もうひとつの鍋の〆
呼ばれてブラド・マリア組のテーブルへと言ってみると、オーリが呆れた顔で私に言いつけた。
「見ろよ、こいつら。まだ鍋の中身が残ってるってのに、もういらねえってんだ!」
見れば、鍋の中身は三分の一ほど残っている。
ブラドが困った顔で言う。
「だって、お腹いっぱいですよ。食べられません」
マリアが私たち二人を見て、顔をしかめる。
「っていうか、やだー! 二人とも、顔真っ赤じゃないの」
ふむ。確かに今日は少々、飲みすぎかもしれない……。
ちょっぴり足元もフラフラするな。
私は、ついさっき仕入れたばかりの知識を、したり顔で披露する。
「まあ、まあ。鍋物の水分というのは、酒を飲みながら前提な部分があるからね!」
私がアルコールと吸収の説明を終えると、ブラドは顎に手をやった。
「そういえば……僕もマリアも、あまりお酒は飲んでませんね。明日も、お店がありますから」
「そうそう。納期さえ守れば自由に仕事できるお義父ちゃんや、本を書いてのんびり暮らしてるリンスィールさんたちとは違うのよ」
そう言うと彼らは、そろって立ち上がる。
「じゃあ、そういうことで。僕たちは寝ますね」
「ホント二人とも、あんまり飲みすぎないでよー?」
兄妹は私たちに「おやすみなさい」と言うと、レンにも挨拶をして店の奥へと引っ込んで行った。
残された鍋を横目に、オーリは苦笑しながら言う。
「ったく、マリアのやつ、生意気言うようになりがって……。だけど、もったいねえなぁ。俺っちたちで、食っちまおうぜ」
もったいない。その意見には、私も同意である。
ダルゲやミヒャエルみたいにがっつくわけでもないが、レンの言った通り、残すより食べたほうがいいだろう。
「し、しかし……見たところ、具もメンも目ぼしい物はほとんど食べられていて、スープしか残ってないようだぞ」
中を覗いて私が言うと、オーリは部屋の隅のテーブルを指さした。
「材料なら、人数が増えてもいいようにって、レンが多めに用意してくれたろ。あっちのテーブルにまだ残ってるからよ。断っていくつか持ってくりゃいい」
指示されたテーブルに行ってみると、まだまだたくさん食材が残っている。
もう一回ぐらい、鍋を作れる量がありそうだ。
「レン! 材料をもらってもいいかね?」
「おう、いいぜ。余った分は、こっちの世界に置いてくつもりだ。好きに食ってくれよ!」
レンの返事を聞いて、いくつか物色し始める。
とは言え、さすがに最初から鍋を作り直すのは、いくらなんでも食べすぎだろう。
そうだな。豚バラ肉と、野菜と……メンは、どうしよう。
袋を開けたら、スープが余ってしまうな。
なんて風に選んでいると、サラとカザンがやってきた。
サラは、テーブルから白くて平べったい何かを手に取る。
あんなものは、鍋に入っていなかったはずだが。
「あの、サラ殿。それは、どんな品ですか?」
「パックご飯よ。雑炊やるの」
「ゾースイ??」
はて……『パックゴハン』?
『ゾースイ』とは、なんのことだろう?
二人は一体、何をするつもりなのだ。
隣にいたカザンは、卵とヤクミを手に持った。
興味に駆られて、テーブルに戻る彼らについていく。
「見学させていただいても、よろしいですか?」
椅子に座ったサラは、面白そうな声で答える。
「へえ? 別に、見ててもいいけど……そんな大層なもんじゃないわよ。カザンちゃん、ここ持って、こっち引っ張ってくれる?」
サラの指示で、カザンがパッケージを開ける。
中には真っ白い飯が、ぎっしりと詰まっていた。
「鍋の〆にはラーメンもいいけど、やっぱり日本人ならお米でしょ!」
「カザンも同感でございます、お姉様」
な、なるほど!
読めたぞ。『パックゴハン』のゴハンはご飯。
つまりゾースイとは、スープに飯を入れる行為を指すのか!
これは、『イエケイラメン』や『エビミソラメン』の時のテンムスで、私がやったラメン・リゾットと同じ発想である。
クツクツと音を上げる鍋に白飯を入れながら、サラは解説を始めた。
「弱火で熱した鍋の汁に、冷やご飯を入れる。この時、混ぜすぎると粘りが出て、おじやっぽくなっちゃうから気を付けて。まあ、その辺は好き好きだけど……。私は、あんまり混ぜない方が好きかなぁ」
彼女は左手で器用に卵を割り、鍋に落とすと、大匙で潰して表面に広げる。
「卵を割り入れたら刻んだネギを散らして、蓋をする……今回は、魔力の結界で代用するわね」
言いながら鍋の周囲を指でなぞって、魔力で蓋をした。
半透明な壁の向こうでは、白い湯気が渦巻いている。
ものの数十秒だろうか……?
サラが結界を解くと、フワリと良い匂いが立ち上る。
鍋の中には赤橙のご飯に、トロリと絡んだ半熟の卵の姿があった。
「はい、完成。そしたらみんなで取り皿にとって、ガツガツ食べちゃうわけよ。ね、簡単でしょ?」
「ほ、本当に驚くほど簡単ですな……。ありがとうございます、サラ殿! さっそく、私も作ってみます」
私は大急ぎでパックご飯と卵、ヤクミ、ついでに大匙を持って、オーリのいるテーブルへと戻った。
「よう、リンスィール。随分と遅かったな。鍋の汁がすっかり冷めちまったぞ!」
「オーリ。鍋の残りはゾースイにしよう」
「ゾ、ゾースイ? なんだそりゃ?」
目を丸くしているオーリの前で、コンロの精霊石に再び火の魔法をかける。
「まあ、見ていろ。今、私が作ってやる。こうやって……」
あっという間にできあがったゾースイを食べて、オーリも私も大満足だ。
「おおっ! こりゃうめえっ。辛くて濃いミソ味のスープを、柔らかな飯粒が吸い込んでやがるぜ」
「うむっ! 米のほのかな甘さに、全体に絡んだまろやかな卵。ヤクミのシャキシャキとした爽やかさがたまらぬな」
オーリがニヤリと笑い、親指でクイクイとエールの入った大樽を指し示す。
「マリアは『あんまり飲みすぎるな』っつってたけどよぉ。もう一杯、いっちまうか?」
「ふふふ。そうだね。こんなに美味い飯と酒を前にして、我慢するバカもおるまいよ!」
私たちは、上機嫌でジョッキにエールを汲みに行った。
そうして、さらに調子に乗って、二人で杯を重ねた結果……。
次の日の朝。店のテーブルで酔い潰れていた私たちは、カンカンに怒ったマリアにそろって叩き起こされたのだった。
鍋の〆の雑炊には、餅を入れるのも有りですね。
ご飯が絡んでモチモチにとろけたおもちは、なんとも言えない旨味があります……。
あああ、炭水化物爆弾っ!




