食の墓場の『ラメン』とは?
朝食を終えて里を一通り案内してから、レンを連れて市場へとやってきた。
里の人口は80人余りだが、明後日の聖誕祭に向けて里帰りしているものも多く、今日は市場だけで100人以上いるだろう。
昼食に露店で買った料理は、蒸し野菜をパンに挟んだサンドイッチと、羊肉の串焼きである。
サンドイッチにはソースが塗っておらず、串焼きも臭みがあって塩気が足りない……どちらも冷めてパサパサしてて、うんざりするような味付けだった。
私が商店で買い求めたニンジンを、レンが生でボリボリと齧ってから言う。
「うまいっ! 新鮮で世話が行き届いてる……わっかんねえなぁ。素材は良い物がそろってるのに、どうして、ここの食事はあんなに不味いんだ?」
私は、自分の過去を思い返しながら答える。
「私も幼い頃は、畑の野菜を捥いで食べ、『美味い』と感動していたと思う。しかし、エルフの里では日常の食事がアレだからな。ウマいマズいという感覚が、徐々にマヒしてくるのだよ」
「ふうん。そもそも料理の味が薄いのは、なぜなんだ?」
「そうだな……レン。市場を見回してごらん。エルフ以外の種族が、ほとんどいないだろう?」
そう。ホビットや獣人、竜人の姿も何人か見えるが、通りを行き交うのはほぼエルフである。
その中でも、異世界人であるレンの姿は特に目立つらしく、さっきから子供のエルフにまとわりつかれたり、ちょっかいを掛けられたりしている。
私は彼らを、優しく追い払いながら言う。
「十六年に一度の聖誕祭という大イベントにも関わらず、他種族がほとんどいない。エルフの里は、『美しき食の墓場』……いくら景色が良くても、マズい食事ばかりで価値ある特産品もない町に、旅人は訪れないのだよ」
私は、道に品物を広げるエルフの行商人たちを指差して言う。
「だから行商人も、この里は避ける。いたとしても、里帰りついでのエルフばかり。よってスパイス類は貴重だし、みんなケチって使う習慣がついている」
レンは呆れたように言った。
「で、料理の味はますます薄く、不味くなり、旅人は余計に寄り付かなくなるってわけかよ……完全に悪循環じゃねえかっ!」
「加えて、里の大半は戦争経験者だ。物資が満足に手に入らない時代を過ごしたこともあって、食事とは金をかけたり手間をかけて楽しむものではなく、『栄養を補給する行為』と考える者が多いのだろう」
レンがこちらをチラチラと覗く、エルフの子供たちを見てため息混じりに言う。
「そういう大人に育てられた子供は、味に無頓着で雑な料理を作るようになっちまうぞ。どっかでその連鎖、断ち切らねえとよ……!」
「ああ。悲しいことに私も昔は、それを不思議に思ってなかったからな」
レンは商店のひとつに歩み寄り、ザルに入ったキノコを手に取った。
「シメジとマッシュルームに、こっちはトリュフ……やっぱ、シイタケはなしか。なあ、黄金のメンマ亭にあった、オゴリタケとかいうのはないのか?」
「あれは、もっと南の森で取れるものだ。エルフの森には自生してない」
「そっか、残念だな。あれなら、いい味が出たはずなんだが……」
私は、通りの反対側を指さす。
「あそこは肉屋。売っているのは、里で育てた羊と鶏だよ」
「食材に鶏があるのか、そりゃいい!」
「うむ。もっとも肉にされるのは、卵を産まなくなった老鶏ばかりだ」
「スープにするには、年寄りのが都合いいぜ。肉は硬いが、旨味はたっぷり取れる!」
私はさらに、市場の一角を指さした。
そこには巨大なイノシシが、部位ごとに切り分けられて陳列されてる。
「森で狩ったイノシシや鹿も、たまに食卓に上がるぞ。猪肉ならば豚と似てるし、美味いチャーシュができるんじゃないか? 骨からトンコツ・スープも作れるだろう」
「ああ。イノシシなら確かに、豚の代用品になりそうだ。けどなぁ……」
レンは腕を組んで、黙り込む。
私は、市場の西側を指さした。
「あちらには果物が売っている。見て行くかね?」
「果物か……まあ、そうだな。一応、目を通すか」
レンと一緒に、店先を適当に流し見する。
「この地にはユグドラシルの加護があって、果物がたわわに実る。ザクロにイチジク、桃にオレンジ、リンゴ、木苺、チェリー、ブドウ……オレンジの皮は、ユズと似た使い方ができるんじゃないか?」
「オレンジねえ。うーん……ピンと来ねえなぁ」
先ほどからレンは、浮かない顔で考え込んでいる。
私は、レンに問いかけた。
「なあ、レン。君は何を悩んでいるのだ? 私にも教えてくれないか?」
レンは顔を上げて、指を3本立てる。
「ん? ああ……主な旨味には、グルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸がある。ラーメンのスープってのは、その三種類をバランス良く合わせることで、複雑なコクを作り出すんだ」
「ほう! そのうち、どれが足りないのだ?」
「単にラーメンを作るだけなら、見せてもらった食材でも十分に可能だよ。……だけどラーメンの主役であるグルタミン酸が、ちと弱い」
「グルタミン酸……確かカチョーやミソ、コンブに多く含まれてる成分だったな?」
レンが頷く。
「そうだ。鶏ガラや野菜からもグルタミン酸は出るんだが、ちょっと少なすぎる。今のままじゃ、旨味の薄い中途半端なタンメンくらいしかできねえぜ」
「……『タンメン』? なんだね、それは」
「鶏ガラで出汁を取った塩味のスープに、たっぷりのザク切り野菜と豚の細切れ肉を炒めて具にしたラーメンだよ」
私の喉が、ゴクリと鳴る。
「め、めっちゃくちゃ美味そうじゃないか……っ! それではダメなのかね!?」
レンは首を振る。
「いいや、ダメってこたねえ。タンメンは、素晴らしいポテンシャルを秘めたラーメンだ。里の料理に近い味付けだし、エルフのみんなも美味いと思うだろう……でもなぁ」
レンは、頭をガリガリと掻きながら言った。
「うーん……? 多分、アグラリエルが求めてるのは、そういうことじゃねえんだよなぁ。もっと革新的で、みんなが夢中になっちまう……そういう、『インパクトのあるラーメン』が必要なんだ!」
私は、辺りの店を見渡して言う。
「しかし、市場の食べ物は全部見せたぞ! 聖誕祭は明後日だ……ラメンを試作する時間も必要だし、あまり悩んでる暇はない。里の食材にこだわる限り、完璧を求めるのは無理があるのではないか?」
レンは私の言葉に、渋々ながらも同意する。
「……リンスィールさんの言う通りだぜ。とりあえず、スープは鶏ガラで行くか。それと麺作りに小麦粉、卵が必要だ。あとはキノコをいくつかと、めぼしい野菜類を買っといてくれ」
「それだけで、いいのかね?」
レンは、眉間にしわを寄せて頷いた。
「ああ。……正直、まだラーメンの完成形が見えてこないんだ。今夜の晩餐会で何か収穫があるかもしれないし、試作品作りは明日にしよう」
晩餐会の料理は、それなりにまともな味だった。
相変わらず薄めの味付けだったし、美味いと感動するほどじゃないが、品数といい見た目といい、一定の水準は超えてたと思う。
別種族の貴賓をもてなす席でもあるわけだし、当然といえば当然か。
で、私の家へと帰ってきたわけだが……レンはまだ、浮かない顔のままだった。
椅子に座って考え込む彼に、気遣うようにそっと声を掛ける。
「レン……残念ながら、あまり収穫はなかったようだね?」
「まあな。鹿肉のローストは中々美味かった。リンゴを発酵させた酒もよかったよ。ハチミツのレモンゼリーも甘くてさっぱりしてた。だけど、どれもラーメンのメイン食材を張れるほどじゃねえ」
「では、やはりタンメンか?」
レンは、やむを得ないと言った風に頷く。
「……だな。タンメンで行くしかねえ。……けどこのままじゃ、旨味が足りねえんだよなぁ……!」
頭を抱える彼を見て、私も暗澹たる気持ちになる。
「うーん。どうしたものか……もぐもぐ」
ふとレンが顔を上げて、私の口元を見る。
「……リンスィールさん、なに食ってんだ?」
「ん、これか? ドライフルーツだよ。そこの棚で見つけたんだ。つい、懐かしくてね……レン、君も食べるかい?」
私は机の上に、袋の中身をザラリと広げる。
レンは手を伸ばし、口へと放り込みながら言った。
「へえ……! 素朴な甘みが、いい感じだな。イチジク、リンゴ、オレンジ、ブドウ……これ、市場では売ってなかったよな?」
「うむ。誰でも簡単に作れるし、わざわざ店で買うような物ではないからね。果物を薄く切って、風通しの良い場所に干しておけばいい」
「これは……ラズベリーか。洋ナシ、アンズ、ブルーベリー……色んな果物が入ってる」
「料理というほど複雑じゃなく、特別な味付けも必要ない。里では狩りの携帯食や、子供のオヤツに食べられている」
と、レンの手がピタリと止まる。
「お、おい……リンスィールさん、これって!?」
つまみ上げられたカラカラに乾く『それ』を見て、私は答える。
「ああ、『それ』かね? 他の果物と比べて、あまり甘くないのが特徴だな。独特の匂いがあって酸っぱいし、子供には嫌われている果実だよ」
私も子供の頃は避けてたので、ドライフルーツの袋の中が『それ』ばかりになって、叔母上によく怒られたっけ……って、レン?
思い出に耽っていた私は、レンの真剣な表情に気づく。彼は『それ』を齧ると、嬉しそうにニヤニヤ笑った。
「ふ……ふふふ。そうか……こりゃ、果物かよ!? あーっ、俺としたことが迂闊だったぜ! こんな重要な食材を見落とすなんて、俺もまだまだ修行が足りねえッ!」
「……え。レン!?」
彼は立ち上がると、拳を握りしめて叫んだ。
「やったぜ、リンスィールさん! ……見えたんだよ。極上の……『エルフの里のご当地ラーメン』の姿がよぉ!」
「な、なんだって!? それはめでたいっ! 教えてくれ、レン。一体、どのようなラメンなん――」
と、その時だ。
扉がバーンと開かれると、茶トラのカルマン猫を頭に乗せて酒瓶を片手に、顔を真っ赤にしたララノア殿が飛び込んで来る。
バ、バカな……っ!
伯母上が、ベロンベロンに酔っ払っていらっしゃるだとーーーっ!?
私は、慌ててレンの手を引っ張った。
「レン、逃げるんだ! 君だけでも、早くーっ!」
オヤツのひと時。
カラフルで甘いドライフルーツに混じる、あんまり美味しくない『それ』……。
エルフの子供達にとってはきっと、ドロップの缶のハッカ飴のような扱いなのだ。
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