芽吹く『ラメン』の種
こうして、聖誕祭は大成功のうちに幕を閉じた……。
レンが里を去る時は、エルフ総出で盛大に見送った。
ちなみに例の『厚手の白い布を額に巻いた半袖の一団』がどこにも見当たらず、不思議に思っていたのだが、天空へと飛び上がる際に、市場の屋根の上に立って腕組み顎上げポーズを取っているのがチラリと見えた。
全員が厚手の布で目を半分隠していたが、頬には滂沱の涙がダクダクと流れ落ちて……アレは一応、彼らなりに『レンへのリスペクト』を表していたのだろうか?
アイバルバトが深夜のファーレンハイトに降り立つと、私は大鍋をひとつ、レンは二つ持って歩き出す。
アグラリエル様は『ノレン』や細々とした料理道具を持ってくださり、我らと一緒に路地をブラブラと歩きながら、しばし雑談をされる。
ララノア殿は、アイバルバトと一緒に広場で留守番である。私もいるし、わずかな時間だから護衛はいらないと、女王が仰られたからだ。
話す内容は他愛のないことばかりだったが、それが逆に別れを惜しんでいると強く感じられ、とても切なく思えた。
しかし、こうしていつまでも時間を潰してはいられない。
もうすぐ『黄金のメンマ亭』についてしまう……そしたらレンはヤタイを倉庫から出して、自分の世界に帰るのだ……。
ああ、店の看板が見えてきた。もうすぐ、到着だ。
別れの言葉を切り出したのは、女王様の方だった。
「それでは、レン。名残惜しいですが、そろそろお別れにしましょうか……いずれまた機会があれば、エルフの里にいらしてください!」
寂しげに笑う女王に、レンが大鍋の中から瓶を取り出し、そっと渡す。
中には透明感のある淡い金色の液体で満たされて、たくさんの唐辛子が沈んでいる。
「アグラリエル。それ、やるよ」
「これは……?」
レンは、ニカっと白い歯を見せて笑った。
「唐辛子とニンニクを炒めて、オリーブオイル漬けにした『唐辛子オイル』だ! アグラリエルは、辛い物が大好きだろ? 里ではスパイス類は貴重品らしいが、こうやって使えば粉にして振りかけるよりずっと長持ちする……減ってきたら、油を継ぎ足して使ってくれ」
私は、己の胸を拳で叩いて言う。
「瓶に入ってる唐辛子は、私が里への手土産に持って帰ったものです。女王様に献上いたしますゆえ、どうぞご賞味を!」
女王は、グッと言葉に詰まってから言う。
「レ、レン……リンスィール……っ! 二人とも、ありがとう! このオイルは、ラメンに入れて大切に味わわせていただきますね!」
それから女王様は歩みを進めてレンの前に立ち、頬を赤く染めて熱っぽい視線で彼の顔をジーっと見つめた。
急にどうしたのかと、私もジーっと二人を見ていると、今度は女王様は私をジロリと見て言った。
「ねえ。ちょっと、リンスィール。少しの間、向こうの景色を見ていなさい」
「えっ、なぜですか?」
私が首を傾げて尋ねると、女王様は怒ったようなムスっとした顔で言う。
「なぜもヘチマもありません。いいから、空気を読んで背を向けなさい」
「しかし、理由がわからなくては景色など見れませんよ。向こうの方に、何か変わった物があるんですかね……? 暗くてよく見えないなあ。おい、レン。君も一緒に探してくれないか!?」
私がレンの手を引っ張って促すと、女王は地団駄を踏んで怒鳴られた。
「んもう、このバカ……レンを巻き込まないでっ! リンスィールの野暮天っ! 朴念仁! いいから、向こうを見てなさい! これは女王命令です!」
「……あ、はあ? わかりました」
なんだかいまいち納得できないが、ご命令とあればしかたない。
私は素直に女王の指し示す方を見た。
月明かりに照らされた、城下の一本道である。
落ちてるゴミが風でカサカサと動き、野良猫が一匹トテトテと横切る……まったく面白くない、退屈な夜の景色だった。
背後では、二人の話し声がする。
帰りのアイバルバトの背の上で私がレッスンした甲斐あって、女王様もずいぶんとニホン語が上達されたようである。
もともとエルフは言語センスに長けているが、女王様は、非常に勤勉であらせられるな。「レンと二人きりで話ができるなら」と、ものすごく熱心に習得に励まれたのだ。
「レン。何から何まで、本当にありがとうございます」
「ああ、気にすんな。礼なんていらねえよ」
「あなたは、いつもそうですね。初めて出会った時から、わたくしのワガママを優しく受け止めてくれた」
「あはは。客のワガママ聞くのは、慣れっこさ。そういう性分は、親父譲りでね!」
「……ねえ、レン。もうひとつだけ、ワガママを言わせて。あなたと二人きりの時にまで、わたくしは女王でいたくない……」
「お、おいっ。ちょっと……アグラリエル? う、おおうっ!?」
レンの驚いた声の後、タタタタタ、と誰かが走り去る音が聞こえる。
「あのう、女王様。もう、そちらを見てもよろしいでしょうか? ……女王様?」
返答がないので、私は振り向く。
すると路地の向こうへと走っていく、女王の後ろ姿が見えた。
「むっ! あんなに慌ててお帰りになられるとは……急用でも思い出したのだろうか? って、レン!? 君、顔が真っ赤じゃないか! 私が見てない間に、一体なにがあったのかね?」
そこにはアグラリエル様の持っていた料理道具を抱え、真っ赤な顔で立ち尽くすレンがいた。
彼は、口をへの字に曲げて言う。
「……それは、言えん」
「えっ? なんだって?」
レンはプイっとそっぽを向くと言った。
「だから、何があったかは言えないんだよ。俺の口からはな……絶対にっ!」
「よ、よくわからんが……? とにかく、ヤタイを出そう」
私は倉庫の合い鍵を使って、扉を開ける。
中はラメン作りの食材で一杯だった。その中央に、レンのヤタイが鎮座している。
レンは大鍋をヤタイへとセットし、調理道具もしまい込むと、ヤタイを引いて意気揚々と夜の街へと歩き出す。
あとは路地を行けば、彼は自分の世界へと帰れるはずである。
私はレンを手伝うべく、倉庫に鍵をかけるとヤタイの後ろを押しながら話しかけた。
「それにしても、いきなり何日も留守にして大丈夫だったのかね? 向こうの世界で、君を心配してる人がいるんじゃないか?」
私の言葉に、レンは事も無げに答える。
「ん? ああ……別に、大丈夫だよ」
言いながらレンは、ポケットから手の平サイズの板を取り出して見せる。
レンが何かを操作するとカチリと音が鳴り、軽快なメロディーを奏でて板が光って、絵や文字が表示された。
「この路地、なぜか電波が入るんだよなぁ! 仕入れの業者には、『しばらく店を休むから食材はいらない』ってメッセージ送っておいたし、屋台が休む事もツイッターで報告してる。だから、そんなに心配することはねえんだ」
「ほほう? これは興味深い……その小さな板で、離れてる仲間と連絡が取れるのか。見えない報せ鳥みたいなものか、便利だなぁ!」
私が目を丸くしていると、レンが嬉しそうな声で叫んだ。
「お、すげえ! ツイッター、めっちゃバズってるじゃねえかっ!」
のぞき込むと板の中には、驚くほどリアルな絵が表示されている。
月明かりに照らされたファーレンハイトの城を背景に、前を行くアグラリエル様の後ろ姿……美しい光景だ。
私は、絵の下に並ぶ整った文字列を指さして言う。
「ニホン語は、まだ簡単な文字しか読めないな。これは、なんて書いてあるのだね?」
「ああ。『客の女エルフに誘われた。ちょっと異世界を旅してくる!』だよ」
「へえ……?」
「早速、次のツイートしとくか。ええと、『ちょっくら、異世界でご当地ラーメンを作って来たぜ! 明日から屋台の営業再開!』……と。」
すると、板からピロリン♪と軽快な音が何度も響く。
「おお、続々とリツイートされてんぞっ! 『どんなラーメンですか?』『面白い設定ですね』『屋台で出す日を告知してください、食べに行きます』『あの写真、撮影場所はどこでしょう?』……なかなかいい反応だな」
「ふむ。つまりは、宣伝が上手くいったのか。それは喜ばしい! レン、君が作ったトマトのラメンは素晴らしかった。誰に食べさせても、きっと好評を博すだろう」
「俺も、あのラーメンには自信ありだよ。だけど……俺が作ったラーメンは、まだまだ未完成なんだぜ?」
「え、なんだと、あれほど美味いラメンが未完成品だって!? し、信じられん。私にはもう、足すものも引くものもない素晴らしい味に思えたぞ!」
「リンスィールさん、最初に言ったろ……『本当のご当地ラーメンってのは、その土地の奴らが日常的に食べてるようなラーメンだ』ってよ」
「そう言えば、確かに言っていたな」
レンは、真剣な声で言う。
「俺は、あの土地に種を蒔いただけ。俺が作ったラーメンを、エルフの里の奴らが改良し、時には何かを省略し、何かを足して何かを引いて、自分たちの味へと変えていく……そうして、いつか本当に『日常に根差したラーメン』になってこそ、本物の完成品って言えるんだ!」
『食の墓場』とまで言われた我がエルフの里で、オリジナルの美味いラメンが食べられるようになる。
「す、すごい。そんな夢みたいな未来が……待っているのか!? ああ、レン、君がエルフの里の食材にこだわったわけが、今ようやくわかったぞっ! 里にない食材で美味い物を作ったって、それはユグドラシルの根の下に埋まった黄金の種芋でしかない(エルフの言い回しで『絵に描いた餅の意』)……ゴトーチラメンの極意とは、その土地に住む者が作りやすいラメンでなければならないと――」
ふっと、手が軽くなる。
私が掴んでいたはずのヤタイは、いつの間にか霞の様に消え失せていた。
そして、レンの姿も……。
「……レン。自分の世界に帰ったのか」
私は、生まれ故郷である『エルフの里』を、ずっと恥じていた。
里の者たちは、魔力に秀でた長命な種族でありながら、マズイ食事を改善する努力もせずに日々を送る、怠惰で無粋な連中だと軽蔑していた。
しかし、それは違った。
エルフは、そして里の者は、決して怠惰ではなかった!
エルフは熱心にラメンを学び、技術を修得しようと努力し、そしてまた新しい物を産みだすパワーさえ秘めているだろう。
レンの植えた『ラメンの種』は、すでに芽吹き始めているのだ。
その情熱は、いかなる素晴らしい『ラメンの花』を咲かせてくれるのか……?
「ふふふ。エルフの里のゴトーチラメン……エルフの里のゴトーチラメンか。いい響きだなぁ! ああ、次の聖誕祭が今から待ちきれないよ!」
私は夜空を見上げて一人でクスクスと笑いながら、ファーレンハイトの暗い路地を歩き出したのだった。
今回、ちょっとお仕事で数日間拘束されてて家に帰れなかったので、更新が遅れました。
最後のシーン、かつてリンスィールとタイショが一緒に歌った思い出の歌、『上を向いて歩こう』を歌わせようと思ったけど、なろうは著作権ある歌は載せちゃダメだったぞ……!
ちなみに作者のツイッターは、@MorinagaGuruminだっ!




