完成、エルフの里のゴトーチ『ラメン』
レンはカキアゲを、サクサクと食べながら言う。
「かき揚げは、立派なラーメンのトッピングだぜ。ラーメンも出してる『立ちそば系』の店ではよく見かけるし、大手の中華チェーンがメニューに採用したこともある。一部地域じゃ『天ぷらラーメン』なんて名で普通に食べられてて、ご当地ラーメンのひとつとも言えるな」
「しかし揚げ物をラメンに入れたら、油でギトギトにならないだろうか?」
尋ねる私に、レンはこともなげに言う。
「さっぱり系のスープなら、むしろ相性バッチリだよ。最初はカリっと、あとはフニャフニャ。最後はスープに衣が溶けだし、飲むと喉をモロモロと通っていく……カツオとコンブで出汁を取ったつゆに中華麺を入れた『素ラーメン』なんてのもあるんだが、これは揚げ玉をたっぷり浮かせてコショウを効かせて食べるんだ」
ほほう、なかなか美味そうだな。
私は、鶏皮のマヨネーズ和えや、ママレードソースのチキンソテーを指さして言う。
「だが、こっちの料理はトッピングには見えないぞ。ソースたっぷりで主張が強く、ラメンに入れたらスープが濁ってしまうだろう?」
「ラーメン屋だからって、ラーメンしかメニューに入れないわけじゃねえ。魅力のあるサイドメニューはお客の満足度を大きく高められるし、ラーメンの味を引き立てることだってできる……餃子やチャーハンとのセットなんてのは、昔ながらのド定番。チャーシューの端っこを集めてチャーシュー丼にしたり、ラーメン作りで余った食材も有効活用できるしな」
レンは、ジョッキのカクテルを飲みながら言う。
「飲み物も同じだ。アルコールってのは、ラーメンと相性がいい。ビールとラーメンは鉄板の組み合わせだし、ワインや紹興酒、日本酒を合わせるのも面白い! 無料の飲み物も氷水だけじゃなく、ジャスミン茶やウーロン茶、プーアル茶やレモン水を置いてる店もある。ラーメンによっては、コーラやスポーツドリンク、牛乳なんかも合うんだぜ!」
「そう言えば、『ゲキカラケイラメン』の時も『ラッシー』とかいう飲むヨーグルトがぴったりだった……」
「俺はラーメンのためなら何でも勉強するし、取り入れる。ラーメンってのは、『とんでもない組み合わせでもやってみたら意外と美味い』ってのがよくある世界だからな」
その言葉に、私は笑ってしまった。
「レン。君は、貪欲な男だなぁ!」
「あっはっは、そうだよ! 俺はラーメン作りに関しては、とことん貪欲だ!」
それから私は、料理をパクついてる伯母上に言う。
「ララノア殿、ご満足いただけたでしょうか? レンを解放していただけますね?」
ララノア殿は、泥酔しつつもいつになく上機嫌な顔をしてる。
彼女は膝の上にデューイを仰向けに乗せ、その腹をうりうりと撫でながら大きく頷いた。
「ああ、もちろんだとも! レン、強引に作らせて悪かったね!」
その言葉に、レンは親指を立ててニカっと白い歯を見せる。
「ま、俺も眠くなるまでは酒に付き合わせてもらうよ。一緒に楽しく宴会しようぜ!」
美味い料理に美味い酒。
そして、大切な友人と家族の伯母上。
これで盛り上がらぬはずがない!
結局、我々の酒盛りは明け方近くまで続いてしまったのだった……。
さて、次の日の朝である。
素晴らしく美味しそうな、胃を刺激する香りの中で私は目覚めた。
他のベッドには、伯母上もレンもいない……どうやら、起きたのは私が最後のようだ。
目を擦りながら台所に行くと、竈の前にレンが立っている。
どうやらスープを作っているらしく、鍋には湯気が立ち、グツグツと音が聞こえてくる。
「レン。もう、ラメン作りを始めているのか?」
レンはこちらを見ると、にこやかに笑う。
「おはよう、リンスィールさん! 鶏ガラスープだけだがな。起きて早速で悪いんだけど、食材集めを頼まれてくれるか?」
「もしかして、昨夜のドライフルーツに入っていたアレかね?」
「そうだ。あと、生の奴も欲しい。他にはだな……」
私は、レンの所望する品を全てメモに書くと、意気揚々と外に飛び出す。
すぐさま里の知り合いや女王様の部下の所へ向かい、必要な食材集めに奔走した。
数時間かけて、明日の分も含めて大量に集まった食材のうち、試作品用に一部を袋に詰めて帰宅する。
……するとララノア殿が、家の前で乙女チックに花など摘んでいた。
「おや、伯母上。どうされましたか?」
「ああ、リンスィール。いやね、レンに昨夜の事をちゃんと謝りに来たんだが……あいつ、凄いな」
その言葉に、私は胸を張る。
「そうです、彼は凄いのですよ! ララノア殿も、昨晩の料理でレンの凄さがよくわかったでしょう?」
「あ、いや。それだけじゃないんだが……?」
ララノア殿は、なにかを言いかけてやめる。
「ま、明日になれば、わかることか……レンの準備は、ほぼ終わっているらしい。あとはお前の持ってきた材料があれば、試作品を作れるってさ」
「いよいよですな? ワクワクしてきました!」
花を持ったララノア殿と一緒に家に入ると、レンが片手を上げる。
「よう、リンスィールさん。頼んどいた品、手に入ったみたいだな」
「うむ。この通りだよ」
私は袋から『ドライトマト』を出して、掲げて見せる。
そう……レンの見つけた食材とは、『トマト』なのである。
レンはドライトマトを細かく刻み、鍋に入れると油で炒めた。
他にも、タマネギ、セロリ、ナス、ニンニク、生のトマトなどを刻み……コトコトと煮る。
レンが別の鍋にお湯を沸かし、メンを茹で上げドンブリにスープを注ぎ、具材を乗せて……。
ついに、ラメンが完成した!
「できたぜ、極上のラーメンがよぉ!」
ラメンを見て、私と叔母上は息を飲む。
「う、おおおっ! こ、これがエルフの里の『ゴトーチラメン』……なんと可憐な!」
「すごいな、リンスィール!? まるで、芸術作品のような美しさじゃないか!」
色も鮮やかな真っ赤なスープに、黄金色のオムレツが乗っている。
その隣にはミートボールが3個。
さらには色とりどりの花びらと、削ったチーズが散らされている。
……というかこれ、さっき伯母上が摘んでた花だな。
なんとも似合わぬ事をやっていると思ったが、ラメンの食材集めだったのか!
レンが、いつもの腕組み顎上げポーズで説明を始める。
「ベースは鶏ガラを強火で炊いた鶏白湯。そこにミネストローネ風のトマトスープを合わせ、メインの具材はオムレツだぜ。イノシシは滅多に獲れないって話だから、チャーシューの代わりに鶏のつくねを入れて、羊のチーズと薬味代わりのエディブルフラワー……食べられる花、プリムラを散らしたんだ。さあ、食ってくれっ!」
その一言で、私と伯母上は待ってる間に作った自作のワリバシをパチンと割り、ラメンを食べ始めた。
……おお。このラメン、見た目の期待を裏切らない美味さだぞ!
メンは細くてストレート。プルプルと艶めかしくて、官能的な口当たりである。
ムチっと歯が沈んで、引っ張るとぐいぐい延びるような、弾力のある不思議な食感だ……そして、一本一本が驚くほど長い!
私はいつも、ラメンを食う時は一気に啜るようにしてるのだが、このメンは長すぎて、途中で噛み切る必要があった。
とろみのあるスープには、トマトの香りと酸味が華やかに立ち上がり、口いっぱいにタマネギやニンジン、セロリやナスの野菜のエキスが広がって、さらにはバジルやオレガノのハーブ類が匂い立ち、大地の恵みを存分に感じさせてくれる……柔らかく煮溶けた素材が時々、ツルンと唇を撫でて口に入り、それがまた楽しい。
鮮烈な野菜の後にはドッシリとした力強い鶏の旨味が、ニンニクの香りと共にドッと押し寄せ、飲み込んだ後にじわっと唾液が出るような、そんな豊かなコクに満ちている。
ううむ、これはトマトを主役に据えつつも、重厚な鶏の旨味も楽しめる素晴らしいスープだ!
上に散らされた花びらは、見た目の愛らしさもさることながら、柔らかな歯触りでほろ苦くラメンの味を引き立てる。花びらがこんなに美味いとは、新発見であるな。
熱でとろけたチーズは糸を引き、ねっとりメンにまとわりつく。甘やかで優しい味が、トマトと絶妙のハーモニーを奏でだす!
黄金色のオムレツはふわふわで、割ると半熟卵がとろとろと流れ出る……中にはトリュフ、ポルチーニ、アミガサダケと、刻んだキノコがたっぷりだ。
森の香りがスープと混じり合い、溶けたチーズのミルキーさ、卵の濃厚なまろやかさ、トマトの爽やかな酸味がモチモチのメンに絡んで、あふれんばかりの旨味が何倍にも膨らんでいく!
鶏のミートボール『ツクネ』は、ふんわりしたミンチ肉の中に、コリコリした歯ごたえが感じられる……全体的に柔らかな食材ばかりだから、この食感は嬉しいぞ。
ふむ、これは、ハツに砂肝か……? レバーの風味も感じるな!
ベースの『トリパイタン』は、どうやら『トンコツ・スープの鶏ガラ版』らしいが、具材が鶏肉と卵なので相性が良く、どちらもまったく喧嘩せずに見事に調和しきっていた。
ああ。このラメンにはトマトと鶏の美味さが、みっしり詰まっているのだな……。
トマトというのは、素晴らしい食材であるとしみじみ感じる。
もちろん私だって、トマトのポテンシャルは、十分に知ってるつもりであった。
西のドランケル帝国の名物料理は、牛のスジ肉を数種類の香味野菜やトマトと煮込んだトロトロのシチューで、初めて食べた時は大いに感動したものだ。
だが、レンのラメンはあのシチュー以上に、トマトの美味さを完璧に引き出している。
あああ、トマトが……トマトが美味いっ!
フレッシュな酸味が、じんわりした旨味が……ただ、ひたすらトマトが美味いのだ!
太陽の光を一身に受け、大地から養分を吸って成長し、それが結実した赤いトマトの味だった。
これぞ、この地を加護するユグドラシルの恵みの味である。
手が止まらぬ、私は夢中になっている。
イケる……イケるぞっ!
この地に住まうエルフであれば、このラメンに文句など言うわけない。
このトマトの美味さ、みんなにも伝わるはず!
明日の聖誕祭、大成功は間違いなしだーッ!
次回は、エルフの里の生誕祭の始まりだ!
リンスィールは「大成功間違いなし」とか言ってるけど、作者はまだなんにも考えてないぞ……一体どうなる?
つーか、ドランケル帝国って唐突に名前出てきたけどなんなんだ。
その場のノリで変な地名を増やさないでほしい。
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