
「すんごーい、おーいしかったぁーっ! ピリ辛で複雑な味がたっぷりメンに絡みついて、もう一口目から手が止まらなかったわ! 素揚げしたお野菜も優しい味で、ボリュームがあって、とってもよかった。ご飯と卵との相性がまた抜群で、これだけで立派な料理になっちゃいそうよ!」
レンは目を丸くする。
「おいおい、大絶賛だな! もしかして、俺のベジポタより美味かったか?」
その言葉に、私は考え込んでしまう。
「君の『ベジポタケイ』より? ふむ……」
レンが愕然とした顔をした。
「げええっ、マ、マジかよ……。俺のベジポタが負けた!?」
私は、否定も肯定もしない。
「……どうかな? グルメというのは、食べたシチュエーションも大事だからね。君のベジポタケイもとてつもない衝撃だったが、シチュエーション的にはあまりよろしくない状況で味わった。確かに今は『カレーラメン』の衝撃が大きいが、冷静な判断を下すには、もう少し時間が必要だよ」
『ニボケイ』、『イエケイ』、『シオラメン』、『トマトラメン』……ベジポタケイ以外のレンのラメンも、どれも素晴らしく美味かった。
オーリが険しい表情で言う。
「俺っちも、前回の『ギョーザ』に続いてタイショのラメンの座が脅かされてると感じてる……カレーか。こいつは、ド偉い料理だぜ!」
ブラドも神妙な顔で頷いた。
「はい。カレーラメンは美味しかったですが、既存の料理とあまりに味わいが違いすぎます。この味を、自分の中でどう位置付けたらいいのか……僕もまだ、決めかねてますよ」
しかし、ブラドがそう言ったすぐ後に、マリアが口を挟んだ。
「……っていうか、ラメンと比べる必要あるの?」
その言葉に、私たちは彼女を見る。
一斉に見つめられ、マリアは戸惑った顔で言う。
「え。だって、レンさん……食べる前に言ってたでしょ? カレーはラメンみたいに、色んな種類があるんだって。カレーラメンがとても新しく感じるのは、これが『ラメン』じゃなくて、『カレー』って料理だからじゃないかしら……?」
私はハッとした。確かにそうだ!
同じ『ラメン』と言う括りで考えていたが、カレーラメンはラメンと言うより、『カレーの亜種』と考えた方がしっくりくる……。
マリアはモジモジしながら、自分の考えをさらに述べる。
「それに甘いお菓子と肉料理、『どっちが美味しいか』なんて決められないわ。あたし、タイショさんのラメンもレンさんのベジポタケイも大好きだけど、カレーラメンはあまりに味が違い過ぎて、比べる気なんて起きないもん! ……ねえ。あたし、なんかおかしいこと言ってる……?」
私は首を振って言う。
「あ、いや……マリア、君は正しい! ラメンとカレーを無理に比べる必要なんてない。荒れ地に住むベヒーモスは大海のクラーケンの獲物を狙わぬとも言うしな(エルフの言い回しで『土俵が違う者同士は戦わない』の意)。ここまで味の系統が違うと、『どちらが美味いか』を論じるのはナンセンスだよ。究極的に悩んで答えを出したとしても、『どちらが好きか』にしかならないだろう」
カレーラメンは、ラメンではない。カレーである。
だから、今までのラメンと比べなくってもいい。
いやはや、彼女の言葉は転がり出たカルマン猫の目玉(エルフの言い回しで『目から鱗が落ちる』の意)の連続だな!
レンも後頭部をガリガリと掻いて、苦笑した。
「ま、そうか……カレーと張り合っても、しゃあねえか。だって、カレーだもんなぁ!」
レンは腕組みをして、複雑な表情で続ける。
「それにカレー麺ってジャンルには、『カレーうどん』って偉大なる先駆者がいる! グルタミン酸豊富な和風出汁と、むっちりしたうどんでハッキリ特徴づけができる分、料理としての完成度はあちらの方が上だからな……悔しいが、俺のカレーラーメンは『ラーメン』として認識してもらうには、まだまだ修行不足ってことか」
マリアが、ドンブリにわずかに残ったスープを指さして言う。
「だけどカレーって、すごい色してるわよね。あたし、口に入れるのがすっごく怖かった!」
「それは、スパイスの色だよ。スパイス類のエッセンシャルオイルは、加熱によって揮発する。だから油で炒めて香りを出すんだが、そうすると焦げて黒褐色になっちまう。そこにターメリックの黄色が混ざり、なんとも言えない茶色になるんだ」
レンは、カレースープの入った大鍋を掻き回しながら言葉を続ける。
「ベースは、鶏ガラと豚骨を強火で炊いた白湯スープ。ジャガイモと冷凍タマネギを擦りおろして炒めたカレーをブレンドした……芋のもったり感とタマネギの甘みに、スパイスの刺激をプラスした造りだな。隠し味は、味噌とインスタントコーヒーだぜ!」
「ミソはわかるが、『インスタントコーヒー』とはなんだね?」
レンは、四角い瓶を取り出した。
「これだよ。飲んでみるか?」
瓶の中には、土色の細かい何かが詰まっている。
それをグラスに少量入れると、上からお湯を注いだ。
すると馥郁たる香りが一気に広がり、真っ黒な液体ができあがる。
なるほど。『インスタントラメン』もすぐにできあがったし、おそらく『インスタント』とは『即座に完成』と言った意味……ならば、この液体の名前は『コーヒー』か!
「むっ? と言うかこれ、『カンクォリ』じゃないかね?」
私の言葉に、オーリがグラスの上部を指先で摘まみ、おそるおそる液体を啜ってから言う。
「あちち……ずずぅ。……苦くてさっぱりしてて、うめえやっ。こりゃ、間違いなくカンクォリだぞ!」
レンが首を傾げた。
「なんだ、そのカンクォリってのは?」
私はオーリからグラスを受け取り、一口飲んでから言った。
「旅人の間で、強壮薬として用いられてる豆だよ。深煎りした豆を細かく砕き、お湯で煮だして砂糖をたっぷり入れて飲む。このインスタントコーヒーより、もっとドロドロしてて苦いのだがね。眠気が覚めてしゃっきりするし、二日酔いの頭痛を和らげる効果もあるんだ」
「……まるっきりコーヒーだな」
ブラドが私からグラスを受け取り、チビチビ飲みながら説明を補足する。
「普及したのは、ここ20年ほどです。歴史としては浅い飲み物ですね! 僕も飲んだことがあります。だけど、料理に使うという発想はありませんでした。あれって確か、ナンシーさんが広めたんですよね?」
レンが尋ねる。
「ナンシーって、親父の命日にラーメンを食べに来てた、身なりのいいおばさんか?」
私は、顎を撫でながら頷いた。
「ああ、彼女だ。ナンシーはタイショと仲が良かったし、私やオーリほどじゃないがニホン語も話せる……もしかしたらタイショに何か、商売のヒントをもらってたのかもしれないね!」
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次回。ずっと謎だった、とある『ラメンの秘密』が明らかに……タイトル未定




