Another side 1
14部分『黄金のメンマ亭』より抜粋
> なお、本来であれば、レンの喋る言葉は私やオーリを通してブラドに伝え、同様にブラドの言葉は訳してレンに伝えるという流れになるのだが……いちいち記すのは面倒なので、そういった作業の部分は省かせていただく。読む方の負担にもなるだろうしな。
> しかし、間にはしっかりと私たち通訳が入っており、私たちのいない場ではレンは誰とも話せないことを、どうかお忘れなきように!
……レンは自分の世界に帰ろうと、暗い路地を屋台を引いて歩いていた。
すると前方に、フードを被った怪しい人影が立ちふさがる。
もしや強盗の類かと、レンは思わず身構える。
人影は突然、甲高い声で早口に叫んだ。
「ガストロジ! ロタレリカ、タイショラメン!」
理解できぬ異世界語で話しかけられ、レンは戸惑う。
「はぁ? な、なんだい、あんた……?」
フードの人影は、ツカツカと歩み寄って屋台を指さした。
「ウラル、マカリ、ラメン! ゼムラメン! サムラス、バシエルフ、ラメン! レンラメン!」
早口であるが、何度か出てくる『ラメン』の単語は聞き取れる。
レンはポンと手を打つ。
「あぁ、なるほど。あんた、親父の客だった人だな……つまり、ラーメンが食いたいって、そういうことか? そうだろ!?」
フードの人影は、何度もコクコクと頷く。
「アイッシェ! ラメン、ラメン!」
レンはニカッと笑って屋台を止めると、その場に椅子を置いた。
「ようし、親父の客なら大歓迎だぜ! 椅子に座って待っててくれよ!」
人影は、いそいそと座るとフードを脱ぐ。
中から出てきたのは驚くほど美形で、耳の尖った女である。
それを見て、レンは声を上げる。
「あんた、エルフか!? ……なあ、リンスィールさんって知ってるかい?」
女はキョトンとしていたが、やがて大仰に頷く。
「アイッシェ! エルフレジ、リンスィール、カレドレク!」
「ははは! そうかい、そうかい……言ってる意味はわかんねーけど、リンスィールさんの知り合いか……今な、あの人たちにもラーメン食わせてきたとこだ。あんたにも、同じラーメンを食わせてやるよ!」
「ラメン、グレンシース、シスタッケ」
すまし顔の女エルフに、レンは尋ねる。
「なあ、あんた。腹は減ってるかい? ヤサイ、どれくらい欲しい?」
「……ファンテ?」
意味が伝わっていないらしく、女エルフは訝し気に眉を寄せる。
レンは丼を左手に取ると、右手でその上に山の形を作りながら、また尋ねた。
「だからさ、ヤサイの量だよ……これくらいか? それともこれくらいか? これくらい欲しいかい?」
小、中、大と山の形を大きくすると、女エルフは一番大きな山で頷いた。
「アイッシェ。アイバルバト、エルフバシ、コウリ」
「おお、マシマシかぁ……あんた線細いから、完食できるか心配だな。ニンニクはいるかい?」
「ニンニク? エルブレジ、トモヤ……マシマシ?」
「アブラは好きかい?」
女は困ったように首を傾げる。
「アブラワ? ミトワ……アブラワ……?」
「だからさ、アブラだよ。つまり、脂身はいるかって聞いてるんだ。それと、味は濃い目がいいか、そうじゃないかも……」
何度目かの質問で、女エルフがカウンターをドンと叩いて立ち上がった。
「クロイドっ! ゼロスビア、バシエルフ、ラメンっ!」
と同時に、彼女の腹からグゥーキュルルルルーっと大きな音が鳴り、顔がカーっと赤く染まっていく……レンは苦笑した。
「あはは、すまん、すまん。腹減ってたんだな……もう質問はやめて、すぐにラーメン作ってやっから!」
女はフンと鼻を鳴らし、恥ずかし気に顔をそらすと、不機嫌そうに椅子に座りなおした。
レンは、ラーメンを作りながらひとりごちる。
「……まあ、腹も減ってるみたいだし、本人が欲しいって言ってんだから、ヤサイマシマシでいいか……ああ見えて、リンスィールさんも大食いだったし。エルフってのは細身でも、量食える種族なのかもしれんな。一応、ニンニクとアブラも入れとこう……チャーシューも余ってるから、全部入れちまえ。大サービスだ!」
ほどなくしてラーメンが出来上がると、レンはそれを女の前にゴトリと置いた。
「ほいよっ! 大豚ラーメンのヤサイマシマシニンニクアブラ、お待ちぃ!」
山のようにドカ盛りにされた野菜に、女エルフの目が点になる。
その量は、リンスィールやオーリたちが食べた物の1.5倍である。
「ア、アイッシェ……? ウロブラド、ブラッケ……アイシェ……?」
沈黙が落ちる。
ややあって女エルフは、オロオロと助けを求めるようにレンを見た。
そんな彼女に、レンは腕組み顎上げのいつものポーズで高らかに宣言する。
「おい、どうした? 麺が伸びるぞ! 言っておくが、二郎系ラーメンを残すのは厳禁だぜッ! 上に乗った野菜は、店のサービス、心意気だからな……さあ、早く! 熱いうちに食ってくれやぁ!」
言葉は伝わらなくても、どうやら雰囲気で『熱いうちに残さず食え!』と言っているのがわかったらしい。
女は一瞬の硬直の後で、割りばしを手にすると慌てて食べ始めた。
「タ、タート……エル。けほっ、プラテク、レンラメン……?」
女は目を白黒させて、ニンニクでむせながらも、必死で麺を啜り、分厚いチャーシューを噛み切る。
一生懸命に食べ進める。
しかし……量が、まるで減らないっ!
食っても食っても、一向に山が小さくならないのだ。
それでも頑張って、半分ほど食べたのち、である。
女は、ケプっと小さく息を吐いた。彼女が『これはもう、食べきれないな……』と諦めて、おずおず顔を上げると、レンが無言の腕組みポーズでジーっと見つめていた。
レンは、『エルフって、どれくらい食べるのが普通なんだろ?』と興味があって見てただけで、別に怒ってるわけではないのだが……タオルで半分隠れた瞳はどこを見ているかわからず、半袖から伸びる日に焼けた逞しい腕を組んだポーズには、妙な迫力があった。
女には、それらがまるで『残したら許さん!』と威嚇するように感じられて……ゴクリと喉を鳴らす。
結局、彼女は『食べきれません』と伝えられずに、またラーメンをのろのろと食べ始める。
だけど、減らない。減らない。減らない。
量が減らない。
減らない……なんかむしろ、麺が増えてきてるように見える。
食べているのに減るどころか、増えていく一方のラーメンに、女は混乱して焦りまくった。
「ケ、ケイツ、ブラドネス……? マジカラメン!? メイグ、タイショラメン……ア、ア、ア……アイッシェーーーーっ!?」
暗い路地に、涙目の女エルフの叫びが響く……。
今年の9月に、『漂流英雄 エコー・ザ・クラスタ』というライトノベルを集英社から出しました。
http://dash.shueisha.co.jp/bookDetail/index/978-4-08-631328-5
次回は……路地に響くは幻聴か




