『ラメン』の具材が多い理由
眩しい海を背景に、レンが氷水を飲みながら尋ねてくる。
「みんな。冷やし中華はどうだったよ?」
我々は口々に感想を言う。
「ラメンを冷やしてしまうとは、これまたすごいアイデアだね! しかも、ただ冷やすだけではない。味も個性的だった。甘酸っぱいスープに、コシのあるメン……茹だる熱気を吹き飛ばすような、常夏の海にピッタリのラメンだったぞ!」
「たっぷり運動して大汗かいた後だから、スープの塩分が身に染みたなぁ。ヒヤシチューカはメンが伸びにくいから長く楽しめるし、酸っぱい味ってのは酒によく合う。つまみとしてもイケるんじゃねえかな?」
「スープの味がやや単調でしたが、豊富なトッピングのおかげでそれが気になりませんでした。皿の縁に塗り付けられたマスタードや、天辺に盛られたベニショーガの刺激もあって、口飽きせずに食べられましたよ。色とりどりで見た目も美しく、とにかく印象に残るラメンです」
「夏場のラメンは食べてて汗が気になるけれど、ヒヤシチューカは全然そんなことなかったわ。ブラド兄ちゃんも言ってたけど、たっぷりの具材が嬉しかったわね。最初のうちは選ぶ楽しさがあったし、後半の混ざった状態も美味しかった……お野菜も新鮮で、とくに小さなトマトがよかったわ。見た目も可愛いし、とっても甘くてビックリしちゃった!」
レンは、苦笑しながら言った。
「だよなぁ……。やっぱ冷やし中華を楽しむには、『夏』じゃなきゃダメなんだ! 気合入れてあんなのまで作ってみたけど、まったく売れなくってよぉ」
ちょっぴり寂しそうに、表に止めてあるヤタイを指し示す。
ヤタイには、一枚の紙が張り付けてあった。水色の下地にニホン語の踊るような字体で『冷やし中華はじめました』、その下にはヒヤシチューカと思しきイラストが描いてある。
「……やし……はじめました……? 知らない文字が混じってる」
「『冷やし中華はじめました』だよ。俺らの世界じゃ、『冷や中』が始まると店先にこれを張り出すのが定番でな。今夜も、屋台の限定メニューに出してみたんだが……頼んだのは、たったの3人! しかも、張り紙を見た客に変な顔までされちまったぜ」
なるほど。『中華』という字は『チューカ』と読むのか!
よほど重要なのか、そこだけ赤くなっている。
タイショのラメンも『チューカソバ』だったし、おそらく同じ文字だろう。
張り紙から察するに、ヒヤシチューカは季節物のラメンなのだな。
私も苦笑しながら言った。
「いくら美味しくても、冬に外でヒヤシチューカを食べる気にはなれないね」
マリアが、首を傾げて言う。
「ねえ、レンさん。どうしてヒヤシチューカの具材は、あんなに豪華なの?」
「ん? ああ。そりゃあ、こないだの無化調ラーメンの逆だよ」
レンの答えに、マリアは首を傾げる。
「……ムカチョーの逆。どういうことかしら?」
レンは氷水を飲み干すと、持ってたグラスをテーブルに置いて、腕組み顎上げポーズで言う。
「『スープが安い』って意味だ! 冷やし中華はその性質上、スープにコストを掛けにくい。夏場はこってりしたスープより、さっぱりしたスープがいいだろ? だから大量の豚骨も必要ないし、つきっきりで鍋の前にいなくてもいい……高級な食材で繊細な出汁をとっても、ゴマ油や酢の酸味で塗りつぶされちまう」
その言葉に、ブラドが頷く。
「味、濃かったですからね。そもそもスープの量自体、すごく少なかったです」
「ああ。材料費のかからない料理で、客から高い金は取れねえよ。だからと言って、メニューの中で一品だけ、極端に安い品を加えるのも見栄えが悪い……サイドメニューならともかく、そればっか頼まれると、他の料理用に仕込んだ食材も無駄になるしな」
「はい。ヒヤシチューカばかりで普通のラメンを食べてもらえないんじゃ、本末転倒ですよ!」
「それに麺を水で冷やしたり、作る手間もラーメンよりかかる。もしも一気に注文が入ると、他の料理まで手が回らなくなっちまう。だから数が出ないよう、気持ち高めの値段に設定したい」
マリアが頭を抱えた。
「う、うーん。ヒヤシチューカは安く作れる……だけど、安い値段でメニューに載せたくない。むしろ、普通のラメンより高くしたい。たくさん頼まれたら困る……かと言って、まったく頼まれないのも困る……ふわあ!? 問題が山積みだわ!」
レンは、ニヤリと笑って言う。
「で、そういった全部をひっくるめ、値段を高めにした上でトッピングを豪華にして、価格に対しての『不公平感』を減らす努力をしたってわけだよ」
マリアがハッとして顔を上げる。
「そ、そっか。たくさん具が乗ってれば、ラメンより高くても文句でないわね。それで、あんなに具が多かったんだ!」
私はポンと手を打った。
「そうだ、具材と言えば……なあ、レン。実は私、ヒヤシチューカのカニを食べてて変な感じがしたんだ。どこがどうとは上手く説明できないのだけど……?」
首を傾げる私に、レンが言う。
「あれはカニカマ、本物のカニじゃない。魚の身を磨り潰して加工したカマボコだぜ」
オーリが目を丸くした。
「へええっ。それってつまり、『ナルト』みたいなもんなのか!?」
「そうだよ。ちょっと待っててくれ」
レンはヤタイに行くと、小皿を手にすぐ戻ってきた。
「ほら……これが、カニカマだ」
皿の上には、紅白の円柱が置かれている。
太さと長さはヒューマン族の指くらい。ほぐしてある時はわからなかったが、本物のカニの身より外側の赤身が強く、直線的でいかにも人工物な見た目である。
しかし、繊維的な肉質がぎっしり集まった断面は、確かにカニ肉によく似ていた。
私は驚嘆し、思わず呻く。
「す、すごい。よもやこれがナルトのように、『魚肉』から作られたものだとはな……っ!」
私は、ズラリと並んだ白い繊維を前にして、『カニカマ職人』たちがルーペを使い、ピンセットで一本一本、丁寧に並べて接着する様を想像し、その凄まじさに背筋が寒くなった。
並べ終わったら外側を赤く着色すれば、ようやくカニカマの完成である。
恐らくカニカマは、とんでもない高級品に違いない!
そんな手間をかけるくらいなら、いっそ本物のカニを食べればいいのに……なんて思わないでもないが、こういう一見無駄とも思える努力と情熱こそが、ラメンのような素晴らしい料理を産みだすきっかけになるのだろう。
そんなカニカマを、無造作に口に放り込みながらレンは言った。
「……むぐ。もっとも最近ではエアコンの普及もあって、冷やし中華もだいぶ進化してる。素材感を大事にした、複雑なスープも多いんだぜ!」
『エアコン』と聞いて、私は声を上げる。
「エアコンの話なら、タイショに聞いたことがある。高い金を支払うことで、部屋を涼しくする装置だったな。氷のエレメンタルを封じた精霊石みたいなものだろう?」
「ま、大体あってる。俺の作った冷やし中華も、高級食材の干し貝柱と金華ハム、日高昆布で出汁を取り、酢は中国江蘇省の熟成黒酢の『老酢』を使った。だけど、一皿に使うスープはおちょこ一杯……小鍋で仕込めば足りちまう。黒酢も高いと言っても、調味料なんてたかが知れてる。いつものラーメンと比べりゃ、スープの原価は安いもんだよ」
と、オーリが手を上げて言う。
「ギョーザの作り方って、聞いてもいいか?」
レンは親指を立て、頷きながら言った。
「もちろん、いいぜ! 豚のひき肉に、キャベツ、ニラ、ネギをみじん切りにして、すり下ろしたニンニクと生姜、ラード、鶏ガラのスープを加える……これは、ラーメンスープでもいい。塩コショウを入れて練ったら涼しい場所で一時間ほど寝かせたのち、小麦粉の皮に包んで焼く」
ブラドが、レンに尋ねる。
「レンさん。『ニラ』と言うのは、ギョーザに入っていた緑色の香草ですよね? なんとも言えない香りと味で、初めて食べる食材でした。探してみますが見つからなかった場合、代用品はあるでしょうか?」
レンは、パチンと指を鳴らして言う。
「ニラの代用品なら、行者ニンニクだな! 山菜の一種で、茎を切るとニンニクの匂いがする。俺らの世界じゃ世界中どこでも自生してるから、こっちでも近縁種が見つかるんじゃないか? それすらなかったら、ニンニクの芽や葉っぱを使えばいい」
「ニンニクに似た匂いの山菜……心当たりがあります。ありがとうございます、レンさん!」
「ああ。ニラはラーメンと相性のいい食材だし、押さえておいて損はねえぞ」
エプロンのポケットからメモを取り出し、ピリピリと丸く破きながら続ける。
「皮は、小麦粉に塩と熱湯を加えて捏ねて作るんだ。生地を手でちぎり小さく丸めて、打ち粉をしてから棒で潰して伸ばす。大きさはこれくらいで、真ん中に餡を乗せて縁に水をつけ、折り畳んで片側にヒダを作る……」
彼は器用に折りたたみ、紙製のギョーザを作って見せた。
それから私たちを手招きする。
「みんな、屋台に行こう。焼き方は実演してみせる。まだ、生餃子が残ってるからな」
レンはヤタイでフライパンに油を敷き、ギョーザを並べながら言う。
「油は多めで、餃子を並べたら3分の1の高さまでお湯を注ぐ。蓋をして蒸し焼きにして、パチパチ音がしてきたら蓋を取り、縁から少量の油を揺すりながら回し入れる。最後は強火にして香ばしく焼き目を付け、底から剥がして皿に盛れば完成だ!」
見事な手さばきでフライ返しを操って、餃子をひっくり返す。
手に持つ皿には、先ほど食べたのと同じように綺麗な焼き色のついた、『焦げた三日月』が並んでいる。
レンは五個ならんだギョーザのひとつを、ヒョイっとつまんでパクリと口に入れた。
「うまいっ! 餃子は、焼きたてが最強だなぁ。みんなも味見するといい」
我々も熱々の餃子を指でつまみ上げ、口に入れてハフハフ食べる。
熱々のカリカリ、少し脂っぽいが、下味がしっかりついてるのでそのまま食べても十分な塩加減だ……うむっ! 行儀は悪いが、すこぶるうまいっ!
ブラドが感心しながら言った。
「ギョーザは、驚くほどシンプルな料理ですねぇ! ラメンが専門的な技術と材料で旨味を重ねて作った料理ならば、ギョーザはレシピさえ教えれば、家庭でも作れそうなほど簡単ですよ」
オーリが指先の油を舐めながら、レンに言う。
「よう、レン。このギョーザって料理、『黄金のメンマ亭』で出してもいいか!?」
「ああ、いいと思う。餃子は、ラーメン屋の定番サイドメニューだしな」
レンの答えを聞いて、オーリは満足そうに大笑いする。
「やったぜ、がっはっはぁ! これで客たちに、うめえギョーザを食わせてやれる! ブラドの店も、さらなる繁盛間違いなしだな!」
マリアが、ジト目でオーリを見つつ言った。
「んもう、お義父ちゃんてば。本当は、自分が仕事終わりに私たちの店に寄って、ギョーザで一杯やりたいだけでしょ?」
オーリは、照れ臭そうに鼻の頭を掻く。
「ま、まあな。それも目的ではあるけどよ。けど、客にギョーザを食わせてやりてえのも本音だぜ。ドワーフ連中……特に俺っちのとこの王サマに食わせてやったら、きっと大喜びしてくれんだろうなぁ」
嬉しそうに目を細めるオーリの横で、マリアも笑って言う。
「あたしも、ラメン作りは見てるしかできなかったけど。ギョーザなら作るの手伝えそうだわ!」
しばしの夏を楽しんだ我々は、そろそろ帰ることにした。
レンの見送りを受けながら、来た時と同じ場所に足を踏み入れる。
すると一瞬で光あふれる真夏の世界から、暗くて寒い冬の路地裏へとワープした。
寒風が吹きすさび、ぶるりと身震いする……。
私は慌てて外套を着こみながら、他の皆へと声を掛けた。
「さあ、みんな。早く帰ってバスタブに湯を溜めて、身体についた砂と汗を流さないとね」
常夏の海に、ビーチフラッグ、ラムネ。
ギョーザ、ヒヤシチューカ、カニカマ。
失われたはずのワンダーマジックまで……本当に、夢のような一時だった。
いつもいつも、楽しい時間をありがとう。
感謝するぞ、レン。
『中国四大名酢』というのがありまして……。
作中の江蘇省の鎮江香酢の他、山西省の山西老陳酢、福建省の永春老酢、四川省の保寧酢がそれになります。
レンの使った鎮江香酢はもち米から作られてて、山西老陳酢より品がある味わいです。
山西老陳酢は酸っぱくて、ジャンクで油っこい料理によく合います。
どちらも日本のスーパーで買えて、300円くらいかな。
中国人は8が大好きなので、あと四つ加えて『八大名酢』と呼ぶこともあるとか……それはちょっと多すぎなイカ?
次回。
常夏のビーチに残ったレンは、サラと駄弁る。
Another side 10




