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分かたれし『ラメン』

 さてお待ちかね、恒例のラメン会食の時間である!


 その日、私たちはヤタイの一角に吊り下げられた、不思議な『装置』に目を奪われていた。

 形状は『小さな檻』か『鳥カゴ』に見える……しかし、中に入っているのは小鳥や動物ではない。

 強く明るい、オレンジ色に光る『棒』なのだ。

 振りまかれる光は温かく、まるで小さな太陽のようである……。


 私は、装置に手をかざしながら言う。


「……ランプ? ……いや、この暖かさは暖房器具だろうか? 中に入っているのは、エレメンタルが封じられた精霊石のように見えるな……しかし、光に精霊的な揺らぎはないし魔力も感じない。な、なんなんだ、これは!?」


 装置からは黒い紐が伸びて、それがヤタイの裏側へと回っている。

 レンが、お湯を温めながら言った。


「それは、カーボンヒーターだよ」


 マリアが目をパチクリする。


「か、かぁぼんひぃたぁ……?」


「ああ。今夜のラーメンは、寒い夜に外で食うには不向きなんでな。みんなに暖まってもらうために用意したんだ」


 オーリが首を傾げた。


「なにぃ、寒い夜に向かないラメンだと……? 寒い夜こそ、熱々のラメンがうめえんじゃねえかっ!」


「うむ。私も、オーリの言う通りだと思うよ。しかしまあ、とにかく席に座ろう、みんな」


 私は、皆を席へと(うなが)した。

 全員が席に座ると、レンは四人分のメンをグラグラと煮たつ鍋へと入れる。

 数分が経ち、レンはザルを引き上げて……と、ブラドが慌てて声を上げた。


「ええっ!? ちょっとレンさん、なにやってるんですか!?」


 彼が驚くのも無理はない。

 なんとレンはせっかく茹で上げたメンを、水を溜めたボウルにドブンと沈めてしまったのである!


 ボウルには氷が浮かび、キンキンに冷えていることがわかる。

 唖然とする我らの前で、レンは流水でメンを洗った。

 それをドンブリに盛り付けて、カウンターへと置く。

 私たちは困惑し、顔を見合わせた。


 メンだけ……目の前に並んだのは、茹でた『メンだけ』である!

 一滴のスープも、一片の具もない……しかも、冷えてる。

 例えるなら、絶望のラメン、悲哀のラメンである。

 悪い夢でも見ているようだ。


 その戸惑いを見て取ったのか、レンが笑う。


「おおっと、慌てんなって。まだ、完成じゃない」


 言いながらレンは、やや小ぶりなドンブリにスープを注いで具をのせて、我々の前へと置いた。

 そして、いつもの腕組み顎上げポーズで言う。


「よっしゃ、できあがり! こいつは、『つけ麺』ってジャンルのラーメンだ! 食う時は麺を一口ずつ持ち上げて、そっちのスープ、つけ汁に浸してから食ってくれ!」


 盛られたメンと、熱いスープ……ようやく意図を(さと)った私は、愕然(がくぜん)としながら叫ぶ。


「ああっ!? な、なるほど。これはつまり、『スープとメンがバラバラになったラメン』なのだな!」


 レンはニヤリと笑って頷いた。


「そうだ。つけ麺のスープには、元祖であり酸味と甘みが特徴の『大勝軒系』、めんつゆ風の汁で食べる『ざるラーメン』、鴨をつかった『鴨つけ麺』、ゴマダレや味噌など色々あるが、今回はつけ麺ブームの火付け役となった、『濃厚魚介豚骨系』のスープを用意した……こいつは一時期、あまりにも流行(はや)り過ぎて、どこの店でもつけ麺と言えばこの味ばかりになっちまったんで、『またお前か!』を略して『またおま系』とも呼ばれてるスープだな」


 ブラドがわなわなと震え、口元を押さえながら言う。


「な、なんてこった……! スープとメンを別盛りにしてしまうなんて、あまりにも突拍子もないアイデアだッ! ここまでやっても、まだ『ラメン』と呼べるのだろうか……!?」


 オーリが、難しい顔で呻いた。


「だけどよ、メンとスープをわざわざ分ける意味ってなんだろうなぁ」


 マリアが自分の前に、大小2つのドンブリを引き寄せながら言った。


「レンさんは、意味のないことはしないはずよ。とにかく、食べてみましょう!」


 その言葉に、私は頷く。


「ああ、その通りだな。いざ、実食といこうじゃないか!」


 私たちは顔を見合わせると、目の前のラメン(?)を食べるべく、ワリバシを手に取ってパチンと割った。


 スープとメンが分かたれた『ツケメン』……なんとも不思議な見た目だな。

 ドンブリに盛られたメンは完全に冷えていて、手をかざしてもなんの温かさも感じられない。反対に赤茶色のスープからは、もうもうと湯気が上がっている。

 スープには茶色い粉が振りかけられており、トッピングはヤクミ、メンマ、チャーシュ、半分に切ったアジタマ……そしてなんと、『ナルト』である!


 おおお!? レンのラメンにナルトが入っているなんて、初めて見たぞっ!

 あまりにも出番がないので、「もしや、レンの世界のラメンからはナルトが(すた)れて消えてしまったのではないか……?」と、寂しく思っていたところだった。

 全体的に茶色くて地味な色合いだから、白地にショッキング・ピンクのナルトが可愛らしいアクセントになっているな。


 極太のメンはワリバシで(つか)むとずっしりと持ち重りがして、『ジロウケイラメン』を彷彿(ほうふつ)とさせる。

 そのメンをスープに沈めると、どろりとした液体がベッタリまとわりついて……こ、これはすごい! 『ベジポタケイ』並の粘度だぞ、(すす)るのが大変だ。


 ズズゥっ、大きな音を立ててメンを吸い込むと、豪快な旨味と強いしょっぱさ、酸味がガツンと口の中に広がった!

 上にかかっていた粉は、どうやら魚を乾燥させて粉にした物らしく、荒々しい魚介の香りが匂い立つ。


 ……なるほど、これが『マタオマケイ』か!

 塩っ辛くて若干濃いめ、脂もかなり溶け込んでるので、クドさを感じる味付けだ。

 しかし水で冷やされたメンは、しっかりとしたコシが残って舌触りと喉越しがよく、小麦の豊かな味と歯ごたえが存分に楽しめる。

 中心部には髪の毛一本ほどの硬い『芯』があり、表面はしなやかで唇にはプルプルと艶めかしいのに、噛み締めると力強い……最初は荒々しくてしつこく感じたスープの味も、極太のメンを食べてるうちにどんどん薄れ、やがてモチモチのメンだけが口に残る。

 インパクトのある濃い味付けなので余韻(よいん)が深く、スープの後味と脂のコク、それに魚粉の残り香だけでも、小麦の優しい甘さと香ばしさが十分に引き立つな!


 具のメンマは極太で、コリコリの歯触りが気持ちいい。アジタマには(ほの)かに魚介の風味がついていて、魚粉と絶妙にマッチする。

 ナルトは厚切り、表面の細かな穴にスープの熱と油が染みてムッチリと、淡泊な味わいはスープと喧嘩せず、あくまで自然に口を改める。チャーシュはみっしりと肉が詰まって大きくて、スープの濃厚さに負けていない!

 それと、スープに浮かんでいる微塵(みじん)切りの白い植物……これヤクミだと思っていたが、もしかして『タマネギ』じゃないか!?

 ピリリとした辛味とシャキシャキの歯触りが、ややクドくて重たいドロッとしたスープと、ボリューム満点の具の味を(さわ)やかに引き締める。


 ……そ、そうか、読めたぞっ!

 このラメンは、『メンが主役』なのだろう!?


 どろり強烈で脂っこいスープの味も、大ぶりで食べごたえがある具材も、全ては太くてコシのあるメンを楽しむための脇役でしかないのだ……。

 これは繊細なスープを主役にするべく、極細のメンを使った『シオラメン』とは正反対の考え方である!


 そしてここに至り、なぜこのラメンがスープとメン、バラバラで提供されているのかもわかった。

 通常、メンはスープに浸っていることから、食べてる間にもどんどん伸びていくものである。

 しかし、このメンは『一番美味い完璧な茹で上がり』の状態を水で冷やすことで、それ以上伸びるのを防いでいるのだ。

 だから、時間が経ってもコシのあるメンが楽しめる……。


 うーむ、何から何まで『メンを美味しく食べるため』だけに考えられた仕組みなのだな!

 そして、このラメンにはもうひとつ、驚くべき特徴がある。


 ……それは、『ヌルいのに美味い』ということだっ!


更新遅れて、申し訳ない!

私生活がマジで立て込んでおります。


アーリオオーリオ・ペペロンチーノを絶望のパスタ、スパゲティ・ポヴェレッロを貧乏人のパスタと呼びますが、僕は100均のパスタクッカーで茹でたスパゲティに、マヨネーズとチューブニンニクと醤油かけて混ぜた物体を、『堕落のパスタ』と勝手に呼んでおります。

なーんもツマミがない時に、たった10分で手軽に作れるカロリー爆弾です……。

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― 新着の感想 ―
ラーメン食べに行こうと言われてつけ麺屋に連れてこられたらキレる(過激派 当然好きだけど個人的には別の食べ物でラーメンのジャンルには入れてないな
[良い点] 武蔵とえん寺に行きたくなりました。飯テロは美味そうだから、飯テロなんだと思いました。。
[一言] 最近食べてないなぁ・・・ 冬はあつもりで 夏は氷締め+冷スープでよく食べてました。
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