表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

71/195

未知なる食材『ニボシ』

 全員が食べ終わってドンブリを置くと、レンが言う。


「さて、ニボ系ラーメンを食べた感想を……と言いたいとこだが、今回は俺から先に質問させてもらう。みんな、『煮干し』は見た事あるか?」


 私たちは顔を見合わせ、首を振った。

 するとレンは頷きながら、我々の前に小皿を差し出す。


「そうか。なら、知っておいた方がいいだろう。これが煮干しだよ」


 小皿の上を見て、マリアが驚いた声を出す。


「わ、わっ!? カッワイィー!」


 マリアは、ベビースライムだとかゾンビハンドだとか、小さな物をなんでも「カワイイ」と喜ぶ傾向があるので、『ニボシ』が可愛いかどうかは同意しかねる……だが、こいつが極めて興味深い素材であることは、間違いなかろう!

 私は小皿からニボシを摘まみ上げると、ヤタイの光にかざして観察した。


「おお……これがニボシかね!? このような食材、初めて見たぞっ!」


 ニボシは、『小魚のミイラ』とでも言うべき物体である。

 カチカチに乾き切っていて、手の平にちょこんと乗る大きさで、形は『く』の字に曲がっている。

 銀色に輝くメタリックな皮に包まれているが、背中だけ黒に近い深い群青(ぐんじょう)に染まっており、真っ白に(にご)った丸い目玉が顔の(くぼ)みに(はま)っていた。


 私をあんなに大興奮させたイケない食材が、こんなに小さな魚だとは……!

 ニボシをまじまじと見つめながら、私は言った。


「ふーむ? よく見ると、ひし形の(うろこ)がみっしり生えてる。スープに浮かんだ銀粉は、この鱗が剥がれたものか……レン。これは、(いわし)稚魚(ちぎょ)かね?」


 レンは頷く。


「ああ、そうだ。煮干しは、カタクチイワシの稚魚を海水で煮て、天日に干して作ったもんだよ」


 ブラドが声を出す。


「この大きさだと、我々の世界では食用にすることはまずありませんね!」


 オーリが頷いた。


「だな。こんなに小せえと、持ち帰るのも面倒だし、そもそも網にかからねえ。もし()れても釣り餌にされるか、その場で海に捨てられるだろうよ」


 それにマリアも同意する。


「そうねぇ。もう少し大きければ、フライにしたりマリネにしたり、背骨を取ってオイル漬けにしたりと色々料理できるけど……こんなにちっちゃかったら、ネコちゃんや鳥のご飯にしかならないわ」


 オーリが、ニボシを(かじ)って言った。


「ふうん。ニボシってのは、かなりアクの強い食材なんだな……」


 私も、ニボシを齧ってみる。

 噛みしめるほどにじんわり旨味が滲み出るが、非常に硬くて食べにくい。苦味が強く、臭みとエグ味もあって、そのまま食べてもあんまり美味しくない。

 齧り切った断面からは、干からびた肉と半透明の背骨が見えた。


 レンが言う。


「実は親父のラーメンにも、この煮干しが使われていたんだぜ」


 私は驚いて声を上げた。


「えっ、なんだとっ!? そんなはずないだろう? こんなに強烈な食材がラメンに入っていれば、すぐに気づいたはずだ!」


 レンは、ニヤリと笑って応える。


「気づかなくっても当然だ。夏場に、ほんのちょっとの隠し味として、スープに加えていただけだからな。ムワッとした夏の夜の空気の中じゃ、煮干しの香りなんてほとんど感じなかったろう……だけど、そのおかげで暑い夏でもラーメンが美味しく食べられたんだよ」


「な、なんと……っ! タイショのラメンに、そんな工夫があったとはっ!」


 つまり、先ほどニボシの香りを『懐かしい』と感じたのは、その時の記憶が無意識に()り込まれていたからか……?


 と、オーリが苦笑する。


「しっかし、『ニボケイラメン』は味については申し分ねえが、ちょいと量が物足りねえや! 俺っちにとっちゃ、オヤツって感じのラメンだな」


 それには私も同意する。


「うむ。ボリュームについては、私も大いに不満がある! あんなに美味いのだから、もっとたくさん食べたいぞ」


 レンが頷く。


「ああ、スープが少ないってんだろ? それには、ちゃんと理由があるんだ」


 マリアが、おずおずと手を上げる。


「……それって、もしかして苦いから?」


 レンが首を傾げる。


「ん? ……マリア、そりゃどういう意味だ? もうちょい詳しく聞かせてくれないか」


 マリアは、しばしモジモジと迷う様子を見せていたが、やがて口を開く。


「ええっと。レンさん……気を悪くしないでね? あたし、ニボケイラメンのスープを飲んだ時、『この味は少し苦手だな』って感じちゃったのよ……」


 マリアの言葉に、レンは平然と頷いた。


「なんだ、そういうことかよ! ブームを起こしたラーメンってのは、どこか極端で個性的。好き嫌いの分かれるもんが多い……味の好みは、人それぞれ。ちゃんと食った上での『苦手』なら、俺は気なんて悪くしねえ」


 マリアはホッとした顔で続ける。


「ああ、よかった! それじゃ、説明するわね……あたしがメンを食べ終わった時、ドンブリにスープはほとんど残ってなかったわ。だから、あたしは苦手と感じたスープも全部飲み切れた。でも、もしも普通のラメンくらいスープが上まで入っていたら、きっと後半は苦みにうんざりして、飲みきれなかったと思うのよ……それが理由じゃないかなって思ったの!」


 私は彼女に言う。


「ふむ。要は、クセがあって万人受けしないスープを、『誰もが美味しく食べきれる量』として、わざと少なくしてるという事か?」


 マリアは頷く。


「ええ、そう。リンスィールさん、その通りよ」


 マリアの言葉に、私は(ひそ)かに感心した。

 それは、かなり(まと)()た『答え』に思えたからだ。

 だが、レンは腕組みをしながら言った。


「うん。スープを残されたくない、だから少なくしてる……ま、確かにそれも間違いではないぜ!」


 レンの物言いに、私は首を傾げる。


「……なに。もっと他に、別の理由があるのかね?」


「ある! 聞けば誰もが納得する、単純かつ当たり前の理由がな。なんだかわかるかよ?」


 ブラドも、首を傾げつつ言う。


「あんなに美味しいラメンのスープを、わざわざ少なくする理由ですって……? 皆目(かいもく)見当(けんとう)もつきません」


 オーリも眉根を寄せて唸った。


「うーん、俺もわからん! 多くするならともかく、減らす理由があるとは思えねえっ」


「あたしも、さっきの理由以外に思いつかないわねえ」


 我々はしばらく頭を悩ませるが、答えは一向に出てこない。

 するとレンが意地悪くニヤニヤしながら、カウントダウンをし始めた。


「はい、あと三十秒~。チッチッチッチッチ……」 


 私は慌てて声を上げる。


「お、おい。コラ、レン! そういうのは、焦るから止めろ!」


「あと二十秒~。よっしゃ、じゃあヒントを出すぜ。このスープは、『無化調』だッ!」


 ほほう、あの素晴らしいスープは、『ムカチョー』だったのか!

 それは旨味の塊である、『カチョー』を使っていないということだな。

 レンは以前、言っていた。ムカチョーを売りにしてるラメンは、カチョーなしで『濃ゆい旨味』を出すために、出汁を工夫したりコストをかけて、大変な努力をしていると……ということは、つまりっ!


 私は、勢いよく手を上げる。


「あーっ、わかったー! わかったぞ、レン! このスープ、『値段が高い』のだろう!?」


 レンは拍手しながら大きく頷いた。


「そう! リンスィールさん、大正解ッ!」


「や、やったー! わーいっ!」


 両手を突き上げ、私は喜ぶ。

 レンは、スープを指し示しながら言った。


「このスープには九十九里浜(くじゅうくりはま)産の高級ニボシを、『嘘!?』ってくらい大量に使っている。だから普段のスープの倍近く、コストがかかる……いつもと『同じ値段』で客に出すためには、スープの量を減らすしかねえのさ。な? 驚くほど単純な理由だろ?」


 私はニボケイラメンのスープの味を思い出し、大いに感銘を受ける。


「あの、とんでもない旨味に(あふ)れたスープが、実はムカチョーだったとは……。いやはや、ラメンとは本当にすごいものだね! やり方次第でカチョーなしでも、あそこまでの旨味が出せるのだなぁ」


 ブラドも感心した顔で言う。


「なるほど。カチョー並みの強い旨味を出すためニボシを大量に入れたら、スープに苦みが出てしまう。だけど、ニボケイはその苦みを逆手に取って、最大の魅力にしたわけですね?」


 レンが頷いた。


「ああ。普通なら料理の苦みは短所になるが、ラーメンならば立派な『特色』になっちまう! 今回はシンプルに、煮干しと鶏ガラにコンブを使って、濁らせないようにあっさり目にスープを取った。だけど、こってりした白湯スープに煮干しを入れまくって灰色になった、『セメント系』なんてラーメンもあるんだぜ!」


 オーリが、喉をゴクリと鳴らす。


「俺っちは、ニボシの味が気にいった! その『セメントケイ』ってのも食ってみてえよ!」


「みんなが食べたいなら、それもいつか作ってやるよ。マリアも、今は煮干しが苦手でも、人間ってのは急に味覚が変わったりする。いつか、好きになるかもしれないぜ。ま、それはそれとして……」


 と、レンは意味深にニヤリと笑う。


「マリア、リンスィールさん。もう一杯くらい、食えるだろ……次のラーメン、行ってみるかい?」


 その言葉に、オーリとブラドがガタリ、ガタリと立ち上がった。

 オーリが、私の肩にポンと手を置く。


「おら、リンスィール! ボーっとしてないで、早く立て。うめえラメンを食いにいくぞ!」


 ブラドが、マリアの手を取って引っ張る。


「さあ、マリアも行こう! 今夜は、僕らの記念すべき日になるに違いない!」


 私とマリアは顔を見合わせ、困惑しながら言った。


「えっ。なんだと……食べに行くって、一体どこへ?」


「そうよ、二人とも! こんな深夜じゃ、空いてるレストランなんてどこにもないわ」


 我々二人の言葉に、椅子を片付けたレンがヤタイを引きながら答える。


「どこに、ラーメン食べに行くって……? そんなの、決まってるじゃねえか! 『黄金のメンマ亭』にだよ」

ハンド君、とことこカワイィ〜!

ホラーコメディの超傑作、アダムス・ファミリー。

あんなに面白い映画が二度と地上波に流れないなんて、人類の大損失だ!


次回……転生する『ラメン』


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] アクセントとしての苦味か 親父さんそうとうがんばったんだな 高級品を惜しげもなく使うんかw [一言] 多分セメント系は無理だなw 黄金のメンマ亭 どこだっけw 転生???
[良い点] セメント系、そんなものもあるのか 苦いのは結構苦手だから自分はパスかな [気になる点] これから転生した、ラメンが俺つえー するんですね、わかりたくありません [一言] 夜中にくってるのみ…
[良い点] 昆布、カツオ、豚骨、煮干し。昆布は高いのは高いけど数枚、カツオも量が入らない、豚骨は安いって考えると煮干しは入れられるだけ入れちゃえってなるしな。 [一言] マリアに賛成。濃い煮干し系でス…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ