アイバルバトの背の上で
アイバルバトの背にヤタイを積めるスペースはないし、そもそも重過ぎて無理だろう。
レンはオーリの言葉に、しばらく考えた後で言う。
「……よし。料理道具と暖簾だけ持って行く。オーリさん、寸胴を運ぶの手伝ってくれ!」
「おうよ!」
言うや否や、二人でヤタイの裏に回って、大鍋3つにザルやオタマや包丁などを抱え上げる。レンは最後に、ヤタイに掛かっている赤い布を取り外して頷いた。
「準備完了、それじゃ行こうぜ」
オーリと二人で、ゴトゴトと地面に鍋を置きながら言う。
驚きの荷物の少なさである。
私は慌ててレンに言った。
「い、いや。ちょっと待て、レン……聖誕祭は3日後だぞ! 持ってく物は、それで十分なのか!? エルフの私が言うのもなんだが、里にはろくな食材がない。ショーユもコンブも手に入らんし、ヤクミもナルトもメンマもない。ラメン作りに必要な材料は、一体どうするつもりだね!?」
私の言葉に、女王の顔が悲し気に曇った。
「ごめんなさい、レン……! 本来ならば、何年もかけて必要な材料を用意して、十分な環境でラメン作りしてもらうはずだったのです。しかし、今を逃せば次のチャンスは十六年後。それは人間にとって、長すぎる時間になるでしょう……」
女王の苦悩をよそに、レンは平然としたものだ。
「気にすんなよ、アグラリエル。リンスィールさん、エルフの里に小麦粉はあるか?」
「ある。里の主食はパンだからな」
「じゃあ、大丈夫。そもそもご当地ラーメンってのは、その土地の食材を使って作り上げるもんなんだ。わざわざ他の場所から材料を運んで行ったんじゃ、主義に反する」
エルフの里の貧弱な食糧事情を知ってる私は、不安が拭えずにヤキモキする。
「む、むう? ……そうなのか。し、しかしだなぁ……? そうだ、黄金のメンマ亭に行こう! コンブが大量に手に入ったと言ってたろう。今から訪ねて、分けて貰おうじゃないか!」
レンは不敵に、ニヤリと笑った。
「おいおい、リンスィールさん。『ラーメンとは、可能性の世界である』……あんたが言った言葉だぜ?」
レンは、いつもの腕組み顎上げポーズで宣言する。
「あらゆる物が不足してた戦後の食料難でさえ、人々の腹を満たし、愛され続けてきたのがラーメンだ! どんなに材料が限られてても……いや。場合によっては、小麦すらなくたって。知恵と工夫で、美味いラーメンは作れるのさ!」
そして、威勢よくラッパを吹き鳴らす。
チャラリ~チャラ~♪ チャラリチャララ~♪
レンは『ラーメン太陽』と染め抜かれた真っ赤な布を、両手でバッと広げて見せた。
「なーんも心配いらねえよ。使い慣れた料理道具があって、看板である暖簾があって、俺がラーメンを作る……なら、そこはもう、いつもの『ラーメン太陽』だッ!」
それは見てるだけで胸がスカッとするような、底抜けに明るい笑顔だった。
私の心からモヤモヤした不安が、あっという間に消えていく……ああ、そうか。
大丈夫なのだな。
「わかった、レン。君を信じよう!」
「ははは。大げさだなぁ、リンスィールさんは! それじゃ、荷物を運ぶの手伝ってくれよ」
私はレンとオーリの三人がかりで、鍋や料理道具をアイバルバトに載せた。
レンが、アイバルバトの背の上から言う。
「じゃあ、オーリさん。俺らが帰るまで、屋台を預かっといてもらえるか?」
「おう、任せとけ! 黄金のメンマ亭の倉庫に入れて、カギ掛けて保管しとくぜ」
それからオーリは、私たちを見上げて羨ましそうに言った。
「チッキショウ、エルフの里で作るラメンか……俺っちも食いてえなぁ!」
レンが笑って言う。
「帰ってきたら、そっくり同じものを作って食わせるよ。もちろん、ブラドとマリアにもな」
私とレンは、オーリに別れの挨拶をして手を振った。
女王様が、アイバルバトの首筋の羽を揺する。
「聞こえますか? アイバルバトよ、エルフの里に向けて、飛びなさい!」
クオォォオオーーーン!
鐘を鳴らしたような、高くて澄んだ鳴き声が響く。
同時に、女王様が結界を展開する。
「マギカリエ、ルヴァ、カバリ、ウェルハ、コルドシル、ベネドラアージュ!」
アイバルバトが大きく羽ばたく。
風が渦巻き、あっという間に地面が遠くなるが……結界内は女王様の魔力によって、外界から完全に切り離された空間になっている。
空気の遮断に重力制御、目には見えない有害な波動までをブロックする、超高位の防護結界だ。
我らは加速すらも感じずに、遥かなる天空へと舞い上がったのだった!
……飛翔からわずか数十分。
それは、天体の『丸み』を感じるほどの高さであった。
眼下には真っ白な雲が絨毯のように広がって、周囲の星々が眩いほどの光を振りまく。
ずっと向こうにはオレンジ色の朝日が広がり、その反対側にはオーロラの光が緑と紫の帯となって煌めいている。
本来ならば息が凍り付くほどの寒さのはずだが、アイバルバトの体温も相まって、周囲はポカポカと温かい。
レンは先ほどまで景色を眺めたり、子供みたいにはしゃいでいたが、今は仰向けになって、グーグーといびきをかいている。
白い厚手の布を顔までずらして目隠しに、腕組みして脚を投げ出し、口は半開き……なかなか独特の寝姿だ。
女王様が彼を見て、優しい声で言う。
「うふふ。可愛らしい寝顔ですね、リンスィール」
顔の大半は布に隠れて見えなかったし、別にカワイイとも思わなかったが、角を立てる必要もないので同意しておく。
「ええ。ヤタイで商売するのが深夜のため、レンはいつも朝から昼まで寝ているそうです。ゆっくり寝かせてあげましょう」
「彼は、魅力的な人ですね。豪快で明るくて、どこまでも優しくて、実は繊細なところもあって……レンといると、すごく楽しいです」
「はい。私も、レンが大好きです。彼がラメン作りに燃やす情熱は、誰よりも熱い。『種を救うラメン』……レンならきっと、完成させてくれるでしょう!」
今度は、本気の同意だった。女王様も、目を細めて頷かれる。
と、しばらくしてからアグラリエル様が、あくびをされた。
「ふぁーあ……安心したら、眠くなってきました。わたくしも疲れたので、少し休みます。では、リンスィール。結界の維持をお願いしますね」
その言葉に、私はギョッとする。
「……えっ。あのう、女王様。これ、超高位魔法ですよね? ……私の魔力では、維持するだけでもけっこうギリギリなのですが。休憩は何時間後ですか?」
「休憩? そんなもの、ありませんよ」
「えっ……はぁ!?」
女王様は、平然とした顔で仰られる。
「だって、聖誕祭の準備で忙しい時期に、こっそり抜け出して来たわけですからね。このまま、里まで直行します」
「ええーっ、女王様、また勝手に抜け出したのですか!? 護衛の者がおりませんので、おかしいと思っておりました!」
「まあ、本当に無理そうになったら、わたくしを起こしなさい。でも行きで疲れてるので、限界まで起こさぬように……では、おやすみなさーい」
そう言うと女王様は、レンの隣にコロンと横になる。
「え、えええっ!? ……ちょ、女王様? 女王っ!? アグラリエル様ーっ! さ、里まで二十時間はかかりますよね……? ちょお、絶対に無理ですってばーっ!」
驚いて叫ぶが、女王はうるさげに身をよじって羽の1枚を持ち上げて顔をサンドすると、そのままスースーと寝入ってしまった。
目には見えないが、魔力の供給がなくなったため、パキパキと不穏な音が周囲で鳴りはじめ、防護結界がどんどん薄くなっていくのがわかる。
こいつがなくなったら我々は、あっという間に天空に撒き散らされてしまう。
や、やばい。なんとかせねばっ!
「くっ……女王様がお目覚めになられるまで、およそ7時間と言ったところか……? それくらいなら、私の魔力でもいけるはず! うおおーっ、燃え上がれ、我が魔力! 我らを守る絶対障壁を補う力となれーっ!」
私は必死で精神を統一し、呪文を唱えたのだった。
リンスィール「ところで、レン。本当に小麦すらなくても、ラメンが作れるのかね?」
レン「作れるぜ。なんかマンガでみたんだけどよ、猫じゃらしで作れるらしい」
リンスィール「ね、猫じゃらし……? 美味いのかね、それは!?」
レン「どうだろうな、食った事ねえし。でも、他にも春雨を使った太平燕、こんにゃく麺に玄米麺、どんぐり麺、ジャガイモ麺、大豆麺、蕎麦粉を使った麺もある。あ、魚肉に繋ぎを入れて作った魚肉麺もあるな!」
リンスィール「す、すごい。本当になんでもありなのだな……ラメン、すごすぎ」
レン「基本、でんぷん質があればなんでも麺にできるんだぜ」
ポイント、ありがとうございます。誤字直しました。
次回、ついにエルフの里へ。
果たしてエルフは、どんな料理を食べて暮らしているのか……!?




