『ラメン』を食べる女王様
私も自信満々に笑い返し、親指を立てる。
「任せておけ、レン!」
私はオムレツを作るべく、フライパンにバターを溶かしてオタマ一杯分の卵液を流し込んだ。
中火で熱しながら固まった部分を壊すようにかき混ぜて、全体がスライムぐらいになったら調理済みの刻みキノコをひとつかみ……そしたらもう、火から降ろしてしまう。
少し早すぎるように感じるが、あとは余熱で周囲が固まる。
むしろ半熟卵がとろりと流れ出るには、このくらいでなければならぬ。
後ろでは女王様が、広場の皆に大きな声で話しかけていた。
「この中に、ラメンを食べた事がある方はいますか?」
三人が手を上げる。
そのうち一人、行商人風のエルフを女王は指さした。
「そちらのあなた。どこでラメンを食べました? 味の感想を教えてください!」
「はい。行商の途中で、ライラグリッツという小さな村の宿屋で食べました。なんでも、そこの主人が20年前に旅先で食べた料理を再現したものだとか……見た目は面白いですが、なんてことない味でしたね!」
「なるほど。そちらのあなたは? どこでラメンを食べましたか?」
女王が二人目を指さす。
「8年前に、ファーレンハイトという大きな城下町です。『黄金のメンマ亭』というレストランで食べました。不思議なしょっぱさに満ちていて、すごく美味しかったです」
「『黄金のメンマ亭』ですか。あそこのラメンは完成度が高く、美味しいですね。……他には?」
最後の一人が声を上げる。
「私も3年前、同じ町で食べました。ただ、『黄金のメンマ亭』ではなくて、『素晴らしきナルト亭』という店でしたが……宿の主人が、ラメンを食べるならそこがおすすめだと言うので。値段は高かったですが、なかなか美味しかったと思います」
女王様は、辺りを見回しながら話をされる。
「わかりました、ありがとう。やはり里に、ラメンを知ってる者はほとんどいませんね。今日のラメンは、わたくしの大切な友人が聖誕祭を祝うため、特別に作ってくれた『ゴトーチラメン』で……」
それを聞きながら私は、卵をフライパンの片側に寄せて柄をトントンと拳で叩き、オムレツの形にまとめに入った。
絶対に失敗はせぬぞ。
私の失敗で、レンのラメンをまずくするのだけは我慢ならない。
昨日、何度も何度も失敗し、いい加減に崩れたオムレツで腹がいっぱいになりかけた頃、レンに「あのよ、リンスィールさん。フライパンに濡れ布巾を入れてひっくり返せば、卵を使わないで練習できるぜ」と裏ワザを教えてもらったのだ。
それから、何百回も練習した。その甲斐あって、もはや完璧に手が動きを覚えている!
ワリバシは用意できなかったが、ヤタイには大量のドンブリが備えてあった。
20年前にタイショからドンブリを贈られた女王様が、それを見本に里の者に作らせて、前回の聖誕祭のため用意していたドンブリである。
時を経て、このドンブリに息子であるレンと、親友である私が共同でラメンを完成させるというのは、非常に感慨深い……。
レンが、ひとつを手に取り熱々のスープを注いで、茹でたメンを湯切りして入れると私に差し出す。
「リンスィールさん、トッピング!」
「うむ、できているぞ!」
私はオムレツをラメンの上に滑らせると、チーズを削りツクネを乗せて、プリムラの花びらを散らした。
レンが完成したラメンを、女王様の前に置く。
「はいよ、ラーメンお待ちぃ!」
ラメンを見た女王様は、手を叩いて喜ばれる。
「すごいっ! 真っ赤なラメンですね!? オムレツの黄色との対比が素敵だわぁ……この香りはトマトでしょうか?」
「ああ、そうだ。アグラリエル、赤いのに激辛じゃなくって物足りないか?」
女王様が、恨めし気な目でレンを睨む。
「んもう、レンったら! 意地悪を言わないでください!」
それから女王は、皆の方を見て大きな声を出す。
「今から、わたくしがラメンを食べます! みんな、『ラメンの正しい食べ方』をしっかり見ておくのですよ?」
そう言うと女王様は、フォークを手に取りラメンをズルズルと食べ始めた。
広場からどよめきが上がる。
「う、おおっ!? す、啜っていらっしゃる……?」
「し、信じられん! ズロズロと音を立てて、女王様が啜り食べておられるぞっ!」
「なんと下品な……! あのような食べ方をして、咽ないのだろうか?」
「確かに、はしたないわねえ。でも、なんだか……?」
「あ、ああ。女王様が心を奪われておられる……実に美味しそうだ」
その言葉通りに、アグラリエル様は一心不乱にラメンを食べておられた。
前のめりに背中を丸めてメンを啜り、脇目も振らずにフンフンと鼻息を荒くして、ドンブリを持ち上げてスープをズズーッと飲み、額に汗を浮かべてハァーッと切ない息を吐き、目を細めてオムレツやツクネを味わい、また音を立ててメンを啜る……女王は、夢中になってラメンを食べ続ける。
……そうだッ!
あの食べ方が、一番ラメンを美味しく食べる方法なのだ!
フォークで巻き取って口に入れたり、スプーンでちまちまとスープを飲んでいては、ラメンの美味さは味わえない。
ガバッとメンを掬い上げて、人目なんか気にせずに、熱々を思いっきり啜りこむ。
それができて、初めてラメンを完璧に味わえるのである!
女王様は、行儀よく食べる事だってできたはずだ……隠れて食べることも。
だけど、あえてそうしなかった。
それは里のみんなに、『ラメンを最大限に美味しく食べる方法』を知ってもらいたいからだ。
エルフたちは敬愛する女王様のみっともない姿を、口をあんぐり開けて見つめている。
やがてメンを食べ尽くしたアグラリエル様は、スープをゴクゴクと飲み干すとドンブリを置く。
汗を浮かべた赤く火照った顔で、恍惚にとろんと蕩けた目で、本当に幸せそうな震えた声で、大きく息を吐いて言う。
「ふっはぁああああーーー~~~ぁああっ……あぁ! お、美味しかったぁ……ラメンって、ほんと最っ高ッ!」
……ゴクリ。
誰かが、生唾を飲み込んだ音が聞こえた。
いや、それはきっと広場の全員が、同時に飲み込んだ音だったのかもしれない。
ララノア殿が、ハンカチを差し出す。
「女王様。トマトのシミが胸に辺りに飛び散っています」
「あら、いけない! 一度、城に戻って着替えましょうか」
女王様はドレスのシミをハンカチで叩いて、顔の汗を拭いてから、にっこりとレンに笑いかけた。
「ありがとう、レン。こんなに美味しいラメンを作ってくれて! ごちそうさまでした!」
それからレンの手を握って言う。
「その手でメンを生み出す姿、とっても魅力的でした。ラメン作り、頑張ってくださいね。……ジータリオ・エスタトル・ヘイリスオ・ミグラワルド!」
レンの身体が淡いオレンジ色に光って、すぐに消えた。
アグラリエル様は、ララノア殿と広場を去って行く。
レンが、その後ろ姿を見送りながら呟いた。
「……あの光は、なんだったんだ? 妙に身体が軽い気がする」
「女王様の祝福だ。よかったな、レン! 今日の君は、疲れ知らずだぞ!」
と、タタタタタ……小さな人影がヤタイに走ってきて、椅子に座る。
それは、幼いエルフの女の子だった。
「あたしにも、女王様と同じお料理ちょうだい!」
ニコニコと笑う彼女の後ろから、母親らしきエルフが慌てて走り寄る。
「こら、エリザ! あなた、トマトなんて嫌いでしょう? いっつも残してるじゃないの!」
エリザと呼ばれたエルフの少女は、頬を膨らませて反論する。
「トマト、食べられるもん! だって女王様、あんなに美味しそうに食べてたよ!? このお料理は、里の聖誕祭を祝う特別なヤツなんでしょ? あたしだって、聖誕祭をお祝いしたい! 食べてダメなことなんてないはずよ!」
その言葉に、また小さな人影がいくつも飛び出して、次々と会場の椅子に座る。
「そうだ! もう我慢できないよ、エリザの言う通りだ!」
「僕も食べたーい! 筋肉ムキムキの目隠しお兄ちゃん、手でビヨーンって伸ばす奴、やってぇ!」
「ラメン、ラメン! ズルズルーって、啜って食べたーい!」
キラキラした目で声を上げる彼らを見て、私は気づく。
「おお……よく見たら君たちは、市場でレンにちょっかい掛けてた子たちじゃないか!?」
子供たちの親や兄弟も出てきて、彼らの隣に並んで座った。
それが呼び水となり、人垣がドッと崩れてワラワラとヤタイに集まりだす。
レンが、メン生地を手に叫んだ。
「さあ! 気合い入れんぜ、リンスィールさん! こっから忙しくなるぞぉ!」
ララノア「アグラリエル様。ドレスに汁を飛ばしすぎです。子供じゃないんですから」
アグラリエル「ふっ。ラメンは素早く、飾らずに食べるもの。みなに手本を示すため、あえて乱暴に食した結果ですよ」
ララノア「でも途中からは手本とか関係なく、ただラメンに夢中になってましたよね?」
アグラリエル「別に……そんな事ありませんけど?(唇を尖らし左上見て」
ララノアは護衛かつ里のサブリーダー的存在なので、食中毒で一緒に倒れないようにアグラリエルと同時に同じ物をあまり食べないようにしています。




