清涼なる『ラメン』
オーリはどこか沈んだ様子で、悩むような暗い顔をしていた。
しばらくしてから語り出す。
「……なあ、リンスィール。俺っちはずーっと、タイショのラメンが世界一うめえ料理だって信じてきた。けどよ、このギョーザって料理と黄金のエールの組み合わせは、とてつもなく美味かった……もしかしたらこいつぁ、タイショのラメンを超えちまうんじゃねえか……?」
ああ、そういうことか!
本来ならば、己の『美食ランキング』が更新されるのは、とても喜ばしいことである。
しかしタイショに関してだけは、私もオーリも思い出が深すぎるのだ……。
寂しそうな親友に、私は言ってやった。
「オーリ、心配いらないよ。まだ君の中では、タイショのラメンこそがナンバーワンで間違いない」
オーリは眉をひそめて言う。
「はぁ……? なに言ってんだ、リンスィール。その俺自身が、一番うめえ料理の座が揺らいでるって話をしてんじゃねえか!」
「いいや、違う。君の一番うまい料理の座は、タイショのラメンで揺るがない」
「……な、なんでだよ?」
「だって、オーリ。君は、自分で言ったじゃないか。『ギョーザと黄金エールの組み合わせは、とてつもなく美味かった』と」
「ああ、言った。それが一体、なんだってんだ?」
戸惑う彼に、私は言う。
「ならば、問おう。タイショのラメンと黄金エール……組み合わせたら、どうなるかね?」
オーリはハッとした顔をした。
「あっ!? ……ギョ、ギョーザに負けてねえ。むしろ、タイショのラメンが上になる!」
エルフの里で、レンは言ってた。『ラメンとアルコールは相性がいい』と。
私は、空になったジョッキを掲げて言う。
「この黄金色に透き通ったシュワシュワのエールは、料理の味をとことん引き上げる『魔法の酒』に他ならない! ならばタイショのラメンの味だって、何倍にも引き上げてくれるのではないか?」
オーリは、膝をポンと打つ
「そ、そうかっ! その通りだぜ、リンスィール……いやーっはっは! いつかレンに、タイショのラメンと黄金エール、一緒に食わせてもらう楽しみができた!」
元気を取り戻して嬉しそうに笑う彼に、ニヤリと笑って私は言う。
「それと、『ラメンライス』もだろう?」
「それもあったなッ! ま、まてよ……? ラメンにライスと黄金エール、それにギョーザまで一緒に食わせてもらったら……す、すげえ。俺っち、どうなっちまうんだ!?」
大興奮するオーリに、向かいに座るブラドとマリアが呆れ声で言った。
「ちょっと、義父さん。ラメンとライスに黄金エール、その上さらにギョーザですって……? いくらなんでも、あまりに贅沢すぎますよ」
「そうよ、お義父ちゃん。そんな豪華なメニュー、まるで王侯貴族の晩餐会じゃない!」
と、レンがトレイにラメンを乗せて、やって来た。
「なんだか、楽しそうに話してるな。ほら、ラーメンができたぜ!」
言いつつ、彼はテーブルにラメンを並べた。
そして、腕組み顎上げポーズで言う。
「こいつは、『冷やし中華』っ! その名の通り、ひんやり冷たい中華麺だな。実は、冷やし中華がラーメンかどうかは、意見が分かれるところなんだ」
それを聞いて、私は頷く。
「うむ。確かに今までのラメンとは、ずいぶん違った趣きだね」
まず、『ヒヤシチューカ』について特筆すべきは、その美しき見た目であろう。
盛り付けてあるのはドンブリではなく、少し深めの平皿だ。
具は、薄焼き卵、チャーシュ、そしてズッキーニに似た瓜科の植物に、カニ……すべて細切りにされていて、区分けするようにメンの上から放射状に並べてある。
頂上にはベニショーガが乗っていて、端っこには指でつまめるくらいミニサイズのトマトが2つ、皿の縁には黄色いペーストが塗り付けてあった。
その豪華絢爛さ、多彩さは、今までのレンのラメンの中でも一、二を争うほどである。
具の豊富さとは反対に、スープは極小量。赤茶色の液体がメンに埋もれ、わずかに見えるのみだった。
レンが苦笑しながら言う。
「かくいう俺自身、十年ほど前までは冷やし中華はラーメンとは思っていなかった。だけど、つけ麺ブームや油そば、山形の冷やしラーメンを体験するに至り、色々と考えが変わってな……俺のラーメンは『なんでもあり』が信条だ。ならば、『こいつもラーメンでいいだろ』と言う結論に至ったわけだよ。さあ、食ってくれッ!」
その言葉に我々は、一斉にワリバシを手に取ってパチンと割った。
しかし以前、ヌルいラメンに驚いて、「冷たいラメンまで出てきたりして」と冗談交じりで考えた物だが……まさか、本当にあったとはね!
まさに、まだ見ぬ風の谷を詩ってみればミルク色の川が現れるだな(エルフの言い回しで『瓢箪から駒』の意)。
カラフルで具だくさん、鮮烈でビビッドな見た目のヒヤシチューカは、食べるのがもったいなくなるほどだ……とは言え、いつまでも見惚れていてもしかたない。
私は色とりどりの具をかきわけてメンを掴み出すと、ヒヤシチューカを味わうべく、ズズズーっと思いっきり啜りこんだ。
む、おおっ!? すっぱぁーーい!
なんと、予想外の酸味である。
ヒヤシチューカは、『酸っぱいラメン』だったのだ!
ヌルいの後で冷たいラメン、苦いに続いて酸っぱいラメンとは恐れいったぞ!
皿を持ち上げ、スープを飲んでみる。酢の入ったショーユ味だが、かなりしょっぱくて甘みも強い……ゴマ油が香ばしく、プリプリの冷たい『タカスイメン』に、ねっとりしっかり絡みつく。
メンと食べるとちょうどよく、そのまま飲むと味が濃すぎるスープは、コンセプト的には『ツケメン』に近い。暑いと食欲が落ちるものだが、冷たさと酸味のおかげでするする口に入っていく。
ひんやりした清涼感が、ギョーザとエールで汗ばんだ身体に最高に気持ちいい……。
上に乗った具は薄味が多く、濃い目で甘酸っぱいスープとの相性が抜群だ。
薄焼き卵は淡泊な味わいで、ウリ科の植物は水っ気たっぷりでシャクシャクしてる。
ベニショーガはピリリと辛く、のっぺりしたスープの後味を口飽きさせず改めてくれる。
冷えて固くなったチャーシュの脂身も、なかなか乙なものである……もちろん、熱いラメンに入れる時は少し温めた方が美味しいが、ヒヤシチューカならば冷えてても気にならない。
赤いカニも色鮮やかで食欲をそそり、ぷりぷりしてて本当に美味いっ!
…………えっ。いや、これ、カニだよな?
外見はカニの身である。周囲が赤くて、中は白くて、繊維が集まった特徴的な肉質だ。
食べても……うん、カニの味がする。
クニクニと優しい弾力で、前歯で齧るとプチンと千切れ、ほんのり甘めでカニの風味がはっきり香る。
どっからどう見ても、どう味わってもカニである……だけど、えええええっ!?
な、なんだ……? なんなのだ、この違和感は……いや。
間違いなくカニだ。カニ肉以外の、何物とも思えない。
でも、なーんか違う気がするのだ……? んんんん?
……むう。すっごく、もやもやする。
だがよし、気を取り直してヒヤシチューカに集中しよう!
私は皿の端っこに塗り付けてある、黄色いペーストに目を移す。
さて。こいつは一体、なんだろう?
ワリバシで掬い、メンにちょこんと乗せてみる。
啜り上げると、鼻の奥にツーンと刺すような痛みが走った!
「えっほぉ!? げほ、ぐふぅ……っ! な、なるほど。こいつはマスタードか……」
我々の知るマスタードと風味は同じだが、何倍もの刺激がある。どうやら種類が違うらしい。
しかし、酢とマスタードの組み合わせは、咽るな。
ズルズルと食べ進めるうち、ヒヤシチューカも残りわずか。だが、最初の美しさはどこへやら、食べてるうちに具が崩れ、収拾のつかない見た目になってきた……。
ごちゃ混ぜになったありさまは、かなり混沌を極めている。
さっきまでは食べたい具を自由に選択してたが、ここに至っては普通にメンを持ち上げるだけで、様々な具が絡みついて自然に口に入ってくる。
これはこれで美味いのだが、どこを食べても似たような味になってしまい、メリハリに欠ける。
若干、味がとっ散らかったきらいもある。
うーん。もうちょっとこう、なにか変化が欲しいとこだな……。
そんな時、乱雑な具に紛れてコロンと転がる、2つの赤い果実が私の目に映った。
あ、そうだ。この小さなトマトっ!
すっかり存在を忘れていたぞ。こいつはワリバシで掴むには難しすぎるから、ヘタの所を指でつまんで口に入れてプチリ……噛みしめると、ぶちゅう。
口の中一杯に、トマトの果汁が広がっていく。
おお! こ、これは美味い。
やや青臭い旨味と爽やかな甘みが、口直しにぴったりだ。
後半まで残しておいてよかったぞ!
口の中がさっぱりして食欲を取り戻した私は、一気にメンを平らげると、最後に残しておいたトマトをデザートとして口に放り込み、ヒヤシチューカを綺麗に食べ終わったのであった。
ブクマ評価いただくと、ほんと嬉しいです。
次回……『ラメン』の具材が多き謎(予定




