Another side 7 part1
レンの屋台のカウンターに、オーリ、ブラド、マリアの三人が座っている。
場所は、いつもの路地……ではない。『黄金のメンマ亭』の前である。
彼らは口々に、今食べたラーメンの感想を言い合っていた。
「めっちゃくちゃウメエじゃねえか、エルフの里のゴトーチラメンっ! あああ、羨ましい。俺らドワーフが流浪の民でなけりゃ、俺っちの国でもゴトーチラメンが作れたのによぉ」
「真っ赤なトマトを主役に添えた、素晴らしく印象的なラメンでしたね。足りない食材を工夫で補う……僕も見習いたいものです」
「さっきのレンさん、カッコよかったわ。メン生地から、あっという間にメンを作り上げちゃうんだもの」
「そうだね、マリア。あれには、僕も驚いたよ。『型』がなくても、素手でメンは作れるんだなぁ!」
そう、レンはみんなに『拉麺』を見せたのだ。
黄金のメンマ亭の厨房で麺作りをして、打ちたてをすぐ店の前の屋台で茹でて食べさせたのである。
トマトの赤に負けないくらい赤いストールを巻きながら、マリアがにっこりと笑う。
「あんな技までできるなんて、レンさん尊敬しちゃう!」
その言葉に、レンは照れながら言った。
「昔、中華街で修業したことがあってよ。そこで特級麺点師のリャンさんって人と知り合って、色々と教えてもらったんだ」
ブラドが、カウンター裏にいるリンスィールに言う。
「リンスィールさんが作ったオムレツも、半熟加減がトロトロで素晴らしかったです」
リンスィールはフライパンを持ち上げて、得意気な顔をした。
「うむ。私もオムレツだけは、もう本物のシェフに負けないスキルを身に着けたと思っているよ!」
みなが笑い、その場は和やかにお開きとなった。
一人になったレンは、屋台を引いていつもの路地に入る。
と、その前に人影が立ちふさがった。
「や、やっとみつけたーッ! あんたねえ、『ほぼ毎晩、ここに来てる』とか言っておいて、どういうつもりよ!? ここ数日、レンを探して散々路地を歩き回ったんだからぁ!」
「あっ。サラ……っ! いや、悪い。ちょっと、エルフの里までご当地ラーメン作りに行っててさ」
サラは、レンの言葉にキョトンとしてから言った。
「……エルフの里でご当地ラーメン? なにそれ、面白そうな話ね。聞かせなさい!」
レンが屋台を止めて椅子を置くと、サラは座りながら言った。
「ねえ、ビールとかないの?」
レンは小型の冷蔵庫から、ビールのロング缶を取り出す。
「つまみは、チャーシューとメンマでいいかよ?」
「ふん……おつまみまで出してくれるんだ。優しいわね。いいわ、機嫌直してあげる!」
レンは二人分のグラスにビールを注ぐと、サラの隣に腰かけながら言った。
「けっこう、長い話だからな。素ビールじゃあ、味気ないだろ? じゃ、話すぜ! 始まりは、フードを被った女エルフが……」
話を聞き終えたサラは、感心した顔で言う。
「へえ。あの、『美しき食の墓場』と呼ばれてるエルフの里で、そんなことがねえ……!」
「で、どうする? まだスープも麺も残ってるし、一杯だけならトマトラーメンが作れるぞ。食べてくかい?」
その言葉に、サラは首を振る。
「ううん、やめておくわ。ベジポタラーメンをちょうだい」
「だけど、俺のトマトラーメンが食べられるのは今夜だけだぞ。食べなくてもいいのかよ?」
サラは、平然とした顔で言い返す。
「だって、ここで食べちゃったら、いつかエルフの里までラーメン食べに行く楽しみがなくなっちゃうじゃない? そんなのつまらないもん!」
「あっははは、違いねえや!」
レンは早速、お湯とスープを温めてベジポタラーメンを完成させた。
「やーっとあんたに、俺のベジポタを食ってもらえるな!」
できあがったベジポタを、サラはうまそうに食べ進める。
「んんーっ! こりゃあ、美味しいわ。こってりクリーミーで、まるでホワイトソースのようだけど、カツオとコンブの和風出汁もしっかり感じる……すごい! こんなラーメン、食べたことないっ! って……ん?」
道の向こうから屋台の光に誘われるように、フラフラと妙な人影が近づいてきた。
ずんぐりむっくりした体型で、背中には巨大な斧を背負っていて、立派なヒゲをはやしている。
……ドワーフだ。
そいつは酒に酔った真っ赤な顔で、レンの屋台を無遠慮にジロジロと眺めると、大きな声で叫ぶ。
「フィル、アン・トレーシア? ロウ、ギリアス、デ・ギア、ゴールア……トレークディア、マカルディ!」
「……な、なんだ? 何を言ってやがるんだ!?」
レンが戸惑っていると、麺を食べつくしたサラがスープをレンゲで啜りながら言う。
「ええと。『なんだこりゃ、食いもの屋か? ほほう、車輪がついてて、移動できるようになってやがる……こんな変な店構え、見た事ねえぞ!』ですって」
「一応、お客さんかな……? いらっしゃい、ここはラーメン屋だよ。今日のメニューはこってりスープのベジポタラーメンと、エルフの里のトマトラーメンだぜ」
サラが、レンの言葉を訳してドワーフに伝える。
するとドワーフは、大笑いした後で何事か叫んだ。
すかさずサラが訳して伝える。
「『おめえ、バカ野郎っ! エルフの料理なんて、美味いわけねーじゃねえか。あいつらバカ舌でナヨナヨした、高慢ちきなクソったれ種族だぞ!』ですって」
それからドワーフはサラの隣にドカッと座って、手のひらでカウンターを叩いて何かを言った。
「『ま、いいや、おもしれえ。どんだけマズイか、酔い覚ましに食ってやる。早く作れ!』ですってよ……ねえ、ちょっと、大丈夫? 迷惑なら、私が追っ払ってあげましょうか?」
レンは、平然とトマトスープを温めながら言った。
「いいよ。単なる酔っ払いだろ? こういう手合いにゃ、慣れている。俺の作ったトマトラーメンは極上だ……食えば、納得するはずさ!」
サラはスープを飲み干すと、カウンターにボロボロの百円玉を5枚、乗せる。
それから、左手にはめたデジタル腕時計を見ながら言った。
「そう? 心配だなぁ。私、そろそろ行かないとマズいのよ……」
「ありがとさん、毎度あり! ……なあ、あんた、どうやって小銭やら腕時計やらを手に入れてるんだ?」
サラは、女性の腕には少しゴツイGショックの腕時計を、レンに見せながら言う。
「えっ。ああ、これ? ごくたまーにね、向こうの世界から、こっちに迷い込む人がいるのよ……そういう人たちをあちらに帰してあげる時に、引き換えに所持品をいくつか貰うの。この腕時計は2年くらい前に、『ホール』から落ちてきた高校生に貰ったわ。ドラえもんのテレカは、私の財布に入ってたものだけどね」
「ふうん。人助けか……偉いんだな」
サラは首を振る。
「そんなんじゃないわ。『次元の狭間』と『機械仕掛けの神』の研究は、私のライフワークなのよ。そのついでってだけ……それに噂を聞いて会いに行っても、間に合わずに死んじゃってることも多いしね。向こうの世界のアイテムは珍品として取引されてるから、小銭なんかは意外と多く流通している。もっとも状態がいいのはコレクターに買い占められちゃうから、出回るのはボロボロの品ばかりだわ」
「なるほど、そういう事情かよ」
「……ねえ。私、もう行くけど。なにかあったら、大声で助けを呼びなさいよ? あなたの声が聞こえたら、すぐ駆けつけてあげるから!」
「おうよ。それじゃ、サラさん。またな!」
レンが手を振ると、サラは酔っ払いドワーフを気にしつつも、屋台を後にする。
そしてレンの視線が外れた次の瞬間、風に吹かれる煙のように、サラの姿はフッと消え失せた。
今回、Another sideが長くなりすぎて、前後編に分けました……ごめんなさい。
なお、次にレンが作るラーメンは、みなさまに「あれの扱いは一体どーなんだよ!?」と、何度も聞かれてた問題児ラーメンです。
『作者のやる気を出すにはお金要らぬ、ブクマ評価をすればいい』




