熱い、冷たい、ヌルい『ラメン』
私は美味いラメンの条件のひとつに、『熱々であること』が挙げられると思っている。
なにも『火傷するほど熱くしろ』ってわけじゃない。
しかし、熱ければ熱いほど美味いと思う。
ラメンのスープは、動物性の脂に満ちている。冷めたスープは脂がサラリと綺麗な液体になっておらず、メンもほぐれず口当たりがグチャグチャになる。
ヌルいスープに、ムラのあるメン……そんな組み合わせが、美味いわけないだろう?
だからこそ、ラメンには口の中を火傷せずにメンを啜れる、ギリギリの熱さが必要なのだ。
熱いスープに、熱湯で茹でたコシのあるメンを沈めてこそ、ラメンは美味いっ!
フウフウと息を吹きかけて、鼻水を垂らし、汗を流しながら食べるのがラメンの醍醐味だ!
私はずっと、そう信じ続けてきた。
なのに、ツケメンはヌルくても……いや、ヌルいからこそ、美味いのだ。
これは、かなりのカルチャーショックである。
ラメンに対する認識を、根本から覆されたといっても過言ではなかった。
もっともツケメンはヌルいと言っても、ただ均一にヌルいのではない。
メンはひんやり冷えていて、スープは真っ白な湯気が逆巻くほど熱い!
両者を同時に口の中に入れて咀嚼すると、アツアツとヒヤヒヤが合体し、最終的にヌルくなる。
その過程で急激な温度の変化が生まれ、複雑な風味を作り出す。なんとも斬新で面白い!
メンの『ツケジル』への浸し方で、味の濃さを自由に調節できるのも良い仕組みだ。
それに食べ進めるうちに気づいたが、ツケメンはメンの量が普通のラメンより多く、1.5倍はあるようだ。
この大ボリュームのメンを、熱さを気にせず力強くズルズルと啜れるのも、『ヌルい』という特徴のおかげである。猫舌の客でも、火傷を気にせず食べられるな。
とは言え……メリットばかりではない。レンが最初に「寒い夜には向かないラメン」と言った通り、頭上で煌々と輝く『カーボンヒーター』なくしては、我々はきっと、寒空の下で凍えてしまっていたに違いない。
おそらく、ツケメンは暖房の効いた室内や、夏場に食べるのに向いてるラメンなのだ。
しっかし、ヌルいラメンとはなぁ……そのうち、キンキンに冷えたラメンまで出てきたりして……いやいや、あはは。さすがにそれはないか!
……ふと、私は食べる手を止める。
あ、なるほど。なんてことだ、ツケメンの欠点を、もうひとつ見つけてしまったぞ!
それはツケメンのスープは、普通のラメンより冷めるのが早いという事だ。
普通のラメンなら、スープを飲み干すまで美味しく楽しめるんだが……。
先ほどまで熱々だったスープが、冷えたメンによってすっかりヌルまり、悪い所ばかりが目に付くようになってしまっている。
塩気が強すぎるし、冷えた脂もギトギトしつこく、クドくて喉に絡みつくようだ。
冷たいメンを沈める以上は、スープが冷めてしまうのは避けられない運命である。
例えるならば炎と氷、相反する二つをくっつけるようなものだから、それだけ消耗が激しいのも仕方あるまい。
つまりはこいつは、『美味しさの持続力』がないラメンなのだ。
まだ、メンが3分の1ほど残っているのに……。
作ってくれたレンに悪いし、こんなに残すのも気が引ける。
こうなると、1.5倍のメンの量が恨めしい!
私はガッカリしながら、『美味しくなくなったツケメン』を食べようとする。
するとレンが、それを制止した。
「リンスィールさん、スープが冷めちまったんだろ? 焼き石を入れてやるよ!」
「なに、『ヤキイシ』だと……?」
レンは私の小ドンブリを回収すると、鉄製のレンゲに乗せた『真っ黒な石』をツケジルに落とした。
……次の瞬間っ!
ドジュウゥゥーッ! ボコボコボコボコッ!
な、なんとスープが煮え滾り、大量の湯気が湧いて出たではないか!?
「おおおっ! ヤキイシ……つまりは、『焼』いた『石』というわけかっ! 驚いたぞっ! 冷めたスープに炙った石を沈める事で、再び熱を取り戻すのだな!?」
「その通り。熔岩石を四人分、火にくべておいたのさ」
レンは穴あきレンゲでヤキイシを回収し、私へと小ドンブリを返却する。
スープは熱々で、また美味しく食べられるようになっていた。
『マタオマケイ』は超濃厚ではあるが、味の組み合わせとしては動物系と魚介の出汁で、いわば『ラメンの基本』を踏襲している。
誰にでもわかりやすい味付けで、なおかつ派手で特徴的だ。
『トマトラメン』ほど革新的でないし、『ゲキカラケイ』ほど逸脱もしていない。
だけど、いつまでもハリのある極太メンをヌル~くいただくこの感覚は、他のラメンには真似できない魅力があるな。
私は食欲を取り戻し、あっという間にメンと具を食べ尽くしてしまう。
だが、小ドンブリにはまだ、使い切れなかったスープが残っている……。
さて、このスープ、どうしよう?
そのまま味わうには明らかに濃すぎるが、美味なるスープを残すのはもったいない!
一応、試しに口をつけてみる……が、うぐぅっ。
ダ、ダメだな、これは。
あまりにもドギツくて、とても飲めたもんじゃない!
と、またもやレンが手を差し出した。
「リンスィールさん。割りスープを入れてやるから、丼を寄こしなよ」
「『ワリスープ』……ふむ。よくわからんが、まだ仕掛けがあるのかね?」
私はレンに、小ドンブリを手渡す。
するとレンは、オタマで小ドンブリにわずかに色づいたスープを注ぎ入れる。
返されたドンブリからはホカホカと湯気が上がり、冷えた脂が溶けて琥珀色の表面に浮かび、キラキラと美しく光っていた。
「ほほう。これは、これは……っ!」
なんとも芳しい香りだ。
私は期待に胸を膨らませながら、小ドンブリに口を付ける。
一口、二口と味わってみると……おお。
『ツケジル』の時はクドくて濃厚に凝縮されたスープだったが、加えられた『ワリスープ』のおかげで適度に薄まり、ちょうどよい濃さになっている。
普通のラメンのスープよりも味が薄めで、そのまま飲んでもしょっぱくない。
先ほどまでの荒々しさは鳴りを潜め、丸みのある旨味がふんわり広がる。
鼻腔へとほどよく抜ける、魚介の風味がたまらない……これくらいの塩加減だと、生姜の香りや豚骨のまろやかさも際立つな。
タマネギの欠片のシャキシャキ感も、生っぽさがなくなって角が取れて丸くなり、スープの具として食べやすい。
温度もちょうどいい。熱々というほどでもなく、ヌルいというほとでもなく、ゴクゴクと味わって飲める熱さである。
うーむ。温と冷、二種類の『熱』を操るツケメンは、なんと『第三の熱さ』で完結するというわけかっ!
私はググーっと小ドンブリを飲み干して、美味しくツケメンを食べ終わったのであった。
次のラーメンは、なんにしましょうかね……?
執筆前にそのラーメンを食べに行く形式なので、お店に行けない時は更新に時間かかってます。
サボってるわけじゃないです!
最近は暑いし、ミョウガをたっぷり入れたソーメンとか食べたいなぁ。




