白い粉の作り方
ブラドが、白い粉を見つめて言った。
「お話を聞いて、この粉の凄さが改めてわかりました。純粋な旨味成分か……もし材料を大量に煮込んで、これを入れたのと同じ濃さのスープを作るとしたら、エグみや雑味が出てしまい、とても飲めたものじゃないでしょうね……」
レンも難しい顔をする。
「そういうことだな。まあ、俺が向こうの世界から化学調味料を持ってきてやるのは簡単だが……ブラド。あんた、それじゃ満足しねえだろ?」
「ええ。こいつを使って、ラメンを作りたい思いはあります。しかし、それではもしも、レンさんがタイショさんみたいにこちらの世界に来れなくなったら、僕のラメンはまた未完成に戻ってしまう……」
マリアが慌ててブラドの脇腹を突っつきながら、ふくれて文句を言う。
「ちょっと、ブラド兄ちゃん!? 縁起でもないこと言わないでよ!」
オーリが息子に助け舟を出すように、白い粉を見つめながら言った。
「さっき、カチョーはサトウキビから作るって言ってたよな……サトウキビなら、こっちの世界にもあるぜ。それ使って、俺たちの世界でもできねえのかい?」
レンが腕組みで唸る。
「うーん……俺もラーメン職人として、化調の勉強は一通りしてる。作れねえこたないだろうが……必要な材料が多すぎて、あまり現実的じゃねえな」
それから、ブラドをチラリと横目で見る。
「で、だ。ブラド。あんたがスープの出汁とってる材料に、昆布があったろ? あれ、どこで仕入れてるんだ?」
ブラドはキョトンとした顔で、首を捻る。
「……コンブ? それって、どれのことですか?」
「ほら、乾いた板状の黒い奴……海で取れるのだよ」
「ああ、ナガカイソウ! あれはですね、漁港近くのセイレーンにお願いして、海から持ってきてもらってます。海底に生えてる草を、貝殻で作ったナイフを使ってスパっと収穫してるそうです。それを天日で干して乾燥させて作ってます」
レンが指をパチンと鳴らす。
「そう、あれよ! あれ、もっと多めに手に入らないか!?」
「それは可能ですけど……でも、あれ以上ナガカイソウを加えたら、黄金スープの味のバランスが崩れてしまいますよ!」
「ままま。いいから、いいから、とにかく手に入ったら教えてくれ! ……というわけで、今日は店じまいだ。次は、もっとおもしれーもん食わせてやるよ!」
その言葉に、私の目がキラリと光る。
「ほほう? 今日のラメンより面白いもの……だと? それでは、また三日後かね?」
「ああ。三日後の夜、ここでだ」
それからレンはゴホンと咳払いして、マリアの方をチラチラ見ながらボソボソ言う。
「あー……そのぉ。マリアもぜひ、食いに来てくれ」
マリアはニッコリ笑った。
「嬉しいわ! 新しいラメンが食べられるなんて、今からワクワクしちゃう! あたし、レンさんのラメン大好き。最初に作ってくれたペジポタケイってラメンも、すっごく美味しかったし」
その一言に、レンは嬉しそうな顔になる。
「そ、そうか? 俺のベジポタラーメン、うまかったかよ!?」
マリアはレンの手を取り、優しい声で言う。
「ええ、とってもね。こってりしたスープが最高だったわ」
「ふふふ。そ、そうか、そうか……最高か、ふふふ」
「あのラメン、また食べたいなぁ」
マリアがしみじみと言うと、レンは大きく頷いた。
「……よし。なあ、マリア! 新しいラーメン食わせられるのは三日後だけど、明日からは毎晩ここで、ペジポタラーメンを出すことにするよ。食べたくなったら、いつでも来てくれ、待ってるから!」
「わ、それ本当!? ……レンさん、あたしのために無理するんじゃないの?」
心配そうな彼女に、レンは首を振る。
「そんなことねえよ。実は俺、店の開店資金を稼ぐため、親父みたいに向こうの世界で屋台を引いて、商売を始めようと思ってたんだ。修行にもなるし、良い機会だ……俺のラーメンが客に通用するか、明日から挑戦だぜ! ついでに、何人分かのスープと材料を残してこの世界に来るようにすっから、遠慮はいらない」
マリアは、大はしゃぎで手を叩く。
「わあーい! あの美味しいラメンが、また食べられるのねぇ!? あたし、必ず食べに来るわ! 待ってるから、絶対に来てね? それじゃ、レンさん……またねえ!」
「それではレンさん、失礼します」
ブラドとマリアは席を立ち、共に帰っていった。
「ああ、またなーっ!」
レンはそれを見送ると、鼻歌交じりでヤタイの片付けを始める。
……な、なんだ。
レンの奴、急にご機嫌になってしまったぞ。
オーリが私の横腹を、肘で突っついて囁く。
「おい。どうしたんだ、レンの野郎。なんであんなに楽し気なんだ?」
「ううむ、よくわからぬ。こないだまで、あんなに思い悩んだ顔していたのに……もう、問題は解決したのだろうか?」
私はレンの肩にポンと手を置く。
「ええっと。それじゃ、レン。私たちも、そろそろ帰るよ」
「ああ、またな! リンスィールさん、オーリさん! 三日後、あんたらの度肝を抜くような、とんでもねえラーメンを用意しとくからよ! あ、もちろん、ペジポタラーメンも食いに来てもいいぜ、歓迎するから!」
「う、うむ……楽しみにしている。ベジポタケイも食べに来るよ」
「お、おう。期待して待ってるぜ」
「あのラーメンを作るには、あれとあれを用意して……スープに二日はかけたいな。屋台の開店準備に、ペジポタスープも作らなきゃ。ああ、忙しい、忙しい! 忙しくてまいっちまうぜ、あっはっはぁ!」
レンは意気揚々と、ヤタイを引いて路地へと消えた。
私たちは彼を見送ると、首を傾げながらも、背を向けて歩き出したのだった。
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次回は……Another side 1




