パチン!
と、その時だ。戸惑う私の耳に、奇妙な音が響いたのは。
驚いて隣を見ると、得意気な顔で常連男が棒っ切れを二つに割っている。
そ、そうか……っ! 『コレ』は、そうやって使うものだったのかっ!
どういう宗教かはわからぬが、おそらくは『この棒っ切れ』を割る事を、食事前の儀式としているのだろう。きっとこの棒と引き換えに、フォークをもらえるのではないだろうか?
私も、常連男に倣って、棒を左右に引っ張った。
パチン!
……ああっ!
し、しかし……なんたることだ……っ!
棒は綺麗に左右に分かれず、悲劇的にも途中で折れて、片方だけが短い無残な姿に成り果ててしまった!
棒ひとつ綺麗に割れぬとは……もう私には、『ラメン』を食う資格がないのだろう。
ガックリしながら立ち上がり、白装束男の顔をみると、彼はニコニコしながら新しい棒っ切れを手に取って、左右に引っ張った。
パチン!
綺麗に左右に分かれたそれを、私の手に握らせる。
う、ううむ……? これは……許されたということだろうか……?
だがしかし、やはりフォークもスプーンも出てくる気配がない。困っていると、隣でズルルーっと何かを啜る音が聞こえた。
そちらを見ると、なんと常連男が二本になった棒でスープの中の黄色い紐を掬い上げ、口へと運んでいるではないか!
彼は私と目が合うと、ニヤリと笑う。そして、また二本の棒を操ってズルズルと紐を食う。
くぅうっ……あの得意気な顔っ!
『ったく、しょうがねえなぁ……ほら、よく見てろ? これは、こうやって使うもんなんだよ、わかったかい?』
心の声が聞こえてくるようである。
音を立てて啜るなど、下品な真似をしているくせに、なんなのだ、あいつ!?
私は怒りと羞恥で顔が熱くなった。だが、気を取り直す……私は食通である。
今は、目の前の『グルメ』を味わい尽くすことだけを考えるのだ!
二本の棒を手に、私は深皿をのぞき込む。中には、今まで見たことも聞いたこともないような、奇妙な料理が入っていた。
まず、目につくのは熱く湯気の立つ褐色のスープである。浮かんでる油が、光に照らされてキラキラと輝く。
その中に、先ほど茹でてた黄色くて長い紐のようなものが沈んでいる……上に乗っているのは、細かく切り刻まれた植物と、煮込んだ肉を薄切りにしたもの、茶色く煮しめられた何か、そして丸くて白いギザギザにピンク色の渦巻が刻まれた物体である。
白装束の男は、ニコニコ笑いながら、手を持ち上げるジェスチャーで、掬って食えと促して見せた。隣では相変わらず、常連男がズルズルと紐を啜ってる。
……ようし、ズルズル食べるのが『ラメン』の食べ方なら、私もそれに従ってやる!
私は意を決して二本の棒で、中に入ってる紐を手繰り寄せ、口へと含んだ!
ああ……それから起こった素晴らしい味との出会いを、なんと表現すればいいのだろう!?
あの感動は、どれだけ言葉を尽くしても語り切れぬっ!
彼の『ラメン』は、味、独創性、完成度、すべてが驚きの料理である!
例えるならば……そう、まるで『未知の世界の食べ物』だった!