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銀色の『ラメン』

 さて、恒例の『ラメン会食』の時間である。

 ヤタイの椅子に座った私は、思わずゴクリと喉を鳴らした。

 スープの入った大鍋から、独特で強烈な魚介の香りが漂ってくる……それほど複雑ではないが、とても深くて食欲をそそる匂いだった。


 ……なぜだろう?

 初めて嗅ぐ匂いのはずだが、どこかで覚えがあるような気がする。

 レンがメンを茹で、スープを注ぎ、我々の前にラメンが並ぶ。

 彼は腕組み顎上げのいつものポーズで、ニヤリと不敵に笑いながら言った。


「今日のラーメンは、『煮干しラーメン』! 煮干しを縮めて『ニボ系』なんて呼ばれている。少し前に、とあるニボ系ラーメンの店が『ミシュランガイド』ってグルメ本で紹介されてな、それで全国的に有名になった。だから、ブームとしては比較的新しい……さあ、みんな! 食ってくれッ!」


 私たちは一斉に頷くと、ワリバシを手に取ってパチンと割った。

 ああ、ドキドキするっ!

 このような(かぐわ)しい匂いを放つのは、果たしてどのようなラメンなのだろう!?

 私はワクワクしながら、ドンブリを引き寄せて覗き込み……えええ? 


 ……なんか、量が少ない。

 ドンブリに入っていたのは、半分ほどの茶褐色のスープと、中細ストレートの白いメンである。

 スープの量が少ないので、メンは完全に沈み切らずに、3分の1ほどが小島のように頭を出してる。水面には銀粉(ぎんぷん)のようなものが薄い(まく)を張っていて、それがヤタイの光を反射してキラキラと美しく輝いていた。

 その上にはわずかなヤクミと、厚みはあるが小ぶりなチャーシュが四切れだけ……具も少ない。


 むう。ビジュアルは美しいが、ヤクミとチャーシュだけなんて寂しすぎるぞ!

 具材と量の(とぼ)しさに、ちょっぴりテンションが下がってしまった。

 それとスープの上に浮いている、銀色の粉が気になるな。

 これは一体、なんだろう?


 まあ、何はともあれ、まずは一口っと……しょんぼりしながらメンを啜った、次の瞬間。

 私は、グオっと思いっきり仰け反った!


 むっ、おおおーっ、な、なんだとぉーっ!?

 な、なんだ……なんなのだ……?

 このラメンは、なんだーっ!

 ラメンが……に、に、に……(にが)いだとぉー!?


 そうっ! なんと、そのラメンは苦かったのだ!

 ラメンを口に入れて最初に感じたのが『苦み』とは、あまりに予想外である。

 もっとも苦いと言っても、それは嫌味な苦さではない。ほろ苦くて優しい味で、エグみや雑味は感じられず、スッキリとした澄んだ味わいに満ちている……。

 スープのベースはショーユ味。油っ気が薄くサラリとしてて、あっさりした口当たりだ。

 メンは(ちぢ)れておらず、やや硬め。表面はザラザラでスープが良く絡み、パッツンとした歯応えで、小麦がふわりと優しく香る。

 それを追いかけるようにスープからは凄まじいほどの『魚の旨味』が(にじ)み出て、口の中を荒々しく『海の色』で染め上げる。

 ラメンお決まりの、ニンニクの存在は感じない……超強烈な魚の味を支えているのは、シンプルでどっしりした鶏とコンブの出汁(だし)である。

 独特のビターさで後口はサッパリ、なのに食べれば食べるほど魚のコクが膨れ上がって、濃厚な旨味がどんどん積み重なっていくような、今までにない不思議な味だった。


 す、すごい!

 本当にすごいぞ、このラメンっ!

 なんだ……? なんなんだ、このスープはっ!?

 まるで漁港の真ん中にでもいるかのように、凶悪なほど『魚が自己主張』してくるじゃあないか!

 潮風を感じる。波の音も聞こえる。有無(うむ)を言わさぬ海魚(かいぎょ)の圧力。

 なんてパワーだ……信じられんっ!


 厚みのあるゴロッとしたチャーシュは、やや薄めの味付けで、身はホロホロで脂身はむっちり、スープの油分が薄いので、豚の脂がより一層甘くとろける。

 刻んだヤクミは新鮮でシャキシャキ、ピリリとした辛味が猛烈な魚の香りの中で、(さわ)やかなアクセントになっている。

 最初は具が少なくて寂しいと感じたが、このスープとメンの組み合わせでは、むしろ他の具材は邪魔になってしまうだろう。


 ふーむ……『ニボケイ』。

 『ニボシラメン』……鍵は、『ニボシ』か!

 さっきはスルーしていたが、その名は確か、覚えがあるぞ。

 『サバブシ』『アゴブシ』、そして『ニボシ』。ツケメンの時、レンが魚粉に使っていた食材だ。

 魚粉は魚を乾燥させて粉末状にしたものだから、ニボシもきっと、魚の乾物(かんぶつ)に違いない。

 だけど『マタオマケイ』の魚粉は、人によっては生臭く感じる印象だったが、このスープからは円熟(えんじゅく)されたまろやかな香りが漂う。

 魚粉の攻撃的な味わいは、もっちりとした極太メンの『ツケメン』にこそピッタリの味と言えようが、『ニボケイラメン』は奥から滲むような深い旨味に満ちていて、やや細めでプツパキした硬いメンとよく合っていた。

 なるほど……このスープには、このメンこそが、ベストマッチングであるのだな!


 私は、夢中でメンを啜り続けた。

 このラメン、量が多いとか辛いとか濃厚だとか、そういう人に説明しやすい特徴はない。

 むしろ量が少なくて具材も寂しく、見た目には他のラメンのような、『ワクワク感』に欠けている。()いて言えば特徴的なのは、表面で輝く正体不明の銀粉くらいであろう……。

 だが、一口食べればその大人しい外見からは想像もつかぬほどに強烈な『個性』で、あっという間に(とりこ)になってしまうのだった!


 ニボシ……ニボシ、ニボシ、ニボシーッ!

 ニボシ、うまい。うまい、ニボシ、ニボシうまい。

 うまっ、ニボシうまい!

 うんまっ! ニボシ、うまーっ!


 メンを食べ尽くした私は、ドンブリを持ち上げる。

 ほんのわずかに残ったスープを舐めるように飲み干して、その余韻(よいん)を味わい、空っぽのドンブリを置く。

 ああ、完全になくなってしまった……もう、ない。寂しい。ニボシ、ない。

 でも、ほんと美味しかったぁ!

 June 25, 2020

 やと つづき かけた ぞ とてもがんばた

 今日 かわいいの、いぬ のあたま なでる


 June 27, 2020

 ひょうか ぶくま ふえてーきた

 もっとぽいんとほしなんで おねが

 うれしかっ です。


 4

 にぼ

 うま

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― 新着の感想 ―
[良い点] 煮干し系も旨いっすよね。。。 自分としてはラーメン小池とか好きですが、何より閉店してしまっためじろという店の煮干しラーメンが好きすぎた。 スープのそこに溜まってる追い煮干しの強さと揚げネギ…
[良い点] 苦いと感じるところまで濃縮された超ニボは食べたことないですねー。量と具、少ないのか。食べてみたいけど、いつになるかなあ(県外に出ないようにと言われてる)。 [一言] June 27, 20…
[良い点] 煮干し系だけは苦手なんだよな…煮干しの強烈な出汁がきつすぎて水で薄めようかと悩んだぐらい。つけ麺でも煮干しの強いの出るとな…
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