一杯の『ラメン』
私が大声を上げると、白装束の男は驚いた顔になる。それから、笑いながら傍らのカゴから卵を掴みだした。
「アンガトヨオキャクサン、サービスダ!」
言葉の意味は解らぬが、私の賞賛を喜んでくれたのだろう。
私は卵を受け取る。
ふむ? どうやらこれは、ゆで卵か……まあ、こんなものはどこでも食べられるが、くれるというなら喜んで食べよう。彼の好意を無下にするわけにもいくまい。
私は手早く殻をむいて、かぶりつく。
……う、うまーーーーいっ!
なんだ、このゆで卵!? 黄身が固まる直前の、ちょうどいい半熟加減を絶妙に見極めている! 白身はプリプリしてて雑味がなく、オレンジ色の卵黄はねっとりコクがあって濃い味だ!
そしてまた、この卵……うっすらと塩味がついているのだが、ラメンの味にめっちゃくちゃよく合うじゃないか!
白身の淡白さがラメンの後味をさっぱりさせて、黄身の濃厚さが小麦の香りを増幅させる!
卵がラメンを、ラメンが卵を引き立てる!
両者の味が複雑に絡み合い、その魅力を最大限に発揮する!
私は無我夢中で、ゆで卵と残ったラメンを口へと運んだ。
ふと気づくと、深皿の中はスープ一滴すら残らず、綺麗に空になっていた。
ああ……私は今、満ち足りている。
これ以上はもう、なにもいらぬ……。
食通を気取り始めてから、珍しい物、美味い物を血眼になって求め続けてきた。美味いものならいくらでも食えるし、どんなに満腹でも珍味なら口に入れずにはおれなかった。だけど私は、本当の『食の喜び』を、今この時まで見失っていたような気さえする……。
最後にこんな気持ちになったのは、もう二百年以上は前であろう。
たった一杯の料理を食って、ここまでの満足感に浸れるとは……恐るべし、『ラメン』!
呆然と空の深皿を見つめる私の隣で、隣の常連男も食べ終わったらしく、立ち上がる。それから懐からラディアス銀貨を取り出して、車のカウンターへと置いた。
「ゴッソサン!」
常連男がそう言うと、店主は硬貨を受け取り、
「アリアトヤッシター」
と叫ぶ。
ふむ……? 噂では、無償で料理を提供してるという話だったが……まあ、ここまで感動的で美味い物を食べさせてもらって、何も払わぬわけにいかぬからな!
ラディアス銀貨一枚なら、レストランでフルコースの食事ができるが、今夜の感動を思えばあまりにも安いものである!
私も懐から銀貨を取り出し、カウンターへと置いた。
「ゴ……ゴソサン!」
私が先ほどの男を真似てそう言うと、白装束の男は、白い歯をニッと見せて「アリアトヤッシター、マタドウゾー!」と叫んだ。
私たちが食べ終わったのを見て、路地にわらわらと人が現れる。
食事の作法がわかったので、自分たちもラメンにありつこうというのだろう。
店は、あっという間に人だかりに包まれた。
それを立ち尽くして見ていると、背中がポンと叩かれる。
振り返ると、先ほどの常連男……ドワーフだった。
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