商売としての『ラメン』
全員が食べ終わったのを見計らい、レンが言う。
「それじゃ、つけ麺を食べた感想を教えてくれよ」
私は、すぐさま声を上げた。
「『ヌルいラメン』というのは、新境地であったぞ! ラメンは熱ければ熱いほどいいと思っていたが……考えてみれば他の料理は温かかったり冷たかったり、色々な熱さがある。ラメンだけが『熱々でなければいけない』という道理はない」
レンが言う。
「同じ味でも、温度によって感じ方が違うからな。味ってのは、体温に近ければ近くなるほど強く感じるようになるんだ。スープも熱々より、少しヌルいくらいのが複雑な風味がよくわかるんだぜ!」
「うむ。冷たいままで食べる弁当などは、それを見越して濃い目に味付けしたりするものな」
「そうそう! さすがはリンスィールさん、よく知ってるな」
オーリが苦笑する。
「とは言え……スープまで冷めたら、ただのマズいラメンでしかねえ。最後まで美味しく食べられたのは、レンが『ヤキイシ』を入れてくれたおかげだ。俺っち、ああいうワクワクする仕掛けは大好きだ!」
レンが頷く。
「ああ。スープの温度低下は、つけ麺の最大の弱点なんだ。他にも小型のヒーターに乗せて温めたり、麺自体を温めて出す『あつもり』なんて工夫もあるぜ」
ブラドが、興奮した顔で言う。
「すごい……本当にすごいぞっ! 今までのラメンのヴァリエーションは、『メンとスープの種類の変化』でした。僕自身も、その枠組みに囚われていた。しかし、ツケメンはそのどれとも違う。提供する『形』や『温度』を変えるという、とんでもない発想の転換です! こんなラメンもあるのかと、ものすごく刺激を受けました」
マリアも手を挙げて言う。
「あたし、モチモチのメンが大好きだから、ツケメンはとっても好みよ。ゆっくり味わっても、メンが伸びないのもいいわね!」
レンが、マリアに笑いかけた。
「そういやマリアは、太くてしっかりしたメンが好きなんだっけ。加水率って言ってな。麺に含まれてる水分が多いほどプリプリに、低いほどサクサクの歯触りになるんだよ。加水率が高いほど、麺は伸びにくくてスープが絡みにくい……だから今回みたいな『多加水麺』には、濃厚でどっしりしたスープじゃないと、チグハグな印象になっちまう」
「ドロドロなツケジルも、魚介の旨味を前面に押し出した力強い味わいよね? 魚を砕いて直接スープに入れちゃうなんて、乱暴だけど美味しかったわ。最初はビックリしたけど、なんだかクセになっちゃいそう! 濃厚な味を楽しんでから、さっぱりとワリスープで〆るのもいい考えね!」
「魚粉はサバ節を中心に、煮干とアゴ節をミキサーで砕いて配合した。さっきも言ったが、このスープは俺らの世界であまりにも流行り過ぎたため、どこに行ってもつけ麺と言えばこればっかりになっちまって、『またお前か!』の『またおま系』と呼ばれている……だけども俺は、それが悪いとは全く思わん!」
私は首を傾げる。
「ほほう。私にはその呼び方は、スープの『オリジナリティのなさ』を揶揄する蔑称に聞こえるのだが……?」
レンは、ニヤリと笑いながら言う。
「またお前かよって言われるくらい、どこでも食べられるありふれた味……それってつまり、つけ麺ってジャンルに、『誰もが思い浮かべるスタンダード』が完成したってことじゃねえか?」
ブラドが頷く。
「ああ、確かに! そういう考え方もできますね」
マリアが、唇を尖らせて言う。
「でも、どこのお店も同じ味だなんて、なんだかつまらない気がするわ」
レンが苦笑する。
「かもな。だけど、またおま系のスープがなかったら、つけ麺ブームは起こらなかった。そしたらつけ麺は、ここまでメジャーな存在にならなかったろうぜ……今も一部の店だけで食べられる、マイナーメニューであったろう」
それを聞いて、私は頷く。
「ふむ、なるほど。つけ麺を流行らせたのも『マタオマケイ』なら、つけ麺のスープを一色で塗りつぶしてしまったのも『マタオマケイ』。まさに、『マタオマケイの功罪』というわけか!」
レンも、大きく頷いた
「だな。それに流行りもあれば、廃りもある。今、濃厚魚介豚骨系は飽きられはじめ、色々な味のつけ汁が各地のラーメン屋に登場している。和風に豚骨、味噌、エスニック、ピリ辛麻婆やエビトマト、カレーにバジルにパイ包みっ! これだけ色々な変わり種のつけ麺が登場するようになったのも、またおま系で『つけ麺ブーム』が発生したおかげなんだ」
オーリが真剣な顔で言う。
「料理に、『知名度』があるかどうか……つまり、メニューに載せて採算がとれるか。この差は大きい! どんなに美味い料理でも、利益がでなきゃ商売にならねえ。今でこそ『ラメン』はファーレンハイトの名物料理だが、俺らの店も最初のうちは、ほとんど客が来ない日もあった」
ブラドも、暗い顔で頷いた。
「父さんの言う通りです。それにラメンは、スープ作りに時間がかかる……店を開く前に、『今日のお客は何人分』って予想して、スープを仕込んでおかきゃいけないんだ。素材のままで保存できない以上、売れ残った分は損害になってしまう」
レンも、苦々し気な顔で言う。
「味の落ちた前日のスープを、お客に出すわけにもいかないからな。余ったのが一杯や二杯なら、自分で食ったり賄いにできるが、数十人分が余っちまうと、もう捨てるしかない。丹精込めて作ったスープを、捨てる気分は最悪だぜ!」
それを聞いて、私はふと思い出す。
ブラドもオーリも、ほんの十数年前まで、『黄金のメンマ亭』の経営で散々苦労していた。
採算が取れず、何カ月も赤字経営が続いてたこともあったっけ……。
こんなエピソードがある。
ある日、とても美味しいスープができた日があった。
開店前に食べさせてもらったのだが、香り、コク、味わい共に、間違いなく過去最高の出来であった。
ブラドもオーリも大喜びで、私も「今日のスープは絶品だね、行列間違いなし!」と太鼓判を押し、自信満々に店を開けたのだが……あいにく、その日は客の入りが非常に悪く、閉店後には大鍋一杯のスープが残ってしまった。
オーリとブラドは、「こんなに良くできたスープを捨てるなんて、もったいない!」と嘆き悲しみ、私も大いに責任を感じ、三人で腹がはち切れそうになるまでスープを飲んだが、結局半分も飲み切れなかった。
いよいよ捨てるしかないと思い詰めた時に、閉店後の店の扉を開いて、ドヤドヤとオーリの子供たちが入ってきた。
マリアが、みんなに声を掛けて集めてくれたのだ。
みんな、そのスープで作ったラメンを「美味い、美味い!」と大絶賛してくれた。
美味しいスープは子供たちの腹に収まり、私たちの気持ちは救われた!
……だけども、その日は大赤字。
経営的には大失敗である。
料理の味がどれだけよかろうと、客の数はコントロールできない。
現実は非情である。
売れ残る時は、売れ残るのだ。
かと言って、確実に売り切れるような少量だけ作り、売れたらさっさと店じまいは酷すぎる!
それは客を蔑ろにした、店側の都合である。
わざわざ足を運んでくれた客に対して、どういう思いを抱いているのか!?
そんなのは、もはや怠慢でしかない。
そんな店、いくら美味くても、私は絶対に人に勧めない。
レンは、腕組み顎上げポーズで言う。
「どこの世界も、飲食店の悩みは同じってわけだな……こればっかりは、予知能力でも身につけるか完全予約制にでもしない限り、どうにもならん! と言うわけで、今日はここまで。また三日後に、新しいラーメンを食べさせてやるよ」
レンの言葉に、我々は席を立つ。
しかし、おやすみの挨拶を交わして帰ろうとすると、レンが声を上げた。
「あー。ブラドとオーリさん、少し残ってくれないか?」
ブラドが首を傾げて言う。
「えっ……僕と父さんだけですか?」
「ああ、そうだ。ちょっと、二人に話したいことがあってな」
私は、レンに言う。
「よかったら、私も残ろうか?」
しかし、オーリが首を振る。
「いいや、リンスィール。おめえは、マリアを送ってやってくれ。最近は治安が良くなったと言え、まだまだ夜の街にゃ危険が多い。一人で帰らせるのも不安だからな。おめえさんは強いし、一緒にいてくれれば安心だ」
「ふむ……それもそうだな。では、マリア。一緒に帰るとしようか」
私は頷いて、マリアに呼びかける。
「ええ、リンスィールさん。帰りましょう!」
マリアはにっこり笑うと、私の隣に立って共に歩き始めたのだった。
ちょっと投稿ペース下がってて、申し訳ないです。
リンスィール「店の前で馬車に乗り合わせた旅人と臨時休業に唖然。彼地方からここ食べに来たんだって。可哀想過ぎるから紙にこの辺のラメンレストランを20店くらいかいてあげた。理由なきお休みは人を悲しくさせます。。」
オーリ「おい、リンスィール。その店、今日は普通に定休日だぜ?」
リンスィール「理由なき臨時休業は人を悲しくさせます!!あっ、もしかして売り切れだったのかな!?」
次回は……Another side 8




