レンの『ラメン』とエルフたち
あれから2時間。
広場のテーブルは、ラメンを食べるエルフたちで一杯だった。
誰もがドンブリに顔を近づけ、夢中でメンをズルズルと啜っている……。
そんな中、エリザが駆けてきて元気よく叫ぶ。
「筋肉ムキムキの目隠しお兄ちゃーん! 向こうのテーブルでゴトーチラメン、3つだってさ!」
と、別の若いエルフが重ねたドンブリを持って叫ぶ。
「これ、食べ終わったドンブリだ! どこ置いとく?」
それに応えるように、一人のエルフが手を上げる。
「うちが近くだから、引き取るよ。すぐに洗って持ってくる!」
レンが、できあがったラメンをカウンターに置く。
「ほいよ、エリザ! ラーメン3つ、あがったぜ!」
エリザの母親が、それをお盆に載せる。
「ありがとうございます、レンさん。ほらエリザ、どこのテーブル? 案内してちょうだい」
「あっちのテーブル~っ!」
親子は、仲良くラメンを運んでいった。
ラメンを食べ終わった者たちが、何時の間にか注文を取る係、できたラメンを運ぶ係、ドンブリを回収する係、それを洗う係と、それぞれに役割を持ち始めていた……みんな、聖誕祭のために働くのが楽しくて仕方ないのだ。
ラメンを口にした者は、誰もが賞賛の言葉を口にして、レンに親し気に話しかける。
私はオムレツを焼きながら、それを横目に苦笑した。
「まったく、現金な奴らだな。さっきまで、好き放題に文句を言っていたと言うのに!」
レンがグラグラと揺らぐお湯に、メンを放り込みながら言う。
「そう言ってやるなよ、リンスィールさん。……なあ、さっき先頭に立って文句言ってた奴の顔、見覚えないか?」
私は首を捻る。
「いや……彼らが、どうかしたのか?」
「あれ、俺らが市場で昼メシを買った、串焼き屋とサンドイッチ屋の店主だよ」
「えっ。そうなのか!?」
「市場で働くエルフや旅人は、あそこでメシを買ってたわけだろ? あいつらにも、『みんなの腹を満たして来た』ってプライドがある。なのに、よくわからん奴が祭りの特別料理を作るってことになれば、嫌味のひとつも言いたくなるさ」
なるほど。
女王様のゲストに対して、ひどい野次を飛ばすものだと思っていたが、よもや嫉妬まじりの言葉だったとはなぁ……。
「それにしても、レン。チラリと見ただけの食べ物屋の顔を覚えてるとは、君の記憶力は驚異的だな!」
「記憶力がいいわけじゃねえ。ラーメン屋ってのは匂いや行列、業者の出入りなんかで、近所に迷惑をかけやすい。飲食関係の店主の顔は、自然に覚える癖がついてんだ」
「ふうん。君は、最初のお客様がアグラリエル様だって事もわかっていたのか?」
「ん? ……いや。最初の客かどうかはまでは、わからなかったよ。興味津々でこっちを見てた、子供たちの可能性もあった。ララノアさんの可能性も……あるいは、他の誰かの可能性もな」
レンはザルでメンを掬い、ザアッと湯切りをしながら言う。
「だけど、アグラリエルは絶対に来ると思ってたぜ! そして一人が食べれば、他の奴らも我慢できなくなる。アグラリエルは、皆に慕われているな。文句を言いながらも誰一人として帰らなかったのは、アグラリエルが用意したって特別料理に興味があったからだ」
その言葉に、私は頷く。
「うむ! 女王様は、実に美味しそうに召し上がっていらっしゃった。あんな美味しそうにラメンを食べる姿を見せられては、我慢などできるはずもないよ」
レンはスープを注いだドンブリに、メンを沈めながら真剣な顔で言った。
「美味いラーメンを作れば客が来るなんてのは、幻想でしかねえ。現実には、とれだけ美味くても食べてもらわなきゃ固定客もつかないし、口コミだって期待できない。だから、宣伝は絶対に必要なんだ……リンスィールさん、トッピング!」
「ああ、できているぞ!」
私は並べられたドンブリに、次々とオムレツとツクネを乗せてチーズを削り、花びらを散らす。
それをレンがカウンターに乗せ、お盆を持ったエルフが持っていく。
と、レンがスープの入った大鍋を見て、顔をしかめる。
「……まずいな。ペースが速すぎる……俺としたことが、読み間違えたぜ! リンスィールさん、手を止めて俺の言葉をみんなに伝えてくれ」
言うやレンは、広場に向かって大声を出した。
「みんな、すまねえっ! もう、スープが切れそうなんだ! どう見積もっても、あと10杯分しか残っていない!」
えええーっ!? 一斉に落胆の声が上がった。
しかしレンは、それに負けないくらいに大きな声で宣言した。
「だから、次の営業は夜だッ! 夜までに、新しくスープを仕込んでおく! その時に、また来てくれないか!?」
ラメンが食べられないわけではない……そう知った皆の間に、ホッと安堵の空気が流れた。
と、一人のエルフ少女が立ち上がる。
「私、そのスープ作りを手伝います! だからこの『ゴトーチラメン』の作り方、どうか教えてもらえませんか!?」
皆が注目する中で、彼女は言う。
「私の姉は北方の地下迷宮に冒険の旅に出ていて、今回の聖誕祭には帰ってこれませんでした。お姉ちゃんにも、この美味しい料理を食べさせてあげたい……でも、聖誕祭が終われば、あなたは里から去ってしまう。私がこの料理を作れるようになれば、お姉ちゃんにも食べさせてあげられます!」
と、また一人が立ち上がる。
「俺も知りたい! 材料は一体、何を使うんだ?」
その顔を見て、私は驚いた。
「サ、サンドイッチ屋……?」
「見た所、卵と小麦粉の他に、鶏肉、トマト。それにタマネギ、ナス、セロリ、ニンジン、キノコが入ってるよな? だけど、こんなに凄い味、あと何を使ったら出せるんだ……? なあ頼むよ、教えてくれ!」
また、一人が立ち上がる。
「鶏肉なら、任せてくれ。冬場には店でスープを売ってるから、大鍋もあるぜ!」
「串焼き屋までっ!?」
「あんたの作った料理を食べて、目が覚めた。俺が作ってたのは、料理じゃない。ただ、適当に肉を焼いて、塩かけただけ……あんなもんで、客から金をとっちゃいけなかったんだ!」
その声に、次々とエルフが立ち上がる。
「あたしにも教えて! このラメンって料理、お城で働いてる夫に食べさせてあげたいわ」
「手で生地を延ばす技、僕に伝授してくれないか!?」
「塩とスパイスなら、たんまり持ってきている。欲しいだけ持って行ってくれ! 本当は、里で売りさばくつもりだったんだけどな。聖誕祭の料理に使ってもらえるなら、こんなに嬉しいことはない」
「おお……みんな! 行商人風の……っ! 君までもが!?」
レンが腕組み顎上げポーズで、宣言する。
「よぉしッ! 今からヤタイで、スープと麺生地を仕込んで見せる……残らず教えてやるから、知りたい奴は集まりなっ!」
広場からは、嵐のような歓声がドォ-っと上がった。
私は前に進み出て、里の同胞たちに大声で告げる。
「私が今から、必要な材料を伝える! みんなで調達して来て欲しい! まず、ドライトマトと生のトマトがたくさん必要だ! 小麦粉は、すぐ手に入るだろう? それに丸ごとの鶏と卵、野菜はタマネギとナスと……」
今、レンの『ラメン』を通じて、エルフの心が一つになった!
私は声を張り上げながら、それを強く感じていた。
長かった『エルフの里の聖誕祭編』も、あと2回で終了だ!
ブクマ、ポイントありがとうございます。
これからも頑張ります。
次回、みんなで作ろう美味しい『ラメン』




