みんなで作ろう、美味しい『ラメン』
山のように集められた食材と、大勢のエルフたちを前にして、レンがラメン作りを実演しながら説明する。
「まず、鶏白湯の作り方を教えるぜ! 材料は鶏ガラ、こびりついた内臓や血合いをしっかりと取り除き、沸騰したお湯にサッと潜らせる……そしたら水に晒して粗熱を取る。下処理が終わったら、骨をポキポキと折って鍋に入れ、香味野菜のタマネギ、ニンジン、生姜、ニンニクと一緒に強火で煮込む! 途中で水が減ったら足していき、最低でも四時間はひたすら炊くんだ!」
サンドイッチ屋が驚きの声を上げる。
「スープひとつに、そこまで時間が掛かるのか!? 大変だなぁ!」
レンはもうひとつ大鍋を用意すると、包丁で材料を刻みながら言う。
「手間暇かけて美味くなるなら、希少な食材の仕入れに頭を悩ますよりよっぽど楽だぞ。鶏白湯に合わせるトマトスープは、ドライトマトと生のトマトと各種野菜だ。材料を刻んで油で炒め、水を入れて弱火で煮込みながらアクを取る」
エルフたちは皆、熱心な顔でメモを取ったり、その手の動きを見つめたりしてる。
串焼き屋などはレンの真似のつもりなのか、半袖を着て厚手の白い布をおでこに巻いていた。
が、案の定、前が見えにくいらしく、時々うっとうしそうに手で布を押し上げる……取ればいいのに。
それをサンドイッチ屋が羨ましげというか、悔しそうな顔で見ているのが少し気になる。
と、一人の女エルフが手を挙げた。
「ちょっといいですか? うちではトマトスープは、ドライトマト以外ほとんど同じ材料で作っています。でも、そんな面倒な事はしないで、沸騰したお湯に切った野菜を入れるだけです。それではダメなんでしょうか?」
レンは刻んだ野菜をオリーブオイルで炒めながら、首を振って否定する。
「ダメだっ! グラグラ沸騰させて、そこに全部の食材ドボンじゃ、時短にはなるけど旨味はでねえ。できるのは、薄っぺらくてコクのないスープだよ」
ジュージューと良い匂いが漂う鍋に、レンはゆっくりと水を注いだ。
水面にフツフツと、柔らかな泡が湧く。
「いいか? 野菜ってのは炒めることで香ばしくなり、油が馴染んでコクが出るんだ。タマネギは辛味が抜けるし、トマトも甘みが際立ってくる」
レンは静かに鍋をかき混ぜながら、浮いてきたアクを丁寧に掬う。
驚くほど繊細で、慈愛に満ちた動きである……。
「そして食材には、それぞれ『旨味が最も出やすい温度』ってのが存在している……水から煮出すって事は、『すべての温度を一度経由する』って事に他ならねえ。どれだけ料理下手でも、じっくり弱火でスープを作るだけで、それなりにいい出汁がとれるんだ……こんな簡単なやり方、他にないだろ?」
レンが小皿にスープを入れて、女エルフに差し出した。
「論より証拠だ、飲んでみな。なんにも味付けしてない分、はっきりとわかるはずだぜ」
彼女は小皿に口を付けると、驚愕の声を上げる。
「う、わ、あ!? すごいっ! 野菜の美味しさが、全部スープに溶け出してる!」
エルフの間に、どよめきが起こる。
レンは、ニカっと白い歯を見せた。
「だろ? あとは香り付けのハーブを入れて、鶏白湯とブレンドしたら塩コショウで味を調える。とろみが出るまで弱火で煮込めば完成だ」
次にレンは台の方へと行き、小麦粉をドサドサと山盛りにするとそこに凹みを作って水を注ぎながら言う。
「麺生地は、小麦粉から作る! 幸いにも、里の小麦はグルテン豊富で麺作りに向いている。小麦粉500グラムに塩5グラム、卵1個、水250グラムに灰の上澄み液を20グラムの割合で混ぜる……水は一気に入れないで、少しずつ加えるんだ。こうやって指を立てて粉を手で撫で回してるとボロボロした感じになるから、そしたら残りの水を混ぜて、ひと塊にまとめる!」
大きなクリーム色の麺生地を作るレンを見て、サンドイッチ屋が難しい顔で言う。
「材料は、パン生地とあまり変わらないんだな。問題は、生地をヒモ状に引き延ばしてメンにする技だけど……?」
レンは、生地を千切ると粉を振って言う。
「『拉麺』……あれは、そういう名の技だぜ。麺作りに関しては、とにかく練習あるのみだな。最初のうちは、失敗して当たり前。ポイントは力で延ばすんじゃなくって、麺の自重で延ばすってこと……重心が手と手の間、空中にあるようにイメージし、それを振り回すことで麺を延ばすんだっ!」
レンは実際に、メンを作って見せながら言う。
彼の手の中で、あっという間に生地が伸びて折り返されて、細く長いメンができあがった。
大きな歓声が起こる。
「習得は難しいが、一度身に付けちまえば道具がなくても腕一本で作れるし、麺の太さも思いのままだ。みんなには、ぜひできるようになって欲しい!」
それから何時間もかけて、レンはツクネの作り方や、キノコの調理法、スープの調合、メンの茹で方を教えてくれた……どれもファーレンハイトのラメンシェフならば、涎が出るほど貴重な情報ばかりである。
エルフたちはワイワイガヤガヤと、楽しそうにラメン作りを見学をしている。
オムレツ作りは、レンに代わって私が教えた。
濡れ布巾で練習する裏ワザを伝えると、そこかしこから賞賛の声があがって、なかなか気分がよかった。
やがて夜になってヤタイが再開すると、熱心にも自分たちが家で作ったスープを持ってきて、レンのスープと比較する者まで出てくる。
半袖で白い厚手の布を額に巻いた怪しげな一団が、テーブルのひとつを占拠して喧々諤々の議論をしていた。
「レンさんのラメンは、スープのコクが全然違うね!」
「うん。材料は、同じ物を使ったはずなんだけど……?」
「味付けが弱いな。やっぱり塩はケチらないで、もっと入れないとダメなんだ!」
「だよねえ。トリパイタン・スープには、鶏一羽分の旨味と脂が詰まってるんだもの。それに負けないしょっぱさがいるんだよ」
「うーん、感動的な美味しさねっ! あたしもいつか、こんなラメンが作れたらいいな……」
「作るんだよっ! 幸い、エルフの一生は長い。レンさんのようなウマいラメンが作れるようになるまで、何百年でも修行すればいい!」
レンがメンを延ばす周りでは、どこから持ってきたのか台を並べて、真似をするエルフたちで一杯である。
「あーっ!? くそう……まーた千切れちまった!」
「お父さん、下手っぴー!」
「レンさんみたいにメンが作れるまで、先は長いわねえ……」
もちろん、彼らが作ったメンのクオリティは、レンに及ぶべくもない……だが、『自分たちの手で作った』という喜びは大きいらしく、出来上がったメンは家族や仲間と分け合ったりして、楽しそうに食べていた。
突然、おーっ! と驚愕の声が上がる。
そちらを見ると叔母上が、両手の間に長く伸びた見事なメンを掲げている。
「ラ……ララノア殿!? おおおっ、すごい! もう、メンの手延べを習得されたのですか? というか、女王様の護衛は?」
叔母上は、メンを波立たせて流れを整えながら言う。
「アグラリエル様は、他の者が護衛している。せっかくだから、オレにもラメンを食べて来いって時間をくださったんだ。そしたら広場で面白そうなことをやってたから、参加させてもらったってわけさ!」
レンが彼女の隣へと歩いて行き、口を開いた。
「なあ、ララノアさん。よかったら、みんなにコツを教えてやってくれないか? 同じエルフとして、わかりやすくアドバイスして欲しい!」
「ああ。これは、アレだよ。要は短剣を素早く振り回す時みたいにさ、シューっとしてドーンとやって、ブバーって感じで伸ばすんだ」
「…………」
「…………」
「持ってる手の先をシュッシュッシュ、ボーンって感じで、そしたらメンが自然にビョヨヨーンってなるから、それでゴシュー、ドシーンってさぁ!」
「………あのう。もう結構です、伯母上」
「はぁ!? なんでだよ! せっかくオレが説明してやってるのにっ! だから、手首の先をダラーンってやって、腰のあたりから生まれたパワーをススススーって肩から腕に移動させて、それで一気にシュワワーン! ってぇ!」
もう誰も、ララノア殿の話を聞いていない。
各々がメン作りに没頭していた。
やがてすっかり暗くなり、周囲には魔力の光が灯される。
楽しそうに声が響く会場を見渡して、私は呟いた。
「こんなに盛り上がった聖誕祭は、私が知る限り初めてだな! 誰もが生き生きとした顔をしている。アグラリエル様の御計画も、きっと上手くいったに違いない」
「ええ、その通りですよ、リンスィール。『種を救うラメン』、完璧に手ごたえあり……ですね。さすがは、レンのラメンです!」
驚いて振り向くと、胸の辺りをトマト汁でビタビタにしたフード姿の一団が、食べ終わったドンブリをカウンターに返すところだった。
「ア、アグラ――!」
私がみなまで言う前に、その人物は指を一本立てて「しーっ!」と声を出す。
と、すぐ隣にいた背の高いフードが言う。
――アグラリエルよ。あのレンという人間は、エルフの未来を創ってくれたのだな。このラメンという料理、まっこと素晴らしい味であった! リンスィールよ、大儀であったぞ――
さらに一団から二人が歩み出て、私の手を取る。
――今の里には、こんなに美味しい物があるのね。数百年ぶりの現世、とっても楽しかったわ! 偉いわよ、リンスィール。これは、あなたが繋いだ『縁』なのね――
――ああ、私も鼻が高いよ。リンスィール……君には何も残せていないと悔やんでいたのに、立派に成長してくれた。ララ姐にも、お礼を言わないとね――
「……えっ?」
私が戸惑っていると、二人は手を放してフードの一団に紛れてしまった。
去って行く彼らを見送りながら、私は呟く。
「ううむ。聖誕祭でエルフたちの熱狂が極みに達したその時に、魔力の奔流に乗って里のため命を尽くしたエルフの魂が現世に戻ってくるという言い伝えがあったが……い、いや。しかし……!?」
聖誕祭はもともと、王族が秘術によって『死者復活』を行う日なのだ。
だがそれは、もう400年近く昔に形骸化した儀式にすぎない。
彼らは、『怨み』や『呪い』によって魂を縛られたアンデッドとは違う……例えたった一日でも、あの世の魂をこの世に顕現させるには、神にも等しき魔力が必要なのである。
魔王の侵攻から里を守るために、疲弊したユグドラシルの加護の下では、二度と起こらない現象のはずだった。
「だ、だが……ならば……あれは……。あの不思議な一団は、なんだったのだろうか……?」
呆然と呟き、そして気づく。
「おおっと、いかん。私がオムレツを作らなければ、レンのラメンがトッピングなしになってしまうじゃあないかッ!?」
サボっているヒマはない。
里のエルフには、1人でも多くラメンの喜びを知って欲しい!
私は慌てて、オムレツ作りに戻ったのであった。
なんと……聖誕祭は、そんな日だったのかっ!?
僕も今回のお話を書くまでは、全然そんなこと知らなかったぞ!
なおフード姿の一団は、その後もメン打ちやスープ作りなど目いっぱい楽しんだ後、朝日と共に自分らの世界に戻った模様……っ!
リンスィールの手を取った二人は、ララノアの最新作をお土産に持ち帰ったようである。
次回は、エルフの里の最終話(予定)です。
お楽しみに!




