かたなしの『ラメン』
ついに、聖誕祭当日である!
アグラリエル様による開会の挨拶で始まったお祭りは、午前の出し物を滞りなく消化する。
そして、正午になった。
里の大広場には、所せましとエルフたちが集まっている。
女王様が、『聖誕祭のための特別な料理が、広場でみんなに振る舞われる』と周知していたからだ。
広場の中央には、アグラリエル様の曾祖父であり、この里を作った聖エルフ、エルサリオン様の石像が建つ。
その前にはいくつかの椅子とテーブルに、女王が部下に命じて作らせた『ヤタイ』が設置されていた。
急造の白木作りで車輪もなく、形だけを真似た物だが、よくできていると思う……すでに竈にはグラグラとお湯が沸き、スープもいい具合に温まっている。
そして私の手元には、大量のオムレツ用の卵液とフライパンが3つ。
今日の私は、レンのラメン作りの補助役なのである!
レンがヤタイに、『ラーメン太陽』と染め抜かれた赤い布を掛けた。
すると背後で、ザワザワと声がし始める。
「女王様が言うには、広場で特別料理が食べられるって話だったけど……」
「なんだよ、あの人間とヘンテコな木製の店は? まさか、聖誕祭の特別な料理をヒューマン族が作るのか!?」
「すごい筋肉だわ。料理人じゃなくって、戦士に見えるわね」
「そういえばあいつ、午前の部で会場の貴賓席に座っていたな」
「どうして、腕組みして顎を上げてるんだろう? なんだか、生意気なポーズだなぁ!」
「頭の白い布は、一体なんのつもりかしら。目を半分覆ってるけど、ちゃんと前が見えているの?」
「隣にいるエルフは誰だ?」
「あれは、リンスィールだよ。食通とか名乗って、世界中の美味い物を食べまくってるらしい」
「なんだそりゃあ!? 食べ物なんて、保存がきいて簡単に作れてすぐ食べられるのが一番だろ」
「だよなぁ、まったくだぜ! せっかく来たけど、よそ者が作るんじゃもういいや。別の所に行こう!」
くっ……あいつら、勝手なことばかり言いおって!
野次馬の声に我慢できずに、私は叫んだ。
「コラァー、貴様らっ! 私はともかく、レンに対して『腕組み顎上げが生意気なポーズ』だの『ちゃんと前が見えてるのか』だの、失礼なことを言うんじゃなーい!」
両手を振り上げて私が怒ると、レンが肩にポンと手を置く。
「いいよ、リンスィールさん。言わせておけばいい」
「し、しかしだな、レン……っ!」
「大丈夫だって。こういう時は、声を上げたら逆効果なんだよ。とにかく一人目のお客さんが来るまで、気楽に待とうぜ!」
だが、しばらく経ってもエルフたちは遠巻きに見ているだけで、誰一人として近寄ってこない。
指をさしてヒソヒソと話したり、訝し気な表情を浮かべたり、文句を言ったりしているだけだ。
私はスープの入った大鍋を見つめ、悔しさで歯を食いしばった。
「う……くそう! バカだ……こいつら、バカの集まりだ! このラメンは女王様の想いと、レンの努力によって作られた物なんだぞ……っ!」
女王様がエルフの行く末を憂いて、頭を下げて異世界人であるレンを呼んだ。
そのレンが女王様の願いを叶えようと、里を歩いて食材を探し回り、懸命に考え抜いてようやくゴトーチラメンを完成させた。
レンのラメンは、素晴らしい。食べれば、絶対にわかるはずだ!
あと、ほんの数歩を踏み出せば……ヤタイの椅子に座りさえすれば……っ!
最高の美食が味わえるというのに……なんと、愚かな連中だろう!?
と、その時だ。
広場の後ろから人垣が、どよめきと共に割れていく。
レンがニヤリと笑った。
「……来たか」
人々の間から、二人の人影がヤタイに走り寄る。
その姿を見て、思わず叫んだ。
「アグラリエル様、ララノア殿!?」
女王は、小さく息を切らしながら声を上げる。
「ああ、よかった! どうやら、わたくしが一番乗りのようですねっ!」
ララノア殿が、心配そうに言う。
「女王様。そのように急がれては、転んで怪我をしてしまいます」
「だってララノア、あなたはいいですよ! 昨日、試作品を食べたのでしょう?」
「はい、食べました。レンのラメンは、とっても美味しかったです。いやー、美味しかった、ほんと美味しかったなー。手料理もカクテルも最高でした!」
女王にレンのラメンの自慢話を散々聞かされたララノア殿は、一昨日の晩の仕返しとばかりに、そう得意気に言ってのけた。
女王様はプクーっと頬を膨らませてララノア殿を睨んでから、レンへとにこやかに笑いかける。
「レン……ラメンをひとつ、お願いします」
「お? ヤサイマシマシニンニクアブラじゃなくていいのかい?」
その言葉に、女王は苦笑する。
「そうしたいのは、山々なんですけどね。今日は、里のみんなの目もあります。欲張りだと思われたくありませんし、自重いたしますわ」
「よっしゃ、ラーメンいっちょう! アグラリエル、椅子に座って待っててくれ!」
腰かける女王様を横目に、私はレンに尋ねる。
「ところで、レン。メンはどうするのかね?」
「ああ、大丈夫。今、作るよ」
我々のいるヤタイの横には、木製の台が置いてある。
幅2メートル、奥行き1メートルほどの大きな天板の上には、クリーム色のメン生地が置いてあった。
人の頭より二回りは大きなそれは、レンが今日の朝に仕込んだものだ。
しかし、肝心の『型』がない。
型がなければ、メンは作れない。
メン作りは、小麦粉に卵と灰の上澄み液に若干の塩を混ぜ合わせ、よく練って生地を作ることから始まる。
半日ほど寝かせたのちに生地を金属製の筒に入れて、しっかりと圧を掛けてから、蓋を穴の開いた物に取り換えてメンを押し出すのだ。
ここで力が足りないと、フニャフニャでコシのないメンになる……ニュルニュルと出てくるメンを適切な長さにカットすれば、完成だ。
どうするのかと思っていたら、レンは無言でスタスタと台へと歩いていき、生地を手に取った。
ガヤガヤとうるい騒めきは、まだ収まらない……私がそちらに気を取られた、次の瞬間。
ズッダァーーーーーン!
突然、重い物でも落下したような、大きな音が広場に轟いた。
驚いて音のした方向を見ると、レンの両手の間でメン生地が、太い蛇のように伸びている。
広場のエルフたちは目を丸くして、シーンと静まり返る……。
レンは生地を鞭のようにしならせ、台へと叩きつけた。
ヒュン、スパアーーン! ドパァーーーーン! ダァーーーーン!
何度も何度も、叩きつける。
大きな音が鳴り響き、生地はどんどん長く伸びていく!
それはまるで、巨大な白蛇がのたうち躍るようだった!
レンは長く伸びた生地を二つに折り、クルクルと捻じる。
2匹の蛇が絡み合い、互いに身を寄せる。
そして両者は力強く打ち付けられて、境界がなくなりひとつになる。
また延ばされ、折られて捩られ……創造と破壊、激突と合体が、レンの手により交互に行われていく。
アグラリエル様も、広場にいるエルフも、みな驚愕と共に固唾を飲んで見守っていた。
私もまた同様に、彼の手元から目が離せない……。
スッパァアーーーーーンッ!
レンは、ひときわ大きく生地をしならせると、生地を台に寝かせて太い筒状にまとめ、灰の上澄み液をハケで塗って粉を振り、いくつかにちぎった。
そのうちひとつを両手で広げるように持つと、今度は台に叩きつけずに空中で生地を振り回す。
ヒュ……ヒュッ、ヒュオン……! ヒュォオンッ!
風を切り、上下に大きく、頭から足元まで生地が伸びる!
あと一歩で地面につくというところで、レンは生地を折り返す。
先ほど振った粉の効果だろう、今度は生地が互いにくっつくこともなく、独立したままだ。
そしてまた粉を振り、大きく振って折り返す。
1本が2本に、2本が4本に、4本が8本に、8本が16本、32本、64本、128本、256本……折り返すたびに細く、倍々に数が増えていく!
もう生地は、立派なメンになっている。
す、すごい……あっという間の出来事だったな。
ふと私は、最初の大きな音の時、後ろに控えたララノア殿がまったく動かなかったことに気づいた。
……妙だな。護衛役の伯母上ならば、とりあえず剣に手を伸ばしそうなものだが……?
あっ、そうか! 昨日、ララノア殿が言っていたのはこの事だったのか!
ララノア殿は一度、レンの『メン作り』を目にしていたに違いない。
レンは長く伸びたメンを、台の上でシュルシュルと波打つように踊らせて流れを整えると、包丁で端をカットした。
できあがったメンは一本一本が長く、2メートル近くあるだろう。
なるほど、このように作られたメンだから、啜り切れないほど長かったわけか。
レンが親指を立てて白い歯を見せ、私に笑いかける。
「麺の茹で上げまで、ジャスト1分! リンスィールさん、オムレツ頼むぜ!」
最初にバンバン打ち付けるのは、固まった生地を柔らかくするため。
中国では、蓬蓬草という草を燃やした蓬灰という灰から天然かん水作り、それで拉麺を作ってるんだって……一清(澄んだスープ)二白(大根)三紅(ラー油)四緑(香菜)五黄(麺)っていうらしい。
一富士二鷹三茄子みたいね。
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嬉しいなー。




