Another side 7 part2
屋台に残ったドワーフは、サラの飲み干したグラスを手に取り、興味深げに観察している。
底に溜まった液体を光に透かし、香りを嗅いで、グラスにこびりつく泡を指で拭ってペロリと舐める……。
「おいコラ、他の客が残したグラスを弄るな! ヘンタイかよ!?」
見かねたレンがグラスを回収すると、ドワーフは怖い顔で叫んだ。
「ルゥ、ビドラッ! アルゴニッド、ドロイ、エクリル!」
「えっ? ああ。もしかして、あんたもビールが飲みたいのか……? しゃあねえ、俺の晩酌用のビールを開けてやる!」
レンは新しいグラスにビールを注いで、酔っ払いドワーフに差し出す。
ドワーフはキラキラと黄金色の光るグラスを手に取り、まじまじと見つめてからビールを飲んだ。
「ウ、オオオッ!? ボレミアグ……リオ! フェロシバル、ダルデスっ!」
目を丸くして、大騒ぎしている。
「ははは、気に入ったみたいだな。ほら、トマトラーメンもできたぜ、お待ちぃ! 割り箸を使って食ってくれ」
レンはパチンと割り箸を割って、ドワーフの手に持たせる。
ドワーフは胡散臭げな顔をしていたが、レンがニコニコ顔でジェスチャーすると、おずおずと麺を口へと運んだ。
「ムムゥっ!? ……ド、ドンタローネ。エルフ・クーヒェ、ドゥミンゴ! ゼィカルビア、フォクストレンダー!」
酔っ払いドワーフは、スビズバと音を立ててトマトラーメンを啜り続ける。
はた目から見ても夢中になっているのがわかるドワーフに、レンは嬉しそうな顔で言った。
「どうだ、美味いだろ!? 俺のラーメンはよぉっ!」
ドワーフは、あっという間にスープまで飲み干す。
手の甲で口元を拭ってから、レンをジロリと見て呟く。
「フン……。デッカ、エンジュ、クーヒェル」
ドワーフは懐から金貨を取り出し、パチリとカウンターに乗せた。
その金貨はかつて、今は亡きドワーフの王国で使われていたものである。
金の純度が高くて精巧な造りで、希少価値が非常に高い。
レンは、それを手に取って観察する。
「これ、もしかして金貨か……? こんな高いもん、貰えねーよ」
レンが金貨を返そうとすると、ドワーフは怖い顔でカウンターをドンと叩いて怒鳴った。
「ゲストレッドっ!? デッカ、エンジュ! ラメン、ビドラっ!」
「わ、わかった、わかったよ! ありがたく貰っとくから、怒るなってば! ……たく。変な客だぜ、ほんとによぉ」
レンが慌てて金貨をエプロンのポケットにしまうと、ドワーフは満足そうな顔で何度も頷く。
さらに己の飲み干したグラスに、持っていた酒瓶から酒を注いで、レンへと突き出す。
レンはグラスを受け取り、匂いを嗅いでから言う。
「……ふうん、異世界の酒か! どんなもんか、味わってみるかな」
エメラルドグリーンのトロリとした液体を、レンはグッと口に含む。
「おっ? これはうまいな! 爽やかな香りと苦みばしった味で、ほのかに甘みがあってスッキリしている。アルコール度数はかなり高いが、それを感じさせない飲み口だぜ!」
それはドワーフ秘伝の酒、『地霊殺し』であった。
ニガヨモギを主原料に、各種のハーブやスパイスを配合したリキュール酒だ。
食欲増進と滋養強壮の効果があって、薬用としても用いられるが、ヤバめの薬草も混じっているため酔いが回るのが早く、幻覚作用まである……しかし、その酩酊感は非常に心地よく、ドワーフに大金を払ってまで入手しようとする酒飲みは後を絶たない!
一部では「究極の酒」、あるいはこれに嵌ったら身を持ち崩す「禁断の酒」とまで呼ばれている。
高まる需要に伴い、売る側のドワーフも価格を吊り上げるだけ吊り上げてるので、これも彼らが「金に強欲な種族」と呼ばれる一因であった。
飲みやすさも手伝って、レンはいつの間にかグラス一杯を飲み干してしまう。
「なんだ、この酒。たった一杯で、猛烈に酔いが回ってきやがる! その上、なんか知らねえけど……すんげえ腹が減ってきた! うおお、もう我慢できないぞ……!」
テンションの上がったレンは、手早く麺を茹で上げると二人分のベジポタラーメンを完成させる。
「おい、あんたっ! もう一杯ぐらい、ラーメン食えるだろ!? 一緒に食おうぜ!」
レンはドワーフの隣に腰かけると、割り箸を割ってラーメンを食べる。
「うーん、やっぱ美味いな、俺のベジポタ! 極上のラーメンだ……なあ、あんたもそう思うだろ!?」
「アイッシェっ! メガルア、ブロイ! ラメン、フォクストレンダー!」
ドワーフがラーメンを食べながら頷き、グラスに新しく酒を注ぐ。
それをレンが飲み干して、お返しにグラスにビールを注いでドワーフに渡す。
ひとつのグラスを交互に飲み干す二人の酒盛りは小一時間ほど続き、やがて二人ともカウンターに突っ伏してグウグウと寝てしまう。
そして遠くの方で空が白み始めた頃、ようやくレンが目を覚ます。
「あー……すっかり酔っぱらっちまった。そろそろ帰らないとまずいな……おい、あんた! ……ダメだ、完全に眠りこけてやがる」
レンはドワーフを椅子から降ろすと、心地よく酔っぱらった身体で屋台を引きずってフラフラと歩き出した。
その姿が、宙に掻き消えて……後には、酔いつぶれたドワーフの男だけが残された。
朝日が差し込み、チュンチュンと小鳥が囀る路地へとオーリがやってくる。
そして道端で眠りこけてる酔っ払いドワーフを見つけて、ため息を吐いた。
「王サマ! こんなとこにいたのかよ……」
オーリはため息交じりで酔っ払いドワーフを背負うと、誰もいない早朝の路地を歩き出した。
しばらく無言で歩いていたが、やがてポツリと喋り出す。
「なあ、王サマ。俺が引き取った、この路地をねぐらにしてたガキどもよ……最初は、ほんと酷かったんだぜ!」
オーリは懐かしそうに辺りを見回し、言葉を続ける。
「皿一枚を落として割っただけで、背中丸めて地面に額を擦りつけたガキを見た時にゃ、俺っちは絶望したよ。こいつは孤児になるまでに、どんな壮絶な人生を送ってきたんだってな……俺の財布から小銭をチョロまかすバカもいたし、大した理由もなく他人様のガキを殴るアホもいた」
それから、嬉しそうな顔で笑う。
「でもな。地道に愛情を注ぐうち、そいつらにも笑顔が浮かぶようになるんだよ……やがて俺が家に帰るたびに、満面の笑みで飛びつく様になる……」
オーリは、鼻をグズっと鳴らした。
「誕生日にガキどもから、手作りの首飾りをもらった時は感動したなぁ! 技術も未熟で、ドワーフの子供と比べて、てんでなってねえ代物よ。だけどよ、愛情だけは溢れるほどに詰まってんだ!」
静かな路地には、2人以外に誰もいない。
オーリはただ、喋り続ける。
「ブラドが作った鶏ガラとタマネギのスープを飲んだ時は、目を見開いたぜ。あれで、あいつに料理の才能を見出したんだ。マリアは絵が上手でよ、俺っちのヒゲを倍は立派に描いてくれた! ソフィアは歌を歌ってくれたし、シエルは手袋を、アーシャはマフラーを編んでくれた……短すぎて、俺の首にゃ巻けなかったけどもな」
オーリは、ずり落ちてくる背中のドワーフを背負い直した。
「なあ、王サマ。俺っち、あんたの立場もなんとなくわかるんだ……つれえよなぁ! 自分の爺サマや親父がやらかした事で、みんなの期待と恨みを一身に受けてよぉ……だが幸い、今回の魔王は20年以上も『未覚醒』のままだって言うじゃねえか? どんな奴だか知らねえが、俺っちはこの平和がずーっと続いて欲しいと思ってるんだよ」
と、オーリの肩越しに声がする。
「ふん……オーリ。おめえにゃ、感謝してる」
「なんだ、王サマ。起きてたのかよ?」
「おい、オーリ。一人で歩ける、そろそろ下ろせ!」
オーリの背中から、酔っ払いドワーフ……ドワーフの王が身をよじって、地面に降り立つ。
まだフラフラしていたが、なんとか一人で立てるようだ。
「本当に大丈夫か、王サマ?」
「へっ、オイラを舐めるな。これしきの酔い、なんてこたねえぜ!」
それからドワーフの王は、朝日に目を細めながら言った。
「オイラの爺様は、魔王とバカな取引して全てを失った。親父は国を取り戻そうとして、魔竜に殺されちまった。お袋は出てったきり、行方不明だ……残されたドワーフ連中は、抜け殻みたいになっちまった」
その言葉に、オーリはしみじみとした声で応える。
「ああ。ドワーフ族のしでかしたことを思えば仕方ねえが、エルフの奴らぁ、援軍を貸しちゃくれなかった。そのせいで先代の王サマの遺体は、今もあの暗い洞窟に取り残されてる。ようやく持って帰ってこれたのは、あんたが背負ってる国宝の斧だけ」
「……恐ろしかったなぁ。悪魔のひしめく坑道の最奥。あそこが、かつてのオイラたちの国なのか……? オイラぁ、十二の歳で王に担ぎ出されてから、世界が灰色になっちまったよ!」
自嘲気味なその言葉に、オーリは寂しげに笑った。
「王サマだけじゃねえや。あの頃は、誰も彼もが絶望の淵に沈んでた。ドワーフは勇敢な種族のはずなのに、あの頃みんなの心からは勇気がなくなっちまってたんだ」
ドワーフの王は、オーリの瞳をまっすぐに見て言う。
「だが、オーリ。あの時、お前がみんなに大鍋で振る舞ってくれたアレ……あの料理を食ってから、オイラの世界にゃ色が戻ったのさ! アレは、なんてったっけな……?」
オーリが大きな声で言う。
「ありゃあ、西の方にあるドランケル帝国ってところの『グリヤシュトープ』って料理だよ! トマトと牛スジ肉をトロトロになるまで煮込んだシチューだ、ウマかったろう!?」
「そうだ! グリヤシュトープだ! ウマかったぞぉ!」
オーリは鼻を掻きながら、照れ臭そうに言った。
「俺っちは単純だからよ……とびっきり美味い物を食えば、またみんなの心に勇気が戻ってくるんじゃないかと思ったんだ。それで世界中を旅して、必死で美味い物を探し回った。美味い物を集めて、時には自分で料理して……」
「で、そのうち『美味い物が食いたいならオーリに聞け』って言われるようになって、『ドワーフ1の食通』だなんて、ご大層な通り名までもらっちまったってわけだな?」
「ガーッハッハッハ!」
「ウワーッハッハッ!」
2人は楽しそうに、高らかに笑った。
ドワーフの王は、オーリの肩を抱いて言う。
「おい、オーリ! オイラ、宿に戻って一眠りする。見送りはいらねえや……お前は、可愛い子供たちのところに戻ってやれ!」
「おうよ! そんじゃ、俺ぁ帰るぜ! またな、王サマ!」
オーリはあっさり背を向けて、歩き出す。
去りゆくオーリを見ながら、ドワーフの王は独りごちる。
「ふん……オーリ・ドゥオール。おめえ、本当に大した奴なんだぜ。しっかしまさか、あのシチューを超える美味いトマト料理が、この世に存在するとはなぁ! オマケにそれが、あのバカ舌エルフどもの料理だとう……? あー、くそう! 悔しいが美味かった、エルフの里のトマトラメンっ!」
次からは、また通常のラーメン回に戻ります。
みんなで新しいラーメン食ってうめーってお話です。
次回……分かたれし『ラメン』(予定




