華麗なる『ラメン』
な、なんだ……この匂いは……!?
夜の路地にポツンと光るヤタイから、エキゾチックで心躍らせる不思議な香りが漂ってくるのだ。
口の中に溢れる唾液を、ゴクリと飲み込む。
『ニボケイ』の時もいい匂いだったが、あちらは力強くて単純な、ひとつの食材の訴求力であった。
しかし、こちらはありとあらゆる食材が入り混じったような、捉えどころのないミステリアスな魅力に満ちてる。
我々は無言で顔を見合わせ、そわそわしながらノレンを潜って席に着く。
レンが私たちを見て、腕組み顎上げポーズで言った。
「みんな、いらっしゃい! 今夜は『カレーラーメン』だ。最初に言っておく……カレーってのは、めっちゃくちゃ奥が深いッ! 正直、『カレーの定義』ってのはあってないようなものでな。その種類は多岐にわたる」
「ふむ。どんなものがあるのかね?」
私の質問に、メンを鍋に放り込みながらレンは言う。
「いわゆる普通のカレーライスに、インディアンカレー、ドライカレー、欧風カレー、焼きカレー。インドカレー、タイカレー、ネパールカレー、マッサマンカレー。ミャンマー、スリランカ、パキスタン……まだまだあるぜ! タイは、こぶみかんの葉に青唐辛子とココナッツミルクを使ったグリーンカレーが代表的だが、レッドとイエローもあるし、インドも南や北、ベンガルと、地域ごとに作り方がまったく異なる。使う食材も肉、野菜、豆、シーフードと、なんでも飲み込んじまう度量の広い料理だよ」
ブラドが感心した声で言った。
「へえー! なんでもありだなんて、どことなくラメンと似てますね」
「ああ。そういう意味では、ラーメンと通じるものがあるな……カレーとラーメンは、日本人の大好物。全国どこでも食べられる『二大国民食』なんて呼ばれてる。俺は、札幌のスープカレーが大好きでよ。ホロホロに煮込まれた骨離れのいいチキンレッグと、食べ応えのある大きな野菜がゴロゴロ入ってて、米をスプーンですくって熱々のスープに浸して食べるんだが、これがマジで絶品なんだ!」
オーリが、ゴクゴクと喉を鳴らす。
「ごきゅり……で、その『カレー』って御馳走を、ラメンにしちまったのが今日の料理なのか?」
レンは頷きながら、スープの入った鍋をオタマでかき回す。
「そうだ。カレーラーメンはカレーライスも出してる町の中華屋が、ラーメンにカレールーをぶっ掛けたのが始まりと言われてる。種類としては、スパイス系のニューウェーブに、室蘭カレーラーメンや三条カレーラーメン、味噌カレー牛乳ラーメンなんてのもあるが……今回は昔の面影を残しつつも、現代風のアレンジを加えたトラッドな一品に仕上げてみたぜ」
胃袋を刺激する香りは、ますます強くなる一方だ。
私も先ほどから、喉が鳴りっぱなしで我慢できない!
レンはカウンターの向こうでメンを引き上げて湯を切ると、ドンブリにスープを注いでトッピングを乗せる。
待ちきれない我らの前に、いよいよラメンが置かれた。
「よっしゃ、完成。さあ、みんな食ってくれ!」
いそいそとドンブリを引き寄せて覗き込み……うええっ?
ギョッとして硬直する。
しばらくしてから、マリアが呻くような声で言った。
「えっ? あの、これ……? レ、レンさん。これって、食べてもお腹を壊さないかしら!?」
彼女がそう言うのも無理はない。
だって、何も知らずに『これ』をみたら、まず食べ物とは思うまい。
ドンブリの中は茶褐色のスープで満たされていたのだが、その色は非常によくない『なにか』を連想させる色なのだ……その上にメンマ、ヤクミ、チャーシュ、そして素揚げした野菜が乗っている。
うむ、臭くはない。香りはいい!
けど、見た目がなぁ……いくらなんでも、スープの色が酷すぎるぞ!
まったく食欲をそそられない。
口に入れるのに、ハードルが高すぎる。
しかし、レンは面白そうに大声で笑った。
「あっはっは! 食べても腹は壊さねーよ。絶対うまいから、一口食べてみ?」
そう言われてオーリが動き、ワリバシをパチンと割る。
やばい。また先を越されてしまう!
「ま、待て、オーリっ!」
慌てて制止の声を出した。
怪訝な顔で固まるオーリに、私は真剣な声で言う。
「……みんな、一緒だ。食べる時は、みんなで食べよう。ブラド君も、マリアもそれでいいね?」
ブラドとマリアが互いに顔を見合わせて、頷いた。
オーリも了承する。
「ああ。俺っちもかまわねえぜ」
提案にあっさり乗ったところを見ると、どうやら彼も口を入れるのが少し怖かったと見えるな。
だって、この見た目だもん……勇気いるよなぁ。
私はワリバシを手に取って、パチンと割りながら言った。
「よし。では、いっせーので食べようじゃないか。……みんな、準備はいいかね? いっせーの、せっ!」
ズズズーっ。
一斉に、メンを啜った。
え、うまい……?
いや、相当うまいぞ、これはっ!?
メンは中太で、やや縮れてる。コシがあって美味しいが、いつもと変わった所はみられない。
しかし、スープがすごい!
だが……ああ、くそう。己の語彙力のなさが恨めしいっ!
この複雑にして怪奇な美味を、なんと表現すればいいのだろうか?
とろみがあって、ほどよく塩気が効いている。
こってりした脂の甘みとまろやかさ、舌をしっとり包み込む粘度に、様々な食材の溶け込んだ濃厚なコクは、強いて言うなら煮込み料理のシチューに近い。『ベジポタケイ』にもよく似てる……。
けれど、ふんだんに使われたスパイスの刺激と香りがあまりに異質なのだ!
唐辛子、コショウ、クミン、ローリエ、シナモン、クローブ、ナツメグ、コリアンダー、カルダモン、ターメリック……焚火のような香ばしさも感じるな。
他にも色々と入ってるようだが、残念ながら私の鼻と舌でわかるのは、そこまでだった。
溶けたバターのように滑らかなのに、芳醇でスパイシー。飲み込んだ後で追いかけるように、控えめなピリ辛さがジワッとやってくる。
それに若干の酸味と苦み、フルーティな甘さが絶妙にマッチして、混沌としつつもまとまりがあり、食べるほどに食欲が湧いてくる、そんな病みつきになる味である。
とにかく『カレーラメン』は、今まで味わった、どの料理とも違っていた。
コクも辛さも匂いも味も、すべてが印象的で新しいのに、口当たりがよくって食べやすい。
なにがなんだかわからんが、とにかく美味いっ!
これは……この味は、まさに……そう、一言で表すならばッ!
……『華麗な味』だ。
私は、ハッとする。
このスープに、『カレー』と名付けられた意味がわかったのだ。
ニホン語でカレーは、『華麗』を意味する。
普通、料理に華麗なんて名付けたら、あまりに大げさで不遜に感じることだろう。
しかし、このスパイスの香りと深いコクに満ちた複雑な美味さは、まさしく『華やかで麗しい』としか表現できない味だった。
うーむ。素晴らしいネーミングセンスだな!
誰が名付けたか知らぬが、これほどまでにわかりやすく、しっくりくる名前は他にあるまい。
素揚げされた野菜は、ジャガイモ、ナス、ニンジン、カボチャ、ブロッコリー。
カレーの中で色鮮やかに輝いて、ホクホクの食感と素材感が活きていて、自然で優しい甘味がスパイスに慣れた口と鼻をリセットし、また新たな気持ちで楽しめる。
どうやら香りの強いスープに負けないように、チャーシュには一手間を加えてあるようだ……フェンネルとミントの独特の風味を感じるぞ。
カレー味に染まったメンマも、いつもと違って食欲をかき立てるし、シャキシャキした生のヤクミは、いつもの如くなんにでも合う万能感を発揮する。
すごい。カレー、ほんとすごい。
いやもう、この味を嫌う人なんていないだろう!?
私は一心不乱にメンを啜り続け、あっという間に平らげてしまう。
スパイス類の発汗作用で、身体がポカポカしてきたぞ……首元を緩めて、夜風を取り込もう。
ひんやりとした空気が、少し汗ばんだ身体を撫でる。
ふう。やっと落ち着いてきた……。
さて、残ったスープをじっくり味わうとするか!
全てを飲み干すべく私がドンブリを持ち上げると、レンが言った。
「ちょっと待った、リンスィールさん。せっかくだから、追い飯しようぜ!」
アクセスが伸びなくて悩んでます。
次回、まだタイトル決まってません。
スランプ気味です……。




