女王を待ちわびて
予想外に四人が会話を始めてしまい、アイバルバトの背の上までいけませんでした……毎度、行き当たりばったりで、前回の予告と違ってしまったことをお詫びします。
私とオーリは深夜の広場に立ち尽くし、途方に暮れて辺りを見回す。
月明かりで照らされた周囲には、私たち『三人』以外に誰もいない……。
ベンチに座ってるピスタチオの袋を抱えた白髪の幼女へと、私は問いかけた。
「おい、『天切鳥』よ。女王様は一体、どこにいらっしゃるのだ!?」
……この質問、何度目になるだろう?
しかし彼女は答えを返さず、ピスタチオを殻ごとバリバリ齧るだけである。
オーリが、目の前の白髪の幼女を指さして言う。
「よう、リンスィール。本当に、この娘っ子がアイバルバトって奴なのか?」
私は大きく頷いて見せる。
「ああ、間違いない。こいつはアイバルバトだよ。里ではいつも、女王様と一緒にいる」
オーリが無遠慮に、幼女をジロジロと眺めながら言う。
「でも、どう見ても鳥には見えねえぜ?」
「アイバルバトは幻獣の一種でな。この姿は、地上で動きやすいように女王によって与えられた、仮の姿でしかない。アグラリエル様が魔法を解けば、元の姿に戻るんだ」
オーリは首を傾げつつ言う。
「しっかし、その肝心の女王様がいねえんじゃなぁ……待ち合わせ場所が間違いないとなりゃ、やっぱ、リンスィール。おめえが遅刻したのがいけないんじゃねえか?」
私は懐中時計を取り出して、指し示しながら言い訳する。
「だ、だけどな、オーリ……遅れたのは、ほんの数分だけだぞ? もう約束の時間を40分も過ぎてるのに、女王様は一向に戻ってくる気配がないではないか!」
オーリがアイバルバトの頭を、ぐしゃぐしゃと撫でながら言った。
「つーか、今更だけどよぉ。こいつ、喋れるのか? ずっとだんまりだし、正体は鳥なわけだろ?」
「簡単な会話くらいならできるはずだ。だがおそらく、虫の居所がよくないのだろう。気分が乗らない時は、何を話しかけても聞き流すだけだからな」
「そういう所は、まんま動物かよ……気分屋なんだな、お前さん!」
突然、アイバルバトが立ち上がる。
「あぐらりえる。もどった!」
同時に、ガラガラと聞き覚えのある音が響いてきた。
そして、路地から姿を現したのは……。
「おおっ、女王様! ご無事でしたか!? それに……ヤ、ヤタイだと!? レン! なぜ、君がここに?」
女王は私の顔を見て、一瞬だけムッとした表情を浮かべる。
「あっ、リンスィール! ……まったく、もう。あなたが時間通りに来さえすれば、行き違いにならずにあんな苦労しないで済んだのに。まあ、いいです。美味しいラメンが、お腹いっぱい食べられましたし。リンスィール、わたくしの言葉を訳して、レンに伝えなさい!」
「は、かしこまりました!」
アグラリエル様は、レンに向き合って言う。
「レン。これからあなたには、エルフの里まで行ってもらいます。そこであなたに、ラメンを作っていただきたいのです!」
その一言に、私は驚く。
「えっ!? レ、レンをエルフの里にですか……!?」
慌ててレンにも伝えると、彼も驚いた顔をした。
「な、なに。エルフの里だとぉ……っ!」
女王は、神妙な顔で頷かれる。
「はい。思ったように言葉が通じず、詳しい話もできないままに連れてきてしまった事をお詫びします。ですが……これは強制ではありません。お願いになります。あなたが行きたくないというのであれば、今からでもお帰りいただいてもかまいません」
それから女王様は、自らのお考えの全てをお話しになられた。
聞き終えたレンは、感心した顔で頷く。
「なるほど、そういう事情かよ! それで、俺のラーメンをエルフのみんなに食べさせたいのか」
私も腕を組んで、ううむと唸った。
「なんと……っ! エルフの里の低年齢化問題ですか。私もエルフの寿命と言えば、800年が普通と考えておりましたが……改めてお話を伺ってみれば、確かに深刻ですね」
オーリが呆れたように言う。
「800年の寿命で短くなったとはねえ。俺たち定命の者には、なんとも壮大な話だぜ!」
私たちの言葉に、女王は悲しげにうつむかれる。
「我々エルフは他種族に比べて数も少なく、繁殖力も弱い。このまま寿命が短くなり続ければ、いつかエルフと言う種は消えてしまうかもしれない……それに里にいるエルフたちは、皆わたくしの家族も同じ。一年でも長く生きて欲しいのは、当然の想いです」
と、レンが女王様に、深く頭を下げる。
「それにしても……あんたがエルフの女王様だったのか! 知らねえとは言え、色々と失礼しちまったな」
女王は、首を振って仰られた。
「いいえ、レン。わたくしとあなたの間に、そんな他人行儀は無用です。どうぞ、気軽にアグラリエルとお呼びください」
レンが顔を上げて言う。
「いや、でもよ。やっぱ女王様相手に呼び捨てはまずいぜ」
「いえ。大丈夫です。アグラリエルとお呼びを」
「だって、リンスィールさんだってさん付けなのに、その女王様を呼び捨てには……」
「アグラリエルです」
「…………」
しばしの沈黙の後、レンは口を開く。
「えーっと……アグラリエル様」
「アグラリエルっ!」
「……アグラリエルさん」
「んもう! アグラリエルですってばぁっ!」
レンが、ギギィっとこちらに顔を向けて囁く。
「あの……? どうするよ、リンスィールさん? あんたのとこの女王様、呼び捨てにするのはマズいよな?」
私は首を捻りつつ、頬をぷくーっと膨らませてるアグラリエル様を見やった。
「うーむ。私もなんだか釈然とせぬが……とにかく女王様が呼び捨てにしろと仰るならば、呼び捨てていいのではなかろうか?」
レンは複雑な表情をしていたが、やがて軽く咳払いして言う。
「こほん。あー、それじゃ……ア、アグラリエル」
女王様の顔が、パアッと輝く。
「はい! わたくしはアグラリエルです。では今後は、その呼び方でお願いしますねっ!」
……えー?
なんなのだ、この不思議なやり取りは。
隣に立つオーリが、私に囁く。
「よう、リンスィール。なんだかエルフの女王様ってのは、ずいぶんフレンドリーなんだな? 俺っちのとこの王様も、場末の酒場で知らねえ奴と酔い潰れてたり、けっこう下品な感じだけどよぉ。さすがに下々の者に身分を明かして呼び捨てにしろとは言わねえぜ?」
「う、うむ。私も正直、戸惑っている。あんなアグラリエル様は初めて見るぞ!」
と、アグラリエル様が居住まいを正して真剣な顔で言う。
「レン……。これで、事情は全てお話ししました。改めて、あなたに問いましょう。あなたは我々エルフのために、ラメンを作ってくださいますか!?」
レンは親指を立てて、ニカッと笑う。
「なあ、アグラリエル。俺はさっき、『俺のラーメンが必要ならば、どこにでも連れてけ』と言ったはずだぜ。エルフの里だろうがなんだろうが、喜んで行ってやるよ!」
アグラリエル様は、感動した顔でグッと息を飲んでから頭を下げる。
「……っ! 本当に感謝します、レン」
「とにかく要は、俺がエルフの里で『ご当地ラーメン』を作りゃいいってことだろ?」
アグラリエル様が首を傾げた。
「ゴ、ゴトーチ……ラメン? リンスィール。『ゴトーチ』とは、どういう意味でしょう?」
「さあ? 私も、ニホン語の全てを知っているわけではありませんからね。なあレン、『ゴトーチラメン』とはなんの事だ?」
「ご当地ラーメンってのは、その土地で生まれた独自のラーメンを指す言葉さ。本来は、『自然発生的に根差した地元ラーメン』を言うんだが……今回は、『町おこしの一環で開発されたラーメン』って意味が近いかもな」
「ふむ。いわゆる、名物料理の事だな?」
「うん、それな!」
アグラリエル様が頷かれる。
「なるほど、そういう意味でしたか……では、時間もない事ですし、そろそろエルフの里に飛び立ちましょう!」
そしてアイバルバトの持つピスタチオの袋をサッと取り上げると、呪文を唱えた。
「ヘイリ、イバ、ガイリエーフ、オーエルフバシ、アイバルバト! ベスダ、エアイ、シャーリダイアス!」
次の瞬間、ブワっと風が逆巻き、目の前の幼女がメキメキと姿を変えて巨大な鳥になった。
女王様はピスタチオの袋を口にハムっと咥えると、アイバルバトの背をよじよじと登る。
しばらくしてからピョコンと顔を出して言った。
「さあ、乗ってください!」
オーリとレンは、口をあんぐり開けて固まっている。私も、アイバルバトが変身するところを見るのは初めてだった……呆然としていたオーリが、ハッと気づいてヤタイを見ながら言った。
「あ、おい。だけどもこのヤタイ、鳥の上には載せられねえぜ……どうするよ?」
女王を待つ二人の会話。
オーリ「……つーか、こいつ。ずーっとピスタチオ食ってるのな?」
リンスィール「うむ。アイバルバトはナッツ類が好物なのだ」
オーリ「お? 見ろよ、リンスィール。こいつの持ってる袋、ナンシー商会のハンコが押してあるぜ!」
リンスィール「あ、本当だ。では、このピスタチオはナンシー商会で買い求めた物か……」
オーリ「じゃあ、なんだよ。エルフの女王様は鳥のオヤツを買いに、わざわざファーレンハイトまで来たってのか?」
リンスィール「いいや。ナンシー商会はピスタチオを、海沿いの町から仕入れてたはず。アイバルバトならば、その町に行くにも大して手間は変わるまい。女王がこの町に来たのは、他に理由があるはずだ。それさえわかれば、居場所を突き止められるのだがなぁ……」
オーリ「結局、なんも手掛かりなしかよ?」
リンスィール「ああ、待つしかないな」
オーリ「うう、さみぃ。レンのラメンが食いたいぜ」
リンスィール「コラ、そういうことを言うな! 私まで食べたくなるだろうが!」
オーリ「トンコツ・スープ、美味かったなぁ……まだ、レンのヤタイに少し残ってたよな? 今から探しにいって、スープだけでも飲ませてもらおうか?」
リンスィール「いや。レンはもう、元の世界に帰ってる頃だろう。探しに行っても無駄足だよ」
オーリ「……追加スープ、もらっときゃよかったなぁ」
リンスィール「……私も、もう一回くらいカエダマしとくべきだった」
その頃のアグラリエル「レン、ラメン! タクサン! シ、シアワセーっ!」
その頃のレン「ははは。ほら、チャーシューも全部やるよ。大サービスだ!」
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