表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

73/195

ブラドの想い

 ブラドは、消え入りそうに(かす)れた声で言う。


「寝ても覚めても、ラメンの事ばかり考えていた。何度も(くじ)けた。諦めようと思ったこともあった。でも、タイショさんのヤタイが大好きだったから……あそこは明るくて、路地裏なのにいい匂いで、みんな笑顔で……温かかったから」


 ああ、そうだ。

 人懐っこいタイショの笑顔。ヤタイに集まる気の合う仲間たち。

 (まばゆ)い光に照らされた、湯気を上げる熱々の美味しいラメン。

 ……今はもう、全てが遠くて懐かしい。

 それらを思い出して胸が詰まり、私は黙り込んでしまう。


 ブラドは深く(うつむ)き、言葉を続けた。


「タイショさんが僕たちの世界に来なくなってから、あの路地にはリンスィールさんと義父さん以外、誰も行かなくなった……。僕ら兄妹(きょうだい)も、誰もいない真っ暗な路地は怖くて寂しくて、あそこには二度と行けなくなった」


 私は頷いて同意する。


「うむ、そうだな。寂しいことに、タイショの常連は集まる数が一人減り、二人減り、そしてついには、私とオーリだけになってしまった……」


 かつてのヤタイの常連たち。

 チャックルズ。ナンシー。クエンティン。タルタル……その他の者も。

 今や彼らのほとんどは、この町の有力者となっている。

 大勢の部下や仲間に頼られて、忙しく毎日を過ごしていた。

 二十年もの間、深夜の路地裏に集まって、訪れない者を待ち続けるなどできるはずがない。

 そんな思いから、私はブラドに呼びかける。


「けれど、ブラド君。彼らを許してやって欲しい。彼らとて、決して薄情なわけではないのだよ」


 ブラドは寂し気に笑って、首を振る。


「……そんな。薄情だなんて思いませんよ。二十年という歳月の長さは、僕自身が一番よく知っている。小さな子供だった僕が、こんなに大きな店を構えられるほどの長さです」


「おお、そう言ってくれるかね……? だが、あるいは常連だった彼らが、一角(ひとかど)の人物として名を()せた背景には、『タイショの消失』があったのかもしれないね」


 チャックルズは、タイショからもらったヤクミを大切に育てて、広大な畑一面に増やして『大農場主』となった。

 ナンシーは、タイショから製法を聞き出したナルトの工房を漁港の町に、メンマの工房を遠い東の地に作り、それらの交易を確立させて『女豪商』と呼ばれている。

 タルタルは全てを忘れるようにひたすら研究に邁進(まいしん)し、国内外に『大錬金術師』としての名を(とどろ)かせ、その知識はブラドのラメン作りの役にも立った。

 クエンティン卿などは、騎士団を率いて世界の各地にラメンを探しに行き、多くの国と交流を結び、王の信任を得て『騎士団長』の位にまで上り詰めた。


 みんな『何か』に(すが)って、がむしゃらに日々を生きていた……そうしなければ、耐えられなかったのだ。

 ブラドは鼻をすすり、涙を(そで)でぐしぐしと擦ってから言う。


「ボロボロに傷つき飢えていた僕らは、タイショさんのラメンに救われました。タイショさんは憧れの人で、命の恩人です……だから僕は、タイショさんがいなくなってから、ずっと思ってたんだ。またあのヤタイみたいに、美味しいラメンがあって、みんなが笑顔で集まれる場所を作りたいって……。でも……っ!」


 孤児時代の辛い記憶を思い出したのか、マリアもシクシクと泣き出した。

 ブラドがまた、嗚咽(おえつ)交じりに涙を(こぼ)す。


「……ど、どうやってもッ! ……どれだけ考えても。どんなに一生懸命に作っても。必死で手を伸ばしても……二十年間……。ぼ、僕のラメンは、タイショさんの味には届かなかったんです……。そ、それが今、ようやく……っ!」


 心の中に『想い』を抱えて、ずっと頑張っていたのだな。

 もう一度、光あふれる皆が笑顔で集まれる場所を作りたくって。

 タイショのような、優しい人になりたくて。

 思い出のラメンの味を、必死で追いかけてきた。

 レンが鼻をグスリと鳴らし、涙声で言う。


「……ブラド。ラーメン、完成してよかったな!」


 ブラドはレンに向き直ると、その手を握りしめて真っ直ぐに頭を下げた。


「レンさん。僕らの世界に来てくれて、本当にありがとうございます。あなたがいなければ、僕のラメンは完成しなかった! これで……これでやっと、満足のいくラメンが店で出せる……このラメンならば、あの頃みたいにみんなが笑顔で集まれる……っ!」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、嬉しそうにブラドは笑った。

 オーリがブラドを力いっぱいにガシリと抱きしめ、叫ぶ。


「ブラドっ! ……よく頑張った。おめえ、偉えや。さすがは俺の自慢の息子だよ、ドワーフの名にかけてな」


 感極まったマリアも、ブラドに抱き着く。


「に、兄ちゃぁん! よかったねぇー!? 念願のラメン、完成してよかったねえ! ごめんね……あたし、兄ちゃんがそんなに悩んでるなんて知らなかったの……。あたしってば、いっつも能天気でさ。全っ然気づかなくって……ほんと、ごめんねーっ!」


 ブラドがマリアの頭を撫でながら言った。


「なにを言ってるんだよ、マリア。お前が隣で笑っててくれてたから、僕は二十年も頑張ってこられたんだぞ」


 オーリも頷く。


「ああ、その通り。マリア、おめえの明るい笑顔にゃ、いつだって元気をもらってた。リンスィールも、ありがとな。お前が俺たちを支えてくれなかったら、今日という日は来なかったろうぜ!」


 私は、笑って手を振った。


「なんの、我らの仲ではないか。しかしまさか、こちらの世界で『タイショのラメン』が食べ放題になるとはね……なんとも嬉しい驚きだ! ブラド君。きみのラメンは、すぐ評判になるだろう。かつての常連たちも聞きつけて、この店に集まるに違いない!」


 その夜、私たちは泣いて笑って抱き合って、ブラドのラメンの完成を大いに喜んだのであった……『黄金のメンマ亭』に栄光あれ!




 みなで感動を分かち合った後、ブラドとオーリは厨房の片づけを、私とマリアはレンの見送りに出た。

 そしてレンをいつもの路地まで送り、マリアと一緒に『黄金のメンマ亭』まで夜道を帰る途中である。

 マリアがポツリと、こんなことを言った。


「……ねえ、リンスィールさん。レンさんって、こっちの世界の女の子に興味あると思う?」


 突然の質問に、私は驚く。


「なんだねマリア、(やぶ)から棒に……あ。でもそう言えば前に、レンが妙な事を言っていたな。確か、異世界人との恋愛がどうとかって……?」


「えええっ!? ちょっと詳しく聞かせてくれる?」


「む、いや……」


 私は一瞬、躊躇(ちゅうちょ)する。

 だがまあ、別に口止めされてるわけでもないので、話してもいいと判断して口を開いた。


「あくまで、『仮の話だ』と前置きされた上でだが、レンに異世界人との恋愛をどう思うか聞かれたことがある」


「それでリンスィールさん、なんて答えたの?」


「少し考えた後で、『大変に難しいだろう』と答えたよ」


 するとマリアは、思いっきり不満気な顔で言う。


「えー? なにそれえ、もっと気の利いたアドバイスしてあげればいいのに。……んー、でもさ。レンさん、そんな質問するってことは、こっちの世界で恋愛する気あるのかな?」


 私は肩をすくめて見せる。


「さあね。もっとも、レンが自分の世界に帰る前に、他の誰かと会っていても、それは私たちにはわからない……現にエルフの女王様とも、知らない間に親しくなっていたしね。もしかしたら私たちの気づかない所で、交友関係を広げているかもしれないよ」


 それを聞いたマリアはハッとした顔で立ち止まり、月明かりに照らされた石畳を見つめて呟いた。


「……あ、そっか。こっちの世界で、あたしたちの知らない場所にレンさんの恋人がいる……? そ、そういう可能性も、あるのよね……」

今年は冷夏ですねえ、涼しくて過ごしやすいです!

僕は夏になると、タヌキやっこが食べたくなります。

お豆腐に刻みネギとキュウリと揚げ玉とカニカマとワカメ乗せて、めんつゆドボドボかけてワサビを薬味に食べる冷奴です。


次回……Another side 9

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] うおおー!面白いぞー! 一気読みしました…!まるで珠玉のラーメンのごとく繊細かつ大胆な筆致! 読んだらラーメン食べたくなる! そして実際にラーメン屋さん行っちゃいましたよ! 人を行動させる…
[一言] ちょうど天一でラーメン食ってる時に読んじゃった リンスィールじゃないけど、美味いスープに涙が落ちるの必死で堪えました たぬきやっこ、いいですよね 自分も夏はよく食べます
[良い点] みんな苦労したんだねえ・・・ でも それでみんな偉くなったんだねえ・・・ レンの恋愛話はそれらを吹っ飛ばすw [気になる点] あ~誰だったっけ?w [一言] タヌキやっこ は聞いたことな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ