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素晴らしき『ラメン』

 黄色い紐は、小麦で作られた物だった。その紐は啜るとチュルチュルと唇を優しく撫でて、噛み切るとプチンプチンと小気味よく口の中で弾けて踊る……モチモチした食感で香ばしい。よい小麦を使っている。

 その豊かな大地の香りに、じっくりと煮だされた鶏の旨味と魚介の旨味、脂たっぷりのスープが絡みつく。スープは異国情緒(じょうちょ)あふれる奇妙な風味の塩っ気に満たされて、それがまた小麦の味に実に合う!


 美味い……止まらぬ! 味の快楽の洪水だッ!


 私は夢中でラメンを(すす)り続けた。時折、薄緑の植物を刻んだものが紐に絡んで口に入るのだが、それが(さわ)やかな味わいで、いいアクセントになっている。

 また、こうして食べてみて、隣の男がズルズルと音を立て下品に啜ってる意味がようやくわかった……この料理、そのまま食うには熱すぎるのだ。

 しかし、こうして多量の空気と共に吸い込むことで、口に入るころには冷まされてちょうどいい温度になっている。それに、こうして啜ると、鼻へと抜ける小麦とスープの香りがたまらない!


 なるほど、なんと合理的な食い方なのだろう?

 啜る姿が下品だなんだというのは、私たちの作法にすぎない。この食い方はこの料理を、最大限に味わう方法なのだった。

 私は深皿を持ち上げて、口をつけてスープを飲む。熱いスープがじんわりと、食道から胸、胃へと降りていく……そして、息を吐く。はぁー。

 出た息が、白く(にご)る。今夜はとても寒いから、この『熱さ』もまた、御馳走だった。

 そうやって半分ほど食べた後で、私はようやく上に乗っている『具材』の存在を思い出す。


 ……おおっと! 危ない、忘れていた……こちらも味わうとしようか。


 さて、どれから食べようかと迷った挙句、肉の薄切りを棒で突き刺す。

 他の二つ……トゲトゲしてて桃色のグルグルの描かれた物体と、茶色く煮しめられた不思議な物体は、いまいち正体が掴めなかったからだ。


 肉を口まで運ぶと、強いニンニクの香りがした。薄く切られた肉は、時間をかけて熱を加えたらしく、口に入れると柔らかくほどけて、厚さもピラピラと気持ちいい。

 (かじ)ってみて、初めてそれが豚肉だと分かった。

 半透明の脂の部分を噛みしめると、それが熱いスープに(ひた)された事でしっとり溶け出していて、スープの脂とはまた違ったコッテリした味わいが、口一杯に広がっていく。

 肉の味付けは、ラメンのスープに使っているのと同じ調味料なのだろう……異国情緒あふれる変わった風味だが、豚肉にじっくりとしょっぱさが染み込んでいて、すこぶる美味(びみ)だ。


 ……単なる豚肉を、ここまで丁寧に調理するとは!


 私は感心して、ううむと(うな)る。

 この料理に使われている材料は、豚も鶏も小麦も、どれもありふれた食材ばかりである。

 私はグルメのためならば、どんな苦労も惜しまずに生きてきた。こと肉に関するならば、ドラゴンの尻尾のつけ根のステーキが一番美味いと思っていた。

 しかし、この豚肉と鶏のスープと小麦の紐は、私の価値観を完璧にひっくり返してしまった!


 で、そうなると……私は、スープに浮いている、残る二つの奇妙な食材を見る。

 茶色く煮しめられた細長い『何か』と、白くて丸いギザギザに桃色の渦巻の『何か』だ。

 この時すでに、私の白装束男への信頼感は、確かなものになっていた。

 これだけ料理で私を感動させてくれたのだから、きっと残りの二つも、私の価値観を『ぶっ壊してくれる』に違いない!


 さて、どちらから口にしよう……?


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― 新着の感想 ―
[一言] この作品はダメだ、何がダメって、夜に読んだらおなかが鳴ってしまった。 実にうまそうに食べるじゃないか
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