Another side 8
レンの屋台で、サラがつけ麺を食べている。
「へえ、これがつけ麺。変わった味だけど、とっても美味しい!」
「サラは、つけ麺初体験かよ?」
サラは首を振った。
「いいえ。日本にいた頃にテレビで特集してて、お店に食べに行ったことがあるわ……でも、その頃のつけ麺はもっとさっぱりしてて甘みがあって、醤油ラーメンのスープに近い感じだったと思う。麺のコシも、もう少し弱めだったかな」
レンは、大きく頷いて言う。
「そりゃあきっと、大勝軒系のつけ麺だな! ってことは、第一次つけ麺ブームの頃か……? このつけ麺は、濃厚魚介豚骨系。第二次つけ麺ブームの火付け役さ」
と、屋台に人影が近づいてくる。
それは、黒目黒髪の15歳前後の少女であった。
ヒラヒラの多い変わった服装をしていて、腰に刀を下げている。
サラはつけ麺を食べる手を止め、彼女を見つめ驚いた声で言う。
「……あの恰好に歩き方、それに癖のない真っ黒な髪。彼女、『ヴァナロ』の子だわ、珍しい!」
「ヴァナロ? なんだい、そりゃあ」
「ずーっと東に行ったところにある、島国の名前よ。私は昔、彼らの国に滞在していた事があるの」
レンはポンと手を叩いて、思い出したように言った。
「あ。そういや俺も一人、東方の人を知ってるぜ。やっぱり、腰に刀をぶら下げてたな」
「刀は、身分の高さを示す証でもあるのよ。アレ、けっこう立派な刀っぽいし、いいとこのお嬢さんじゃないかしら?」
屋台から満ち溢れる白い光に、少女は驚いた顔をした。
そして赤い暖簾を手で押しのけ、不思議そうに中を覗き、サラがつけ麺を食べてるのを見ると、物怖じせずに入ってきて椅子にちょこんと座り言う。
「ファラ、レクスオルガ、クーヒェ。ウラル、デル、マカリメンツ」
「ええと。『なにやら、美味しそうな料理を食べていますね。わたくしにもひとつくださいな!』ですってよ」
サラが通訳すると、レンは笑顔で言う。
「おう、いらっしゃい! ここは、ラーメン屋だよ。注文はつけ麺でいいのかい? スープも麺も残ってるから、ベジポタラーメンもできるぞ!」
サラはレンの言葉を伝えるため、少女に話しかける。
時折、麺を口に運んで食べて見せているから、どうやらつけ麺の食べ方も説明しているようだった。
少女は真剣な顔で耳を傾けていたが、やがてコクコクと何度も頷きながら言う。
「デ・アールカ……アルカーっ!」
言葉の響きの面白さに、レンは思わず笑ってしまう。
「ぶふぅっ! 『で、あるか』だってよ……なんか、日本語みたいだな」
サラも笑って言った。
「ふふっ。面白いでしょう? 今のは、ヴァナロの方言ね。意味もほとんど同じで、『そうでございますか、理解いたしました』ってことよ。東方の国にはその昔、日本人が移転してきたらしくってね……日本文化や、日本語が受け継がれているのよ」
「ああ、知ってる。確か、ミソに似た調味料もあるんだろ? 『ミシャウ』って言うんだっけ……?」
「そうそう! 稲作も盛んで、なんと名物料理が『とろろ汁』なの。すり下ろした自然薯にミシャウを混ぜて、熱々のご飯にかけるんだけど、これがもう美味しくって、何杯でもいけちゃうのよ!」
レンは、感心した顔で言う。
「こっちの文化風俗も、色々と面白いもんだなぁ! 俺もいつか、そのヴァナロって国に行ってみたくなったぜ!」
少女がサラの袖を引っ張り、何事かを告げる。
「うん? ああ、そう……ダウリ、ティロス。『お姉様は、こちらの方と通訳ができるようでございますね。では、お姉様と同じ料理をお願いいたします』ですってよ……ふふふ。お姉様なんて呼ばれたの、生まれて初めて!」
無邪気に喜ぶサラと微笑む少女を見ながら、レンはグラスに水を注いでカウンターに置いた。
「よっしゃ、つけ麺いっちょう。すぐ作るから、待っててくれや!」
レンは麺を茹でてスープを注ぎ、具を載せてつけ麺を完成させると、少女の前へとゴトリと置く。
少女は慣れた様子で割り箸を使い、サラの真似してつけ麺をズルズルと食べ始める。
彼女はスープの味に感動し、焼き石に目を丸くして、割りスープを飲み干して、つけ麺を大いに楽しんだ。
食後に代金を支払おうとする少女に、無料であることを伝えると、彼女は「信じられない!」といった様子で首を振り……なんやかんやの一悶着があって、結局レンは銀貨を一枚もらい、その場は丸く収まった。
それからサラは、少女としばし談笑した後でレンに言う。
「この子、カザンちゃんって言うんだって。ファーレンハイトにはクエンティン卿って人に、騎士団の剣の指南役として呼ばれたみたいね」
「剣の指南役!? ……そんなに若いのにか」
「ええ、まだ16歳らしいわ。なんでも、ヴァナロに交流にやってきた使節団の護衛騎士相手に、御前試合で連戦全勝したとか……すごいわよねえ!」
少女はすまし顔で、グラスの水を飲みながら言う。
「フォスカル、ミロヴィ、カザン。デル、シー、キリンジ」
それを聞いて、サラが爆笑する。
「あっははは! 『カザンにとっては当然のこと。なにしろ、天才でございますから』だって!」
少女は真剣な顔でレンを見つめて、何事かを喋る。
サラは、相槌を打ちながら通訳する。
「ふんふん……『この国に来た目的は、ヴァナロの剣術を世界に広め、同時に優れた技術や文化を故郷に持ち帰るためです。町の名物のラメンという料理は、大変美味しかったです。しかし、カザンにはツケメンの方が、より創意工夫に満ちた料理に思えます』……なるほどね」
それからカザンは頬を赤らめ、レンをチラチラと見てサラに耳打ちする。
サラは、笑いをこらえながらレンに言った。
「ぷっくくくぅ! やだもう、可愛いっ! 『カザンは、このような素晴らしい料理を作ったあなた様を尊敬いたします。つきましては親しみを込めて、あなた様をおじ様と呼ばせていただいてもよろしいでしょうか?』ですってよ!」
その言葉に、レンは仰け反る。
「な、なに。おじ様だとぉ!? 俺、まだ28なんだけど……?」
サラは、平然とした顔で言った。
「16歳から見れば、28は十分おじさんでしょ? いいじゃない、好きに呼ばせてあげなさいよ。減るもんじゃなし」
レンは首を勢いよく左右に振る。
「や、やだよーっ! 納得いかねえ! だってさ、俺より年上のサラさんが『お姉様』なんだろ? なのに、なんで年下の俺がおじ――っ!」
サラの視線に、射貫くような殺気が混じる。
レンは口をつぐんだ。
その間もカザンは、期待に満ちたキラキラした目でレンを見つめている。
レンは、「はぁー」と大きくため息を吐き、後頭部をガリガリと掻いて、苦笑しながら承諾した。
「しゃあねえなぁ……カザンって言ったっけ? いいよ、お前の好きに呼べ!」
カザンは嬉しそうな顔でペコリと頭を下げると、レンの瞳を見つめて言った。
「エル、フェ、アウル。カタジケナイ……オジサマ!」
カザンは立ち上がり、夜の闇へと消えていく。
それを見送った後で、レンはサラに言った。
「なあ、サラさん。おじ様って言葉は、異世界語でもオジサマなんだな?」
サラは、ハッと気づいて手を口に当て、驚いた顔で言った。
「あれえっ!? ……そ、そう言えば、そうね。カタジケナイはヴァナロの方言で『ありがとう』って意味だけど、おじ様は異世界語では『リ・オロウ』になるはず……最近は日本語と異世界語、同時に喋る事が多かったんで、気づかなかったわ!」
彼女はうつむき加減に、少し考えた後で呟く。
「もしかして、新しく迷い込んだ日本人が持ち込んだ言葉かも……? まあ、私がヴァナロを離れてから、もう20年以上たってるし。色々と変わってても、おかしくないか! カザンって名前も、ちょっと珍しい響きだものね」
それからサラは気を取り直し、笑顔で言う。
「ねえ、それよりレン。私、食べたい物ができちゃった! ……リクエストしてもいいかしら?」
「リクエスト? なんだい、言ってみな!」
サラは立ち上がり、レンに顔を近づけて『とあるラーメン』を告げる。
注文を聞いたレンは、驚いた顔をした。
「ええっ!? で、でもよぉ……だけど、それは……?」
戸惑うレンに、サラが心配そうに言う。
「もしかして、作れない?」
「いいや、作れるぜッ! 俺はラーメン職人だ。もちろん、作れるに決まってる! ただ、作れるけども……うーん?」
サラはペコペコと頭を下げて懇願する。
「レン! あなたが何を心配してるかは、ちゃんとわかってる。そっちの問題は、私が解決してみせる……アレを味わうのに、抜群のシチュエーションを用意しておくわ。だから、お願いっ! とびきり美味しいの、私に作ってよ!」
レンは、サラをじろりと見て言う。
「……本当にできるのか?」
サラは自信満々に頷いた。
「ええ、大丈夫。でも、仕込みに時間がかかるから、約束は一週間後って事にしてくれない?」
レンは腕を組んで考えていたが、やがて顔を上げて言った。
「よっしゃ、わかった! サラに、極上の一品を食べさせてやる! その代わり、俺の知り合いを何人か、その場に連れてきていいか?」
サラは、あっさりと頷いた。
「前に話してた、お友達でしょう? もちろん、かまわない。ワガママ言ったのは、こっちだしね。この場所に連れて来てくれれば、全員まとめて面倒みてあげる」
レンは腕組み顎上げポーズで言う。
「それじゃ、決まりだな。一週間後に、ここで待ち合わせようぜ!」
という訳で、サラは次回のラーメン、一回休み。
そこまでして食べたいラーメンとは……?
次回、銀色の『ラメン』(予定




